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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第四章 その日へ向けて

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256.転移魔術に足りないもの

 クスタリム渓谷にて採取した鉱石の山。

 小人族(ドワーフ)が主体となって、魔硬金属(オリハルコン)へ姿を変えていく。


 僥倖だったのは、ギルレッグが本物の魔硬金属(オリハルコン)を扱った事だった。

 彼の手には、はっきりと魔硬金属(オリハルコン)の感触が残っている。

 硬さも、しなやかさも。指を添えれば、まるで氷のように滑り始める事も。


 尤も、小人王の神槌(ストラーダー)を持つとはいえ、彼ひとりで魔硬金属(オリハルコン)を造り続けるには限界がある。

 ギルレッグの要望を元に、安定供給を目的とした魔力炉をマレットとテランが製作してくれた。

 テラン曰く「義手の礼」も兼ねての事らしい。気に入ってもらえたようで何よりと、ギルレッグは白い歯を見せた。

 

 魔導石(マナ・ドライヴ)と、ミスリルを造る際の錬金術を元にした新たな魔導具。

 そこに小人族(ドワーフ)の意見を取り入れた魔力炉は、魔硬金属(オリハルコン)を製造する以外でも活躍をするに違いない。


 ギルレッグは自分達専用の魔導具に、クスタリム渓谷で得た経験を余すことなく同胞(なかま)へと伝えていく。

 時を経て失われた小人族(ドワーフ)の技術が、蘇る。いや、更に昇華されようとしていた。


 何よりシン達が魔硬金属(オリハルコン)を求めている間、研究チームも遊んでいた訳ではない。

 オリヴィアを筆頭に試行錯誤を繰り返す転移魔術。その術式の構築は大幅に進化を遂げていた。


 ……*


「ささ、リタさん! この魔法陣の上に乗ってみてください!

 大丈夫ですって、怪しい勧誘とかじゃないですから!

 ぐいーっと、その綺麗な足を乗せるだけなんで!」

「ええー? オリヴィアちゃん、どう見ても怪しい勧誘だよ?」


 囃し立てるオリヴィアを見て、くすくすとリタが笑う。

 ゆっくりと足を進める先に存在するのは、地面に描かれた一枚の魔法陣。

 

「そんなことありませんってば! わたしたちの努力の結晶をぜひとも、妖精族(エルフ)の女王様に体感して頂きたいわけですよ!」

 

 魔術金属(ミスリル)では耐久力が足りない。

 魔硬金属(オリハルコン)はまだ手に入らない。

 そもそも、魔導具を造るのに欠かせないギルレッグはクスタリム渓谷へと赴いた。


 様々な要因が重なった結果、研究チームは魔導具として投影する事を一時的に中断した。

 テランが何度も刻と運命の(アイオン)神の遺跡を確認し、マレットと共に解読を試みる。

 組み立てられた術式をオリヴィアが調整し、ストルが魔法陣としての体裁を保つ。

 試行錯誤を繰り返した中で生まれた魔法陣が今、リタの足元に描かれている。


「リタちゃん、はやく!」


 次は自分の番だと言わんばかりに、リタの後ろに並ぶのはフェリー。

 オリヴィアがこの二人を呼んだのには、ちゃんとした考えがある。


 妖精族(エルフ)の里に居る者で、魔力の総量が特に多いとされる二人。

 転移魔術がフェリーとリタで正しく作動するのであれば、妖精族(エルフ)の里で使用する事に問題はないという考えだった。


 本来であれば無尽蔵の魔力をその身に宿しているフェリーだけで、検証は事足りる。

 けれど、彼女の中に存在している魔女がどのような干渉をするのは解らない。

 

 良い方に転ぶのか。悪い方に転ぶのか。はたまた不干渉なのか。

 それらを確かめる意味でも、次に高い魔力を有するリタの強力は必須だった。


「オリヴィアちゃんがそこまで言うなら。じゃあ、乗っちゃうからね?」

「どうぞどうぞ! 感動すること、請け合いなしですよ!」

 

 オリヴィアはずっと笑顔を絶やさない。

 渋い顔で僅かな成功と、新たな課題を見つけていた彼女とは明らかに違う。

 自信の程が窺えたリタはそっと一歩を踏み出し、魔法陣の上にその身を預けた。

 

「それじゃあ、行きますよ!」


 オリヴィアが魔導石(マナ・ドライヴ)を起動させると同時に、青白い光が魔法陣から発せられる。

 光の粒子がリタを包み込み、それらはカーテンのように彼女を外から覆い隠した。


「わわっ、すごい!」


 あっという間にリタの姿が見えなくなり、フェリーは感嘆の声を漏らした。

 オリヴィアは口元を抑えながら「なんにでも絵になるひとですね……」と呟く。

 実際、まるで人形のように可愛らしいリタが光に包まれていくのはどこか神秘的だとフェリーも感じていた。


 今回、魔導具の代わりに地面へ魔法陣を描いている。

 そこへ魔導石(マナ・ドライヴ)を簡易的に埋め込むという、土地全体を魔導具として見立てる作り方。


 恐らくは、魔力濃度の高いドナ山脈の北側(ノースドナ)でしか再現できない方法。

 肥沃な大地は魔力を通しやすく、強力な負荷にも耐え得るだけの下地が出来上がっていた。

 高出力の魔導石(マナ・ドライヴ)が発生する魔力にも耐え、魔法陣はその形を崩さない。

 組み込まれた術式は破損することなく、組み込まれた通りの仕事を全うした。


「……リタちゃん、いなくなっちゃった」

 

 フェリーがぽつりと呟く。瞬きを繰り返しても、決して瞼の向こう側にリタの姿が映る事はない。

 魔法陣から発生した光の粒子が消えると同時に、中に居たはずのリタは姿を消した。

 魔力を持たないシンや、道具で実験した際に見た光景が高い魔力を有する妖精族(エルフ)の女王でも再現された。


 刹那、研究所の庭から驚嘆の声が響き渡る。声の主は間違いなくリタのものだった。

 それを証明するかの如く、大きな足音を立てながら彼女はオリヴィアの元へと駆け寄った。

 

「凄いよ、ほんとに一瞬で移動しちゃった!」

「ふふーん! どうですか、凄いでしょう!」


 リタは目を輝かせながら腕をぶんぶんと上下に振る。

 無邪気な様子で喜んでくれる姿を見て、オリヴィアの鼻が高くなる。

 

「凄いどころじゃないよ! 光に包まれたと思ったら、目の前にストルがいるんだもん!」

「へへ、もっと褒めてくださいな。わたし、褒めると伸びるタイプなんで!」

 

 興奮冷めやらぬ様子でオリヴィアへ感想を伝える。

 いくら褒められても足りないと言った様子で、鼻高々のオリヴィアは更なる賞賛を要求した。

 

 視界が光に覆われたと思った瞬間、気が付けば研究所の裏へと移動をしてしまった。

 足元に描かれているのは踏み入れた魔法陣とは違う、出口として設定された魔法陣。

 出口の確認を担当していたストルが安堵の表情を見せた事で、転移魔術が正確に作動したのだとリタは理解をした。


「あたしも! ねえ、オリヴィアちゃん! あたしもやりたい!」

「勿論です。ささ、フェリーさんもぐいっーっと乗っちゃってください!」


 フェリーはまるで遊具の順番を待つ子供のように手を高く上げ、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 オリヴィアとしても、フェリーの転移が成功するかどうかは重要な意味を持つ。

 彼女が扱っても転移魔術が作動するのであれば、転移の対象については懸念が無くなる。


「よーっし、いっくよー!」

 

 固唾を呑むオリヴィアの考えなど露知らず、魔法陣へと乗り込むフェリー。

 オリヴィアの懸念を他所に、リタ同様に青白い光がフェリーを覆い隠す。

 研究所の裏で響き渡る驚嘆の声が、実験の成功を告げるのは直後の事だった。


「……あれ?」


 そんな中、リタは首を傾げる。

 自分が使用した時ははっきりと感じなかったが、外から見ると明らかな違和感がそこにはあった。


 ……*


「すごい、すごいよ! オリヴィアちゃん!」

「ありがとうございます!」


 無邪気に「すごい」と連呼するフェリーを前にして、オリヴィアは鼻を高くする。

 けれど、彼女も気が付いていた。リタが抱いた違和感の正体に、心当たりがある。


「ねえ、オリヴィアちゃん。転移魔術の魔力なんだけど……。

 一度、空に打ち上げてるの?」

「あ、判っちゃいました……?」


 たった二回の起動で仕組みを見抜いたリタに、オリヴィアは感心するほかなかった。

 彼女の言う通り、入口となる魔法陣から出口となる魔法陣へ目掛けて転移より先に魔力を放出している。

 青白い魔力の粒子が舞うのは、まさにその動作を行っている名残だった。


 空へ打ち上げられた魔力は、目的地となる出口へ向かって舞い降りる。

 結果、その軌道に沿って転移対象を運ぶというのが今回の転移魔術の仕組みだった。

 

「地中を通す案もあったんですけど、それだと大陸内しか移動できませんからねえ……。

 将来のことも考えると、空の方がいいかなって思ったんです」

「なるほど」


 話についていけず小首を傾げるフェリーとは対照的に、リタは顎に手を当てて考え込む。

 もう一度、自分で体験した内容と視た内容。そして、肌で感じたものを反芻する。

 その上で、高い魔力を持つ妖精族(エルフ)としての見解をオリヴィアへ伝えた。


「空に上がった魔力は、それほど違和感が無かったんだよね。

 相当高く上げてるのかな? 特別気になるような魔力は無かったんだけど……。

 転移する瞬間と、着地した瞬間。受け止める魔法陣の魔力は妖精族(エルフ)や魔族だったらすぐ気が付いちゃうかも……」

「ですよね……」


 魔力濃度の高いドナ山脈の北側(ノースドナ)でも感じたのであれば、人間の世界なら魔術師ですら察知する可能性がある。

 実は、ストルにも同じ問題を指摘はされていた。莫大な魔力を必要とする転移魔術に於いては、どうしても避けられない問題。


 特に今回は、広い大地を魔導具と見立てて魔法陣を描いている。

 実際に転移魔術専用の魔導具を製作するのであれば、魔力の漏出は更に強くなるに違いない。


 いっそ地面に魔導石(マナ・ドライヴ)を埋め込む案も出たのだけれど、マレットが却下をした。

 魔力の漏出がなにひとつ解決していない上に、転移魔術に使用しているのはより高濃度の出力を発揮する魔導石・廻(マナ・ドライヴ・ギア)

 言ってしまえば無造作に宝を置いているようなものであり、万が一、邪神の一味(リヴェルト)に掘り起こされたりしたら目も当てられない。


「もうほんと、そこはベルさん任せなんですよね……」


 転移魔術を完成させる事に夢中だったオリヴィアは、魔力を隠す方向の研究は進めていない。

 信頼の裏返しではあるが、マレットへ丸投げしている自分を反省していた。


 ……*


 そのマレットも、魔力の隠匿という自分が触れてこなかった課題を前にして頭を悩ませていた。

 魔導石(マナ・ドライヴ)は効率的に魔力を増幅させる。もしくは大気中に漂う魔力を吸着し、蓄える。

 つまり、魔力を効率的に運用する方法しか考えていなかった。

 魔導具を造る上で、最も重視される部分でもある。使用者に負担を強いるのであれば、魔導具である必要がないのだから。


 そういった意味では、転移魔術の術式に魔導石・廻(マナ・ドライヴ・ギア)を組み込んだ事自体は間違っていない。

 使用者の魔力消費を、魔導石(マナ・ドライヴ)が肩代わりをしている。

 消費魔力が大きいので連続使用回数に制限があるという課題は残っているが、術者本人の魔力でも代替できるようオリヴィアが改良を施した。


 つまり、魔力運用については大きな課題を残してはいない。

 常に必要とする魔力をどう隠すか、それだけなのだ。


「やっべぇな……」


 机に顔を突っ伏しながら、つい本音を漏らす。

 魔力を使う事ばかり考えていたマレットにとって、使用しながら魔力を隠せという相反する要望が壁となって立ち塞がる。


「珍しいな、マレットがそんなに悩んでるなんて」


 いつも通り身体計測を終えたピースが、服を着ながら声を漏らした。

 机の表面に張り付いた頬は、段々とその面積を広げている。

 だらんと垂らした腕に沿って伸びる白衣。どことなく元気のない栗毛の尻尾。

 どこからどう見ても、だらしない姿が瞳に映り込む。

 

 実際、ここまで悩んでいるマレットをピースは知らない。

 自分が前世で出した案だって、どうにか形にしてみようと図面を引くような女なのだ。

 まさかたかが魔力を隠すぐらいでここまで悩むとは、思ってもみなかった。


「……ピースさ。なんか、案ないのか?」

「そう言われてもなあ……」


 生前よく見ていたSFの知識で良いのなら、そういった機能を持つ物は少なくない。

 けれど原理が説明できない以上は、彼女が抱えている悩みを取り除いてはやれない。

 

 彼女は今、明確なとっかかりとなる物を求めている。

 いつもみたいに「こういうのが欲しい。こういうのがあった」ではいけないのだ。


 それでも、自分に頼ってくれる事自体は嬉しかった。

 何か力になれないかと、ピースは自分の持っている知識をフル動員する。

 

「……あ」

「どうした、何かあるのか!? 早く言えよ!」


 途端、マレットの顔が持ち上がる。

 べったりとくっついた頬は甘く染まっており、居眠りをしていたかのようだった。

 

「いや、これが正解かどうかは分からないんだけど……」

「勿体ぶるな、早く言えって!」

「分かった、分かったから揺らすなって!」


 ピースの襟を掴み、マレットは彼の頭を上下に揺さぶる。

 口から吐き出された空気が震え、なんとも情けない声が漏れた。


「魔導具を絶縁体で覆うってのは……ダメか?」

「ゼツエンタイ……?」


 ピースが提案した言葉に、マレットは聞き覚えはない。

 だが、その名の響きを格好いいと感じてしまった。


「それ、詳しく教えてくれ」


 真っ白な紙を広げ、ピースの言葉に耳を傾けるマレット。

 ペンを走らせる彼女の瞳は、すっかりと輝きを取り戻していた。

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