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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第三章 オリハルコン争奪戦

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237.見合わせた顔で

 そっと岩盤に触れた。

 固く閉ざされた空間が、掌の向こうに存在している。

 先刻までの自分の心を映し出しているかのように。

 

「待ってろ、必ず救けてやる……!」


 ひとつ。またひとつと、ギルレッグは崩れた岩盤へ手を伸ばす。

 まるで精巧に組み立てられたかの如く、積みあがった岩盤をひとつずつ取り除く。

 

 腕に、腰に岩の重みが圧し掛かる。

 こんなものをいくつも背負っていてはひとたまりもない。

 慎重に。しかし迅速に。ギルレッグはそれだけに従事する。

 

 憎悪や怒りが消え去った訳ではない。

 今だって、急がなくてはいけないのに小人族(ドワーフ)の無念が脳裏を過る。


 けれど、同時にこうも思う。

 連れ去られた同胞を前にして、自分は何も出来なかった。

 それどころか、自分へ危害が及ばないように長老に庇われてしまった。

 あれだけ憤慨していても、いざ当事者となると何もできない脆弱な存在。


 レイバーンは違った。

 冷たい態度を取ったにも関わらず、その手を差し伸べようとしてくれた。

 自分より彼の方が、余程小人族(ドワーフ)の為に動いてくれている。


 シンも、フェリーも、リタも、年老いた長老でさえも。

 誰かを護る為に精一杯動いている。一番弱いのは、自分だった。


「ワシだって、そんなモンでいいとは思ってねえ……!

 小人族(ドワーフ)にも、ベル達にも顔向けできねえだろうが!」


 ギルレッグは、自分が一番弱いのだと気付いた時に開き直る事が出来た。

 小人族(ドワーフ)の王だとか、神器の継承者とかだとはどうでもいい。


 失うには惜しい、善人達に囲まれて本当に良かったと思う。

 彼らの存在に比べれば、自分の蟠りなど捨て置いていい。

 失ったものに囚われて、失ってはならないものが手から零れ落ちる方が、あってはならない。


 腕が、腰が、脚が悲鳴を上げても、ギルレッグは手を止めない。

 歩みを止めて待ち受ける結果が最悪のものなら、自分を永遠に許せそうにない。

 鍛え上げられた筋肉の塊は飾りではない。戦えないのなら、せめてここでその全てを出し切るべきだと歯を食い縛る。


 しかし、本人の気力とは関係なく疲労は蓄積されていく。

 額を流れる汗が、目に入り込んで染みる。厚手の手袋は破れ、爪がめくれる。

 指先に込めた力が重心を崩し、岩盤はいとも簡単にそのバランスを失った。

 

「しまった!」


 ガラガラと音を立てる岩盤。今まで乗っていなかった重みまで、皆に移ってしまうかもしれない。

 声を張り上げても、手は届かない。取り返しがつかない。

 きゅっと喉が締め付けられるような思いのギルレッグを救ったのは、魔狼の遠吠えだった。


 魔力を伴った遠吠えに、岩盤が応えた。

 元々、魔力を通しやすい鉱石があちこちに含まれているそれは、号令を受けたかの如く規則正しく並んでいく。

 岩の塊による一本の列が、あっという間に作られていった。

 

「……お前」

 

 魔狼の遠吠えに身構えながら、ギルレッグは後ろを振り向く。

 漆黒の毛に、レイバーンとよく似た顔立ちの大狼。リュコスが、ただ一頭その場に佇んでいた。


「こうした方が、速いだろう」

「あ、ああ。助かる……」


 それだけ呟くと、リュコスは何度も遠吠えを重ねる。

 ギルレッグも、どうしてここに居るのかと追求はしなかった。今はただ、一刻も早く仲間を救出したい。

 

 リュコスによって次々と取り除かれていく岩盤。

 それは間も無く、下敷きになっている一本の腕を見つける事に成功した。

 

 白く細い腕を伝い、真っ赤な血が出口を求めて流れる。

 指を咥えて見ているだけにはいかないと、ギルレッグは自らの身体へ鞭を打つ。


 腕を伝って行くように、ゆっくりと身体を解放していく。

 やがてそれは纏められた金色の髪にたどり着く。間違いなく、フェリーのものだった。

 頭から肩へ向けても赤黒く染まっており、相当量の血が流れているのだと窺える。

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

「ギルレッグさん。ありがとぉ……」

 

 ギルレッグの心配をよそに、フェリーはにへらと笑って見せた。

 流血した顔での笑顔は、いくらあどけない少女と言っても恐怖心を煽る。


「お前さん、大丈夫なのか?」

「ん、だいじょぶだよ。あたし、これぐらいじゃなんともないから」


 不老不死だという話は知っている。だが、同時に痛みはきっちり存在するのだとも聞いている。

 岩の塊に圧し潰されて。身体のあちこちから血を流して。痛みを感じないはずがない。

 それでも「なんともない」と気丈に振舞う少女を見て、ギルレッグは胸が締め付けられる思いだった。


「すぐ、解放してやるからな」


 リュコスの遠吠えと、ギルレッグの尽力により自由を取り戻したフェリー。

 彼女の手も加わり、シンとレイバーンが救出されたのはそれから数分後の事だった。


 ……*


「シン! だいじょぶ!? いっぱい血だらけだよ!?」

 

 自分が感じる痛みとは裏腹に、過剰な程フェリーは狼狽えていた。

 明るくなってから判った事だが、身体のあちこちに擦り傷が作られ、頭からの出血は背中を真っ赤に染めていたらしい。


「俺は大したことない。フェリーだって、人のこと言えないだろ」

 

 シンの言葉通り、傷こそは既に癒えたがフェリーもその身を赤く染めている。

 レイバーンに庇ってもらった自分とは違い、相当痛い思いをしたというのは想像に難くなかった。


「あたしは治るの、シンだって知ってるでしょ? シンは治らないもん!」


 だから、フェリーはあまりシンに怪我をして欲しくない。

 シンが過保護なまでにフェリーを心配するのと同じ気持ちを、彼女は抱いていた。

 むしろ、本格的に死に掛けた彼を見ているからフェリーの方が深刻だと言えるほどに。


「まあまあ。フェリーよ、シンはお主が大切なだけなのだ。

 フェリーだって、心配されているのは嬉しいだろう?」

「……おい」


 哄笑するレイバーンを、シンはじっと睨みつける。

 誤魔化すように顔を逸らし口笛を鳴らすレイバーンだったが、スース―と空気が歯の隙間を通り過ぎるだけだった。


「むぅ。嬉しいけど……。あたしだって、シンが心配なんだもん」


 口を尖らせながらも、フェリーは頬を緩ませる。


「それより、邪神の適合者はどうしたんだ?」

 

 話の流れを変えようと、咳払いをするシン。

 周囲を見渡しても、あれだけいた魔狼が姿を消している。そして、リタと小人族(ドワーフ)の長老も。

 

「そうだ、リタや長老もおらぬぞ。まさか……」

「リタは無事だ。今は、魔狼族を引き連れている」

「……どういうことなのだ?」


 最悪の事態を想像したレイバーンだったが、リタが無事を聞いて一先ずは胸を撫で下ろす。

 

「リタちゃん『は』ってコトは、小人族(ドワーフ)のおじいちゃんは……?」


 端切れの悪いギルレッグへ、フェリーは問う。

 彼にとって同胞(なかま)であるはずの老人については、何も言及していない。

 良くない事が起きていると察するのには、十分すぎる表情だった。


「邪神の男に連れていかれちまった。何か利用しようとしていたから、すぐに殺されることはないと思うが……」

「なんだと!? ならば、直ぐに救出へ向かわねばならんだろう!」

「……だけどよ」


 絞り出すように声を出したギルレッグは、あの後に何が起きたのかを三人へ伝えた。

 小人族(ドワーフ)の長老のお陰で、自分が今ここに居る事も。

 偽物の獣魔王の神爪(レイシングスラスト)で玉座に居座っていた銀狼(ヴォルク)への、魔狼族の怒りも。

 消えようとしていた命の灯を繋ぐために、リタが本物の獣魔王の神爪(レイシングスラスト)を餌に魔狼族を抑えている事も。


「それだけではない、貴様たちの言う邪神とやらは恐らく鬼族(オーガ)と手を組んでいる」


 ギルレッグの情報を補足したのは、黒狼(リュコス)だった。

 攻め入ってきた鬼族(オーガ)と交戦していたリュコスは、神器を持ち出してきていた彼らと一進一退の攻防を繰り広げる。

 大地を操る遠吠えから生み出される地の利もあり、水際で食い止めてたリュコスだったが、内側から得体の知れない男が現れた時は驚きを隠せなかった。


「あの鬼族の王(オルゴ)が従った所を見ると、力関係は邪神とやらの方が上なのだろう」


 尤も、オルゴと鬼族(オーガ)の間でアルジェントへ対する意識が違うように見受けられたのは気掛かりだった。

 ただ、今の魔狼族やシン達にとってはその理由を知る術が無い。

 

鬼族(オーガ)……」


 レイバーンはその名をぽつりと呟く。

 自分とよく似た体躯を持つ、魔族と巨人族の混血。

 

 魔狼族と鬼族(オーガ)がこの場に拠点を構えている事と、自分にどのような関りがあるのか。

 その答えを彼らは知っているのだろうか。レイバーンは、会ってみたいと思ってしまった。

 

「奴らの狙いも、魔硬金属(オリハルコン)か」


 連れ去られる前に長老が遺した言葉から、邪神の一味(アルジェント)の狙いがはっきりとした。

 カタラクト島の時と違い、今回は目的まで被ってしまっている。

 小人族(ドワーフ)が造り出した至高の金属。『強欲』の男(アルジェント)が、長老を手放す理由が無い。

 

 利用価値があるのなら、最悪の事態には陥っていないはず。

 シンはそう考える一方で、灼神(シャッコウ)を前にして容赦なく盾とした事を思い出した。

 あの男(アルジェント)にとっては小人族(ドワーフ)の存在はあくまで努力目標。何よりも優先する存在ではない。


 何より懸念すべきは、材料を集め次第撤退される事だ。

 姿を隠されてしまえば、もう手が打てない。小人族(ドワーフ)の長老を救出する猶予は、あまり残されていない。


「シン……。小人族(ドワーフ)のおじいちゃん、だいじょぶだよね?

 ごめんなさい。あたしがもっと、ちゃんとしてたら……」

 

 眉を下げるフェリー。彼女の目元に僅かではあるが、涙の跡が残っている。

 責任を感じていた。自分があの時、きちんと振舞えていたなら助けられたのではないかと。

 

 それなのに、むしろ燃え盛る刃の前に差し出されてしまった。

 故郷(カランコエ)の事を思い出してしまった。怖かった。一歩間違えば、取り返しのつかない事になっていた。


「フェリーは何も悪くない、きっと大丈夫だ。ただ、長老も不安だろうから急いで救けないとな」


 シンはそっとフェリーの頭へ手を置く。


「……うん」

 

 触れられた感触を確かめるように、フェリーは同じ箇所へ自らの手を重ねる。

 彼が「大丈夫」だと言ってくれるだけで信じよう、出来る事をしようと思えるから、不思議だった。


「まずは、リタとも話をしなくてはならぬな!」

「ああ、リタの所へ行こう」


 次の戦いでは、間違いなく獣魔王の神爪(レイシングスラスト)の力も必要になる。

 魔狼族を抑えてくれているリタと合流しようとした矢先。


「悪ぃ、レイバーン。その前にちょっとだけ、二人で話せねぇか?」


 ギルレッグが、レイバーンの裾を掴む。

 小さな身体が放つ眼差しは、真剣そのものだった。


「む? 余は構わぬぞ。シン、フェリー。すまぬが先に行っておいてもらえぬか?」

「……ああ、分かった」

 

 岩盤の下でレイバーンが語った内容から、ギルレッグの話は想像が出来る。

 シンは彼らの意思を尊重し、フェリーを連れて地底湖を後にした。


「シン、だいじょぶなの? ギルレッグさん、ちょっとだけコワいカオしてたよ?」


 妖精族(エルフ)の里を出る前に、シンから聞かされていた事。

 まさにその状況じゃないのかと、フェリーがまた眉を下げる。

 自分達が仲裁に入らなくても大丈夫なのだろうかという、彼女なりの気遣いでもあった。

 

「大丈夫だ。二人を信じてやろう」


 レイバーンからではなく、ギルレッグから歩み寄った一歩。

 大きな意味を持つ一歩(それ)は、悪いようにはならないとシンは確信した。


「男どうしのゆーじょーってヤツ?」

「そんなとこだ」


 男同士の友情はよく分からないけれど、自分が水を差してはいけない。

 シンの言葉に納得したフェリーは、後ろを振り返る事を止めた。

 

 彼らの後ろを付いて歩くリュコスは、不思議な感覚に捕らわれていた。

 種族も違うのに手を取り合い、反目しても再び元へ戻ろうとする。

 

 それだけではない。自分達へ良い感情を抱いていないと知りつつ、銀狼(ヴォルク)へも手を差し伸べた。

 妖精族(エルフ)の独断で行ったにも関わらず、誰一人として疑問に思っていない。


(……妙な群れだ)


 首を傾げるリュコスは気付いていない。

 岩盤に埋もれたシン達を救う為に手を差し伸べた自分にも、同じ心が僅かに宿っている事に。


 ……*


 地底湖に残されたの魔獣族の王と、小人族(ドワーフ)の王。

 大人と子供。それを遥かに上回る体格差の二人は、正面から互いの顔を見合わせていた。


「……っ」

 

 何度も口を開いては、絞られた喉に邪魔をされるギルレッグ。

 緊張から声が出ない。言わなくてはならないと思いつつも、伝えられない。

 

 納得していない訳ではない。ただ単に、気恥ずかしいだけ。

 先に言葉を発したのは、レイバーンの方だった。

 

「余は、こうやってギルレッグと顔を合わせられて嬉しいぞ!」


 傷だらけに関わらず豪快に、力の限り自らの胸を叩くレイバーン。

 高らかに笑う彼を見て、ギルレッグは胸が軽くなるのを感じた。


「……悪かった、レイバーン。お前さんは何も悪くねぇ。

 それどころか、長老を救けるために戦ってくれたのにな。

 ワシなんかより、お前さんの方がよっぽど小人族(ドワーフ)のために動いてくれてるのにな」

「そんなことはないぞ? どうしてお主は自分を卑下するのだ?」

「は?」


 自嘲気味に嗤うギルレッグを前にして、レイバーンは小首を傾げた。


小人族(ドワーフ)がたまたま戦闘に向かない種族というだけだ。

 お主はきっと、戦う力さえあれば長老を救けるために戦っていたであろう。

 余は知っておる。お主は、そういう男だと。現に、余たちを救ってくれたではないか!」


 一人納得したレイバーンは、うんうんと頷いている。

 彼はどこまでも行っても快男児なのだと思い知らされたギルレッグも、思わず笑みを溢す。


「はは、ははは! そうか。ワシはそんな男か。

 お前さんが言うなら、そうなんだろうな」

「うむ! お主はもっと自信を持つが良い!

 そもそもだ。余がもっと早く勘付いていればよかっただけの話なのだ。

 お主たちには気を遣わせてしまった。余の方こそ、謝罪しなければならぬ」


 高い位置から、ギルレッグの頭に届くのではないかというぐらい頭を下げるレイバーン。

 彼もまた、自分を情けなく思っていた。仲間に対する配慮が、まるで出来ていなかったと。


「やめてくれよ。お前さんは何も悪くねぇ」

「しかしだな――」

「だから――」


 自分が悪いのだと、互いに主張し合う二人。

 やがてそれは、二人の顔に自然な笑みを生み出していた。


 魔狼族の事を呑み込めた訳ではない。

 けれど、もう大丈夫。感情の置き所をもう見失ったりはしない。

 ギルレッグは、この日の事を己の心に深く刻み込んだ。

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