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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第三章 オリハルコン争奪戦
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243.見下す『強欲』へ、怒りの一撃を

 普段なら魔狼の吠える音で賑わいを見せている山は、いつになく静まり返っていた。

 改めて理由を述べるまでもない。魔狼の群れが、棲み処から姿を消しているからだ。

 

 残っているのは生死の境目を彷徨う程の大怪我を見せた銀狼(ヴォルク)と、戦闘に向かない者達。

 そして、魔狼族とは似ても似つかない小人族(ドワーフ)の王。ギルレッグ。


 ギルレッグは自らの持つ神器へ祈りを捧げ、分解された白銀の爪へ小人王の神槌(ストラーダー)を打ち付けていく。

 炎と鍛冶の(ヘファイスト)神と大地と豊穣の(ケレアス)神。信じるべきふたつの神は、神器を通して触れていく。

 かつて小人族(ドワーフ)が作り上げた、至高の金属。魔硬金属(オリハルコン)の感触を、確かめるかのように。


「なに、してやがるんだ……」


 痛みを堪えながら、ゆっくりと身体を起こす銀狼(ヴォルク)

 目の前の光景に対する説明を、ギルレッグへ求める。


 分解された白銀の爪は、昨日まで自分が愛用していたもの。

 偽物と蔑まされたが、自分にとっては無二の相棒。獣魔王の神爪(レイシングスラスト)


「なんだ、起きてたのか」


 ギルレッグは淡々とした様子で返した。

 手を止める事も、振り向く事もない。彼の意識は、白銀の爪へ向けられたまま。


「この爪は魔硬金属(オリハルコン)で出来ている。

 だから、お前さんたち魔狼族がロクな手入れもせずにここまで使ってこれたんだ。

 本当に、大した武器だよ……」


 慈しみを込めるように、ギルレッグは呟いた。

 魔硬金属(オリハルコン)だけではない。

 刃の鋭さも、神の造形と見間違うような美しい形状も、流れた魔力を受け止めるような配慮も。

 経年劣化にさえも抗う魔硬金属(オリハルコン)の他に、この武器には小人族(ドワーフ)の技術がふんだんに散りばめられている。


「ハッ! だったら、感謝して欲しいってのか!?」


 鼻で笑うヴォルク。ギルレッグは手を止め、彼の顔を見るべく振り返る。

 銀狼(ヴォルク)は、小馬鹿にした態度が彼の反感を買ったものだと思った。実際、その気が無かったと言えば嘘となる。

 小人族(ドワーフ)にとって、魔狼族(じぶんたち)は仇。憎まれ口をどれだけ吐き出しても、怒りは収まらないだろう。


 どんな罵倒に見舞われようとも、ヴォルクは顔色を変えるつもりは無かった。

 自分から挑発したのだから、当然だと思った。

 

 次の瞬間、心構えとは裏腹にヴォルクの目が見開かれる。

 ギルレッグが口にした言葉は、彼にとって認識の外に存在するものだった。


「そうだな。感謝するかどうかは()()()()()()()()()()

「……なんだと?」


 理解できないと眉を広めるヴォルクを他所に、ギルレッグは再び小人王の神槌(ストラーダー)魔硬金属(オリハルコン)へ打ち付ける。

 二柱の神が、小人族(ドワーフ)の祈りが、魔硬金属(オリハルコン)の形を変えていく。


「この武器は、今まで見たどんな最高級の武器にも劣らねえ。

 神器じゃないってだけで、そっぽを向かれるなんてありえねえ」


 ヴォルクは今まで、小人族(ドワーフ)を戦えもしない種族だと小馬鹿にしていた。

 だが、彼は知らなかった。汗を散らしながら、全力で目の前の武器と対話を試みる職人の姿を。

 互いの喉元へ刃を突きつけるだけが戦いではないと、訴えられているようにも見えた。


魔硬金属(オリハルコン)も、これを作った小人族(ドワーフ)もすげえんだ。

 だが、お前さんのために造られた武器じゃねえ。だから、ワシが造り替えてやる。

 お前さんの能力が存分に発揮できる武器として、蘇らせてやる」


 熱を持った小人族(ドワーフ)が振るう、炎を纏った小人王の神槌(ストラーダー)

 その言葉に偽りがないと理解させるには、十分な気迫だった。


「……テメェがそんなことをして、何の意味がある?

 オレ様を、魔狼族を許せねえんじゃなかったのかよ!?」

「当たり前だ。今この瞬間だって、腸が煮えくり返りそうだ」


 銀狼(ヴォルク)の眉が微かに動く。

 それならば、どうして自分の武器を生み出そうとするのか理解が出来ない。


「けどな、それ以上に一人の職人として、この武器が評価されないことに納得いかねえ。

 だから、否が応でも認めさせてやる。小人族(ドワーフ)が、どれだけ凄い物を造ったのかを。

 お前さんはその実験台だ。ま、臆病風に吹かれたなら無理にとは言わねえさ」


 意趣返しと言わんばかりに、ギルレッグは鼻で笑う。

 彼は試しているのだ。鬼族(オーガ)の城へ赴いた、他の魔狼族と自分を比べようとしている。


「……上等だ。ナマクラ用意しやがったら、タダじゃおかねぇからな」

「ハッ。弱い犬ほどキャンキャン吠えるんだよ」


 小人族(ドワーフ)の王と銀狼(ヴォルク)は、互いの顔を見合わせると鼻で笑い合う。

 丹念に打ち込まれる神槌。鍛冶に詳しくなくても判る。この職人は、決して手を抜く事はないだろうと。


 ……*


 鬼族(オーガ)の城。

 広い城内を駆け回る三人は、想像以上に疲労感を覚えた。


「ゼンッ、ゼン! 前に進んでる気がしない!」


 フェリーが弱音を吐くのも無理は無かった。

 自分達とは異なる尺度で造られた空間は、走れど走れども終わりが見えない。

 遠近感が狂いそうになりながらも、足を止める訳にはいかない。


 文句を垂れるフェリーをリタが宥めながらも、小人族(ドワーフ)の長老を探す三人。

 やがて彼らは、分岐点に立たされる事となる。

 目の前に聳え立つ、自分達が昇るには高すぎる階段によって。

 

 後方には、同様に地下室へと降りる階段が用意されていた。

 こちらは反対に、一段一段と気を遣わなくては危なっかしくて降りられそうにもない。

 

「うへぇ、階段もおっきい……」


 フェリーが露骨に顔を顰める。内心、リタも同じ気持ちだった。

 自分達ですら高すぎるのだから、小人族(ドワーフ)が渡るならもっと苦労するのではないか。

 勿論、昇るだけの話ではない。降りる事さえも、小柄な身体ではままならない。


「……どちらかに、居そうだな」


 上下の階段を交互に見渡しながら、シンが呟く。

 小人族(ドワーフ)の小柄な身体であれば満足に階段を上がれないし、降りられない。

 この城自体が天然の牢となっている。捕らえて置くには、絶好の条件。


「どっちかって、小人族(ドワーフ)のおじいちゃんが?」

「ああ。この階段なら、俺たち以上に小人族(ドワーフ)は動き辛いだろう。老人なら、尚更だ」

「上がるのも下りるのも、一苦労だもんね」


 地上階とは違い、小人族(ドワーフ)が迂闊に動けるような設計にはなっていない。

 残る問題は、長老は一体どちらに幽閉されているか。

 二者択一を迫られる中、悪意がシン達の前へ姿を現す。


「――おっとォ? もうこんなとこまで来やがったか。

 いやァ、大したもんだよ。ホント、尊敬しちゃうぜ」


 不意に頭上から聞こえてくるのは、喝采と拍手。そして、感心するようで人を小馬鹿にするような声。

 階段の向こうから姿を現したのは、紺色の髪に色眼鏡で視線を隠す男。

 瑪瑙のような縞模様を持つ右腕が、なんとも言い難い不気味さを醸し出している。

 アルジェント・クリューソス。『強欲』の適合者が、シン達を見下ろす。


「――っ!」


 咄嗟に妖精王の神弓(リインフォース)を構えるリタ。

 灼神(シャッコウ)霰神(センコウ)を手に取るが、刃の形成を躊躇うフェリー。

 アルジェントの声が聴こえて、即座に取ったはずの臨戦態勢。


 けれど、シンの反応は彼女達をゆうに超えていた。

 思考時間など存在していなかったかの如く、驚くほど自然にシンの身体は火薬と鉄粉が入った小瓶をアルジェントへ投げつけていた。


「って! おいおい、問答無用かよッ!」


 舌打ちをするアルジェント。投げられた小瓶の意図が読めず、目を細める。

 その思考時間すらも余計だと思い知るのは、コンマ数秒後の出来事だった。


 シンが包帯を引くと同時に、栓が抜ける。

 瓶の注ぎ口と栓が擦れ、僅かな火花が生まれる。火花が伝える熱は加速度的に瓶内部へと伝わり、炎が膨らんでいく。

 詰められた火薬が、鉄粉が燃焼を起こし、瞬く間に爆発を引き起こした。


「――チッ!」


 爆発の規模は決して大きくない。

 シンも即興で作った爆弾に、そこまでの殺傷能力は期待していない。

 アルジェントにとって問題なのは、燃焼によって引き起こされた煙。

 両者の間に立ち昇る煙が、互いの姿を隠す。


 決してアルジェントを自由にはさせない。

 彼が状況に対応するよりも早く、シンは引鉄を引いた。

 

 姿は見えなくても、彼が立っていた位置は判る。

 視界から消える前の体勢で、大きな移動はないものだと踏んだ。

 銃弾が、煙の先に居るであろうアルジェントへと放たれていく。


(なんだよ、アイツだけ見えてんじゃねぇのか!?)


 アルジェントが心の中で毒づく程に、シンの射撃は正確なものだった。

 風を切り裂く様に進む銃弾が、煙を揺らす。僅かな変化を見逃さずに、アルジェントは銃の軌道に右腕を被せた。

 

 瑪瑙の右腕は銃弾を弾く。魔力が伴っていない故に、(カード)には出来ない。

 この時点で、アルジェントはまだ後手に回っている。シンの狙いを、完全には読み切れていない。


 立ち昇る煙が薄まっていく瞬間。銃弾がもう一度放たれる。

 揺らめく煙を頼りに、今度は躱して見せるアルジェント。

 

 攻撃はまだ終わっていない。アルジェントが相対しているのは、シンだけではない。

 煙を吹き飛ばすように放たれたのは、光の矢。

 妖精王の神弓(リインフォース)による矢は、一瞬にしてアルジェントとの距離を詰めていく。


「なるほど、こっちが本命ってわけね!」


 銃弾を防御するのではなく躱したのは、追撃を警戒しての事。この時点での、アルジェントの読みは間違ってはいない。

 一撃で自由を奪うのであれば、もっと高火力の一撃を放つであろうと読んでいた。

 アルジェントは『強欲』の右腕を光の矢へ向かって翳す。接収(アクワイア)を用いて、光の矢を奪う為に。


「――ぐうっ!?」


 したり顔のアルジェントが表情を強張らせるのは、右手が矢に触れた瞬間だった。

 地底湖での戦闘とは違う。妖精王の神弓(リインフォース)の矢は、邪神の力と反発するように『強欲』の右腕を押し込む。


「お願い、妖精王の神弓(リインフォース)……!」


 今回、リタが矢に捧げたのは神への祈りのみ。

 有り余る魔力を使用せずに放った一射は、魔力を纏ってはいない。


 神への祈りが込められた一射は、瑪瑙の右腕に負荷を与える。

 普段より威力が劣る矢ではあったが、元々右腕に刻まれていた亀裂を広げるには十分なものだった。


「く、そ、がァ!」


 強引に右腕を振り払い、矢を弾くアルジェント。

 接収(アクワイア)の能力。自分の種は完全に割れているものだと察するには、十分すぎる出来事。

 相手が警戒している以上、接収(アクワイア)で新たな(カード)を手に入れるのは難しい。

 現在の持っている(カード)を軸に、アルジェントは対策を講じる必要がある。


 しかし、シンは思考の切り替えを許さない。

 リタの一射を『強欲』の右腕で受けた瞬間には、再び小瓶を放っていた。


 栓に取り付けられた白い帯をアルジェントが認識した瞬間には、既に引かれている。

 再び巻き起こる小さな爆発と、煙。銃弾が襲い掛かってくると、アルジェントは警戒する。


 彼の予想通り、確かにシンは引鉄を引いた。

 ただし、煙の揺らめきがアルジェントへのヒントには成り得ない。


 リタの矢を弾き、伸びきった右腕は戻っていない。

 何も掴んでいない右手は、魔力を通していれば(カード)として奪い取れる。()()()()()()()()()()()()

 

「速ッ……」


 煙を貫き、アルジェントへ突き刺さるのは三発の銃弾。

 魔導砲(マナ・ブラスタ)最速の弾丸、金色の稲妻(ゴルトブリッツ)が彼の身体を撃ち抜いた。

 貫く稲妻が、身体の自分を奪う。身を悶えさせながら、アルジェントは薄れていく煙の向こうを瞳に映した。


(どこだ? どこにいった!?)


 視線の先に居るのは、銃口を向けている黒髪の男ただ独り。

 不老不死の少女も、妖精族(エルフ)の女王もそこには居ない。

 度重なる目眩ましと、金色の稲妻(ゴルトブリッツ)によって意識が逸れた瞬間。二人は姿を消していた。


 アルジェントは痺れて自分の利かない身体で、必死に脳だけを回していた。

 足音は聴こえていない。階段の死角には隠れていない。

 そもそも、妖精族(エルフ)の女王は弓を扱う。射線を隠すとは考え辛い。


 ならば、何処へ移動をしたのか。

 その答えは、シンの背後に存在していた。

 

(――下か!)


 地下へ降りる為の階段。彼女達は、地下へ潜ったのだと考える。

 小人族(ドワーフ)の長老は二階に幽閉している。地下で直接的に奪還される心配はない。


 だが、地下へ続く階段が一本ではない事をアルジェントは知っている。

 もしも回り道で背後から現れたのなら、自分は挟撃される形となる。


 フェリーとリタをこのまま放置してはならない。

 危機感を募らせるアルジェントだが、眼前の男(シン)が自由に動く事を許してはくれない。

 それどころか、止まぬ追撃を凌ぐために芋虫のように転がらなくてはならない現状を屈辱と捉えた。


「くそッ……」


 彼にとって幸いだったのは、高すぎる段差。痺れた身体を寝かせたお陰で、一時的に射線を遮った。

 尤も、大した時間稼ぎにならないとは自覚している。あの男(シン)なら、三度爆弾を投げ込みかねない。

 

 痺れる身体で、アルジェントは瑪瑙の右腕に力を込める。

 熱を持った右腕は、どこまで耐えられるのか自分でも判らない。


 それでもこの状況を打破するには必要な事だった。

 アルジェントは、フェリーとリタを追うかの如く『強欲』(マモン)を顕現させる。

 眼前に居るシンには、決して気取られないように。彼の相手は自分の仕事だと、受け入れた。

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