178.『羽』の可能性
ベル・マレットによって新たに齎された魔導具。
アメリアに渡された『羽・銃撃型』搭載の肩当と、オリヴィアに渡された『羽・盾型』搭載の杖。
魔導刀同様に魔導石・廻を起動するだけの魔力と、『羽』を動かす為の空間認識能力が要求される。
高いレベルでそれらを満たしていた二人は、瞬く間に使いこなしていく。
特に流水の幻影をした実績もあり、魔力の遠隔操作に優れていたオリヴィアは手足のように『羽』を使いこなしていく。
「おれの立場がない……」
自らが操る渾身の『羽・強襲型』を悠々と受け止められ、自信を喪失するピース。
基礎設計から関わり、最も長く『羽』に触れていた彼からすれば落ち込むのも無理はない。
「で、ですがピースさんの案がなければ生まれなかったわけですし……!」
「そうですよー。それに、わたしたちの方が魔力の扱いには長けてますから」
「そ、そうですかね。そう言ってもらえると嬉しいですけど」
気を遣うアメリアに対して、カラっとした笑顔を向けるオリヴィア。
対照的な二人とはいえ、美人姉妹に囲まれて悪い気はしなかった。
ピースの機嫌が、瞬く間に直っていく。
「色々と操作してみましたけど、わたしの『羽』はふたつ以上ないと動かなさそうですねー」
オリヴィアが『羽・盾型』を動かしては、魔力による盾の状況を確認する。
宙に舞う『羽』が核となり、それぞれから放たれる魔力が結びついて膜を生み出す。
三枚を引き付けさせればより広く、強固な壁が張られていく。
「おれの『羽』も、重ねた方が威力は上がりますよ」
『羽・盾型』に限った話ではなく、複数の『羽』による増強は共通する機能だった。
尤も顕著なのは翼颴で、『羽』を分離しない時の出力は分離後の比では無い。
「恐らく、同じ魔導石から魔力が供給されているからですね。
互いが同じ魔力を発しているので、引き付けられて増強されるのではないでしょうか」
個別に魔導石を組み込んでいない事から、アメリアはそう結論づけた。
力の根源となる魔導石は使用者の手から離れる事の無い設計。
それはより魔力の結びつきを強くする為と、魔導石を遠隔操作する爆弾として扱わせないようにというマレットの願いが込められていた。
後者の理由を知っているのは、ピースのみ。シンやフェリーも察してはいるだろうが、口にはしない。
彼女が自分の生み出した魔導具に責任を持っている証明でもあった。
一方で、それにより生み出された『羽』間の共振。磁力のように引き付けられ、より強くなる特性にアメリアは興味を持った。
この副次的な効果を活かす事は出来ないかと思案した結果、閃いた事がある。
「オリヴィア。精霊魔術、特に魔法陣について伺いたいことがあるのですが……」
「魔法陣についてですか? リタさんやストルじゃなくて、わたしでいいんですか?」
「ええ、まずはオリヴィアの見解を訊きたいのです」
アメリアの知りたい事は、魔法陣の特性についてだった。
ミスリア王都を覆った結界もそうだが、精霊魔術は魔法陣によって術式が生み出されている。
「魔法陣は円で囲んだ内部に術式が刻まれていますが、私たちの魔術と大きな違いはありますか?」
「そうですねー……」
口元に指を当てながら、オリヴィアは天を仰ぐ。
細かい所で言えば違いは様々なのだが、恐らく姉が求めているものではない。
妖精族ではなく敢えて自分に訊くのだから、もっと単純かつ人間の魔術との明確な違いだろう。
オリヴィアは姉の立場になって考えてみる。「円で囲んだ内部」という発言から、彼女が求めているのは外殻の部分が意味する内容だろうと当たりを付けた。
「まず、円で在る必要はありません。要は閉じればいいんです。
閉じられた術式によって、魔力が循環します。だから、妖精族の魔法陣は魔力の供給さえすれば稼働し続けるんです。
わたしたちとの違いは、魔術の生成過程ですね。わたしたちはイメージと魔力によって生成しますけど、精霊魔術は魔法陣の内部にある術式に沿って生成されていきます。
術者によって違いが出やすい人間の魔術と、均一化されるために生み出された精霊魔術の差が、ここで出ている感じですかね?」
実際、人間にも知れ渡っている召喚術は円の形を描くが、他の魔術は閉じない術式が刻まれている事も少なくはない。
顕著なのは魔導弾で、雷管の術式はただ刻まれているだけ。力が循環する代物ではない為に、閉じる必要性が無い。
オリヴィアの話を受けて、アメリアは思慮に耽る。精霊魔術による魔法陣は効果を均一化する為の手段。
生み出された経緯は兎も角、実情はどうだろうか。人間の手が加えられた召喚術は、術者の力量に応じて呼び出される魔物に違いが表れている。
少なくとも、人間の世界では均一化は重要視されていない。同時に、強制的に均一化されない事を意味していた。
刻まれた術式によるイメージの省略。閉じる事による魔力の循環。アメリアが興味を持ったのはこの二点だった。
『羽』の特性と、魔法陣の特性。これらを応用できないかと、自分の考えをオリヴィアへ相談する。
「私の『羽』に、このような術式を刻みたいのですが――」
初めは頷きながら、ふんふんと話を聴いていたオリヴィア。尊敬する姉に頼られると言うのは、彼女にとってこの上ない至福でもあった。
やがて頭の上下運動は収まり、みるみる表情が引き攣っていく。傍で聴いていたピースが、「おれ、そういうの好きです!」と眼を輝かせていた。
「……本気ですか?」
「ええ、勿論」
顔を強張らせながら、姉の眼を見る。一切逸らそうとしないその真剣な眼差しは、肯定の意を物語っていた。
オリヴィアだって理解している。姉は冗談を言う性格ではない。この提案を実現したいと心から思っている。
「そんな細工したら、すぐ魔力無くなっちゃうかもしれませんよ?」
「覚悟の上です」
忠告をしたが、彼女の決意は揺るがない。それならば仕方ないと、オリヴィアも腹を括る。
「……分かりました。ストルに相談して、後は小人族の里でベルさんとギルレッグさんに実現可能か訊いてみましょう。
基本の術式は、わたしとお姉さまで構築するということで」
「はい、よろしくお願いしますね」
我が姉ながら、無謀な挑戦をするようになったものだと、オリヴィアは変化に驚いていた。
蒼龍王の神剣を失って、修復こそしたもののその力を発揮するには程遠い。
彼女なりに焦っているのかもしれない。それとも――。
(シンさんの影響なのかもしれませんね)
成し遂げると決めた事を、何が在ろうとも曲げない精神力。姉自信もその気は在った。
男が生まれなかったフォスター家で、跡取りとなる為に剣と魔術の研鑽を積み上げる立派な姿をオリヴィアは知っている。
けれども、こんなに無茶はしなかったはずだ。
実際、シンに惚れてからの姉は知らない顔をたくさん見せてくれた。
直ぐに顔を紅潮させる姉も、侍女におめかししてもらう姉も、特定の殿方の元へ足繁く通っていた姉のも、オリヴィアは初めて見る。
シンがフェリーを抱擁した時に一番焦ったのは、もしかすると自分かもしれない。
姉の恋心が、気持ちを伝える事なく終わってしまうという心配。
しかし、その後の振舞も見ても姉にその様子は見当たらない。
二人が想い合っていても、揺らぐ事の無い気持ち。まだ恋を知らないオリヴィアは、羨ましく思えた。
だから、せめてそれを伝えられるようになって欲しいとは思った。
上手く行かなくても、気持ちを閉ざしたまま終えてしまうのは忍びない。
もっと我儘に生きて欲しいと思った。折角、再会したのだから。折角、一緒に居るのだから。
……*
その後、オリヴィアはアメリアを連れて術式の提案をストルへとする。
転移魔術の会話も煮詰めたかったが、まずは姉の方を優先した。
理由としては、アメリアが妖精族の里を発つまで猶予が無い事に由来する。
小人族の尽力によって、海を渡る為の船は完成している。
事実、マレットも既に小人族の里へ移動をして魔導石の設置に取り掛かっている。
話を進めるうちに、ストルの顔も段々と引き攣っていく。
それほどまでに無茶な提案をしているのだと、アメリアも実感していく。
「出来ないことはないだろうが……。魔力を相当消耗するぞ?」
「それ、わたしも言いました」
オリヴィアがため息混じりに言うと、ストルも「そうか……」と受け入れるしかなかった。
使用者であるアメリアが覚悟の上であるならば、もう止める手段は存在していない。
「まあ、魔法陣の基本構築は考えておくが……。術式自体は、人間の魔術を落とし込むんだろ?」
「はい。威力の均一化が目的ではないので、その方が良いと思いますし」
頷くストルを見て、『羽・銃撃型』に組み込むべき魔法陣は進展を見せた。
後は完成次第、船に乗るべく小人族の里へと向かう。
蒼龍王の神剣の再生による儀式を行う為の旅が、始まろうとしていた。
……*
身寄りのない、ギランドレの子供達の面倒を見る為に用意された孤児院。
主に世話をしているのはイリシャだが、フローラやコリスも手伝っている。
フローラにとっては貴重な体験であると同時に、自らが妖精族をはじめとした里の皆に受け入れられるべく必要な事だと自発的に名乗り出ていた。
シンやフェリー。ピースが手伝う事も少なくはない。
今日はシンが全員分の夕食を作るなどして、食卓を囲んでいた時だった。
「シンさん。アメリアに、同行してやっては貰えませんか?」
直前まで野菜スープを掬っていたスプーンを皿の上に乗せ、朗らかにフローラが言った。
わちゃわちゃと食事を楽しむ子供達から離れた位置で、シンが怪訝な顔をする。
「俺が?」
「ふ、フローラ様!? 一体何を――」
アメリア本人にも知らされていなかった提案。
慌てふためくアメリアに「落ち着きなさい。はしたないですよ」フローラが言うと、そのまま彼女は静まり返る。
隣に居たフェリーが、釣られて両手を膝の上に置いた。
「アメリアも聞きなさい。ドナ山脈の北側では、私達の常識は通用しません。
カタラクト島へ向かうにしても、一人では危険です。フォスター家より貴女を預かる身としては、許可できません」
「ですが、蒼龍王の神剣は私の神器ですから……」
反論を試みるアメリアに、フローラは手を翳す。まだ、自分の言いたい事は終わっていないと告げるかのように。
「それに、アルマたちの動きも気になります。万が一、蒼龍王が黄龍王のように敵の手に落ちていたらどうなりますか?
神器を持った貴女がのこのこと現れて、襲われる可能性だってあるのです。
マレット様から新しい魔導具を授かったとはいえ、神器はまだ直り切っていないのですよ」
ぐうの音も出なかった。
カタラクト島の全員が既に敵に回っている可能性すらある。フローラが言いたいのは、そういう事だった。
最悪の状況を想定すると、単独行動は慎むべきだという忠告であり、命令。
「俺は構わないが」
フローラの言う事は尤もであり、シンとしては断る理由が無い。
フェリーの事を救うと決めたが、同時に世界を救って見せると宣言もしている。
蒼龍王の神剣の復活は重要だし、蒼龍王が邪神側に付いていない事を確認したい気持ちもある。
アメリアの顔をじっと見ると、気恥ずかしさから彼女は目線を逸らす。
シンはそれが自分の不甲斐無さから迷惑を掛けていると思ったようで、「気にしなくてもいい」と的外れなフォローを入れていた。
「あのう、それってあたしも行っていいですか?」
おずおずと手を挙げる前にフェリーが見たものは、アメリアの顔だった。
紅潮させた顔。アメリアのそれは、とても綺麗だと思った。
力になりたいと思う反面、二人きりにさせる事へ対する抵抗が生まれるほどに。
「ええ、勿論です」
フローラはフェリーの提案を、ニコリと笑って受け入れる。予測していた事であり、願ってもない事だった。
戦力的な面でも、シンとフェリーが居る事は心強い。シンと二人きりで、アメリアが動揺しぱなっしだという不安も無くなる。
「やった! よろしくね、アメリアさん!」
「フェリーさん……。よろしくお願いします」
現にアメリアは、フェリーの同行については少しほっとした表情を見せている。
本来なら、二人でずっと居られるぐらいの胆力は見せて欲しかったものだが。
「おれも行きたいです!」
フェリーに追従して挙手をしたのは、ピースだった。
想定外の立候補に、フローラも混乱する。確かに彼もウェルカと王都で、ミスリアを護るために尽力してくれた。
だからといって、こんな子供に責務を負わせたくないという気持ちがフローラにはあった。
「ええと、お気持ちは嬉しいのですが……。
その、どうして立候補を? 危険な旅である可能性が、あるのですよ?」
「人魚が居ると聞いたので、逢ってみたいです!」
舌鼓を打つ子供達とは対照的に、大人衆の動きが止まる。
考え得る中で、最も呑気な理由だったからだ。
無論、師であるアメリアの役に立ちたいという気持ちはピースの中に存在している。
だが、それ以上に人魚への好奇心が勝っていた。想像の世界だが、ビキニトップを着た美女達の集団が海を泳いでいる。
男として、一度は見てみたい光景だと思った。
本気でそう願っているからこそ、ピースは正直に理由を話した。
もしも「アメリアが心配だから」だとか「力になりたいから」と言った時に、「シンとフェリーが居るから」と断られてしまっては逆転が難しい。
空気を冷やしきってでも、付いて行きたいという意思を見せる必要があった。
「ピースくん。人魚はいっしょにおフロ入ってくれないと思うよ?」
「そういう意味で言ったわけじゃないんで! ていうか、マレットとも入ってないんで!」
下心はあるが、手を出したい訳ではない。
純粋に人魚を見てみたいのだと熱弁を語った末に、アメリアが若干苦笑いをしながら「ピースさんも居てくれると心強いです」と言った事で同行が許可された。
コリスが不服そうな顔でもじもじとしている事については、ピースは最後まで気付いていない。
こうして、アメリアはカタラクト島へ向かう事となった。
結果的に、フローラの判断が正解だったと証明されるのは少し先の話となる。