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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第二章 神剣再生
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177.天才の本領発揮

 アメリアは蒼龍王へ謁見する為に、彼らの集落がある島へと向かうと決めた。

 島の名はカタラクト。人間達にとっては、殆ど馴染みのない島。

 無理もない。その島は人間の国から向かう手段はないのだから。


 ラーシア大陸から北へ直進をすれば辿り着く。と口にするだけであるならば簡単なのだが、実際の船旅はそうも行かない。

 ドナ山脈の北側(ノースドナ)にある海は、例に漏れず魔力濃度が高い。海に現れる魔物も、より強い力を持っている。

 

 そもそも、ドナ山脈の北側(ノースドナ)では船を出すという文化が存在していない。

 水生生物は泳いでいくし、そうでない種族は海を渡る理由が無い。他は精々、空を飛べる種族が通り過ぎるぐらいだった。


 蒼龍の一族は龍族(ドラゴン)の中でも水に棲息する水龍と呼ばれる種族。

 彼らが強大な力を持って作り上げた楽園が、カタラクト島だった。


 人間にとっては未知の領域へ踏み込む決意を固めたアメリア。

 幸い小人族(ドワーフ)は好意的で、マレットの用意した魔導石(マナ・ドライヴ)を搭載した船を準備してくれる運びとなった。

 ギルレッグは人間の使用する『船』の説明を受けた上で、小人族(ドワーフ)の里で製作に取り掛かっている。


「マレットは行かなくていいの?」


 青空の下で発明を続けるマレットに、フェリーが尋ねた。

 妖精族(エルフ)の里に訪れてからの彼女はずっと忙しそうで、でもどこか楽しそうだ。

 船を建造するとなれば、付き合いそうなものなのにと、机の上に顎を乗せながらぼんやりと考えていた。


「アタシが出張る所は魔導石(マナ・ドライヴ)の搭載ぐらいだろうからな。

 それまでは小人族(ドワーフ)任せだ」

「ふーん」


 そうは言いながらも、彼女の手はせわしなく動いている。

 カチャカチャと音を立てながら魔導具を組み立て、時には広げた紙にペンを走らせる。

 たまに手を止めたと思えば、読書に耽っている。しかもそれは、刻と運命の(アイオン)神の遺跡で転記した文様や、シンから渡された魔族の本だった。

 余りに淀みなく手が進む者だからフェリーが「読めるの?」と訊くと、目線を動かす事なく「ニュアンスで大体はな。そのうちちゃんと頭の中で整理する」と言い放って見せた。

 言っている意味が判らないフェリーは、首の角度が直角に近くなる。


 あまり頭を使う事が得意ではないフェリーからすれば、聞いているだけで疲れてしまいそうになる。

 マレット自身が楽しそうにしているのが、幸いだった。

 彼女の知識欲と創造意欲をこの上なく掻き立てる今の環境は、ゼラニウムに居る時より活き活きしている気さえする。


「タイヘンそうだったら、あたしも何かてつだおっか?」

「フェリーがか?」


 ふと、マレットの手が止まる。

 身体検査は妖精族(エルフ)の里に着いてすぐに行った。隅々まで調べたが、相変わらず変化はない。

 数年ぶりにフェリーが顔を紅潮させて怒っている姿を見る事が出来たのでご満悦だ。


「じゃあ、念のためにまた調べとくか?」

「ぜったいヤダ」


 一瞬の迷いすらなく、即座に断られてしまう。

 どうせ目に見える変化はないのだろうが、刻と運命の(アイオン)神の遺跡で見つけた隠し部屋の件もある。

 フェリーの中に潜むモノが見せた反応は、シンや自分にとっては大きな手掛かりとなった。


 あれからシンは、時折頬杖をついては考え込んでいる。

 傍から見ればいつも通りなのだろうが、マレットは気付いていた。

 シンは何かに気付いた。だが、断定するには根拠が足りないと言ったところだろうか。人に話す事を憚っている。

 もしくは、迷っている。安易に口にしてはいけないという躊躇が、彼の口を結ばせている。


 無理矢理聞き出す事も吝かではないが、マレットは待つ事を選択した。

 きっとこれは、片手間で首を突っ込んではいけない問題だと思ったから。

 本当に自分の力が必要な時に、シンは必ず声を掛けるという自信ゆえの選択。


「だってマレット、ヘンなトコ触るもん。あたしの中に居るって言う人が出て来たらどうするの?」

「今まで、アタシがお前に触って一度でも出て来たことがあったか?」

「次は出るかもしれないじゃん」


 右の頬を膨らませながら、フェリーが口を尖らせる。

 オリヴィアが言った言葉を本気で信じているのか、はたまた弄られたくない方便なのか。

 反応を見る限りは、恐らく両方なのだろう。マレットとしては、半分は真剣に調査をしているというのに。


 フェリーの頬を指で突き、尖った口から空気を噴出させる。

 むっとした顔でフェリーが左の頬を膨らませると、今度は左頬を指で突く。


「もう! あたしで遊ばないでよ!」

「分かった分かった。じゃあ、今日は別のことを頼む」


 そういうとマレットは、二人の人間を呼び出すように頼んだ。

 シンとアメリア。彼らに渡すべき魔導具が、完成した事を意味する。


「おはようございまふ……。お姉さまが、来るんですかぁ?」

「もう昼だぞ」


 寝ぼけ眼を擦りながら、オリヴィアが姿を現す。

 最近はフローラと密談をしたり、夜遅くまでで転移魔術の術式を構築したりと昼夜逆転の生活を送っているらしい。

 机の上に突っ伏して寝る事が多いマレットが、言えた話ではないのだが。


 口元を手で押さえながら、あくびをするオリヴィア。

 そんな彼女に、マレットはひとつの魔導具を手渡す。


「ベルさん。これは……?」

「オリヴィアの分だ」

「はい……?」


 寝起きで頭が回っていないオリヴィアが首を傾げる。

 その間にフェリーが、シンとアメリアを連れて来た。その後ろには、ピースもくっついてきている。

 彼らに渡すべき魔導具の、お披露目会が開かれようとしていた。


 ……*


「結構、軽いんですね」


 アメリアに渡された魔導具は、鎧の肩部分に装着する防具(プレート)だった。

 左側だけに取り付けられた六枚のプレートは、厚みの割に重さを感じさせなかった。


「とりあえず、適正があるか見たい。起動してくれ」

「はい」


 言われるがままに魔力を通すと、|プレートの繋ぎ目が青く光りを放つ。

 プレートを取り付けている肩部分に搭載された魔導石・廻(マナ・ドライヴ・ギア)が、起動した証だった。


 魔術を扱うかのように、神経を伝わるように、意識をプレートに集中させる。

 肩から外れた六枚のプレートは、各々が独立して宙へと浮いていた。


 アメリアの肩へ取り付けられたプレート。その正体は、魔導刀(マナ・ブレード)と同じ『(フェザー)』。

 強襲型(アサルトタイプ)翼颴(ヨクセン)とは違い、彼女の『(フェザー)』は個々から砲撃を可能とする銃撃型(ガンタイプ)だった。


「おおー!」


 空を飛び回る青い『(フェザー)』が鳥のようだと、フェリーがパチパチと手を叩く。

 使用している間は魔力の吸われる感覚が著しいとはいえ、戦闘が出来ない程ではない。

 むしろ詠唱と術式のイメージを練る手間を省けるという点では、トータルでは『(フェザー)』の方が扱い易いとさえ感じた。


「まずは成功だな。次は、オリヴィアの『(フェザー)』だな」

「え? わたしにも『(フェザー)』があるんですか?

 魔力の質とか、何も調べてないですよね?」


 寝耳に水だと、オリヴィアがきょとんと目を丸くしていた。

 アメリアはまだ判る。マレットが直接、認証に向けての手筈を整えていたのだ。

 だが、自分はそんな調査をした記憶が無い。一体どうやって、認証させたというのか。


「あんだけ転移魔術の実験に付き合わされたんだ。嫌でも判る」

「……なるほど」


 言われてみれば、転移魔術の実験中にずっと魔力を放出していた。

 その際に魔力の質を抑えていたのだから、抜け目がないと感心するほか無い。


 オリヴィアからしても天才発明家であるベル・マレットがわざわざ自分の為に魔導具を造ってくれた。

 それならば、拒絶する理由はどこにもない。有難く、受け取った魔導具に魔力を込めていく。


 彼女に渡された魔導具は、杖の形をしていた。オリヴィアの懐に隠し持てる程の、取り回しが楽な杖。

 その先端に取り付けられた魔導石・廻(マナ・ドライヴ・ギア)は、『(フェザー)』への魔力供給だけではなく増幅も行う。

 通用の魔術用の杖に組み込まれている魔石と同様の効果。違うのは、性能がより高められたという点のみだった。


「おお、これはなんとも……」


 魔力を軽く流すだけで、そこいらの杖と(レベル)が違う事はすぐに理解できた。

 ミスリアの持つ技術の粋を集めても、この杖には劣るだろう。つくづく魔導石(マナ・ドライヴ)の有能性を思い知らされる。


「ベルさん! わたし、もうすでに満足なんですけど!?」


 ぶんぶんと杖を振り回すオリヴィアの声は、弾んでいた。

 魔術師という立場上、後衛である自分は大魔術を放つ機会も自然と多くなる。

 その際に魔導石(マナ・ドライヴ)の助力があれば、発動が容易となるだろう。


「喜んでもらえて何よりだが、『(フェザー)』の実験もしてくれ」

「そう言われましても、どこに取り付いているのやら……」


 ステッキと見間違うような小型の杖のどこに、『(フェザー)』が取り付けられているというのだろうか。

 戸惑いながらも魔力を込めていくと、杖の底に取り付けられた薄い円盤状の『(フェザー)』が宙へ浮いていく。


「こんなところに……!」


 まさかの場所に取り付けられていて、驚きを隠せないオリヴィア。

 しかし、アメリアやピースのものに比べるとどうしても頼りない。

 まるで先日ピースが作った、玩具の銃。その弾として作られた円盤のようだった。


「でもこれ、よわっちそうじゃないですか?」

「大丈夫だ。ピース、やっちゃってくれ」


 マレットが小さく「多分」と付け加えたのを、オリヴィアは聞き逃さなかった。

 万が一が在ってはいけないと思い、ピースは軽く翼颴(ヨクセン)の『(フェザー)』をオリヴィアのものへと近付けた。


「あれ……!?」


 結果としてピースの翼颴(ヨクセン)が薄く小さな円盤を捉える事は無かった。

 オリヴィアの『(フェザー)』から放出される魔力が生み出すのは、透明な壁。

 妖精族(エルフ)の持つ精霊魔術。結界の魔法陣を応用した、盾型(シールドタイプ)の『(フェザー)』だった。


「これで味方を護ったり、自分を護ったりしながら魔術の詠唱が出来るだろう。

 因みに、お前の得意な魔術に合わせて薄い水の膜を張ってある。慣れてくれば厚みも変えられるだろう」


 ふふんと得意げなマレットだが、もっとふんぞり返ってもいいぐらいだった。

 実際、魔術師が懸念する内容としては詠唱とイメージの阻害。それらに気を配りながら、魔術を組み立てる必要がある。

 この『(フェザー)』は間違いなく、魔術師にとって心強い味方だった。


「ベルさん……。ありがとうございます!

 サプライズプレゼントみたいで、とても嬉しいです!」


 満面の笑みを浮かべながら、アメリアとオリヴィアは互いの『(フェザー)』を飛び回らせる。

 銃撃型(ガンタイプ)から放たれる魔力の塊を、盾型(シールドタイプ)が弾く。一時間も経つ頃には、既に手足のように自由に動かせるようになっていた。


「これが、こないだおれの作った玩具から思いついたやつなのか?」


 ピースは先日、カルフットと共に玩具の銃で遊んでいた事を思い出す。

 弾として放たれた円盤を見て、マレットが何やら閃いていた。

 オリヴィアの『(フェザー)』と酷似しているから、そうなのだろうと思ったがマレットは首を横に振る。


「それはこっちだ」


 マレットがシンに向かって投げるのは、二枚の輪。黒色の輪と銀色の輪。

 互いが対のようになっているそれは、転移魔術の魔法陣を連想させる。


「これは……?」


 二枚を重ねてみると、やはりひとつの魔法陣として術式が完成される。

 目を凝らしてみると、輪の側面や術式の部分に小さな石が埋め込まれている事に気付いた。恐らく、魔導石(マナ・ドライヴ)だろう。


「簡易式の転移魔術装置だ。ま、試作品だし今から実験するんだけど」

 

 重ね合わせた輪で浮かび上がる魔法陣が示す通り、転移魔術の術式だった。

 だが、解せない。マレットは装置だと言ったが、あまりにも小さすぎる。

 最初の実験で、魔法陣の大きさが転移できる質量に直結するという答えが出ている。

 自分の掌に収まる大きさで何を転移するというのかと、シンは眉間に皺を寄せる。


「これで、どうやって転移するつもりなんだ?」

「いいから。銀色の輪を投げてみろ。そんで、黒い輪の側面についてる魔導石(マナ・ドライヴ)を押し込むと発動だ」


 シンは言われた通りに銀色の輪を投げる。

 訝しみながらも、妙な安心感があった。こういう時のマレットは、期待を裏切らない事をシンはよく知っている。

 全員が見守る中、黒い輪の魔導石(マナ・ドライヴ)を強く押し込むと、転移装置は起動した。


 魔導石(マナ・ドライヴ)によって、二枚の輪に魔力が供給される。

 投げられた銀色の輪は光を灯し、魔力によって空中に魔法陣を描いていく。

 同様に黒い輪を持つシンの足元にも、同じく魔法陣が描かれていく。

 瞬く間にシンの姿は消えていき、銀色の輪に投影された魔法陣へと移動していた。


「こういうことか……」


 突然の転移で宙に放り出される形となったシンが、尻餅をつく。

 ケタケタと笑うマレットを見て、わざと説明しなかったという事は理解できた。


「……すごい。ベルさん! こんなの、いつの間に造ったんですか!?」


 魔導具による転移魔術の発動。その成功に一番興奮したのは、当然ながらオリヴィアだった。

 次から次へと質問の言葉を投げかけるマレットは、構築において重要だった部分のみを掻い摘んで話す。


「いや、前にピースが玩具の円盤を飛ばしている時に影が目に入ったんだよ。

 それで、魔力で空中に魔法陣を投影すればいけるんじゃないかと思ってさ。

 ギルレッグのダンナに無理を言って、投影できるまで手伝ってもらった」


 マレットが言うには、ギルレッグの協力が無ければ小さな魔導石(マナ・ドライヴ)で必要な大きさまで投影は出来なかったという。

 加えて、転移を可能としたとはいえ転移魔術の術式自体は変わっていない。

 相変わらず魔力を有さないものに限定され、実質的に移動できるのはシンのみだった。


 それでも、転移魔術を設置するべきふたつの問題は解決が見えた。

 発動時以外に魔力を隠す点と、見つかりにくい大きさに揃えると言うこと。

 またひとつ前に進んだ事により、オリヴィアのテンションは留まる事を知らなかった。


「いや、すっごい! すっごいですよ、ベルさん!

 わたしたちも、頑張ります!」


 何度も拳を握り締め、上下に振るオリヴィア。

 居ても立っても居られない様子で、彼女はストルやテランの元へと駆けて行った。


「すいません、マレット博士。うちのオリヴィアにここまで付き合ってもらって……」

「いや、あそこまで喜んでもらえるとアタシとしてもやりがいがある。

 こっから先、進化させるのはオリヴィアに懸かってるしな。

 ただ、あくまで試作品だ。耐久性もそれほど自信がない。

 アタシの方も、煮詰めないといけない内容は沢山あるんだよ」


 そうは言いながらも、新たな魔導具の開発に成功したマレットはどこか嬉しそうでもある。

 なんだかんだで、誰かが喜ぶ姿を見るのは嫌いではなかった。

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