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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第三章 オリハルコン争奪戦
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230.忍び込む悪意

 一度しか言っていないはずなのに。

 時間なんて、経っていないはずなのに。

 

 何度も頭の中でこだまする。

 彼の気迫が、怒りが。本心から放たれた言葉だと伝わってくるから。


 どうして自分に、その考えが及ばなかったのか。

 小人族(ドワーフ)がかつて住んでいた地に、魔狼族が棲みついている。

 少し頭を働かせれば、気付けるはずなのに。

 



 眼前の矮小な存在が、怒りを露わにしたところで二頭の魔狼が怯むはずもない。

 何を言っているのだと蔑むような眼で、小さき存在(ドワーフ)を見下ろす。

 

小人族(ドワーフ)ぅ? 知らねぇよ。

 そんなもん、初めて見たのがお前たちだよ」

「――っ!」


 人を小馬鹿にした銀狼(ヴォルク)の態度。

 奥歯が割れそうな程に、ギルレッグは歯の根をぐっと噛みしめる。


「ふざけんな! だったら、テメェの神器モドキはなんだ!?

 100年以上も朽ちない武器! そんな武器(モン)小人族(ドワーフ)でなければ誰が造れるってんだ!?」

「我々は、この獣魔王の神爪(レイシングスラスト)を代々受け継いでいるだけだ。

 いつ、誰が造ったまでは知らない。気にしたこともない」


 黒狼(リュコス)の言葉に偽りはない。

 彼らは本当に知らないのだ。偽物の獣魔王の神爪(レイシングスラスト)を造った者など。


「さっき、地底湖で槌を見つけた。小人族(ドワーフ)のものだ。

 血痕と思わしきものも付着していた。テメェら魔狼族が、殺ったんだろ!?

 ニセモンの神器を造らせて、口封じに!」


 憤るギルレッグ。対して、二頭の魔狼は互いの顔を見合わせる。

 視線を交わし、同じ認識を持っている事を確認する。


「何が問題なんだ?」


 煮え滾らせた怒りに、冷水をかけるかのような一言をこともなげに放つヴォルク。

 感情の行き場を奪われたギルレッグの眼は、頭上にある銀狼を睨みつけた。


「追いやっただか、殺しただか言ってるが。この世界はそういうものだろう?

 小人族(ドワーフ)が弱いから棲み処を追いやられた。逃げ遅れたヤツは利用されて殺された。そんなに珍しい話か?」


 返す言葉もない。銀狼(ヴォルク)が言っている事は、真実(あたりまえ)なのだから。

 魔力の濃度が高く、様々な魔族や亜人が暮らすこの地域では当たり前の出来事。

 だから身を寄せ合い、集落を作る。妖精族(エルフ)のように、外との干渉を断つ種族も現れる。


 銀狼(ヴォルク)は何も間違っていない。けれど、それは強者であるからこその目線。

 奪われる者にとっては、奪った者に憎しみを抱くのも自然な事だった。


「そうかもしれねぇが。ワシにとっては、簡単に割り切れる話じゃねぇ……!」

 

 ギルレッグは小人族(ドワーフ)を愛している。

 一度存亡の危機に陥ったにも関わらず、なんとか立ち直った脆弱な種族を。

 神に祈りを捧げ、二柱から認められた信仰深い種族を。

 

「だったら、どうだって言うんだ? 敵討ちか?

 好きにすればいいだろう。それもまた、この世界では珍しくもない。

 ま、オレ様も抵抗はさせてもらうがな」

「このヤロウ……!」

 

 挑発の姿勢を崩さない銀狼(ヴォルク)に、ギルレッグは血管がはち切れそうになるほどの怒りを露わにする。

 いつしか小人王の神槌(ストラーダー)を手にした彼は、その怒りをぶつけるべく魔狼へと近付こうとしていた。


「ま、待つのだ! ギルレッグよ!」


 流石にまずいと思ったレイバーンが、隠していたその身を晒す。

 ギルレッグと魔狼の間に割って入っては、怒りに身を任せようとしていた彼を止めた。


「レイバーン……!」


 自分のよく知る大柄な男が、心なしか小さく見えた。

 彼の丸くなった背中が、垂れた耳が証明している。今の話を全て聴いていたのだと。


 レイバーンの背中を挟んだ反対側。銀狼(ヴォルク)黒狼(リュコス)はため息を吐いた。

 ずっと彼と妖精族(エルフ)の女王が聞き耳を立てていた事には気付いていた。

 いつ仲裁に入るのかと、もしかしてこの状況を愉しんでいるのではないかと、業を煮やしていた。


「ギルレッグよ。お主の怒りは尤もだ。

 だが、手を出してはならぬ。手を出してしまえば、魔狼族はきっとお主を狙う。

 そうなれば、生きてこの山を出ることは出来ぬ!」


 ――だから堪えてくれ。

 

 最後の一言は、どうしても言えなかった。

 弱者は力に屈しろと、突き付けてしまう。

 同胞を殺されたギルレッグへの侮辱でしかない。


「……そうだな。ワシがこの場で殴りかかれば、すぐに魔狼に殺されちまうだろうな。

 お前さんたちにも迷惑が掛かる。あんがとよ、目が覚めたぜ」

「ギルレッグ……!」

 

 声のトーンが収まり、低くなった声が洞窟に反響する。

 我に返ってくれたのだと、ホッとするレイバーンは気付いていない。

 彼の言葉に、感情が全く込められていない事に。


「けどな、ワシは魔狼族が許せねぇ。魔硬金属(オリハルコン)の鉱石を集めたら、とっとと帰らせてもらう。

 ニイちゃんたちにも、そう伝えさせてもらうぜ」


 復讐が叶わないのであれば、今すぐにでもこの場を去りたい。

 ぽつりと呟いた言葉には、哀愁が漂っていた。

 筋肉の鎧を纏っているはずの身体が、とても弱々しいものに思えた。


「ギル――」

「レイバーン。ワシは、お前さんのことも嫌いじゃねぇ。

 だけどな、今は顔を合わせたくねぇ。悪いが、ちょっとだけ頭を冷やさせてくれ。

 お前は、本当に悪くねぇ。ただ、分かってくれ」

 

 絞り出した声は、無念の想いに満ち溢れている。

 無論、レイバーンへ感謝をしている。衝動に身を任せた行為を止めてくれた。

 自分と仲間の命を救ってくれた。命の恩人なのだと。

 

 レイバーンの事は嫌いではない。むしろ、気のいい男だと好感を持っている。

 けれど、今はその顔を見たくなかった。憎き魔狼族に酷似した、その顔を。


「……うむ」

 

 普段のギルレッグからは考えられない、弱々しい声。

 伸ばした手を握り締める。その中には、何も入っていない。

 一歩ずつ遠ざかっていくギルレッグの姿を、レイバーンは見守る事しか出来なかった。


 レイバーンは、かつて(シン)と交わした言葉を思い出した。

 初対面の自分に、彼は魔獣を殺した自分を怨んでいないのかと訊いた。

 自分は、怨んでないと答えた。今でもその気持ちに変わりはない。

 戦闘ともなれば、当然の事だ。逆の立場だって、いくらでもあるだろう。

 

 けれど、それはあくまで戦える者の理屈だと思い知らされた。

 戦えない者は、割り切るのが自分達よりも難しいのだ。

 例え面識が無かったとしても。世代が違ったとしても、大切な同胞には違いない。

 

「あ、あのね! レイバーン……!」


 去り行くギルレッグに声を掛ける事も出来ず、リタはどうすればいいのか判らないと慌てふためく。

 彼女の顔を見て、レイバーンは確信を得た。


「リタは知っていたのだな」


 巨体にそぐわぬ小さな声。いつになく、寂しそうな声。

 リタは胸が締め付けられそうになる。こんな彼を見たくは無かった。


「その……。知っていたというよりは、そうかもしれないって……」


 言葉を選ぶ彼女の様子を見て、レイバーンは気を遣わせてしまった事に気付いた。

 魔硬金属(オリハルコン)の材料採取ではない、自分自身の目的。

 その邪魔をしないように振舞ってくれていたのだと。


「ごめんね。黙ってて」

「リタが謝ることではないだろう。余が、もっと考えていればよかったことだ」

「それでも、だよ」


 肩を落とすリタ。

 気を遣わせてしまったと、眉を下げるレイバーン。


「結局、何事も無かったな。脆弱な種族が己の感情を吐き捨てただけか」


 ギルレッグの、小人族(ドワーフ)の無念など露知らず。

 とんだ茶番だと言わんばかりに、黒狼(リュコス)が吐き捨てる。


「そんな言い方は――!」


 いくら何でも無神経が過ぎると、リタがリュコスへ噛みつこうとするよりも早く。

 レイバーンの指は、黒狼(リュコス)の口を塞いでいた。


「そういう言い方は無いであろう? 小人族(ドワーフ)には、小人族(ドワーフ)の仲間意識がある。

 お主らの言い分も尤もだが、ギルレッグの感情を蔑ろにしていい理由にはならぬぞ」


 静かに、だが確実に怒りの混じった声。

 口を摘ままれた状態で、黒狼(リュコス)は明らかな敵意をレイバーンへ向けていた。


(コイツ……!)


 たった三本の指に抑えつけられているだけだというのに、牙が自らの口内で食い込む。

 静かな、けれど確かな怒りから繰り出されるそれは鬼族(オーガ)の腕力を彷彿とさせる。


「おい、そこの混ざり者!」


 ヴォルクが「手を離せ」と、続けようとした瞬間。

 魔狼族の縄張りであるこの山に異変が起きる。


「……魔狼が、哭いているのか?」


 洞窟内に重なり合う魔狼の遠吠え。

 一頭や二頭ではない。幾重もの声が重なり、絶え間なく鼓膜を揺らす。


「なっ、なに!?」


 あまりの煩さに、思わずリタが耳を塞ぐ。

 妖精族(エルフ)であるリタには感じ取れないが、レイバーンはこの声には意味があるのだと察した。

 二頭の魔狼が、それを証明する。レイバーンなどどうでもいいと言わんばかりに、彼から視線を外す。


「チッ、こんな面倒な時に!」


 銀狼(ヴォルク)の舌打ちは、遠吠えに掻き消される。

 黒狼(リュコス)はレイバーンの拘束から抜け、叫んだ。


「敵襲だ。鬼族(オーガ)が、攻めて来た!」


 魔狼の呼び出しに応えるかの如く、二頭の魔狼は洞窟の中を駆けていく。

 リタとレイバーンが彼らの姿を見失うのに、10秒も必要としなかった。


 ……*


 地底湖を進み、奥で鉱石を彫り続けていたシンとフェリーにも遠吠えは届けられる。

 唐突に現れた鳴りやまない音は、自分達への威嚇なのではないかと錯覚してしまう程だった。

 

「シン、なんだかすっごくうるさいよ?」


 延々と鼓膜に波状攻撃を仕掛けられ、フェリーが耳を塞ぐ。

 眉根を寄せ、不機嫌を露わにした状態でシンへと問う。


「……魔狼族か? 一旦、戻るぞ」

 

 シンもまた、魔狼族の遠吠えも顔を顰めていた。

 このままでは耳がしばらく使い物にならない。状況を確認しようとフェリーへ提案する。


「ん! 耳、イタくなっちゃうもんね」


 フェリーは石を詰め込んだ鞄を肩にかけ、手を挙げる。

 遠吠えのせいで会話が聞こえ辛い。こういう時に、すぐに行動に現してくれるフェリーは頼もしく思えた。


「ああ、急ごう」


 シンの合図に従って、フェリーはその足を速める。

 走っている間。想像に反して段々と弱まっていく遠吠えに、二人は胸騒ぎを覚えた。


 ……*


 小人族(ドワーフ)の長老は、その一部始終を目撃した。

 湖の底から現れた、怪しげな男が繰り出す奇術を含めて。


「よっと。鬼族(オーガ)じゃ通れないし、魔狼族じゃ息が持たないんだろうなァ。

 ま、オレっちに掛かればこんなもんよ」


 中から現れた男は紺色の髪や己の服を水浸しにし、足元に濃い染みを生み出している。

 アルジェント・クリューソス。『強欲』に適合した男が、魔狼族の縄張りへ足を踏み入れた。

 

 今回彼が通ったルートは、地下水脈。ふたつの山は繋がっている。

 クスタリム渓谷を挟んで、地底湖の底に存在する水路のみだが。


 鬼族(オーガ)ではとても通れない大きさ。

 魔狼族にとっても、潜る事の無い深さ。


 故に両者とも、この水路を使用する事は無かった。

 長年使われないのだから、今日も使われないだろうという妄信。

 アルジェントは、その心理的な隙を突いて単独での侵入を試みる。


 ビルフレストが手に入れたという魔導具が、水中での動きを容易にする。

 蒼龍王が造り出した魔導具をどうやって入手したのかは、教えてもらえなかったが。


「さてさて。鬼族(オーガ)が外で暴れてくれてる間に、オレっちは魔硬金属(オリハルコン)の材料を集めないとなァ」


 とはいえ、アルジェントも鉱石には明るくない。

 接収(アクワイア)によって持ち運べる枚数にも限りがある。

 出来れば色んな鉱石を纏めて、一枚の(カード)にしておきたいところだ。

 

 だが、彼にも悠長にしている時間はない。

 陽動として鬼族(オーガ)が暴れているとしても、魔狼族の全てが外へ出向いた訳ではないだろう。

 自分も戦闘は避けられない状態であるという認識は持っている。余裕を崩す理由にはならないが。


「……とかなんとか言ってると、すぐ来ちゃうんだもんなァ。

 あー、ヤダヤダ。もう少し感慨に浸らせてくれよ」


 美しい地底湖。神秘的な魔力の結晶。

 それらに目を奪われる時間は、アルジェントには用意されていなかった。

 彼は一瞬にして、洞窟内に残っていた魔狼に取り囲まれる。


「お早い歓迎で、オレっち感動しちまうよ。そんなに焦んなくていいのにさァ」


 やれやれとため息を吐きながら、自分を取り囲む魔狼を数える。

 未だ余裕の態度を崩さない彼へ向かって、魔狼の一匹が問う。


「貴様、あの魔獣族の仲間か?」

「あん?」


 突拍子もない質問に、アルジェントは眉を顰める。

 意味が判らない。自分は単独でこの地に足を踏み入れた。

 正確に言えば鬼族(オーガ)と手を組んだ形だが、あくまで手下は現地調達だ。


(ふむ。これは面倒なパターンかもしれねェな)


 魔獣族の仲間。自分の知る限り、人間でそのような立ち位置に付く者は二種類しか知らない。

 ひとつは自分達(リヴェルト)。ビルフレストやアルマが三日月島で、魔獣を屈服させていた。

 厳密に言えば、仲間とは違う気もするが。


 もうひとつは、その自分達と敵対する存在。

 神器の継承者である魔獣族の王(レイバーン)を仲間とした一団。ミスリアや不老不死の魔女(フェリー)達。


(……マジかァ)

 

 アルジェントも、よもや連続して彼らと邂逅するとは思わなかった。

 確かに博打は得意だが、こう連続して当たりを引く必要もないだろうと毒づく。


(いや、待てよ)


 面倒だと考える傍ら、これは好機(チャンス)なのだとアルジェントは捉える。

 魔狼族は自分達と彼らが敵対しているとは知らない。声のトーンからして、彼らの存在を快く思っていない事だけは伝わってくる。

 ならば、暴れるだけ暴れて罪を被ってもらおうという結論へ行きつく。


「そうと決まれば、お仕事開始だな」


 悪趣味に輝く純金の手甲を外した先に現れる、瑪瑙のような縞模様を持った右腕。

 この地で様々な魔力の塊を見て来た魔狼も、その不気味さに息を呑む。

 獣の本能が、『強欲』の禍々しさを感じ取った。捨て置いてはいけない存在だと、身の毛がよだつ。


 魔狼の波状攻撃がアルジェントへ襲い掛かる。

 だが、そのどれも彼へ届く事は無かった。


 ……*

 

「――準備運動は、こんなモンか。後は魔硬金属(オリハルコン)だな」


 ゆっくりと身体を伸ばすアルジェント。

 彼の背後に積み重なるのは、魔狼の死骸。


 岩場の影からその様子を見ていた小人族(ドワーフ)の長老は、気付かれてはならないと身体を震わせる。

 この数分で確信をした。この男こそが、皆が言う邪神の適合者なのだと。


 憎き魔狼が屠られた事など、既に長老の頭から消えていた。

 王へ、仲間へ伝えなくてはならない。この危険な男を、野放しにしてはいけない。


 恐怖による震えと、この場から逃げ出したいという気持ち。

 それらを克服してでも伝えようとする勇気が、砂利を擦らせる。


「なんだ、まだいたのか」


 皮肉にも、それがアルジェントへ気付かせてしまう事になる。

 自分の存在。魔硬金属(オリハルコン)を造ったとされる、小人族(ドワーフ)の存在を。

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