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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第三章 オリハルコン争奪戦
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224.ないのもねだりの少女たち

 転移魔術に必要な材料の採取。

 ストルはどちらかというと、魔硬金属(オリハルコン)を必要とする立場にあった。


 リタを同行させる事に初めは難色を示したものの、どれぐらい必要になるかは判らない。

 それならば、代表としてリタを同行させれば交渉もスムーズに行くのではないか。

 そういった旨の説得を行い、ストルにリタの同行を認めさせた。


「いいか、キーランド。くれぐれもリタ様をよろしく頼むぞ。

 必ず、無事にお連れするんだ。いいな……」

「あ、ああ……」


 肩を掴み、頭を垂れるストル。既視感のある光景だった。

 恐らく彼女を全力で支えるのはレイバーンだと思うのだが、ストルはあくまでシンへ頼み込む。

 後で知った話だが、オリヴィア曰く「昔邪険にした手前、素直に頼み辛い」だそうだ。

 今でこそストルも他種族へ好意的になったものの、道のりはまだまだ険しそうだ。


 


 研究所を訪れた理由は、ストルの説得だけが目的ではない。

 シンを呼び出す人物が居たからだった。


 ベル・マレット。

 今回の……というよりは、冒険者時代のシンにとってお得意様の依頼主。

 実入りのいい仕事かつ補助(サポート)も手厚い彼女は、魔硬金属(オリハルコン)の採取に於いても同様だった。


「ほら、魔導砲(マナ・ブラスタ)の調整も完了したぞ」


 マレットが施した調整。正確には、機能の追加。

 それは以前、シンが彼女へ要望を出していた機能の追加だった。


 魔導砲(マナ・ブラスタ)充填(チャージ)した魔力を一発で使い切る仕様上、連発ができない。

 充填(チャージ)した魔力に比例して上がる威力は、魔導弾(マナ・バレット)にはない機能で重宝はする。

 

 だが、いつまでも放たないのであれば相手に警戒されてしまう。シンは自分の戦闘方法(スタイル)からも、手数を欲していた。

 通常の弾丸や魔導弾(マナ・バレット)を撃てるように改良はしてもらったものの、充填(チャージ)後は切り替えができない。

 威力を上げ過ぎてしまえば無駄撃ちはできない。決して誤射が許されない威力となる。

 かといって機を伺い続けた結果、撃たないのであれば相手の警戒は解かれない。

 シンの抱えるジレンマ。その一部を解消するべく、マレットが魔導砲(マナ・ブラスタ)へてを加えた。

 

 マレットは差し出した掌から、指を三本立てる。

 新たな機能を追加したという魔導砲(マナ・ブラスタ)。その意図はシンにもすぐ伝わる事となる。

 

「三発だ。充填(チャージ)した魔力を、三発の弾丸に按分できるようにした」


 これまで、一発だったものが三発まで撃てる。

 勿論、その分威力は下がるが用途を使い分ければいい。シンにとっては、連射の選択肢を存在させる事に意味がある。


「その代わり、一度弾丸を分けると使い切るまで再充填(チャージ)はできないぞ。

 実弾との切替も、魔力が残っている間は無理だ」

「その辺り、どうにかできないのか?」


 シンからすれば、可能な限り自身の行動を読まれるような事態は避けたい。

 戦場に赴く者からすれば、当然の要望。しかし、開発するマレットが実現可能か否かはまた別の問題だった。


「お前、ホントにアタシ相手だと好き放題言うよな。

 駄目だ。そもそも、実弾を撃てるようにした段階でかなり無茶をしてるんだ。

 魔力が残ったままに切り替えようとすると、すでに接続されている魔導石(マナ・ドライヴ)が――」


 専門的な言葉をつらつらと並べるマレット。シンは意図自体はなんとなく理解出来るが、言っている内容はあまり頭に入ってこない。

 魔導石(マナ・ドライヴ)の魔力が正しい手順で供給されないだとか、発射の過程に組み込まれてしまった後に切り替えはできないという事らしい。

 要するに「我儘ばかり言うな」というところなのだろう。


 シンも自分がマレットへ無茶な要求をしている自覚はある。

 かつて伝えた「感謝している」という言葉は決して嘘ではない。

 ただ、同時にこうも考えてしまう。「マレットなら、まだ無茶を言っても、応えてくれるのではないか」と。


 彼女の能力を信頼しているが故なのだが、それによって引き出せるのはマレットの愚痴。

 ただ、天才発明家はそれだけで終わらせたりはしない。ある程度は実現させてしまうのが彼女の手腕。

 代償はマレットの愚痴と、シンと仲が良さそうに振る舞っている彼女に嫉妬するフェリーの姿ぐらいだった。


「ところでマレット。接近戦に対応できるようには――」

「お前マジで、少しは自重しろ。まだ構想中なんだよ」


 ぶつくさと文句を言いつつも、きちんと彼女の脳内では組み立てられていく魔導砲(マナ・ブラスタ)の進化系。

 マレットは本当に、頼りになる。


 


 リタの同行に大義名分が生まれた事もあって、それからの準備は滞りなく進んだ。

 戦車(チャリオット)に可能な限りの荷物を詰め込み、二頭の魔犬が曳いて行く。

 目的地は東。ラーシア大陸の北東にあたる部分。旧小人族(ドワーフ)の里を目指して、一行は進出を始めた。


 ……*


 アルフヘイムの森を抜け、戦車(チャリオット)は荒野を駆け抜けていく。

 途中でいくつも窪地があり、中には水が溜まって泉となっているものもあった。


「この辺りは、なんだかすっごく デコボコしてるんだね」


 ぽかんと口を開け、呆気に取られるリタ。

 森林に囲まれたアルフヘイムの森や、小人族(ドワーフ)の住む遺跡周辺とはまた違った雰囲気。

 レイバーン達の住む周辺も荒野でこそあるが、ここまで地形が変わっているような場所はなかった。


「この辺りは、昔は様々な種族が縄張を主張するために争っていたらしい。

 余の一族はその戦いから溢れた者で集落を作ったのだ」


 本来なら、魔獣族の集落はもっと単一的な種族に統一される事が多いらしい。

 狼であるレイバーンであれば、犬や狼。ミスリアから訪れたルナールは別としても、彼の周りには様々な魔獣や獣人が身を寄せ合っている。

 いち早く多種多様を受け入れているからか、居住特区について最も好意的に捉えているのが魔獣族でもあった。

 

 現在の事はさておき、レイバーンが神器を持っている経緯に至る。

 と言っても、正確な内容は伝えられていない。最初に集落を組んだメンバー。

 その中に偶然、神器の継承者が居たのだろうと彼は語る。月日が流れ、いつしか王が継承するべき者へと変わって行ったのだと。


「むぅ。そんな感じだから、祈りを捧げる神様もわからないよね……。

 というか、そんな適当に継承されてるなんて……」

 

 神器の扱いがぞんざいである事に、リタはなんとも言えない顔をしていた。

 神への祈り。信仰を何よりも大切にする妖精族(エルフ)とはあまりにも違う価値観。


「い、今はちゃんと考えておるぞ! 神は未だに分からぬが、余なりに獣魔王の神爪(レイジングスラスト)と会話をしたりだな……」


 最後に肩を落としながら、レイバーンは「一方的に語り掛けているような気がするのだがな」と呟いた。

 本人が語る通り、レイバーンは決して神を蔑ろにしていた訳ではない。

 

 ただ、本人が神器という物を正しく理解してなかった。重要性も、きっと曖昧なまま伝えられてきたのだろう。

 彼らの祖先もまた、現世で力を貸してくれるかどうかも分からない神より、己の力を信じて生きてきた。


「分かってるよ。レイバーンは、そんな人じゃないもんね」

「リタ……」


 カタラクト島から帰ってきたアメリア。彼女は、水の精霊(ウンディーネ)を通して神器の意義を聞いた。

 かつて起きた大きな争いに対抗する為に、神が出来る精一杯の干渉。

 神器の恩恵と様々な種族が入り乱れて争いが行われた結果が、現在の世界。

 魔族の支配する暗黒世界(ディストピア)は生まれず、神の願った通りの結果となった。

 同時に、神器は500年以上も昔にその役目を終えているという事実。

 祈りを捧げない事は、決して過ちではなかった。


 長寿の妖精族(エルフ)小人族(ドワーフ)ですら、代替わりは起きている。先の戦い、その詳細を知る者はいない。

 だからなのだろう。神器が自身の認めた者へ、力を貸す武器だと思われてきたのは。

 ある意味では妖精王の神弓(リインフォース)よりも獣魔王の神爪(レイジングスラスト)の方が、神器としての役割を全うしているのかもしれない。


 けれど、神器は再びその力を求められる。

 邪神という人為的に生み出された『神』を冠する存在。その名に偽りはなく、得た力は強大だった。


 蒼龍王の神剣(アクアレイジア)はその姿を変えた。

 一度破損した事による打ち直した結果なのだが、彼女の願いを汲んで今の姿となった。

 役目を終えても、神器を通して神は自分達を見ているという証明。


 信仰心の強いリタにとっては、新たに感謝の気持ちが芽生える出来事。

 深く神について考えてこなかったレイバーンにとっては、自らの起源(ルーツ)と向き合う切っ掛け。

 交わるはずの無かった種族が互いを受け入れた。発端となった二人が、今は同じ方向を向いている。


「ご先祖様のところで、何か判るといいね」

「うむ!」


 久しぶりに一緒に行動ができたと、リタとレイバーンは喜ぶ。

 完全に二人の世界へ入ってる様子を、フェリーがじっと見ていた。


「むぅ」


 端的に言えば、フェリーは羨ましい。

 あぐらの上にちょこんと乗るリタは人形のように可愛らしかった。


 レイバーンと会話をする為に彼女は顔を上げ、逆にリタと会話をする為に彼は頭を下げる。

 戦車(チャリオット)の中で、二人だけの世界が出来上がっていた。


「無理言ってついて来てもらってると思ってたが、なんだか幸せそうだな」


 ギルレッグですら、真っ白な髭を撫でながら軽く笑っている。

 微笑ましい光景だが、フェリーはこの間とは立場が真逆になってしまった。


 隣の芝は青く見えるというべきだろうか。

 確かにリタも、常にシンと行動しているフェリーを羨ましく思う。

 一方でフェリーも、こうやって人目を憚らずイチャつけるリタが羨ましい。


 レイバーンはリタへの愛情表現が彼なりに真っ直ぐである事も、フェリーが羨望する理由だった。

 シンもはっきりと「好き」と言ってくれた。自分も伝えた。

 けれど、あんな風に膝の上になんて乗れない。乗ってはみたいと、思いつつも。


(でも、あたし……。お、オモくないよね? オモいって言われたらツラいかも……)


 その予定にが存在しないにも関わらず、フェリーは一人そんな事を心配していた。


 ……*


 すっかり日が暮れ、戦車(チャリオット)はその歩みを止める。

 本日の野営は荒野で行われる。大昔の争いで出来上がった窪地に水が溜まる事で出来上がった泉。

 同様に大戦によって盛り上がった大地が丘となり、周囲からの視線を遮断する。

 こんな機会は早々ないと、フェリーとリタは泉で汚れを洗い流していた。


「むぅ……。いいな……」


 銀色の髪から水を滴らせながら、リタはぽつりと呟いた。

 フェリーは自分に持っていないものをたくさん持っている。彼女の双丘も、そのひとつだった。


 以前、彼女が妖精族(エルフ)の服を着た事がある。

 比較的小柄で、スレンダーな体型の多い妖精族(エルフ)が着ても何も思わなかったそれが、まさかあんなに化けるとは。

 思わず生唾を飲み込んだし、レイバーンもその事に触れていた。


 やっぱりレイバーンもその方が好みなのか。それとも、男が皆そうなのか。

 自分にぞっこんだという事実を忘れる程に、リタはフェリーのそれを羨ましく思っていた。


「リタちゃん、どうかしたの?」

「ううん、無いものねだりだから……」

「うん?」


 種族的にも、自分はあの領域まで望めない。

 項垂れるリタを見て、フェリーは小首を傾げる。金色の長髪が、水面に触れて波紋を作っていた。


 無いものねだりとは言うが、それはリタに限った話でもない。

 フェリーもまた、リタの姿を見て羨ましいと思っている。


 じっと自らの身体を見つめる視線に、リタも気がついた。

 戦力差を比べられているのではないかと、被害妄想に陥ろうとしていたが。


「リタちゃん、いいなぁ……」


 自分と同様の言葉を語るフェリーが、リタには理解できなかった。

 この凹凸の少ない身体に、自分の欲しいものを持っている彼女が何を羨ましがるというのか。


「だって、キレーだもん。お肌も、スベスベだし。

 髪も肌も、ずっと撫でていたいよ」


 フェリーはそう言って、リタへと手を伸ばす。

 指が軽く沈んでは、薄く乗った脂肪が押し返そうとする。

 きめ細かで真っ白な肌は精巧な芸術品のようで、ついつい自分と見比べてしまう。


 初めて逢った時も、彼女は一糸纏わぬ姿だった。

 あの時は一瞬しか見ていないし、何より驚きが優っていた。


 妖精族(エルフ)の里で、彼女の家に泊まった際。

 何度も一緒に入浴する機会があった。その時から、フェリーはずっと羨望も眼差しを送っていた。


「あ、ありがとう。でも、フェリーちゃんもかわいいよ!」

「えへへ、ありがと」


 互いを褒めあっては、はにかんで見せる二人。

 結局は、ないものねだりをしているだけだった。


 ……*


 丘の向こう側。

 ギルレッグと長老は、道中で拾った石を見ては何やらぶつぶつと呟いている。

 昆虫の魔物が放った糸も使い道がありそうだと言っていたが、どうやら門外漢らしい。


 鋭敏な感覚を生かして、周囲の警戒をしているレイバーン。

 シンはというと、薪に火を焚べて食事の準備をしていた。


 今晩の食事は、一風変わった物。麺に味を練り込んで、油で一気に揚げている携帯食。

 それをお湯で戻せば、即席で麺料理が食べられるというものだった。

 前世の知識を駆使したピースが、持ち運びも調理も簡単だからと教えてくれた。

 彼はどうやら卵を乗せた上から、お湯を流し込むのが好みらしい。


 ほぐれた麺を味見がてら、口にする。

 思っていたより味は濃いが、なんだか癖にある味だった。


「……どんなアレンジをしているのか、今度ピースに訊いてみるか」


 食材で荷物を取られないのはいいなと、即席麺にシンは好意的な反応を見せる。

 新しい料理を食べて機嫌のいいシンの元へ、レイバーンが耳打ちをする。


「なぁ、シン。お主はよくずっと旅をしていられるな……」

「……なんの話だ?」


 レイバーンの意図が読めず、シンは訝しむ。

 シンの反応を見て、レイバーンは納得をした。自分は人間より聴力が優れている。

 周囲を警戒する為に耳をすませば、どうしても聴こえてしまうのだと。


 艶かしく擦れる衣の音。するりと、布が重なっていく音。

 水面に足の先が触れた音。白く細い指が、水を掬った音。

 その全てが、聴こえてしまっている。もちろん、会話も。


 音だけというのがまずかった。会えない日々が続いて、彼女を想う時間が増えていた。

 脳裏に刻まれたリタの声や感触が、このタイミングで蘇ってしまう。


(リタ、わざとではないのだ。その、すまぬ……)

 

 顔を赤らめると同時に、レイバーンは懺悔をする。

 本人に伝える訳にもいかないが、とにかく心の中で平謝りをしていた。

 意味深な言葉だけを残されたシンは、意味が分からないと眉を顰めたままだった。

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