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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第三章 オリハルコン争奪戦
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221.その名はオリハルコン

 シン達がカタラクト島で戦闘を繰り広げている頃。

 今日も潤沢な魔力により成長した木々が、妖精族(エルフ)の里を見守っている。


 元々は妖精族(エルフ)が寄り添う土地であったアルフヘイムの森。

 そこへ新たな住人となった彼女達は、今日も自らの務めを果たすべく研究に勤しんでいる。

 

 オリヴィア・フォスターが発起人となり、研究が続けられている転移魔術。

 刻と運命の(アイオン)神の遺跡に記された壁画。

 彼女達や妖精族(エルフ)の知識と、マレットとギルレッグの工夫によって生まれた試作品は一旦の成功を見せた。


 ただし、転移を可能とするのは魔力を持たない物質を数十メートルのみ。

 オリヴィアは自分が術式をごっそり抜いた結果、最低限の効果しか発揮しなかったのだと推測している。

 簡易的な転移魔術を円盤状の魔導具で作成出来た事からも、この考えは間違っていない。


 なので、今度は片っ端から必要と思える記述を追記していった。

 想定していた大きさの魔法陣に収まらない程、記載された術式。

 膨大な文字列によって彩られた魔法陣は、僅かではあるが魔力を有した物体の転移に成功する。


「やったな! オリヴィア!」


 喜ぶストルとは対照的に、オリヴィアとテランは渋い顔をしている。

 顔を見れば納得していない事には気付けるが、理由が解からない。一歩前進したというのに。


「……ダメですね」

「駄目だろうね」

 

 新たな魔術を創るという事自体が初体験であるストルにとって、二人の反応が意味するものは理解しがたかった。

 前回と違い、今度は魔術を持つ物体を転移させる事が出来た。それの何がいけないのだろうかと首を傾げる。

 

「すまないが、何が駄目なんだ?」

「ええっと。術式を長くし過ぎた結果、きちんと閉じられていないんですよ」


 人間の魔術式で書かれているから読み辛いものの、魔法陣に関しては自分の方が一日の長があるとストルは自負している。

 その自分から見れば、術式はきちんと閉じられている。魔法陣としての体を成しているのだ。


 オリヴィアの言った「きちんと」とはそう言った意味では無かった。

 これがマレットやギルレッグなら結果として見せた方が早そうだが、魔術に長けたストルならきちんと説明しても伝わるだろう。

 そう考えたオリヴィアは木の枝を手に取り、地面へ円を削り出す。今回の魔法陣と、同様の代物を。


「いいですか? 魔法陣を起動させると、魔力がこう動きます」


 ガリガリと、一度描いた魔法陣の上を木の棒で伝って行く。

 深く抉られ、色の変わった部分が魔力の通る道なのだと彼女は言った。

 

「ああ」

 

 ストルとて、それぐらいは判る。

 なのでオリヴィアも、最初の部分は敢えて細かく説明はしない。


「今回、わたしが作った魔法陣は状況に応じてルートを分岐していきます。

 魔力をどれぐらい宿しているか、大きさはどうか、生き物なのかそうでないのか」


 木の棒は、迷路彷徨っているかのように様々な道順でなぞられていく。

 術式が長くなった理由であり、オリヴィアが駄目だと言った理由がここにある。


「結果として、いくつかの条件が重なると魔力の行先が袋小路に入ってしまうんです。

 もしくは、同じ道に戻って来て延々と回り続けちゃってます」


 想定した動きとは違うと、棒の先端で魔法陣をトントンと叩くオリヴィア。

 袋小路になる部分や、繰り返してしまう部分を突いては×印を刻んでいく。

 

 転送の出力先。つまり、出口へ移動する魔術が完成しないのだと彼女は語った。

 一度それが発生してしまえば、魔力が魔法陣へ蓄積されたままになってしまう。

 結果として、誰かに発見される危険性も増すのだとため息を吐いた。


「魔導具の強度の方にも、影響が出るだろうしね」

「そうなんですよねぇ……。

 魔導石(マナ・ドライヴ)に吸収してもらっても、結局いつ放出するんだって話ですし」


 テランの指摘通り、結局は行き詰った魔力の処理を適切に行う事が出来ない。

 術式を冗長にし過ぎた結果、想定外の所でエラーが出てしまう。

 

「これでもストルが削ってくれた方だったんですけど、やりすぎましたね……」

「そうは言っても、数行程度しか削れなかったからな……」


 慎重に削ったにも関わらず、魔力が迷子になる状況が多すぎる。

 多少魔力を有した物を転移させる事が出来ても、魔術としては失敗作だ。

 魔力が蓄積してしまう関係で、最初の試作品よりも使い勝手が悪い。

 

 必死に頭を悩ませ、少しずつ魔法陣を改良していくオリヴィア達。

 カタラクト島での旅を終えて、シン達が戻ってきたのはそれから一ヶ月が経過してからとなる。

 

 ……*


 邪神の分体との戦闘に於いて、転移魔術の存在が決め手になった聞かされたオリヴィアは内心飛び跳ねたい程に嬉しかった。

 想定していた使い方とは大分違うが、自分の考案した魔術が救けになったのであれば研究者冥利に尽きる。

 しかし、マレットとギルレッグにとっては新たな課題が課された。


緑色の暴風(グリュンヴィント)……っていうか、魔導砲(マナ・ブラスタ)で打ち上げることは想定してないんだけどな。

 それでも、やっぱりこのままじゃ無理だよな?」

「そうだな。術式が完成しても、このままだと魔導具の方がな」


 対面しながら、マレットとギルレッグは腕を組む。うんうんと頭を唸らせても、解決には至らない。

 あっちはあっちで苦労しているようだと、情報交換を兼ねてオリヴィアが声を掛ける。


「ベルさん。ギルレッグさんも。やっぱり、強度と隠蔽がネックになってるんですか?」

「そうだな。入口から出口への魔力転送は、『(フェザー)』の技術を応用して解決できるんだが。

 どうしても、強度と隠蔽がなぁ……」


 マナ・ポインタと『(フェザー)』の原理を応用して、特定の魔導石(マナ・ドライヴ)を遠隔で起動する実験には成功した。

 後は強度と隠蔽だが、ずっと頭を悩ませている問題でもある。


「そもそも、ミスリルは隠蔽に向いてないな」

「あちゃー……。やっぱりですか」


 ギルレッグのぼやきに、オリヴィアは思わず納得をした。

 魔術大国ミスリアの錬金術師が、魔力を通しやすい魔術粘土を練り込んで生み出した魔術金属(ミスリル)

 概念(コンセプト)がそもそも、魔力を定着させた上で減衰させない事にある。


 魔術付与(エンチャント)された武器を製造する際には、これ以上の金属は存在しないだろう。

 きっちりと定着し、自然に朽ちて行く事もない。魔導具の技術がマギアに追い抜かれてしまったミスリアにとって、主要な産物でもある。


 問題はもうひとつある。ドナ山脈を越えた先。つまり妖精族(エルフ)の里周辺では、ミスリルを入手できない。

 実験でそう何度も破壊する訳に行かないので、試行する回数にも限度がある。


「金属に拘る理由はないからって、アルフヘイムの森にある樹も使わせてもらったんだ」

「どうだったんですか?」

「力が漏れないように滞留させる事は出来ても、強度が足りない。すぐに壊れたよ」


 オリヴィアは天を仰ぐと同時に、得心も行った。

 そもそも、シンに渡した簡易転移装置も摩耗を想定して造られている。

 壊れ方は想定外だったが、数回で限界が来ることは読めていたのだ。

 樹では転移に必要な魔力を受け止めきれないのは、必然の結果だった。


「というか、ミスリルでも強度が怪しいってことですよね?」

「まぁ、ぶっちゃけ怪しいな」


 さらりと、マレットに肯定されてしまう。

 ミスリアの技術の粋を集めた魔術金属(ミスリル)ですら強度が足りないのであれば、自分の知る範囲ではどうしようもない。

 

「いっそ、硬化の魔術付与(エンチャント)を……」

「だったら、魔力で感知されるだろう」

「ですよねぇ……」


 ギルレッグから至極真っ当な意見を浴びせられ、オリヴィアは肩を落とす。

 蓄えた髭を撫でながら、ギルレッグは眉間に皺を寄せる。

 この問題を解決する方法を、小人族(ドワーフ)の王は知っている。あくまで、可能性としてだが。


「……まぁ、あるっちゃあるんだが。魔力を通しつつ、ミスリルよりも頑丈であろう金属(もの)が」


 どことなく、ばつが悪そうな顔をするギルレッグ。

 そんな事はお構いなしに、マレットとオリヴィアは筋骨隆々の小人族(ドワーフ)へと詰め寄る。

 

「おい、ダンナ! そういうことは早く言え!」

「そうですよ! 教えてくれてもいいじゃないですか!」


 女性二人と言えど、上から詰め寄られると圧がある。

 ギルレッグはたじろぎながら「待て」と言わんばかりに両手を広げる。


「落ち着け。ワシも実物を見たことはねぇんだ」

「なんだ、そりゃ?」


 見た事のないものを紹介したのかと、首を捻るマレット。

 眉唾物だとすればぬか喜びだが、今となっては他にアテもない。

 ギルレッグは「あくまで伝聞だが」と前置きした上で話を始める。


「ワシら小人族(ドワーフ)は、元々別の場所で集落を持っていた。

 今は世代も変わって、当時を知る者は長老ぐらいしかいねぇんだ。だけどな、住んでいたには理由がある。

 そこで採掘する鉱石から創り出した金属は、あらゆる金属をも凌駕する硬度を誇ると言われている」


 その金属であれば、魔力を通しつつも転移魔術の使用に耐え得るだけの硬度が確保できるのではと彼は語った。

 小人族(ドワーフ)がかつて暮らしていた場所から生み出される、幻の金属。

 ギルレッグはその名を、魔硬金属(オリハルコン)と呼んだ。


 ……*


 太陽の光を反射し、水面が宝石のように輝いている。

 無限とも思える程に広がる大海原。真っ白なキャンパスに一滴の絵の具を垂らしたかのように、ぽつんと存在するのは一隻の小舟。

 乗っているのは、色眼鏡を掛けた独りの男。波に揺られながら、水平線の彼方に照準を合わせる。

 

 直接大陸を横断しても良かったのだが、どうしても妖精族(エルフ)や魔獣族の活動範囲を避ける事が出来ない。

 先日、少しばかり痛い目に遭った彼は無駄な戦闘を極力省きたかった。


「さーって、ここが人間以外にとっての楽園かァ。確かに、もう既に魔力が濃いってよく分かるぜ」


 声の主は、邪神の分体である『強欲』に適合した男。アルジェント・クリューソス。

 彼は潮風を目いっぱい浴び、ラーシア大陸の外を迂回していく。

 目的地はラーシア大陸北東。かつて、小人族(ドワーフ)が住んでいたという伝説の地。


「アルマっちのためだからなァ。やってやっかァ」


 世界再生の民(リヴェルト)。その頂点に立つ魔術大国ミスリア第一王子、アルマ。

 神器に選ばれなかった。神器に受け入れられなかった彼は、新たな剣を欲した。


 最高級のミスリルを用いて、ふんだんに魔石を散りばめても神器の足元にも及ばない。

 次に彼が手にしたのは邪神の『核』を用いられて造られた神器の()()()()()


 それは邪神の分体が顕現するにつれてより禍々しさを増していく。

 今では神器に後れを取る事はないだろうと確認を持つ程に。


 一方で、神器のなり損ないである漆黒の剣は強大な力を形に留めておく手段が存在しなくなっていた。

 欠片を埋め込んでは、触媒となった剣が灰のように散っていく。想定以上の結果であり、想定外の結果でもあった。


 直面した問題を解決する為に、彼らが欲した者はオリハルコン。

 奇しくも、マレット達と同時期に同じ物を欲する事となる。


「さぁて、小人族(ドワーフ)の里はどんなもんかね。

 いや、元・小人族(ドワーフ)の里か」


 世界再生の民(リヴェルト)も知っている。小人族(ドワーフ)は、別の種族によって力づくで故郷を奪われた事を。

 ならば話は簡単だ。こちらも力で今の支配者を屈服させてやればいい。


「腕がなるぜェ」


 八つ当たりだとは思いつつも、鬱憤を晴らす好機(チャンス)でもある。

 アルジェントは昂る感情を抑えるかのように、瑪瑙の右手を固く握りしめた。


 ラーシア大陸の北東で、魔硬金属(オリハルコン)を巡る争いが起きようとしていた。

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