幕間.口にしなくては、伝わらない
レイバーンさんにお呼ばれした。
今回はシンもいっしょ。大事な話って言ってたけど、シンも心当たりがないみたい。
あたしとしてはシンといっしょだからゼンゼンへーきだけど、なんのお話なんだろ?
……*
「シン、そしてフェリーよ。よくぞ来てくれた! 歓迎するぞ!」
レイバーンさんはお城であたしたちを出迎えてくれた。
あたしたちがカタラクト島に行ってたし、ジツは久しぶりだったりする。
「別に構わないが。一体、どうかしたのか?」
「うむ。実はだな、シンとフェリーに別々の相談があるのだ。
済まぬが、協力してもらえないだろうか?」
あたしとシンに別々の相談? なんなんだろう?
頑張って考えてみようとしたけど、やっぱり思い当たるフシがない。
「まずは、シンに相談したいのだが――」
そう言ってレイバーンさんは、妖精族の里を護る方法についてシンへ相談を始めた。
外から魔物や悪いヒトが入らないように結界を張っているのが妖精族。
他にも、アルフヘイムの森で採れる果物やキノコ。野草の知識も妖精族はだいたい知っている。
小人族は家を建てたり、家具を造ったりしてくれている。
イッキに住む人が増えたから、小人族がいてくれてホントによかったってみんながよろこんでた。
マレットとオリヴィアちゃんはギルレッグさんと仲良しさんみたいで、子供のオモチャをいっしょに作ったりもしてる。
そういえば、よくピースくんも呼ばれてたかも。
あたしもよく、子供たちとおいかけっこやかくれんぼしてるかなぁ。
マレットからは「似たようなもんだしな」ってカラかわれるけど。シツレーしちゃうよ、ホント。
オリヴィアちゃんやマレットは研究で忙しいけど、ヒマを見つけては遊んでる。
イリシャさんやフローラさんがお世話して、子供たちはみんな仲良しだ!
それで、魔獣族はというと。
狩りに出かけてお肉や魚を獲ってきたり、敵が来た時に備えてボーエーをする役割があるみたい。
今日の相談は、そのボーエーについてだった。
「――と、いうわけでな。妖精族が結界を張っているし、魔術で援護もしてくれるだろう。
もっと言えば、実際に戦闘になればシン達も必ず戦うであろう?」
「それは、戦うだろうな」
「そうであろう!? だからだな。こう、なんというか……。
居た堪れないのだ。皆が協力してくれているにも関わらず、自分達が防衛を担っているなどとはとても言えぬ!」
あたしはシンの顔をチラッと覗いた。
いつもみたいに眉間にシワを寄せている。どう言おうか、悩んでるときの顔だ。
「……一応訊くが、リタやイリシャに言われたわけではないんだよな?」
「うむ。リタやイリシャがそんなことを口にしないことぐらいは、お主も知っておるであろう?」
レイバーンさんの言う通りだ。リタちゃんやイリシャさんは、そんなコトを言うはずもない。
……あれ? でも、だったらあまり気にしなくてもいいんじゃ?
シンもやっぱり困ってるみたい。
問題ないのに、レイバーンさんが困ってる。相談されたシンも困ってる。
あたしもどうすればいいのか分からなくて、困ってる。
「そんなに気負わなくてもいいんじゃないのか?」
結局、シンは「気にしなくてもいい」って言った。
それでレイバーンさんが納得すればラクなんだけど、やっぱりそうもいかないみたい。
「そうは言ってもだな……」
やっぱり、レイバーンさんは納得しない。
困ったカオで、シンに救けを求めている。
「妖精族や小人族だって、厳密に線引きしていないだろう?」
「う、うむ。各自が得意なことを担っているうちに、自然とそうなったというか」
シンの言う通りだ。マレットだって、魔導具を創るときにギルレッグさんとよくお話してるもんね。
なんなら「アタシじゃ出来ないことをやってくれるから助かる」なんて言ってるし。
ギルレッグさんも「よく分からんけど、ベルの創るモンは見ていて飽きない」なんて言ってるし。
一番よろこんでるのは、マレットにたくさんおねだりしてるピースくんかもしれないけど。
「だったら、魔獣族という括りじゃなくて各々が得意なことをやっていけばいいだろう。
肉や魚を獲ってきてくれるだけでも、俺からすれば随分と助かっている」
うん、あたしもお肉大好きだからよくわかる。
「ううむ……。そうか、種族ではなくて各々で得意なことをすればいいのか……。
実際、ルナールも余たちの言語を翻訳してくれているしな。皆がああやって、出来ることをすれば良いのだな!」
うんうん。あたしも料理とかは任せてもらえないけど、子供たちと遊ぶのは得意だもんね。
「あくまで俺の意見だからな。きちんとリタたちに確認をする必要はあると思うが」
「無論だ! 大切なことは、きちんと伝えなくてはな!」
多分、この時のあたしは口をつぐんでいたんだと思う。
なにを隠そう、10年間も勝手に思い込んで自己嫌悪してたのはあたしなのだから。
耳のいたいコトバだ。
……*
シンとレイバーンさんのお話がまとまって。次はあたしへの相談……なんだけど。
今、この部屋にはあたしとレイバーンさんしかいない。シンは、いなくなっちゃった。
部屋の様子もすっかり変わって、目の前には紅茶とお茶菓子が置いてある。
「済まぬな、フェリー。どうしても、お主にだけ相談がしたかったのだ」
「ううん。だいじょぶだよ」
そう、ホントにだいじょぶなのだ。レイバーンさんは分かりやすい。
レイバーンさんがこうやって、あたしとふたりで話したいコト。ズバリ、リタちゃんのコトに違いない。
「その、リタのことなんだが……」
「やっぱり!」
「やっぱり?」
「ごめん、続けて?」
ふぅ、うっかり声に出しちゃった。予想が当たると嬉しいもんね。
でもリタちゃんのコトかぁ。なんだかドキドキもわくわくもしてきちゃった。
「リタなんだが、近々誕生日が近くてな。その、何か贈り物は出来ないかと思っておるのだ。
フェリーぐらいにしか相談できなくて、すまぬが協力してくれないか?」
「もちろん、任せてよ!」
リタちゃんへのプレゼント! あたしたちと初めて逢った時も、お花持ってたもんね。
それにしても、あたしにしか相談出来ないってどうしてなんだろ?
「でも、あたしだけでいいの? イリシャさんやルナールさんもいるのに」
「うむ。イリシャを呼べば、さすがにリタは勘付くであろう。妖精族の里で出来る話でもないしな」
「あー……。それは、そうかも」
あたしは間の抜けた声を出したけど、納得もした。
イリシャさん、ウキウキで相談に乗ってくれそうなのに。残念だなぁ。
「ルナールには声を掛けてみたのだが、きっぱりと断られてしまった。
フェリーなら、シンと一緒に来れば怪しまれないだろう。余にはフェリーしか頼る者がおらぬのだ……」
「あー……」
また、あたしの口から間の抜けた声が出る。
確かにルナールさんからすれば、面白くないのかもしれない。
だから、翻訳をするからってシンを連れ出したんだ。
そうなると、あたしの意見がそのままリタちゃんへのプレゼントになる可能性は高い。
これはとても重要だ。リタちゃんがよろこぶものを探さなくては。
「ちなみに、今までもプレゼントを贈ったことはあるの?」
「無論、あるぞ!」
レイバーンさんは、自慢の胸板をドンと叩いて見せた。
太鼓のような音が部屋に響き渡る中、今まで贈ったものを教えてくれた。
獣の肉。リタちゃんが食べきれない量だったし、なんだか他の妖精族が縄張りの主張と勘違いしたから一回でやめたみたい。
獣の毛皮。色々使えると思ったんだけど、妖精族はあまり毛皮を使う文化がないからって喜ばれなかったらしい。
綺麗に輝く魔石。他の妖精族が結界を破壊しようとしているのかと言って問題になったので、返されたみたい。
「……と、まあ。最初はかなり他の妖精族に警戒されていてな。
満足に受け取っても貰えなかったのだ」
「タ、タイヘンだったんだね……」
結局、リタちゃんとお花を摘みに行って依頼は花束を渡すのがコーレーだって言ってるけど。
ちゃんと毎年贈ってるみたい。レイバーンさん、マメだなって感心しちゃった。
「だが、今年はやはり妖精族との関係性も変わったのだ。
いつも通りではなく、特別に印象に残るようなものを贈りたくてだな」
レイバーンさんは真剣だ。出来るコトなら、あたしもリタちゃんにはよろこんで欲しい。
けど、どうしよう。仲良くなったからって、お肉や毛皮は違うよね……。
魔石は……。ダメだ、マレットが魔導石の材料にするかも。
となると、やっぱりお花になっちゃうのかなぁ?
お花で特別って、どうすればいいんだろう。
一生懸命考えるあたしに、ヒントをくれたのはカンナおばさんだった。
「そうだ! 押し花にしようよ!」
「押し花?」
カンナおばさんは、よく花を育てて押し花にしてた。
栞を作ったりもしてたけど、あたしが思いついたのは別のものだった。
「うん。本の最初のページにね、押し花を作って渡すの!」
「最初だけなのか? それだと、寂しくはないか?」
安心して、レイバーンさん。あたしはちゃんと考えてるよ。
「ううん。残りのページは、リタちゃんと作るんだよ。
季節が変わった時に、別の花が咲くでしょ? それを挟んでいくの!
旅に出た先で集めた花とかも思い出になっていいんじゃないかな?
そうすれば、レイバーンさんとリタちゃんだけの思い出だよ!」
腕を組んで、天井を見上げるレイバーンさん。
リタちゃんとラブラブなのを想像していると思うと、ちょっとかわいい。
「……それだ! よし、余は押し花の本にするぞ!
ページはそうだな、1000ページで足りるだろうか!?」
「それは……ちょっと多いかな……。 持ち運びもし辛いだろうし」
ケタが多すぎるとは思ったけど、レイバーンさんが乗り気になってくれてよかった。
カンナおばさん、ありがとう。
安心をしたあたしは、テーブルの上にあるお茶菓子へ手を伸ばした。
魔獣族のお菓子、見たコトない色をしているけどおいしいんだよね。ホント、見た目だけがザンネンだと思うぐらいに。
視界になるべく入れないように、お菓子を口に運んでいる時だった。
「ところで、フェリーは誕生日にシンから贈り物を受け取っているのか?」
あたしの手が止まる。どうしよう、答えづらい質問が来た。
なるべくリタちゃんの話だけで終わらせようとしたけど、そうも行かなかった。
「ううん」
あたしは首を横に振った。
アンダルおじいちゃんと逢うまで、あたしは何も知らなかった。
名前もないし、言葉も話せなかった。もちろん、誕生日もわからない。
おじいちゃんはあたしを見つけた日を誕生日にしてくれたから、それでいいと思ってるけど。
誕生日に触れたくない理由というよりは、贈り物のトコが気まずい。
ずっと、あたしはシンにキラわれてると思ってた。
シンもそんなあたしを、ムリにお祝いしようとはしなかった。
それでよかった。どうしても、村でみんなにお祝いしてもらったコトを思い出しちゃってたから。
あたしもトクベツ気にはしていなかった。
どっちかというと、キラわれてなかったのならシンのお誕生日をお祝いすればよかったなって後悔はしてるけど。
「そうなのか。シンはマメだから、必ずしていると思ったのだが……」
そう、シンはマメだ。だからゼッタイ、あたしの誕生日を忘れていない。
……そこまで分かって、あたしはあるコトに気付いた。
シンはあたしをキライになったコトはないって言ってた。
頑張って記憶を思い出してみる。なんだか、あたしはまたカン違いをしているような気がする……。
17歳の時は、そういえばあたしが賞金首と戦うからって革の胸当てをくれた日かもしれない。
18歳の時は、あたしが旅先で「おいしい」って言った料理を作ってくれた日かもしれない。
19歳の時は、ボロボロになったからって食器を買ってきてくれた日かもしれない。
20歳の時は、たまにはゆっくり休もうってちょっといい宿に泊まった日かもしれない。
21歳も、22歳も、その先も。シンはずっと何かをしてくれていた。
あたしは言葉が出なかった。
口に出さないだけで、シンはきちんと毎年祝ってくれていたのだ。
ずっと勘違いしてたあたしが言える立場じゃないけど、やっぱり口にしないと伝わらないコトってあるんだ。
「……ごめん、レイバーンさん。あたしの勘違いだった。
シンは毎年、お祝いしてくれてたよ」
「やはりか! シンはマメだからな!」
うんうんと力強く頷いているレイバーンさん。
釣られてあたしもうれしくなったけど、そうなると新しい問題がふたつも発生するわけで……。
「でも。あたしはお祝いしてないんだよね……。
それに、お礼も言ってない……」
キライなあたしからお祝いされても、シンはうれしくないと思い込んでいた。
どうしよう。シン、ホントは期待してたりとかしてなかったよね……?
ていうか、お礼を言ってないのはダメだ。あたし、サイテーだ……。
「ふむ。祝いそびれたのは仕方ないにしろ、礼はした方が良いだろうな」
「そうだよね! あたし、今からでもお礼言ってくる!」
「え? あ、ああ……」
ポカンと口を開くレイバーンさんを置いて、あたしは部屋を飛び出した。
言わないとちゃんと伝わらないって、分かったから。シンにちゃんと言うんだ。
……*
「シン!」
「フェリー? どうかしたのか?」
勢いよくドアを開けると、書き物をしているシンとルナールさんがあたしの顔を見る。
思い切り走ったから、多分顔が真っ赤なんだと思う。シンが、心配してくれているような顔だった。
「うん。あのね、ありがとうって言いたくて!」
あたしのバカ! お礼を言うにしても、もっと言い方があるのに。
酸素が足りなくて、頭がちゃんとお仕事をしくれなかった。
シンは眉を寄せながらも、どうやら言いたいコトをシンなりに理解したらしい。
「ああ、夕食の話か」
「え?」
晩ご飯? 何のハナシ?
シンはどうして納得してるんだろう。ルナールさんも、頷いてるし……。
「前にレイバーンの城で食べた料理だろ? フェリーも美味しいって言ってたらしいじゃないか。
ちゃんと調理法を訊いておいたぞ。今日も出して貰えるみたいだしな」
「ええ?」
それってもしかして、あのスゴい紫色の、ブクブクと泡立ってるやつじゃ……。
いや、うん。おいしかったよ。おいしかったけど、アレ見た目が凄いんだよ?
そっかぁ、今日も出るんだぁ……。おいしいんだけどね……。
「……シンのあんぽんたん」
お礼を言いに来たはずなのに、あたしは自然とそう呟いていた。
シンは困った顔をしていた。その点については、本当にゴメンなさい。