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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第三章 ウェルカ領の戦い

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23.夕焼けの一太刀

 地面……。いや、それより更に下から強い魔力が発せられるのをアメリアは肌で感じ取った。

 それはとても邪悪な意志を感じて、鳥肌が立つ。


「――っ! シンさん!」

「解ってる」


 アメリアが呼ぶと同時に、銃声が二発鳴り響く。

 狙いは灰が創り出している不気味な魔法陣だった。

 

 収束する灰を吹き飛ばそうと、シンは風撃弾(ブラスト・バレット)を撃ち込む。

 しかし、発生した魔力の壁が盾となり、威力を殺されてしまう。


「ちっ」


 風撃弾(ブラスト・バレット)によって巻き起こる風が、視界を遮る。

 風と、魔力の壁。その向こうに影が見える。

 それはとても凶々しいモノだという事は、発せられる重圧(プレッシャー)が否が応でも知らせてくる。


 アメリアも同様に傷付いた身体でその重圧(プレッシャー)を受け止める。

 傷口に染み入る様な、突き刺す痛みを痛感していた。


 そこから、シンとアメリアはほぼ同じ思考に至っていた。

 重圧(プレッシャー)の主が完全に姿を現すより速く、迎撃の構えを見せる。


「水流よ。決して解けぬ鎖と成りて、拘束せよ――」


 アメリアが水の牢獄(アクアジェイル)の詠唱を始める。

 自身に残る魔力が少ない事と相手の強大さから、普段の様に詠唱を破棄しては動きを抑えられないと判断した。

 

 それを見て、シンが凍結弾(フロスト・バレット)を装填する。

 アメリアの拘束を無駄にしない為と、彼女が創り出す水を有効活用しようと考えた。


 直後、重なった獣の咆哮が二人の鼓膜を震わせる。

 フェリーと対峙している魔物と同じ、双頭を持つ魔犬(オルトロス)が姿を現せる。


水の牢獄(アクアジェイル)!」


 その姿を確認した瞬間、アメリアはどんな反応より先に水の牢獄(アクアジェイル)を放つ事を優先する。

 驚きが無いと言えば嘘になる。畏れが無いと言えば嘘になる。

 伝承になるような魔物が姿を現したのだ。

 しかし、それ以上に野放しにしてはいけないと本能が訴えてくる。


 狙いが外れたか、魔力が足りないか、はたまたオルトロスが躱したかは定かでは無い。

 結果として、水の牢獄(アクアジェイル)はオルトロスの頭を片方のみを拘束するに留まった。


 アメリアが自分の不甲斐なさに奥歯を強く噛み締めるより早く、今度は凍結弾(フロスト・バレット)がオルトロスの頭に命中する。

 拘束された水の鎖を中心に凍り付いていき、オルトロスは首を大きく振る事で抵抗する。


「今のうちに片方でも落とすぞ!」

「はいっ!」


 シンの檄にアメリアは応えた。

 蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を持ち、オルトロスの死角からその刃を向ける。


 凍ったオルトロスの首を狙ったアメリアだったが、鋭い反応でその尾を鞭のように振るう。


「くっ――!」


 咄嗟に神剣で受け止めたが、アメリアは尾の一撃を受けて石畳の上を転がる。

 そのまま距離を詰めたオルトロスの前脚が、アメリアの頭上へと掲げられた。

 

 夕陽を浴び橙に染める爪は美しくもあり、『死』を予感させる凶々しさも持ち合わせていた。

 アメリアは回避の為に魔術を使う事すら一瞬、意識から遠ざかっていた。


 目の前で見せ付けられようとしている『死』を否定するかのように、シンは稲妻弾(ブリッツ・バレット)を前脚へ撃ち込む。

 悲鳴に近い咆哮が至近距離にいたアメリアの意識を再び戦闘に回帰(スイッチ)させる。


「っ……! 邪魔です!」


 腕力だけで蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を振り、前脚を斬り付けるものの両断するには至らない。

 それでも体勢を立て直すには十分な隙が生まれ、アメリアはオルトロスから離れる事に成功した。


「すみません、助かりました!」

「気にするな」


 距離を取ったアメリアが呼吸を整える間も、シンはオルトロスへ牽制として銃を撃つ。

 オルトロスは器用に尾を振り回し、それを弾いていく。

 その間に凍らせていた頭も氷を砕き終わり、双頭の咆哮を持って復活を告げる。

 この様子だと魔導弾でも上手く命中させる事が出来なければ、ダメージは期待出来そうにない。


(どうする……?)


 シンが次の手段を考えるより速く、オルトロスが動いた。

 まずは近くに居る。それだけの理由でアメリアにその巨体を突撃させる。


「……!!」


 臨戦体勢こそ取っているが、アメリアは既に満身創痍だった。

 真正面から戦って無事に済むとは到底思えない。


「アメリア! なんでもいい――」


 シンは咄嗟に叫んでいた。言葉を伝え切るより早く、アメリアはその意図を理解していた。


 水の壁を発生させる魔術、水の城壁(アクアウォール)を放つ。

 残り少ない魔力で満足な集中も出来ずに使用した水の城壁(アクアウォール)は、とてもミスリア一の魔術師とは思えない出来だった。

 

 壁というよりは薄い幕に近く、オルトロスの姿もうっすらと見える。

 触れればすぐに破られてしまいそうなお粗末な魔術だった。

 

 しかし、シンの意図には正確に応えていた。


 水の城壁(アクアウォール)の発生と同時に、シンは凍結弾(フロスト・バレット)をそれに向かって撃ち込んでいた。

 オルトロスがアメリアへ到着するより速く、氷の壁が完成する。


 しかし、所詮は薄い氷壁でありオルトロスの足を止めるには至らない。

 突進した巨体が、容易く氷壁を粉々に砕く。

 

 それで良かった。


「ガ――ッ!?」

 

 氷の破片が太陽の光を乱反射させ、オルトロスの視界を眩ませる。

 鬱陶しいと首を大きく振り回す間に、シンとアメリアの姿を見失ってしまった。


 ……*

 

(さて、どうするか――)


 身を隠しながら、シンは対策を練る。

 一先ず、オルトロスをアメリアから引き離す事には成功した。

 

 彼女の持つ蒼龍王の神剣(アクアレイジア)は大雑把に振っても、オルトロスに傷を付けていた。

 上手く連携に組み込みたいところだが、二人の間にオルトロスを挟んでしまっている。


 対策も立てられないままオルトロスの前に姿を現す訳にはいかない。

 しかし、痺れを切らしたオルトロスがこの場を去る事も避ける必要がある。

 

 さっきはアメリアがこちらの意図を察してくれたが、次も上手く行くとは限らない。

 魔導弾で決してダメージを与えられない訳では無いようだが、単発だと決定打に欠ける。


 フェリーと違ってアメリアに何が出来るか、何をしようとしているかの判断がシンには出来ない。

 何より強がってはいるものの、アメリアに余力は殆ど残っていないはずだった。


 考えがまとまらない。フェリー達はどうなっているだろうか。

 焦りと苛立ちが、シンに決断を急がせる。


 一方のアメリアはシン以上に焦りを感じていた。

 致命傷となる傷は無いが、治癒魔術を使う余裕もない。

 治療に魔力を割くならば、オルトロスの討伐に使用するべきだと考えていた。


 先刻の水の城壁(アクアウォール)の感触から、詠唱を破棄して満足な効果が得られるとも思えない。

 咄嗟に魔術を使用する事は諦めた。

 残る魔力は全て蒼龍王の神剣(アクアレイジア)に注ぎ込むと決断した。


「水神の使徒よ、神が作りし剣に御身の力を宿らせ給え――」


 神器『蒼龍王の神剣(アクアレイジア)』の力を解放すべく、残った魔力を注ぎ込む。

 呼応する様に蒼く輝く刀身が、アメリアに残された力の限りだった。


 後は攻撃を始めるタイミングだが、シンと連携を取る事が難しい。

 先刻は彼の姿が目に入って、その眼から何が狙いがあったと瞬時に理解出来た。

 仮にそれが真意にそぐわないものだったとしても、彼ならという信頼から水の城壁(アクアウォール)を放った。


 シンとは今まで共闘した誰よりも連携が組みやすい。

 お互い、何が出来るか全て把握した訳ではないのに背中を預けている。

 それなのに不安が無い事が、アメリアに取って不思議な感覚だった。

 

 せめて彼の姿が見えれば、同じ様に動けるかもしれない。

 淡い期待を抱きつつ、アメリアは建物の陰から状況を確認する。


 既に事態は動いていた。


 ……*


 先にオルトロスの異変に気付いたのはシンだった。

 一歩ずつ、しかし確信を持ってその巨体はアメリアへ近付いていく。

 

 シンの位置からアメリアの正確な位置は把握出来ない。

 それでも最短距離を歩むオルトロスの延長線上に、彼女が隠れているという事は疑いようが無かった。


 シンはアメリアが気付かれる事となった経緯を予測する。

 自分もアメリアも足跡となる様な血痕は残していない。

 ならば、何を以てオルトロスに歩みを確信させているのか。


(――匂いか!)


 あの魔物(オルトロス)は魔犬だ。

 嗅覚が人間より遥かに優れていても不思議ではない。


 それでもあの距離から突撃をすれば、殺気に気付いたアメリアが迎撃体制に入るだろう。

 その時間を一瞬でも彼女の時間を奪おうとしている。

 犬の癖に、中々に小賢しい頭をしている。


 しかし、今度は新たな疑問が生まれる。

 オルトロスから見て、アメリアより自分の位置の方が明らかに近いのだ。


 敢えて遠くにいるアメリアを狙った理由が解らない。

 先に自分を狙えば、武器が剣の彼女は接近せざるを得ない。

 既に魔力は枯渇寸前であり、その魔術がオルトロスにとって脅威ではない事は奴も知っている。


 それなのに、敢えてのアメリアなのだ。

 シンは脳をフル回転させるが、納得のいく答えを見つけるには時間が足りなかった。


 その位置からならば一足飛びでアメリアまで辿り着くのだろう。

 そこからオルトロスが身を屈め、後肢に力を溜め込んでいく。

 筋肉が膨張し、エネルギーが収束していくのが見ただけで判った。


 数秒後にはアメリアが気付く、気付かないに関わらず彼女はその巨体の突進を浴びるだろう。

 神剣による攻撃に希望を見出しているシンにとって、それだけは避けたかった。


「待て……ッ!」


 自分の位置を知らせるように、声を上げながらシンが姿を見せる。

 打ち合わせも何もしていないアメリアに、せめて状況を報せる為でもあった。

 そのまま銃弾を放つが、オルトロスはシンの方を見る事なく躱した。


 シンの口から舌打ちが漏れる。

 あの反応の速さから、躱したのは自分が声を出したからではない。

 オルトロスは自分の位置も把握していたに違いない。


 それなのに敢えてアメリアに狙いを定めているのだ。


 ――実力差か? いや、違う。きっともっと単純な事だ。


 纏まらない思考が邪魔をして、銃を撃つ狙いが逸れる。

 アメリアを狙っていたオルトロスではあるが、こうも鬱陶しいとその矛先をシンへと変える。


 シンとしては願ったり叶ったりだった。

 稲妻弾(ブリッツ・バレット)を撃つが、オルトロス左右にその身を揺らしながら近付いてくる。


 アメリアが陰から姿を見せ、状況を把握した事を視界に捉えたシンは、そのまま注意を引きつける事に尽力する。

 

 風撃弾(ブラスト・バレット)をオルトロスの手前に撃ち込む。

 砕かれた石畳が飛礫となり、オルトロスの身に打ち付けられる。


 その程度で怯む様な魔物ではない事ぐらいは、理解している。

 シンは飛礫と同時に走り出し、オルトロスへ接近する。


 双頭を用いて飛礫を振るい落としたオルトロスへ、至近距離から凍結弾(フロスト・バレット)を撃ち込む。

 狙いは頭……ではなく、前脚。動きを止め、さらに接近をする為だった。


 石畳と共に氷漬けにされた前脚を、オルトロスは力の限りで剥がそうと試みる。

 ブチブチと皮を剥ぐ音とそこから滲み出る血が、魔犬(オルトロス)に怨嗟の籠った咆哮を強要する。


 その隙に至近距離まで近付いたシンは、苦悶の表情をするオルトロスと目が合う。

 近くで見るその眼光には殺意が宿っており、シンに冷汗を流させる。

 

 目が合ったのは一瞬であり、何故かオルトロスが即座に顔を背ける。

 シンには魔犬(オルトロス)が忌避の表情をしたように見えた。


(……どういう事だ?)


 自分の理解が及ばない行動だが、好機(チャンス)である事は確かだった。

 既に接近を開始していたアメリアが、蒼く輝く神剣を振りかぶっている。


 しかし、オルトロスが目を背けたのはあくまでシンだった。

 双頭が首を回した先には、アメリアがいる。


「くっ――!!」

 

 オルトロスが双頭から、鋭い牙を剥き出しにする。

 糸を引く唾液が、アメリアの脳裏に自分の未来を予感させる。

 

「く……っ!!」

 

 既に攻撃体勢に入っているアメリアは、その動きを変える事は出来ない。


「間に合え――!」


 シンは装填済みの稲妻弾(ブリッツ・バレット)を、オルトロスの顔に向かって放つ。

 狙いは今まさにアメリアに向けている顔。その殺意にギラつかせた眼だった。


 装填された弾を咄嗟に撃ち尽くした事もあって、その銃弾の一発は魔犬(オルトロス)の眼を見事に撃ち抜く。

 悲鳴にも似た咆哮が大地を揺らす。


「――ここっ!!」


 その隙を逃さず、アメリアの神剣がその首を断ち斬る。


 残った頭から、一際大きな悲鳴が夕焼け空に響いた。

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