206.常闇の口づけ
波の揺れに同調するかのように、己の身体が転がる。
枕から頭が転げ落ちた衝撃で、トリス・ステラリードは眼を覚ました。
「こ、こは……。どこだ……?」
気怠さの残る身体をゆっくりと起こしながらも、自分の記憶と置かれている状況の乖離に戸惑う。
窓から見える一面の海が、船の中に居るという事実を端的に伝えてくる。
(どうして、船の中に……? 私は一体、どうしたというのだ?)
「あら、起きたのかい?」
戸惑う彼女をよそに、船室の扉が開く。
姿を見せたのは、白く整った毛並みを黒い紋様で彩った獣人の女。その風貌から、虎の獣人なのだと判断をした。
当然ながら、トリスの知り合いではない。自然と身構え、いつ襲われてもいいようにと警戒を強める。
「あっはっは! 何もそんなに警戒しなくてもいいだろうに!」
「そうはいくか! 貴様、何が目的だ!?」
「目的? うーん、そうさねえ」
人虎の女はずけずけと近寄り、彼女の額に肉球をぽんと当てた。
桶を持ったまま歩くその姿からは、敵意や悪意の類は一切感じられなかった。
「とりあえずは、アンタの看病かね」
「……は?」
目を点にする彼女を見て、人虎はにいっと笑って見せる。
柔らかく、ひんやりとした肉球の感触が火照った身体をから熱を奪う。
抵抗するべく準備していた魔力の塊は行先を失い、やがてその場で霧散した。
……*
人虎の女は、名をベリアと言った。
ベリアはタオルを濡らしては絞り、トリスの額へと乗せる。
ひんやりとした感触がとても気持ちいい。ほっと一息吐くと、眺めていたベリアが笑みを浮かべた。
「な、何がおかしい!?」
「いやね。アンタ、ずっと熱を出して魘されていたからさ。こうして目が覚めたことに安心してるんだよ」
「ずっととは……。どれぐらいだ?」
「うーん。アタイたちが拾ってからは三日ぐらいかな。もう、随分衰弱しててさあ。ダメかと思ったぐらいだよ」
「三日だと!?」
トリスは慌てて身体を起こすが、熱が生み出す眩暈によって視界が回る。
ベリアがため息をつきながら、彼女をそっとベッドへと寝かせつけた。
熱と恥ずかしさで顔を紅潮させながらも、トリスは大人しく従った。
「あーあー。起きたからって、無茶しなさんな。まだ熱があるんだからさ」
「いや、しかしだな。三日だと……」
トリスは熱でぼうっとする頭を懸命に働かせる。
自身の持っている記憶と、現状の照合を急いだ。
浮遊島でジーネスの言葉に従い、炎爪の鷹と共に離脱を試みた。
ラヴィーヌの指示だろうが、黄龍が二体追ってきたのを覚えている。悲しい事だが、ジーネスの言葉に嘘偽りがないと思い知らされる。
懸命に炎爪の鷹は逃げてくれたのだが、やがて黄龍に翼とその身を掴まれ、成す術もなく殺されてしまった。
(そうだ、私はその後……)
段々と記憶が鮮明に蘇る。
炎爪の鷹から離れ、海へ落下したトリスは海中に希望を見出した。
浮かび上がっては殺されてしまう。彼らが去るであろうその時まで、海の中に潜り続けるのだと。
幸い、ラヴィーヌを介して手に入れた蒼龍王の魔導具がその腕には填められている。魔力がある限り、海中に潜り続ける事は可能だった。
永遠にも感じる程の、耐え忍ぶ時間。
差し込む陽光とは対照的に、静まり返った水の世界は孤独である事を否が応でも突き付ける。
思えば、ジーネスは気を遣ってあんな振舞いをしていたのかもしれない。
(……いや、それはないな)
感傷に浸ってはみたが、それ以前からやりたい放題だった。
むしろ大義名分を得たぐらいに思っている可能性すらある。今となっては、判らない話だが。
トリスが一向に浮かび上がらない事から、黄龍は海の藻屑と化したのだとその場から離れていく。
思惑通り黄龍の追撃をやり過ごしたトリスは、周囲の状況を確認するべく浮上をする。
視界に黄龍が見当たらないと安堵するトリスだったが、彼女を襲う災難が終わりを告げた訳ではない。
次に襲い掛かるのは、彼女の都合など知ったことは無いと言わんばかりに襲い掛かる高波。
逃げ場など存在せずに呑まれてしまったトリスは、大自然の力にされるがまま漂流していく。
その途中で、トリスの意識はブラックアウトしてしまう。こうして生きているのは、奇跡以外の何物でもない。
「いやー、驚いたよ。野郎どもが『人間が流れている』とか言い出すもんだから、何バカなこと言ってんだと思ったんだけどね。
まさか、本当に流れてるんだもん。アンタは運がいいよ」
「……見ず知らずの私を救けてくれたこと、感謝する。先刻の無礼は、詫びさせてくれ」
寝たままで礼をするべく、トリスは頭を持ち上げる。
額に乗せられたタオルがぱさりと落ち、ベリアがまた笑っていた。
トリスが九死に一生を得た事は間違いない。同時に、浮かび上がった疑問がある。
尤も、それは彼女を拾ったベリアも同様だった。
「時に、訊きたいことがあるのだが」
「そいつは奇遇だね。アタイも、アンタに訊きたいことがあるんだ」
「この船は、何なのだ? 貴様たちは、何者だ?」
「どうして、アンタはあんなところで漂流してたんだい?」
二人の声が重なり、互いの鼓膜を揺らした。
この海峡を船で渡る者など、そうはいない。事実、カタラクト島へ停泊する船はシン達の乗っていた物だけだった。
陸の種族が態々、この海を渡っている。それだけで少なくとも、腕が立つと窺える。同時に、明確な目的が在るのだと。
再び、緊張と警戒がトリスから滲み出る。
数舜の沈黙の後、先に口を開いたのはベリアだった。
彼女の心の機微を感じ取り、気を遣った形となる。
「この船はネクトリア号。人間と獣人を繋ぐ商船さ。アタイは、この船で護衛をしてるんだ」
「人間と、獣人を……?」
「ま、解らないのも無理ないさ」
腹に落ちない様子のトリスを見て、ベリアがはにかんだ。
彼女の話では、ネクトリア号の持ち主はとある国の貴族の人間だという。
人間の世界で生きる他種族を大層気に入った彼が、支援する為に始めた事業。
それが、本来の獣人の棲み処との交易だった。
いくら人間の世界で生きると決めても、どうしても不慣れな環境を前にして不自由が生まれてしまう。
故郷に纏わる物があれば、きっと立ち上がる勇気に繋がるだろうという持論から始まったこの事業は、採算を度外視しているらしい。
仕事も専ら、獣人を信頼して任せているという。その種族の常識をきちんと見極めたいからこそ、全てを信頼している。
金は出すが、口は出さない。互いの意思や意見を尊重するというポリシーの元で、ネクトリア号は今日も海を渡っている。
「最初はそんなウマい話があるもんかと、警戒したもんさ」
あっはっはと豪快に笑うベリア。彼女は自分が幼少の頃、獣人の子供が攫われては奴隷として売られる事が頻繁に起きていたと語る。
ただの労働力だけではなく、希少品を所持しているという優越感を満たす為の道具として。
貴族間でさながら装飾品のように扱われる獣人は、例外なく死んだ魚のような目をしていたという。
「アタイも人攫いに取っ捕まって、売られちまったんだ。そんで、アタイを買ったのが今のダンナってわけさ。
初めは『もう大丈夫だ』なんて言うから、ぶん殴ってやりたかったね」
ベリア自身も例外ではなく、親元から離されて自らに値を付けられた過去を持つ。
しかし、彼女の主人となる男に嘘偽りは無かった。彼はベリアを保護した直後に、親元を探し出して帰してあげた。
二度と怖い目に遭わないようにと、自分の目の届く範囲へと置いた。何度も繰り返しているうちに、それはやがて獣人の集落となった。
「私財投げうって、獣人の為に走り回るんだよ。流石にアタイらも、この人だけは裏切らないって信じるようになっちまったさ。
せめてもの礼に『何か手伝えることはないか?』って訊いたら、今度は獣人と交易がしたいって言うんだ。しかも、獣人の為に。ホント変わってるよなあ」
そう言いながらも思い出に耽るベリアは、どこか嬉しそうだった。
「だから、アタイらも困ってる人間はとりあえず救けるんだ。
勿論、悪い人間に好き勝手やられたこともあるから、そこは警戒してる。
悪者だったら、もっかい海に放り投げてやるさ」
豪快に笑うベリアだったが、トリスは居た堪れない気持ちになる。
自分の行いを鑑みて、到底善人とは言えないと自覚しているからだった。
「……だったら、私は海へ棄てられても文句が言えないな」
「あん? アンタ、悪者なのか?」
ベリアが黒の模様を顔の中心へと集める。意味が判らないと、しかめっ面をしているようだった。
「そうだな。少なくとも、善人ではない」
トリスは自嘲気味に嗤う。
祖国を裏切り、他種族の住む島を荒らし、更には邪神という悪意の塊の顕現に尽力した。
善悪のカテゴリならば、迷う事なく『悪』と判定されるだろう。
その結果、志を共にしたはずの同胞から命を狙われる。
自分の存在価値が判らなくなった。生きているべきではないと言われているような錯覚さえしてしまう。
唯一、自分に「生きろ」と言ってくれた人はもうこの世にはいない。
「ふーん……。でも、折角三日も面倒見たのに、雑に海へ棄てるのも勿体ないからなあ……」
爪で頬を掻きながら、ベリルはトリスの顔をまじまじと見る。
自嘲の言葉とは裏腹に、死にたい人間の顔をしているようには見えなかった。
強い眼光ではないが、何かを拠り所にしている。直感だが、『生』への執着が見受けられた。
事実、ベリアの直感は当たっている。トリスは生きる意思があるからこそ、逃げた。
生きる理由ははっきりとしていないが、少なくともジーネスの行動を無駄にはしたくなかった。
怠惰な男が最期に遺した言葉を、叶えてやりたかった。
理想と現実のギャップに戸惑っている彼女だが、決して『死』を望んではいない。
「それは、アンタが漂流していたのと関係があるのかい?」
トリスは頷く。だが、決して内容は答えない。
答えてしまえば、巻き込んでしまうから。悪意と野心が渦巻く、薄汚い世界へ。
「ま、無理に事情は訊かないけどさ。そんじゃ、どこか下ろして欲しい所はあるのかい?
船で行ける範囲なら、連れて行ってやるよ」
「……それも、存在しないな」
またも、トリスは自嘲気味に答えた。
今更ミスリアへは戻れない。邪神の一味の元へも、当然戻れはしない。
生きようとする意思とは裏腹に、自身が世界に取り残されたのだと否が応でも思い知らされた。
「うーん。中々、ワケありみたいだね。行くとこないなら、アタイらと来るかい?」
思いがけない提案に、トリスは目を丸くした。
一体何が目的なのかと、つい身構えてしまう。
「いやさ。行くところがないなら、アタイらの仕事を手伝っておくんなよ。
身なりを見る限り、アンタ魔術師だろ? ウチの野郎ども、腕っぷしばかりでさ。
ちょいと魔術で手助けしてくれたら、助かるんだけどさ」
「いや、しかし……。私は善人ではないと言ったばかりだが……」
「あっはっは! 安心しなよ! そん時は、きっちり海へ棄ててやるさ。
自己申告制じゃないさ。見極めるのは、あくまでこっちだ」
豪快に笑うベリアの姿に、トリスはどことなくジーネスの面影を感じた。
そして、その感覚が決して嫌いでは無かったのだと今更ながら気が付いた。
「……ならば、厄介になる。救けてもらった礼も、しなくてはならないしな」
「あいよ! これからよろしくな! えーと……」
「トリスだ。よろしく、頼む」
差し出された手を、トリスはゆっくりと握る。
熱のせいで鈍った感覚でも、心地よいものだと思えた。
……*
月も星も雲に覆われ、一切の光が閉ざされた世界。
常闇に身を隠しながら、背中に少女を乗せた龍族がその地に降りた。
「ビル、フレスト……さま……」
砕けた右眼を必死に抑えた結果、その手には血がこびり付いている。
咽るような鉄の臭いを発しながら、ラヴィーヌは愛すべき者の名を呟いた。
「ラヴィーヌか」
暗闇の中に独り、立ち尽くす者がいる。ビルフレスト・エステレラ。
今回の件の首謀者であり、『暴食』に適合した男。
「申し訳、ございません。お目汚しを……」
傷だらけで、右眼からは止めどなく血が流れ出る。
いつも美しい自分を見ていて欲しい相手に、見苦しい物を見せてしまっているという後悔。
「構わない。何があったか、私に教えてはくれまいか」
ビルフレストは傷付いたラヴィーヌを癒すかの如く、そっと彼女の身体を抱き寄せる。
たったそれだけの事で、ラヴィーヌは怒りや痛みと言った負の感情を全て忘れてしまう。
この至福の時間を、永遠に浸っていたいと感じていた。
「は、はい……」
ラヴィーヌは、カタラクト島。そして、浮遊島で起きた事を全て話した。
ジーネスの手により浮遊島を出現させ、用済みとなったジーネスとトリスを始末した事を。
一方でミスリアの人間や不老不死の魔女と鉢合わせた結果、『色欲』と『怠惰』。更には黄龍王を失う結果となった事を。
「私が居ながら、邪神の分体を二体も……。申し訳ございません」
「構わない。『核』があれば、宿った力は邪神の糧となる」
ビルフレストは、ラヴィーヌから受け取ったふたつの石をじっと眺める。
金色の石と、鈍色の石。ラヴィーヌの瞳とジーネスの右足に取り込まれた邪神の分体。その欠片。
「よくぞ、持ち帰ってくれた」
触れていないと錯覚するほどギリギリの感触で、ゆっくりとラヴィーヌの頬を撫でる。
くすぐったさと心地よさが入り混じり、ラヴィーヌは思わず瞳を潤わせる。
愛されていると、大切にされていると感じた。それが偽りのものだとは、考えようともしなかった。
「はい。私は、貴方の為でしたらなんでもいたします。
ビルフレスト様の、お力になりたいのです」
「そうか」
その言葉を確かめるかのように、ビルフレストは彼女の腰に手を回す。
左手に力を込め、二人の距離がぐっと縮まる。
「ならば、ラヴィーヌ。私の、糧となってくれるか?」
ビルフレストが発した言葉の意味を理解するのに、時間は要さなかった。
押し付けられた左手の感触が何を意味しているのか。ラヴィーヌは即座に理解した。
全てを喰らう吸収。『暴力』から授けられたその力を、自分へ向けて放とうとしている。
それは、自分がこの世から消える事を意味していた。
「……はい。ラヴィーヌは、ビルフレスト様の中で永遠にお慕い申しております」
だが、ラヴィーヌに躊躇は無かった。
どんな形であれ、ビルフレストに求められるという事実が、彼女に幸福を与える。
ただ、彼女にも欲はある。最後の願いとしてラヴィーヌはそっと瞳を閉じる。
最後の手向けだと、ビルフレストは口づけを交わす。直後、彼女の姿はこの世界から姿を消した。
『暴食』の左腕を通して、ビルフレストの力となる。
「やはり、邪神の能力までは吸収できないか」
吸収でラヴィーヌを喰らったビルフレストは、不満げに呟いた。
その瞳は既に先を見据えている。ラヴィーヌに対する感情は、何ひとつこの場に残してはいなかった。
まるで彼女が、初めから存在していなかったかのように。
共に現れた黄龍も同様だった。龍族だけ戻って来ているという状況は、好ましくない。
そう判断したビルフレストの吸収によって、帰還を果たした黄龍もこの世から姿を消してしまう。
この日、この時間。ラヴィーヌと黄龍が帰ったという痕跡は全て消し去られた。
ジーネスが同胞によって暗殺されたという、事実と共に。
……*
暗闇の中、遠巻きに見えたもの。
ビルフレストがラヴィーヌを吸収した瞬間を見た者が、ひとりだけ存在している。
サーニャ・カーマイン。『嫉妬』の力に適合した侍女。
彼女も自らの左眼を抉り、代わりに『嫉妬』の結晶を埋め込んだ。
右足を移植したジーネスと違い、ダイレクトに脳へ刺激が加わる彼女はしばらく戦線からの離脱を余儀なくされていた。
一日でも早く目を慣らそうと窓から外を眺めていた結果、偶然にもその瞬間を目撃してしまう。
(ラヴィーヌ……。あの様子だと、ジーネスさんやヴァンさんももう生きてはいないかもしれませんね)
初めから違和感はあった。確かに浮遊島があれば今後の戦略も幅が広がる。
だが、『怠惰』を移植したばかりのジーネスを無理矢理戦場へ、繰り出す理由を用意したようにも思えた。
能力が発現したと同時に、突貫で組み込まれた作戦。待機を命じられた自分との差は何なのかと、考えていた。
勿論、単に戦闘経験の豊富なジーネスが有益な能力を得たからこそ、即座に動いた可能性はあった。
一方で、強力すぎる能力だとも思った。味方さえも巻き込む破棄は、誰に対してでも脅威に成り得ると。
吸収によってラヴィーヌが喰われたのを見て、サーニャは懸念した通りなのだと確信をした。
所詮、ジーネスは金で動いている傭兵だ。何かの拍子で敵に代わる危険を孕んでいる。
浮遊島の件は、只ならぬ執着を見せる黄龍王の溜飲を下げる目的もあっただろうが、何よりジーネスを始末したかったのだろう。
そして、傷だらけで戻ってきたのはラヴィーヌのみ。浮遊島の奪取は失敗した。
会話までは聴こえていないが、あの様子だと邪神の分体を失った可能性まである。
(邪神の力が無ければ、ラヴィーヌも用済みですか……)
あるいは、有益性が減ってまで彼女の偏愛に付き合う気はないという事だろうか。
どちらにしろ、居た堪れない結果だった。最後の口づけで、彼女自身が満足しているのなら良いのだろうが。
「……ワタシもいつか、同じ目に遭うんですかね」
ぽつりと、サーニャは抱いた思いを吐露する。
誰も聴こえはしないだろうと、気が緩んでいた。
「サーニャ? どうかしたのか?」
突如、背後から聴こえた声にサーニャは慌てて振り返る。立っているのは、湯浴みを終えたアルマだった。
タオルで髪を拭きながら、サーニャの前へと姿を現す。
「あ、アルマ様! 驚かさないでくださいよ!
ワタシが向かうと言っているのに、こっちに来られているのがバレたら大目玉なんですから……」
心臓が破裂しそうになりながら、サーニャは必死に取り繕う。
アルマはきっと、ビルフレストが企んでいる事を知らない。同胞を暗殺しようとしていたなんて、彼が許すはずもない。
祖国を裏切り、クーデターを試みたが彼はまだ15歳だ。ビルフレストをはじめとして、あらゆる人に担がれた部分もある。
何より、そう言った経緯からかアルマは仲間意識を強く持っていた。同胞を切り捨てるという発想は、彼には存在しない。
「す、すまない。けれど、やはり君と話がしたくて。
つい、自分が足を運びたくなるんだ」
「……もしかして、ワタシ口説かれてます?」
「い、いや! 決してそんなつもりでは……」
どぎまぎと視線を動かすアルマは年相応の少年のようで可愛らしいと思う一方で、何とか誤魔化せたとサーニャは安堵する。
ビルフレストの本心が計り知れない事は気になるが、自分の為にも今ここで内部崩壊を起こす訳には行かない。
サーニャはこの一件を、心の内へと留めようと決めた。その方が、アルマの為にもなると信じて。
……*
翌日、ビルフレストの口から浮遊島の奪取へ尽力した者の死亡が伝えられる。
彼は言葉巧みにその状況すらも利用してみせ、味方の士気を高める。反対に、サーニャはどこか冷めた眼で彼を眺めていた。
自分の求める未来が、この先にあるのかという疑惑。
いつかは、自分も切り捨てられるのではなうかという楔を胸に打ち付けながら。