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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第三章 ウェルカ領の戦い

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18.ウェルカ領にて

 ミスリア五大貴族。

 それは魔術大国ミスリアに於いて、王家に次ぐ権力を持つとされる家系。

 そのひとつであるフォスター家の出身、アメリア・フォスターはウェルカへと赴いていた。


 ピアリーを訪れた時とは違い、白銀色の鎧を身に着け腰には剣を差している。

 部下の騎士を引き連れている事もあって、その顔は険しい。

 見る者によってそれは凛々しくもあり、また別の者によっては憤りの感情を漏らしているようにも見えた。


 彼女が現在足を踏み入れているのは、ウェルカ領主の屋敷である。

 理由は先日ピアリーで起きた一連の騒動、それ以前より常態的に行われていた村人への圧政についての聴取だった。


 統治者として、圧政に苦しむ民を把握していたのか。

 父親として、息子の横暴を把握していたのか。

 それを確かめる為に彼女は今、ここに居る。


 対して、その眼前に居るのはこの領地を収めるダール・コスタ。

 小娘らしからぬ圧を放つアメリアに一歩も引く事なく、堂々とした立ち振る舞いで向かい合う。


「これはこれは。アメリア卿、最後にお会いしたのはいつでしたかな?」

「……王女様が18歳に成られた時の生誕祭ですから、二年前ですね」

「おぉ、そうでしたか!

 あの時から魅力的な女性(ひと)ではありましたが、一層お綺麗に成られましたな!」


 アメリアも思い出した。彼は人を乗せるのが上手い。

 気さくで人当たりもいい彼とこんな風に再会するとは思ってもみなかった。

 何も知らなければここで彼のペースに巻き込まれそうなぐらいには、疑った事も無かったのだ。


 彼は口癖のように国の行く先を案じていた。

 その眼は同じ方向を向いているとさえ思っていた。


「……お世辞は結構です」

「おや、お世辞を言ったつもりはないのですがね」


 飄々とやり過ごそうとしたダールだが、アメリアの真剣な眼差しを鈍らせる事は出来なかった。

 頭の中で「堅物が……」と毒づくダールだが、決して表情には出さない。

 

「第三騎士団長自らこんな辺境の地まで御足労頂き恐縮です。

 ――それで、どのような御用ですかな?」

「貴様っ!」


 あくまでシラを切るダールの態度に、騎士が苛立ちを見せる。

 それをアメリアが制し、一層真剣な眼差しを向けた。


「コスタ公。単刀直入にお尋ねします。

 ピアリー村で御子息が無茶な徴税を行ったり、衛兵に賄賂を贈っていた事はご存知ですね?」


 ダールは顔色ひとつ変えない。


(敢えて言い切るような問い方をしたのは、言質を取る為か。

 顔に似合わず、小賢しい真似をする)


 自分の知っているアメリア・フォスターならばこのような手段は取らないだろう。

 事の緊急性を理解している……。もしくは、心境の変化があったのだろうか。

 どちらにしても、ダールには面白く無い変化だった。


「まさか! そんな事が……!

 いや、マーカス(あれ)もいい歳でそろそろ跡目を継がせようと統治を任せてみたのですが……。

 私の監督不行き届きです。申し訳ありません」


 ダールは平身低頭で許しを乞いながら、予め用意していた逃げ道を使う。

 

 徴税や賄賂に関しては既に言質も得ているだろう。

 無駄な抵抗は心象を悪くする。

 あくまで「自分は知らなかった」というスタンスが今のアメリアにどれ程通用するかは疑問だが――。


 差し向けられたのな一介の騎士程度であれば、多少強引な手を使う。もしくは、懐柔も考えただろう。

 しかし、アメリア・フォスターは違う。


 齢22にして王国第三騎士団長を務め、更には宮廷魔術師でもあるこの国きっての実力者。

 世界にいくつか存在する神器のひとつ『蒼龍王の神剣(アクアレイジア)』の加護を得て、正式にミスリア国王より神器を託されているぐらいだ。

 

 その凛とした佇まいと美貌から、老若男女問わず国民に慕われている。

 彼女の清廉潔白さは有名で、懐柔を試みる事自体に大きなリスクを伴う。


「そうですか――」


 アメリアは少し逡巡しながら、ある物を取り出した。


「それでは、()()をご存知ですか?」


 それは、ピアリーでシンから受け取った石だった。

 悪意を煮詰めたような、ドス黒い石。


 正直に言うと、アメリアはあまりこれに触りたく無い。

 その禍々しさも勿論だが、王宮で調べた結果この黒さは大量の人間の血が取り込まれているからだと判明したからだった。


 怒りと悲しみが湧いてくるからというのも、勿論ある。

 それ以上にアメリアは犠牲になった人を何度も晒し上げるような真似はしたくなかった。


「はて……? 見たところただの石に見えますが……」


 あくまで知らない体で事を進めるらしい。

 それならば、とアメリアは続けた。


「これは御子息の館に居た怪物から排出されただそうです。

 どうやら、御子息はピアリー村の女性をその怪物に取り込ませていたようなのです」


 そんな事はダールも承知していた。

 辺境の地であるピアリーを使い、これの研究を進めるように命じたのは自分だ。

 

 それをまさか、マギアから来た旅人に邪魔をされるとは思っても見なかった。

 落ちぶれた商人を使い、暗殺を企てたが上手くいったのだろうか。


 しかし、そんな事を顔に出そうものならアメリアに勘付かれてしまう。

 息子の事は思うところがあるが、仲良く投獄されては意味がない。


「なんと……! マーカス(あれ)がそんな事を……!

 民の命を弄ぶなど言語道断! それをマーカス(あれ)は――!」


 ダールは怒りでワナワナと震えながら拳を振り上げる。

 わざとらしい仕草だったが、敢えての行動だった。


「コスタ公、随分簡単に信じるのですね」


 アメリアの声が、低くなった。

 張り詰めた空気が空間を支配する。


「は……?」

「人間を取り込む怪物等、私は知りませんでした。

 王宮の研究者達も同様です。

 そんな眉唾物の存在を、()()()()()()()()のですね。と訊いているのです」

「……!」

 

 アメリアの指摘は的を射ていた。

 ダールは無関係を装いたいのであれば、そんな生物の存在を否定するべきだったのだ。


 いかにアメリアの追求を逃れるかばかりを意識して、自分が()()()()()()()情報の整理を疎かにしてしまった。

 しかし、まだリカバリーは可能だとダールは判断する。


「フォスター卿が仰るのですから、嘘だとは思えませんでしたからな!」


 額に滲む汗を悟られぬよう、神経を張る。

 彼女の世間での評価を逆手に取ればあるいは。

 アメリア・フォスターはそれだけの地位と信頼を得ている。


「……なるほど。確かに、私の説明不足だったかもしれませんね」

(よし……)


 ダールは胸中で「勝った」と強く拳を握った。

 アメリアの次の一手を考える事を、放棄した。


「では、ダール公。貴公はこれを何だと考えますか?

 かつては王宮で研究者として名を馳せた公の意見を聞かせては頂けないでしょうか?」


 アメリアは人々の命を取り込んだであろう、この石の詳細を敢えて説明しない。

 ダールは「芸のない女だ」と嘲笑した上で答えた。

 

「真っ先に考えられるのは、魔物の『核』ですな。

 巨岩兵(ゴーレム)石像の悪魔(ガーゴイル)にも同様の存在が確認されておりますし」


 事実、無機物を媒介に魔力で動く魔物には核として魔石が組み込まれている。

 実際のところ、この石が『核』という事に嘘偽りは無かった。

 

 ただ、アメリアが言う怪物が無機物なのか、有機物なのかを本人の口からは聞いていない。

 あくまでダールは一般論としての見解を口にするに留める。


(同じ轍は踏まんよ)


 そんな小物の核とは違い、彼女が持っている『核』は非常に重要な役割を持つ。

 直ぐに自分の手元に戻す事は難しいだろうが、いずれ必ず取り戻すつもりだ。


 一方のアメリアはダールの目論見通り、口元に手を当て考え込む。

 強気だった部下の騎士達も、黙り込むアメリアに不安を覚える。


「フォスター卿?」


 アメリアは悩んでいる。ダールは手応えを感じた。

 全てが無罪放免という訳にはいかないだろう。

 領地で起きた事件を放置していたのは事実だ、領民の心象にも関わる。


 ある程度の糾弾と処罰は受け入れよう。

 本当の目的さえ悟られなければ良いのだから。


「魔物の『核』。確かに、そうですね……」


 口元から手を離したアメリアが、石を床へと置く。


「フォスター卿……?」


 そして、徐に蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を抜いた。


「フォスター卿、なにをっ!?」

「いえ。魔物の『核』なのですから、早く破壊するに越した事はないかな。と。

 もし再び何かを取り込んで動き始めてしまうと、国民に不安を与えてしまいますから」


 平然とそう言い放ち、アメリアは神剣を振りかぶる。

 彼女の魔力を通したその刀身は、その名を表すように蒼い光を灯す。


「や……」

 

 ダールの全身の穴という穴から、汗が拭きだす。

 汗が額を伝うのと同時に、その刃が振り下ろされた。

 

「やめろォォォ!!」


 刹那、部屋で待機していた侍女の背中が裂ける。

 中から現れたのは下級悪魔(レッサー・デーモン)だった。


「ッ!?」


 アメリアは瞬時に剣の軌道を変え、下級悪魔を斬る。

 それを見越していたかの如く、下級悪魔は灰となる自らの身体を目眩しに使った。

 不適な笑みと共に、下級悪魔は灰となって散った。

 

 その隙を逃さず、ダールは床に置かれた『核』を回収する。

 青筋が額に浮かび、眉は大きく釣り上がる。

 その顔は怒りに満ちていた。


「き、貴様ァーッ! 自分が何をしようとしたか解っているのか!?

 ()()を精製するのにどれだけの時間と金と資源(にんげん)を使ったと思っている!?」

「やはり、貴公も関わっていたのですね。

 それに……この方も……」


 アメリアは灰となった下級悪魔……元は侍女だった者に憐れみの目を向けながら言った。


「何が悪い!? この領地を統べるのは私だ! 私のモノだ!

 私のモノをどう扱おうが私の勝手だ!

 我が国の進化を妨げる害虫が、何を偉そうに!」


 もう誤魔化しようがない。誤魔化すつもりもない。

 ダールはどんな手段を使ってもここから逃げ出す道を選んだ。

 

「何を勝手な事を……! 民がいて、国が在るのです!

 断じて誰かのモノなのではありません!」


 正体を露わにしたダールに、アメリアは憤慨する。

 人の上に立つ人間が発して良い言葉では無かった。決して許す事は出来ない。


「綺麗事を! 魔術大国だと持て囃されていても、私達は人間だ!

 長寿のエルフ共とは違う、人間には研鑽にも研究にも時間という枷があるのだ!」

「だからどうしたと言うのですか!

 種族間で比べてどうするというのです!?

 人はその分、知識と想いを紡いでいるではありませんか!?」


 綺麗事を吐くアメリアを、ダールは心底厭忌した。


「私に踏み台になれと、貴様はそう言うのか!?

 研究の上澄みを、後世の阿呆共に譲ってやれと言うのか!?」

「そうは言っていません! どうしてそうなるのですか!?」


 何故そこまで傲慢になれるのか、アメリアには理解出来なかった。

 

「ならばマギアはどうだ!?

 奴等の造る魔導具は魔術より人に受け入れられる。自身の魔力に左右される事は無くなるのだからな!

 やがて人は魔術を必要としなくなり、魔導具が支配をするだろう!

 この世界の最先端であるはずのミスリア(この国)は、いつか過去の遺物となるのやもしれんのだぞ!」

「多くの人がその恩恵を受けて、何が悪いというのです!?」


 先日、アメリアは初めてマギアの人間ときちんと話をした。

 ぶっきらぼうな青年だったが、彼と連れの少女は自分と何も変わらないと思った。

 二人とは無関係の村だったのに、自国の人間である自分より先にその闇を払った。


 アプローチが違うからこそ、なんとか出来る事もある。

 助け合えば、良いだけなのだ。

 それを、何故比べる事しかしようとしないのか。


「もういい……! 貴様に解るはずもない!

 五大貴族の貴様にはな……!」


 何故、そんな事に拘っているのか。

 それはアメリアとダールの立場の違いから生まれるものでもあった。

 彼の劣等感(コンプレックス)は行き過ぎているが、それをアメリアが理解する事は出来ない。


 それな堪らなく不愉快で、ダールは歯軋りをした。

 もう体裁に構っている時ではない。使える手札は全て使い、この場を離脱する。

 幸い、『核』は回収出来た。

 

()()は必ず成し遂げる! 邪神の力があればそれが可能なのだ!」


 ダールが叫ぶのと同時に、屋敷中に魔力の発生を感じた。

 それと同時に多数の悲鳴も聞こえる。


「まさか――!」


 何が起きたか察したアメリアにダールは不遜な振る舞いを見せる。


「さぁ、騎士団長殿は何人救えますかな?」

「っ……! コスタ公!!」


 この男は絶対に逃すまいと水の牢獄(アクアジェイル)を放とうとしたがアメリア――だったのだが。


「ガアァァァァァッ!!」


 上級悪魔(グレーター・デーモン)の咆哮に魔術の発生を阻害される。

 そのまま上級悪魔に抱えられたダールは、窓から姿を消していった――。


 そして、陽が差した窓の向こうから黒煙と悲鳴が上がるのを確認した。

 屋敷の中と外が、同じような混乱に見舞われた事は想像に難く無かった。


「た、隊長――!」

「ッ……! 狼狽えてはいけません!

 皆は街の人を安全な場所へ!」


 制限時間の解らない戦いが、幕を開けた。

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