257.ヒントはすぐ傍に
余程切羽詰まっていたのだろうか。
不意に口走った「絶縁体」という単語に喰いついたマレットを見て、ピースは頬をポリポリと掻いた。
「そりゃあ、おれに出来る範囲なら説明はするけど……。
まだ絶縁体について、何も説明してないぞ」
魔術に応用が利くのかも判らないし、無理矢理絞り出した案に過ぎない。
期待に応えられるのだろうかという不安が、うっすらと浮かぶ。
「それは話を聞いたアタシが考えることだ。いいから、教えてくれ!」
「わ、わかった」
ピースとは反対に、マレットに迷いはなかった。
取っ掛かりすら見つけられていないという現状で、求めたものは自分の理外に存在する者。
魔術すら存在しない世界だが、自分達とは違う理で生活を豊かにしている世界。
そこで得た知識が無駄にならない事を、マレットは既に知っている。
『羽』をはじめとした数々の魔導具に、ピースの案は織り交ぜられている。
中には彼の世界で実現していないものも、少なくはない。
そう言った経緯から、ピースに詳細や構造を求めるような真似はしない。
妄言でも構わないとすら思っている。本当に存在しているのか、マレットには確かめようがない。
ただ、自分に存在している壁を壊したいのだ。その為の楔を、眼前の少年に打ってもらいたい。
この少年なら、それが出来るというマレットなりの信頼。
「ええっとだな。絶縁体っていうのは――」
ピースは自分の知っている限りの言葉を尽くして、絶縁体について説明をした。
電気と説明すると上手く伝えられなかったので、雷と若干言葉を変えながらではあるが。
自分の世界では主に動力として電気を利用しているという事。
その際に電気を垂れ流していれば周囲に危険が及ぶ為に、電気を通しにくい物質で遮断をしていると説明する。
「こんな感じで、電気……。雷が通ってる物質を、通さない素材で覆うんだ。
魔力で似たようなことが出来たら、漏出は防げるんじゃないか?」
言葉だけでは伝わりにくいと考えたピースは、棒を取り出しては手ごろな紐をテープ代わりにぐるぐると巻き始める。
指でトントンと頬を叩きながら、真剣な眼差しを向けるマレット。
彼女の頭の中では、ピースから受けた絶縁体の説明を噛み砕き始めていた。
「ふーむ……」
興味深い話ではあったが、まだ壁を取り除くまでには行かない。
大きな要因としては、彼の言う通り何かで魔力を覆い隠した時。
転移装置の入り口から発せられる魔力を、どうやって受け取るかという問題があった。
魔導具の起動はあくまで入口側から行う。
完全に遮断してしまえば、受け取り手の見つからない高濃度の魔力が迷子になってしまう。
「どうしても魔力を完全に遮断するってわけにはいかないんだよな」
「それなら、魔力を受け取る部分だけ晒すしかないんじゃないのか?」
頭を悩ませるマレットに、ピースは受信機を作ればいいのではないかと提案をする。
一部分だけ晒した魔硬金属を、受信機として活用をする。
そこから魔法陣を出現させる為の投影機へ、魔力を伝わらせてるというのが彼の案。
「成程、それなら……。いや、そもそも覆う為の素材がだな……。
第一、魔力を通し辛い素材で覆ったとしても劣化が――」
次から次へと湧いてくる問題に、流石のマレットの嫌気がする。
恐らく、魔術金属や魔硬金属を普通の鋼で覆ってもある程度は隠せるだろう。
けれど、その鋼は起動の度に高濃度の魔力に晒される事となる。
椅子をギシギシと鳴らしながら、マレットは身体を左右に振る。
喉から出かかっているにも関わらず、決め手に欠ける。もどかしさが、彼女の眉間に皺を刻んだ。
「ベル、転移の術式には問題がなさそうだ」
不意に研究所に光が差し込む。
扉の向こう側から現れたのは、オリヴィアと共に転移魔術の実験を行っていたストルだった。
フェリーとリタの転移が成功したと報告しに来たのだが、妙な重苦しさを感じて思わず後退りをする。
「……やはり、魔力の隠匿が難しいのか?」
マレットがずっと頭を悩ませている事は、当然ストルも把握していた。
魔術を使うのに、魔力を感知されてはいけない。
まるで謎かけのように矛盾した問題に直面している彼女の力に慣れていない事は、若干申し訳なく感じている。
「まあ、ピースが一応のヒントはくれたんだけどな」
「ヒント?」
マレットは現在抱えている問題の突破口に成り得る、絶縁体についてストルへ説明をした。
魔導具を覆い隠す、受信機を用意するというアイデアにストルはしきりに感心をする。
「いい方法だと思うのだが、何か問題があるのか?」
「高濃度の魔力を受け止め続けるんだ。先に覆っている素材の方が壊れちまう」
特に出口として設置する魔法陣は、普段は手の届かない所に存在している。
不意に魔力が漏出してしまっても、それを知る術を持たない。
自分達の切り札と成り得る転移魔術が一転、相手にとって待ち伏せを行う絶好の場所に変わってしまう。
「なるほど、そういう問題があるのか……」
「でも、魔力を通さない素材で覆うっていう方向性は間違ってないと思うんだよな……」
うんうんと唸る声がまたひとつ増える。
思いついた事を手当たり次第書き殴るマレットに、研究所内に使えるものはないかと彷徨うピース。
「そもそも、魔力を受け取った際に魔法陣を投影しないといけないんだよな。
そうすると浴びる魔力の量は更に増えるわけだから……」
新たに発生した問題に、前髪を掴むマレット。
不意に彼女が口走った単語をヒントに、閃いたのはストルだった。
「投影……」
妖精族が使用する精霊魔術では、必要としなかったもの。
円の中で循環した魔力を用いて、刻まれた術式を発動する。
均一化された効力を発揮する為の技術であると同時に、魔術の維持を容易としていた。
今回、転移魔術を創造するにあたって生み出した魔法陣は妖精族の魔術理論から若干のアレンジが加えられている。
実験でこそ転移の魔術を確かめる為に直接地面へ描いたが、魔導具を用いる本番は話が変わってくる。
魔導具は魔力を供給する装置であると同時に、転移先に魔法陣を描く為の装置となる。
見つかりにくいよう可能な限り小型化を求めた結果ではあるが、ストルにとっては目から鱗が落ちる思いだった。
きっと妖精族至上主義の。今までの彼ならば、永遠に答えを導き出す事は出来なかっただろう。
リタによって開かれた門戸で受けた刺激は、間違いなくストルを魔術師として高みへ上げていた。
「投影していない間の魔力をどうするか……」
魔法陣は自分達が魔力や筆を用いて描くものであり、魔導具に描かせるという発想そのものが無かった。
地表に向かって広がる様に描かれる魔法陣は、外に広がっている。転移魔術を使用しない間は、魔導石が魔力を漏出するだけ。
「ベル、普段から魔力に指向性を与えてやるのはどうだ?」
ならばそこに役割を与えてやればいいと、彼は考える。
転移魔術の魔導具は地中に埋める事を想定して造られる。
地表に魔法陣を描く為、上へと向けられた魔力の方向を通常時は地中へと向ける。
受信機によって受けた命令で、魔導具の役割自体を切り替えてやればいいという主張。
「なるほどな……」
悪くない提案だと、マレットは感心をした。
起動時に投影することばかりに意識が向けられ、待機中にまで考えが及ばなかった。
「魔導具として組み込むのも難しくないし、悪くない案だ」
「そうか、なら――」
顔を綻ばせるストルだが、まだマレットの顔は険しい。
指向性を与えるというストルの案は悪くない。悪くないが、まだ僅かに足りない。
「だが、常に魔導具を起動している状態になる。
どうしても、地表に現れる魔力は出てくるだろうな」
「そうか……」
魔導石・廻を起動し続けた場合、地中へ向けた魔力がどれだけ地表へ影響を与えるかは計測していない。
実験をしてみたいところだが、魔力濃度の高いアルフヘイムの森では恐らく誤差の範囲だろう。
「だったら、コイツを上手く活用とか出来ないか?」
バタバタと大きな足音を立て、研究所内を彷徨っていたピースが戻ってくる。
彼の手に握られているのは、濁った石の欠片。ジーネスの右足に移植されていた、『怠惰』の核。
「お前、それ……」
カタラクト島で入手した『怠惰』の欠片が持つ効力は、マレットも知っている。
ジーネスが発現した能力は破棄。一体に存在する魔力を有無を言わず消し去るという、魔力を扱う者にとっての天敵。
「この石をそのまま使ったら、魔導具自体動かなくなるかもしれないけどさ。
魔力を消し去るというか、分解するような形で再現出来れば魔力濃度もそう変わらないんじゃないか?」
自分が持ち帰ったのは石の欠片に過ぎない為、そのまま利用するのはそもそも難しいと彼は付け加える。
邪神が齎した能力を再現するのは難しくても、マレットならば応用を利かせた形で生み出せるのではないかという期待を込めてピースは続けた。
「上手く言えないんだけど……。魔導具に関与して誤作動を起こしても困るだろ。
だから、魔力を分解するような素材をして作ってさ。それを鋼にでもうすーく塗るんだよ。
そんで、地表に向けて被せておく。魔法陣を投影する時はくるっと回って、邪魔をしないようにすればいいんじゃないかなって」
絶縁体の説明をする時に周囲を覆い隠してしまったが、蓋のように被せてしまうだけでいいのではないか。
そうすれば、受信機で魔力を受け取った際に回転させる事で投影機構を露出させる事が出来る。
ストルが魔力の指向性という話を持ち出したからこそ、思いついた案でもあった。
「……ふむ」
マレットは二人の案を一通り聞いて、真っ白な紙を取り出した。
創る魔導具は、ふたつでひとつ。魔法陣を投影するものと、漏出する魔力を分解するもの。
それらを組み合わせて、転移魔術装置が完成となる。
「やってみる価値はあるか」
魔力を隠すのではなく、逃がし、消し、断つ。
以前シンに渡した転移装置より複雑な構造を要求されているが、方向性は見えた。
ならば、天才発明家は止まらない。一歩を踏み出した彼女は、完成まで走り続ける覚悟を持っている。
「となると、まずはあのオッサンの石をもうちょっと解析しないとだな」
ピースの手から、『怠惰』の欠片を受け取る。
濁った石の欠片は、何も反応を示さない。ジーネスが自らの意思で発動していた以上、無差別に起動する類のものではないのだろう。
「ベル、何か困ったことがあれば遠慮なく言ってくれ」
「おれも、あのおっさんには良い様にやられたからな。間近で見たことなら、説明できる」
「ああ、助かる。けど、まずは礼をしとかないとな」
マレットは徐に立ち上がり、ピースと向き合う。
にやりと笑う彼女の表情は、まるで悪戯を思いついた子供のようだ。
「マレ……っぷ!」
間違いなく彼女に揶揄われる。身構えるピースの視界が、真っ白に覆われる。
同時に襲い掛かるのは柔らかい感触。自分の顔が彼女の胸に埋められたと気付くまでに、そう時間は必要なかった。
「ほれほれ、感謝の印だ。ありがたく受け取れよ」
ケタケタと笑うマレットに対して、ピースは呼吸が出来ない程に押し付けられていた。
苦しいのに抜け出したくないというジレンマが、時間と共に彼から判断力を奪い取る。
「……ベル。そういうはしたないことはあまりしない方がいい」
呆れてものも言えないと、ストルはため息を吐いた。
ピースの顔を胸に埋めたまま、マレットは目線をストルへと合わせた。
まるで無邪気にはしゃぐ子供のように、栗毛の尻尾が揺れる。
「何言ってんだ、次はお前の番だ。妖精族は細身なヤツらばっかりだからな。
たまにはこういうのも悪くないだろ?」
「なっ……。要らん! 私には絶対しなくていいからな!」
このまま目を合わせていてはペースに呑み込まれると、ストルが視線を逸らす。
「遠慮すんなって」
「遠慮をしているわけではない! ベルはもう少し淑やかにだな……」
「アタシにそんなの求めるなって」
ケタケタと笑うマレットに、眉を顰めるストル。
その傍らで酸素の供給を断たれたピースが、ぐったりと項垂れていた。