176.歪な重み
小人族の王、ギルレッグによって打ち直された神器。
自分が継承した神剣。蒼龍王の神剣が目の前に差し出される。
「ほれ、お前さんの神器だ。受け取れ」
「ありがとう、ございます……」
アメリアは恐る恐る手を伸ばし、生まれ変わった蒼龍王の神剣を受け取る。
ズシリと、まるで普通の剣のような重さが掛かる。慣れ親しんだ剣とは、全くの別物のような感覚。
「……刀身の形も、違うんですね」
以前の蒼龍王の神剣よりもやや細身で薄くなった刀身。
取り回しやすい形になったはずだというのに、違和感が拭いきれない。
確実に言える事は、今の蒼龍王の神剣の方が明らかに重い。
神剣としてではなく、ただの剣として生まれ変わったのか。
それとも、もう自分は蒼龍王の神剣の継承者として相応しくないのか。
様々な不安がアメリアの脳裏を過るものの、打ち直した張本人であるギルレッグがその事を気に留める様子は無かった。
「やっぱり、形も違ってたか。なに、悪気はねぇんだ。
コイツが導くがままに打ち直したもんだからな」
そう言うと、ギルレッグは己の持つ槌をトンと肩へ乗せた。
一見真っ黒に見えるが、どことなく奥深さを感じさせる色をしている槌。
複数の魔力が混ざり合っているのが、優れた魔術師であるアメリアやオリヴィアには判る。勿論、魔力感知に優れたリタにも。
「コイツ……って、その槌がですか?」
生まれ変わった神剣と槌を見比べながら、オリヴィアが首を傾げた。
ギルレッグの言う通り、アメリアの体格であれば今の形の方が取り回しは利きやすいのかもしれない。
しかし、当の本人が違和感を隠しきれていない。神剣の修復は失敗したのではないかと、不安に駆られる。
尤も、アメリアもオリヴィアも鍛冶については素人である。
どんな結果が正しいという明確な答えを出す事が出来ない。
対して、小人族は鍛冶や石工を得意としている。
専門家の話の方が正しいだろうが、やはり使い手の立場とすれば戦闘中に違和感のある武器は使いたくないというのが本音でもあった。
そんな疑念を払拭する為か、ギルレッグは白い髭を撫でながら語り始めた。
どうして、槌が導くままなどと言い出したのか。そして、アメリアの持つ違和感の正体。その一端を。
「神剣をこの形に打ち直したのはワシの持つ小人王の神槌の導きによるものだ。
同じ神器同士が触れ合う際にコイツらが対話をした結果だ。
お前さんからすれば不服かもしれんが、受け入れてやってくれ。神剣も、お前さんの為の形を選んだはずだ」
ギルレッグが言うには、小人王の神槌にはふたつの神が宿っているという。
ひとつは元々小人族が信仰していた炎と鍛冶の神。故郷を追われたとはいえ、今でも信仰の対象として崇められている。
もうひとつは、現在の小人族の里で日夜祈りを捧げている神。土の精霊を眷属とする大地と豊穣の神。
大地と豊穣の神が元々、神器を生み出しているかは定かではない。少なくとも、小人族の里には存在していない。
だからだろうか、平等に感謝と祈りを捧げている間に小人族の持つ神器に力が宿ったのは。
それ以来、所有者であるギルレッグは神槌の御心のままに武器を打つようになった。
神器もまた、ギルレッグの所有者へ寄り添う心に合わせて最適な物を生み出していく。
特に今回は、神器である蒼龍王の神剣を打ち直すという大仕事だった。
故に神剣に宿りし神の意思を、小人王の神槌はより鋭敏に感じ取った。
炎と鍛冶の神と大地と豊穣の神が交互に、蒼龍王の神剣へ為すべき形を聞き入れていく。
全ての要素が絡み合った結果、蒼龍王の神剣は現在の姿に形を変える事となった。
「神器同士が、対話をした結果……」
アメリアはぽつりと復唱するが、実感は湧いてこない。まだ祈りを捧げるべき神の姿しか見えない彼女にとっては、神の対話というものは難問だった。
何より、武器が重く感じる。自分の魔力も、上手く通してくれない。その事実が、否が応でも不安にさせる。
自分が受け入れ難いのか、神器が受け入れてくれないのかすらも判らない。困り果てたアメリアの眉は、下がっていく一方だった。
彼女の様子を察してか、ギルレッグも天を仰ぐ。どうやって納得してもらうべきかを、改めて考え直している。
ある意味では、ここからが本題だった。
「嬢ちゃん、そう気を落とすな。前にも言った通り、神器として本当の能力を発揮するにはお前さんが認められなくちゃならん。
今のままだと、神器だけじゃなくて神サマも戸惑ってるだろうよ。まずは、きっちりと神器と向き合ってやってくれ」
「神が……戸惑っているのですか?」
ギルレッグの言わんとしている事が、アメリアには理解しかねる。
困っている彼女を見かねて、この中で最も神器の扱いに長けているであろう少女が顔を覗かせた。
「ええとね、アメリアちゃん。今、神器は戸惑ってるんだよ。
自分の存在が消えたわけじゃないけど、どうやって能力を解き放てばいいのか判らない。
神様も同じだよ。神器の感覚が消えたわけじゃないけど、ヘンな感じがしてるの。
だから、神様に『頂いた神器が、このようになりました』って見せてあげないといけないの。一種の儀式だね」
尤も、リタも壊れた神器を修復したという事例は見た事が無い。
あくまで日々の祈りや、妖精王の神弓から感じる内容を言語化したに過ぎなかった。
「まあ、そんな所だな。認められるというのは、神への儀式が完了するってことだ」
「しかし、私は祈るべき神を知らないのですが……」
「それはそれで、由々しき事態なんだけどね」
信じられないと難しい顔をするリタの隣で、ギルレッグが力強く頷いている。
信仰深い二人にとっては、あり得ない事態でもあった。
とはいえ、アメリアを落ち込ませるつもりは無いのだと、リタがフォローを入れる。
「それでも見方によっては、神器が力を貸してくれるぐらいにはアメリアちゃんが気に入られてるってことだから。
きちんと神への祈りと、儀式を済ませれば神器としての力は取り戻すと思うよ。
蒼龍族だっけ? 一度逢って、話を訊いてみるべきだと思う。神のことも、神器の成り立ちについても」
「やはり、そうですよね……」
リタの指摘は、自分も考えてはいた事だった。
かつてミスリアに蒼龍王の神剣を預けた龍族。
紅龍族、黄龍族と肩を並べる龍族の一族。蒼龍族。
問題は、その蒼龍族との面識が全くない事。そして、逢う手段が分からないという事だった。
元々ミスリアが龍族と同盟を結んでいたのは、王と極一部の者しか知らない。
先の戦闘でも、彼らは最後まで姿を見せる事は無かった。
元々が突発的に始まったクーデターであり、第一王子派に付いた黄龍王と偶然居合わせた紅龍王が揃った事の方が異常なのだ。
蒼龍王は、争いが在った事を知らない可能性すらある。もしかすると、邪神という悪意の化身がこの世に姿を現した事さえも。
最悪の可能性を考慮すると、彼らを探し出して儀式を済ませるだけでは足りないと考える。
蒼龍王へミスリアだけではなく世界が危機に陥る事を伝えなくてはならない。
ましてや黄龍族のように、同盟破棄によって対立をするという事態だけは何としても避けたかった。
「フローラ様……」
アメリアが目配せをすると、フローラは頷いた。改めて言葉にする必要はないと言わんばかりに。
むしろ、そんな風に気後れしないで欲しいとさえ思った。
姉妹のように育ち、彼女の責任感の強さと誠実さはよく知っている。なんでも抱え込もうとする、その悪癖も。
「ただ、闇雲に探してもきっと見つける事は出来ないわ。情報を集めてからにしましょう」
「……はい」
焦りが見透かされているようだった。蒼龍王の神剣を持つ手に、自然と力が入る。
慣れない重みが、アメリアの気持ちを逸らせる。思ったより自分に余裕がない事を、思い知らされているようだった。
……*
「蒼龍の一族か? あやつらなら、ラーシア大陸から北へ進んだ島に居るとフィアンマから聞いたぞ。
きっと今でもいるのではないか?」
「そ、そうなんですか……」
どうやって探すか悩んでいたはずの龍族。蒼龍の一族。
その棲み処は、レイバーンによってあっさりと提示された。
火龍とは知り合いだったという経緯もあって、「レイバーンは知らないかな?」と訊いてみる事を提案したリタのお手柄でもある。
渡り龍である紅龍王が言うには、小人族の里がある遺跡から更に北。海を渡った先に蒼龍族の住まう島があると言う。
人間の住まう地からの往路は岩礁が入り組んでおり、到達は困難となる。
必然的にドナ山脈の北側から船を出す必要があった為に、お目にかかる機会が無かったという訳だ。
「こんなにあっさり判るなんて、なんだか拍子抜けですね」
「ですが、探す手間が省けたのは助かりました。後は、きちんと蒼龍族に受け入れてもらえるかどうか……」
むしろ、そちらの方が心配とも言える。
自分達は目的があって向かったとしても、蒼龍族からしてみれば同盟国とはいえ突然の来訪者。
更に自分達が預けた神剣を壊して、あまつさえ違う形に造り替えている。彼らの気性次第では、怒り狂っても仕方のない状況だった。
「それも心配要らぬと思うがな」
膝にリタを乗せながら、さらりとレイバーンが言ってのけた。
「これもフィアンマから聞いた話だがな、蒼龍の一族が治める島は様々な種族が住んでいるらしい。
余たちよりも大分前から、様々な種族を受け入れる。種族のるつぼと言ったところか。
そもそも蒼龍王自体が、龍族だけではなくて人魚をはじめとした様々な種族を妻として娶っているらしいからな。
少なくとも、門前払いはないだろう」
「つまり、色んな人と関わるのが好きってことですかね?」
「だろうな。余も、色々な者と関わる様になったから分かる。刺激的で、とても充実した毎日が送れるからな!」
「それは確かに」
レイバーンの膝に乗ったリタが、照れながらもはにかんでいる。すっかり日常の一部になっているが、昔からでは考えられない。
オリヴィアも強く頷いた。王宮の外の世界はとても刺激的だ。どんな無謀な挑戦だって、皆が居れば叶えられる気がする。
高らかに笑いながら話すレイバーンの言葉を聞いて、アメリアはひとまず胸を撫で下ろした。
友好的に接する事が出来るかはさておき、門前払いという状況は避けられそうだ。
「アメリア。私やお母様の名を出しても構いません。蒼龍王にご挨拶を。それと――」
今度はアメリアが、フローラの言いたい事を理解していると言わんばかりに頷く。
自分も考えていて、伝えなくてはならないと思っていたから尚更だ。
臣下である自分の口から、「同じ王族でも、第一王子とその従者には気を付けて欲しい」と口にするのは心苦しいが。
「レイバーン殿。蒼龍王の住む島について、他に情報は無いのですか?」
「ううむ。余も聞いた話をそのまま伝えているだけだからな。
強いて言えば、海が綺麗で浜辺では珍しい貝を拾ったとフィアンマが言っていたことぐらいしか……」
これ以上役立ちそうな情報はなさそうだと、レイバーンの耳が垂れる。
恐縮したアメリアが元気づけようとする中で、リタが彼の耳に触れようと背伸びをしていた。
「ふむ、浜辺……。青い海に砂浜ね」
「ほほう……!」
そんな中で、眼を光らせる者が二人。オリヴィアとフローラ。
ある意味では悪巧み。そして、ある意味では恋する乙女の応援。思いついてしまった以上は、仕方がない。
「……?」
彼女達の呟きが聞こえていないにも関わらず、アメリアは悪寒に身を震わせた。