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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第三章 オリハルコン争奪戦
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231.裸の王様たち

 魔狼族と鬼族(オーガ)

 互いにいがみ合う存在がクスタリム渓谷を越える事には大きな意味を持つ。


「野郎ども! 今日こそはあの犬ッコロに思い知らせてやるぞ!

 この地の覇者は、誰なのかをよ!」


 (あおぐろ)い巨体の鬼族(オーガ)。オルゴが天へ翳すのは、自らが王である証明。

 鬼武王の神爪(レクエルド)が陽光を浴び、同胞の導となる。


「オオオオオオオオオ!」


 神器を手に取り、王自らが戦闘に立つ。

 今日こそは本気なのだと沸き立つ鬼族(オーガ)


 例え相手が魔獣の始祖から連なる一族だろうが関係ない。

 下らない矜持の問題だ。混血が純血に劣るなど、誰が決めた事か。


 圧倒的な魔力でかつてこの世界を支配しようとした魔族。

 強靭な肉体を持ち、あらゆる苦境すらも越えて見せた巨人族。

 それらの特徴を色濃く受け継いだ鬼族(オーガ)こそ、至高の一族だと彼らは信じている。


 槍、斧、棍棒。各々の得物を手に、鬼族(オーガ)は魔狼族が棲みつく山へ脚を踏み入れる。

 隊列を組んで進攻する巨体の群れは、天から被せられる影によってその足を止めた。

 

「人の縄張りの前で、品の無い集会を開くとはいい度胸だ。

 貴様たち、覚悟は出来ているのだろうな」


 鬼族(オーガ)を見下ろすのは魔狼族の長。その片割れである黒狼(リュコス)とその配下の魔狼。

 狼としては大きすぎるその巨体は、決して鬼族(オーガ)に引けを取らない。

 幾多もの獲物を刈り取った爪と牙が白く輝く。


(……やはり、鬼族(オーガ)とそう変わらぬ大きさだな)


 リュコスは鬼族(オーガ)をけん制する一方で、彼らの体躯に眉を顰めた。

 改めて確認する事でもなかったが、自分の感覚通りレイバーンと鬼族(オーガ)は体格もよく似ている。

 

 心なしか、自分の背後に立つ同胞の視線が自分へ向けられているのを感じる。

 無理もない。逆の立場であれば、自分も疑っていただろう。


「なんだ、リュコスだけか? 神器持ち(ヴォルク)は出るまでもねぇってか?」


 虚勢を張るオルゴだが、内心は安堵していた。神器と戦う必要はないのだと。

 自分の持つ偽物の鬼武王の神爪(レクエルド)で、本物の神器たる獣魔王の神爪(レイシングスラスト)とぶつかり合ったなら敗北は免れない。

 万が一にでも、偽物だと知られる訳には行かない。今まで築き上げてきたものが、一瞬にて崩壊してしまうのだから。

 

「人間のような見た目で、わざわざ口にしてやらないと理解できないのか。単細胞。

 その通りだ、ヴォルクが出るまでもない。この私が、貴様の相手をしてやろう」

 

 高みから見下ろす黒狼(リュコス)もまた、内心では安堵していた。

 鬼族の王(オルゴ)がまさか、神器まで持ち出してくるとは思ってもみなかったからだ。


 彼同様、偽物の獣魔王の神爪(レイシングスラスト)鬼武王の神爪(レクエルド)と交戦する事態は避けたい。

 銀狼(ヴォルク)黒狼(リュコス)もまた、重ねて来た嘘を知られてしまう事を恐れていた。


 一方で、リュコスにとっては好機でもあった。

 相手は神器を持ち出してまで、攻め入ろうとしている。本気度は今までの比ではない。

 自分と鬼族(オーガ)が蜜月関係にあると疑っている同胞に、身の潔白を証明するまたとない機会。

 

 魔狼族と鬼族(オーガ)は、その群れの性質が非常に似ている。

 神がその御力を分け与えた神器を、王たる証として扱っている。


 魔狼族は遥か昔に、本物の獣魔王の神爪(レイシングスラスト)を失った。

 小人族(ドワーフ)に造らせた偽物を、二頭の狼が代々受け継ぐという形で同胞を欺いている。

 

 鬼族(オーガ)は魔狼族とは違い、本物の鬼武王の神爪(レクエルド)を所有している。

 正確に言えば、オルゴが隠し持っている。長寿の魔族の血を引く彼は二代目。

 まだ、同胞には怪しまれていない。真実を知っているのは、自分と突如現れた人間(アルジェント)のみ。


 彼は奇妙な右腕から繰り出される奇術で、自分の鬼武王の神爪(レクエルド)を消して見せた。

 全てが露呈してしまうと狼狽するオルゴに、アルジェントは笑って鬼武王の神爪(レクエルド)を返した。

 人を小馬鹿にするような、不快な笑みを添えて。


「なに、別にオレっちは鬼族(オーガ)の王サマになりたいわけじゃねェのよ。

 ただ、ちょーっち手伝ってくれると、嬉しいわけ。

 アンタらにも悪い話じゃねェって。な、頼むよ。友達(ダチ)だろ?」

 

 一方的に結ばれた友情が、真っ直ぐであるはずもない。

 拒否権はオルゴに存在しなかった。


 アルジェントの要望は、全戦力を以て魔狼族の縄張りへ攻撃を仕掛けて欲しいというもの。

 彼は自分達の山で片っ端から鉱石を集めていた。その過程で、向かい合う山にも興味を持ったらしい。


「なに、別に友達(ダチ)を捨て駒にしようってんじゃねェよ。

 ちょいとオレっちも、中で掻き乱してやるからさ。持ちつ持たれつつってやつだ」

 

 同胞にはこの怪しげな人間と手を組んだと説明をした。

 片手を吹き飛ばされた門番を含め、反発する者も居たが神器の威光で黙らせた。


 直後、彼は暴君のような振舞いをした事をひどく後悔した。

 張り子の虎は、ほんの僅かでも疑念を抱かれてはいけない。


 取り繕わなくてはならない。

 オルゴは、それらしい言葉を次から次へと並べていった。


 あの人間はあくまで、使い捨てだと。

 魔狼族へ奇襲を仕掛け、内外から崩壊させる為だ。

 中で野垂れ死のうが、鬼族(オーガ)として関与するつもりはないと。


 実際、オルゴそうなって欲しいと願っている。

 彼が消えれば、真実を知る者は居ない。自分もまた、堂々と王として振舞える。

 

「犬ッコロが! デケェツラ出来るのも今日までだ!」

「ほざけ! 図体だけの鈍間が!」

 

 両者共にハリボテの神器を御旗に繰り広げられる戦い。

 虚栄心の塊が、世界の片端でぶつかり合う。


 ……*


 『強欲』な男の眼前で震えているのは、小さな老人。

 筋肉が弱まり、猫背になった訳ではない。元々の身長が低いのだとすぐに判った。


 真っ白な髪が重力に沿って垂れている。

 こういうのを「枯れた」というんだろうなと、アルジェントは一人で納得をしていた。


「あ、ぁぁ……」


 眼前の老人は震えている。

 視線だけではない。声の高さも大きさも、何もかもが安定していない。


 魔狼族の縄張りに立っている、小さな老人。

 心当たりがない訳ではない。魔硬金属(オリハルコン)の材料が存在するこの地で、かつて暮らしていた一族。

 

「ジイさん、小人族(ドワーフ)か?」


 小人族(ドワーフ)の長老は逡巡した。どう答えるべきなのか、衰えた脳が答えを出してくれない。

 彼にとって幸いなのは、世界再生の民(リヴェルト)がミスリアと小人族(ドワーフ)に繋がりを見いだせていない事。


(なんだ? ビビッてんのか? 何考えてんのか全くわかんねェ……)

 

 生まれたての小鹿のように震える彼は、何も訴えようとはしない。

 どうしたものかと、アルジェントは頭を掻いた。


 僅かではあるが熟考の後、倒れる魔狼に視線を泳がせる長老に気が付いた。

 単独で群れを成している種族だと思ったのだが、もしかすると仲間だったのだろうかと問う。


「ジイさん、魔狼族(コイツら)と暮らしてたんか?」


 ふるふると長老は首を左右に振る。

 アルジェントも、当然だろうなと納得をする。


 ならば、考えられるもうひとつの理由。

 魔狼が口走った「魔獣族の仲間」という単語。


「そんじゃ、魔獣族とか人間と一緒にここへ来たのか?」


 ミスリアはいつの間に小人族(ドワーフ)と手を組んだのか。

 そうであれば何故、この地に訪れたのか。その解を得られると期待をした。


「にん、げん? 知りませぬ……。

 わしはこの地で逃げ遅れて、ずっと隠れて暮らしていただけですのでぇ……」

「なっ……」

 

 自分の疑問に答えてもらおうと企むアルジェントだったが、目論見が外れる。

 小人族(ドワーフ)の動きに迷いは無かった。視線を泳がせ、嘘をついた気配もない。

 ただ、血に怯えて震えているだけ。


「かーっ。マジかよォ……。アテが外れちまったい」

 

 顔を覆うアルジェントを見て、長老は目論見が上手く行ったのだと確信した。

 年老いて、何もかもが鈍くなったこの身体で出来る数少ない事。

 それは、支えてくれる仲間の足を引っ張らないようにする事。


 小さな身体に収められていた、もう振り絞る機会も無くなっていた勇気をここで吐き出す。

 上手く言いくるめるだけの考えが浮かばないからこそ、彼は自分が出来る事に全力を尽くす。


 彼はずっと神への祈りを欠かさなかった。

 それこそ土の精霊(ノーム)の依代と成れる程に、真摯に感謝を伝えて続けた。

 

 この世界に広がる大地。そのどこにでも土の精霊(ノーム)は存在している。

 直接の繋がりは無くとも、土の精霊(ノーム)は見ただけでわかる。この老人は、信頼に値すると。

 土の精霊(ノーム)が出した警鐘を、長老は無意識に受け取っていた。

 この男に、仲間の情報を与えてはいけない。惚けた老人を装った、一世一代の博打は成功の様相を見せる。


 無論、アルジェントも彼の申告を真に受けた訳ではない。

 彼もまた、惚けた態度で老人の反応を窺っていた。

 

(変化は……。ねェか)


 顔を覆う手。指の隙間から、覗き見る小人族(ドワーフ)の老人に変化は見当たらない。

 隙を見せればボロを出すと思ったが、ただ小刻みに震えるだけ。救援を待っている様子もない。

 時折動く視線の先は、倒れた魔狼ともうひとつ。


「……なんだ、こりゃ?」


 長老の視線を追ったアルジェントが見つけたものは、錆びついた槌。

 自分が扱うには小さく、小人族(ドワーフ)のものだと判る。

 

 こびり付いた血痕と、骨が魔力と溶け込んで結晶となったものまで見える。

 咄嗟に用意できるものではない。これらが長らくこの地に、存在していたという証左。


(このジジイ。本当に魔狼族から逃げ続けて……?)


 アルジェントは考え込む。本当にそんな事が可能なのかと。

 魔獣は鼻の利く一族が多い。異質な存在を嗅ぎ取れないとは思えない。


(臭いは水で掻き消せるか?)


 幸い、地底湖でいくらでも身体を洗い流せる。獰猛な生物も、この湖には存在していない。

 加えて、いくつもの窪地が姿を隠すに適している。奥まで逃げてしまえば、魔狼も探そうとはしないだろう。

 ましてやこんな老人一人に、労力を割く種族だとは思えない。


「ジイさん、大変だったんだなァ……。

 だけど、もう大丈夫だ! オレっちが、わるーいオオカミさんを倒しちまったからな!」

 

 眩しいほどの笑顔が、長老の眼前に現れる。

 小人族(ドワーフ)の様子と周囲の状況から、アルジェントは彼の証言を受け入れた。


「ありがとう、ございますじゃ……」

 

 長老は態度にこそ出さないが、胸を撫で下ろした。

 人知れず土の精霊(ノーム)が支えていてくれたからこそ、緊張感を保つ事が出来た。

 後は自分がこの男(アルジェント)からどうやって逃げ出すか。最大の難関を攻略する方法は、まだ見つかっていない。


「ところでさ、ジイさん。魔硬金属(オリハルコン)って、造れる?」

 

 次の発言で、彼は思い知る。自分独りでは、到底この男から逃げ出す事は出来ないのだと。

 アルジェントは、この小人族(ドワーフ)に利用価値を見出してしまっていた。

 手元に置く理由は在っても、手放す理由が無かった。


 彼はサーニャからこの任務を受け取った時から、常々考えていた。

 魔硬金属(オリハルコン)の材料を採取するのは良いが、どうやって造るつもりなのかと。


 勿論、自分に思いつかないだけでビルフレストの頭の中では絵が描かれているのだろう。

 いけ好かない屑だが、研究で彼を支えるマーカスもいる。

 きっと、魔硬金属(オリハルコン)そのものは出来なくてもどうにかしてしまうのだろう。


 けれど、魔硬金属(オリハルコン)を造れた方がもっと楽に決まっている。

 小人族(ドワーフ)を連れて行けば、その可能性が生まれる。

 不要なら不要で、邪神の実験に使えばいい。実験台はいくつあっても足りないぐらいなのだから。


「つ、つくったことは……。ありません……」


 満面の笑みは、小人族(ドワーフ)の長老にとっては邪悪でしかない。

 演技ではない震え。彼から離れなくてはならないという、本能が発するもの。

 

「そ? でも、小人族(ドワーフ)の秘術なんだろ?

 オレっちと一緒に造ってみようぜ! 人生、いくつになっても挑戦だ!」


 アルジェントは小人族(ドワーフ)の長老を、軽々を抱える。

 長老は抵抗をしなかった。抵抗すれば、他に縋る者がいると知られてしまう。


 王に迷惑はかけられない。小人王の神槌(ストラーダー)を持つ彼が、この邪悪な男に捕まってはならない。

 かつて土の精霊(ノーム)は言った。新たな里を訪れた人間や妖精族(エルフ)に力を貸して欲しいと。


 自分が足を引っ張る訳には行かない。

 クスタリム渓谷を追われた時以上の苦悩が待ち受けたとしても、救けは求めない。


 年老いた自分が出来る、たったひとつの事。

 小人族(ドワーフ)の長老が自分の運命を受け入れようする一方。

 神はまだ、彼を見放したりはしなかった。本人が救世主と取るかどうかは別として、だが。


「血の臭いがすると思って来てみれば……。

 テメェ、どうやってこの地に現れた!?」


 彼の眼前に立ちふさがるのは、雪のように美しい毛を持つ銀狼(ヴォルク)

 その手には、白銀の爪が装着されている。


「あっちゃー。悠長にしすぎたな、こりゃ」


 アルジェントは顔を手で覆い、頭を小さく左右に振る。

 言葉とは裏腹に、彼の余裕は崩れていない。片側だけ上がった口角が、彼の心情を示していた。


「何、余裕コイてんだ? オレ様の神器で、そんなツラ出来ねぇようにしてやるよ」


 侵入者へ向かって振りかざされるのは、獣魔王の神爪(レイシングスラスト)

 向けられた爪に反射するのは、笑みを浮かべている自分の顔。

 

「神器?」

「ああ。もう後悔しても遅ぇぞ」


 状況を察していないのかと、ヴォルクは蔑む。

 だが、逆だった。アルジェントは気付いている。自分へ向けられた武器(もの)が、神器などではないと。


「そっか、神器か。ククク、アッハッハ……!

 なんだよこれ、笑えてくるじゃねェか!」


 笑いを堪えきれないアルジェント。

 神器を前にして余裕を崩さない人間に、ヴォルクは苛立ちを露わにする。


「何がおかしい!?」

「何がって……。何もかもだよ」


 まさかこの地を二分する種族が揃いも揃って、裸の王様だったとは思いもよらなかった。

 『強欲』は、瑪瑙の右手を前へと突き出す。

 王の威厳を、根こそぎ刈り取るかのように。

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