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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第一章 戦い抜くために、必要なこと
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幕間.ひらめきは玩具から

 おれは今、木の板を削っている。

 隣では、最近住む事になった小人族(ドワーフ)の少年がおれの真似をして木の板を削っている。

 正直、おれより上手い。おれがナイフの扱いに四苦八苦しているなら、少年は既に鑢掛けまでしている。

 後れを取る訳にはいかない。少年は、作ろうとしているものの完成形が見えていないのだから。


 こんな事をしている理由はちゃんとある。

 全てはこの小人族(ドワーフ)の少年、カルフットの言葉から始まった。


 ……*


 妖精族(エルフ)の里に来てから、ほぼ日課となった稽古(トレーニング)

 あの手この手でシンに木剣を打ち込むが、決まっておれの身体が宙へと放り投げられる。

 この森から見える空は青くて綺麗だなあ。と、遠い目をしながら地面へと落ちていく。

 単純に木剣で組み伏せられない辺り、剣の腕で圧倒的な差があるということだけは伝わった。

 

「今日はここまでにしておくか?」


 空を見上げながら、息を荒くするおれの頭上に、影が差す。

 おれを投げている張本人は、全く呼吸が乱れていない。

 そりゃ、カウンターでぶん投げてるだけだし、体格差もあるとはいえちょっと悔しい。

 

「いえ、もう一本お願いします……」


 地面に縫い付けられたかのように重い身体を起こしたおれは、瞬く間にもう一度投げられる。

 今度は、一生懸命師匠(アメリア)へ木剣を打ち込むフェリーの姿が見えた。

 美女二人が汗を清らかな汗を流す姿は美しいと思っている間に、地面へと落ちていった。


「いてて……」

「気を抜きすぎだ」


 流石のシンも、少しばかり呆れている。攻撃が雑になりすぎていると怒られてしまった。

 とはいえ、どうしたものか。魔術を使えば今のようにぶん投げられることはないと思うけれど、それでは稽古の意味が無い。

 剣術ド素人のおれが考えたような手では、シンに通用するはずもない。そもそも変則的な動きも、シンの方が長けているし。


 きっとフェリーのために戦い続けたのだろう。

 引き締まった身体も、戦闘中の機転も、そのためだけに積み重ねてきたものだ。

 そこまで本気になれるほど大切な女性(ひと)がいることは、純粋に羨ましいとさえ思う。


 ただ、まあ、うん。おれとしては師匠(アメリア)の気持ちも知っているから複雑だけれども。

 三日月島? だったかで、シンがフェリーを抱きしめた現場にも居たらしいけど、再開してからの様子を見る限り諦めている風ではない。

 フェリーとの関係も良好みたいだから、変にギスギスしていないのはいいことだと思うけれど。


「おーい、シン兄ちゃん!」

 

 などと、おれがぼんやりと考えている時だった。

 子供となったおれよりももっと背丈の低い少年が、シンへと駆け寄る。

 確か、名前はカルフットだったか。


「カルフット。……またか?」

「うん、銃を見せて欲しいんだ!」


 小人族(ドワーフ)の少年、カルフットはかつてシンに助けられたことがあるらしい。あの人、いつもそんなだな。

 その時にカルフット少年は銃に感銘を受けて、暇さえあればシンに見せてもらっているらしい。

 気持ちは分かるぞ。おれの翼颴(ヨクセン)程ではないにしろ、やはり銃はカッコいい。


 少し困った顔をしながらも、シンは銃をカルフットへと見せてあげる。

 弾を抜いた上で手に持たせたりしてやっているので、カルフットはいつも上機嫌だ。

 しかし、そんな彼の欲望は留まることを知らない。


「ねえ、兄ちゃん。一回だけ撃っちゃ……ダメ?」

「ダメだ。いくらなんでも危なすぎる」


 手に取った時から、いつからは出てくるであろう要望。カルフットがその願いを口にするのは、自然な流れだった。

 同時に、シンが断るのも当然の流れだった。銃はこの世界に於いても殺傷能力が高い。実際、シンの持つ銃はきっと多くの命を奪ってきただろう。

 遊び半分で撃っていいものではない。誰よりもそのことを知っているシンだからこそ、決して許諾しない。


「そうだよね……」


 とはいえ、落ち込むカルフットを見るのも気が引ける。

 シンも困った様子で頭を搔いている。どうやら、ここはおれが一肌脱ぐべき場面のようだ。


「カルフット、そんなに銃が撃ちたいならおれと作るか?」

「え? 作れるの!?」

「おう、おれに任せてみな」


 キラッキラに目を輝かせて、カルフットがおれの顔をまじまじと見上げる。

 こんな純粋な期待を浴びたのはいつ以来だろうか。眩しすぎて思わず後退りしちゃいそうだぜ。


「おい、ピース……」


 シンが怪訝な顔でこちらを見ている。マレットに銃の作り方でも教わったのかと心配しているようだ。

 まずはシンの誤解を解くところから始めなくてはならない。


「いやいや、銃って言っても玩具ですよ。カルフット、玩具の銃でもいいだろ?」

「うん! みんなと遊べるなら、オモチャの方がいい!」


 大方、そんなことだろうと思った。カルフットは銃が撃ちたいと言っても、本物にこだわっているわけじゃない。

 玩具の銃さえ用意してやれば、喜んで遊び倒すに違いない。

 

「ね?」

「……大丈夫か?」


 おれが「元居た世界でも、銃の玩具はあったんで」と付け加えると、シンは納得したようだった。

 こうしておれは、カルフットと共に銃の玩具を製作することとなった。


 ……*


 銃の玩具を作るに当たって、最初に考えないといけないこと。

 何を()にするかということ。


 複雑な構造の銃は、とてもおれ個人で作れるものではない。

 必然的に、単純な発射機構のものに限られる。そもそも、整備とか大変になるし。


 そうなるとパッと思いつくのは水鉄砲だ。

 極論、筒に孔を開けて水を詰め込めば、押し出すだけで完成なのだが味気ない。

 ていうか多分カルフットの望むような銃の形ではない。楽なんだけどね。


 銃の形に整えてもいいんだけど、水というのがある意味で厄介だ。

 泉付近で水遊びする時に使えるかもしれないけど、神に祈りを捧げてるとか聞くしやめておこう。

 水鉄砲自体は玩具として優秀だし、どこかで作りたい気もするけど。


 次に思い浮かんだのは、コルク銃だった。縁日の射的でよく遊んだものだ。

 空気圧でコルク弾を放つのは、カルフットが望んでいる形に最も近いかもしれない。


 続いでゴム鉄砲が思い浮かんだけど、速攻で無理だと悟った。

 おれ、この世界で輪ゴムとか見たことないし。


 最後に、おれが子供の時に超好きだった銃がある。

 円盤銃だ。銃にセットした円盤が、引鉄を引くと飛んでいく。

 風に乗って飛んでいく姿を思い出して、懐かしさに耽ってしまった。


「ピース兄ちゃん?」

「あ、悪い悪い。よし、今から作り方を教えるからな!」

「うん!」


 コルク銃と水鉄砲よ、すまん。今回は円盤銃を作らせてもらう。理由はおれが作りたいからだ。

 妖精族(エルフ)から木の板と棒。そして発射の際に使用するバネを作るために、針金を貰ってきて製作を開始する。


 ……*


 そして、今に至る。

 まずは細かい部品よりも外装から作った方がモチベーションも上がるだろう思って木の板を削っている。

 もう銃の形に削るだけで目を輝かせてるんだもん、誰だってそうしてやりたいと思うだろう。


「兄ちゃん、出来たよ!」

「はやっ! ちょっと待って、おれまだ終わってない……」


 流石小人族(ドワーフ)と言うべきなのだろうか。とても手先が器用でいらっしゃる。

 プラモを組み上げた経験ぐらいはあるが、フルスクラッチは初めてだ。どうしても四苦八苦してしまう。

 カルフットはおれがあくせくけえずっている間、銃の外装を塗装していた。シンの銃によく似た、真っ黒な本体(ボディ)だった。


「次は、この針金を……こうだ!」

「こ、こう?」


 削った本体の内側。重ね合わせる部分に合わせるよう、L字型に針金を巻く。

 ただ折るだけではなく、曲がる部分に小さな円を作っていく。これが本体のはめ込みに引っかかって、バネとなった針金を支えてくれるはずだ。

 引いた引鉄が戻らなければ、単発式になっちゃうからな。これは重要な部分だ。

 因みに、汚い楕円を描いたおれと違ってカルフットは器用に組み上げて見せた。畜生、どっちが教えてるのか判らなくなってきたぞ。


 そこから引鉄や弾となる円盤を差し込むための口を作って、本体を重ね合わせる。

 最後に、薄い円盤状に削った弾丸をはめ込めば玩具の銃が完成だ。

 所要時間、三時間。カルフットだけなら、一時間ぐらいで出来そうだった。


「おおおおお! これが、ぼくの銃……!」


 自分で作り上げた唯一無二の武器を太陽へ掲げ、カルフットは目を輝かせている。

 これでちゃんと円盤が発射されればいいのだが、失敗したらマジで空気がやばそうだ。

 その時は素直に水鉄砲かコルク銃を作ろう。流石にあれなら失敗しないだろう……。


「ピース兄ちゃん! これ、撃ってもいいかな!?」

「一応、誰もいない方するんだぞー」

「うん!」


 もうここまでくれば、彼を止めることは出来ないだろう。おれも止めるつもりはない。

 カルフットは銃を構えて、引鉄を引く。きっとあれはシンの真似だ。すぐに判ったおれは、吹き出しそうになるのを堪えた。

 

 銃から放たれた円盤はくるくると回転をしながら宙を舞う。

 ひとしきり空を堪能した後に、ゆっくりと地面に着地する様を見届けたおれたちは、顔を見合わせた。


「出た! すっげー! 兄ちゃん、飛んでったよ!」

「おう。玩具の銃だけど、これで良いか?」

「うん! これだったらぼくでも作れるし、他の子とも遊べるかな!?」

「遊べるだろ。みんなの分、作ってあげないとな」

「うん、やった! ありがとう! ピース兄ちゃんも、一緒に遊ぼうね!」

 

 おれの心配は杞憂だったようで、ちゃんと狙い通りに円盤は飛んでくれた。

 見た所勢いもそれほど強くないので、誰かに当たって怪我をする心配も不要だろう。


 それにしても、やっぱり他の子供たちと遊びたかったんだな。みんなと遊べるかだなんて、微笑ましい子供だ。

 穢れを知らない少年の笑顔が眩しい。今、おれも誘ってくれた気がするけど。勿論、ご一緒させて頂きますけどね。


 量産体制はさておき、おれたちは円盤銃の完成を喜んだ。

 互いの銃で撃ちあいをして、円盤が宙を飛び交う。

 おれはこの時、全く想像していなかった。まさかこんな玩具が、ヒントになるなんて。


 ……*


「あー、どうすっかなあ……」


 眉間に皺を寄せ、外をぶらぶらと歩いているのはおれのよく知る人物だった。

 栗色の髪を纏めて、尻尾のように振り回す。白衣の上からでも盛り上がった二つの山と相まって、見る者の視線を釘付けにする。

 ベル・マレットその人だった。


 現在はオリヴィアやテラン、ストルといったおれのよく知らないメンバーとよくつるんでいる。最近ではギルレッグっていう小人族(ドワーフ)の王も加わったけど。

 無論、マギアどころかゼラニウムから殆ど出なかったマレットにとっても馴染みの薄い顔ぶれ。

 それでも彼女は、オリヴィアの情熱に絆された。転移魔術という新しい魔術を生み出す研究に付き合っている。

 その傍らで魔導具を造ったりしているのだから、恐れ入る。


 だけども今日はお疲れのようだ。転移魔術は試作品が成功したみたいだけど、その後に実用レベルへ持っていくという課題が残されている。

 マレットは魔法陣を作成する魔導具をギルレッグと共に作ろうとしているが、顔を見る限り状況は芳しくなさそうだ。


「マレット、お疲れか?」

「あー……。ちょっとな、アッチが立てばコッチが立たずだ」


 マレットが言うには、色々と転移魔術が使用できる範囲を模索したところ問題が発生したらしい。

 あまり魔法陣を小型化しすぎると、転移できる質量も小さくなっていくという。だから、ある程度の大きさは維持しないといけない。

 けれどそれは、魔力の発生以外に視覚的に目立ってしまう。もうひとつクリアしないといけない問題が発生したと、ボヤいていた。


「大変なんだな」

「アタシは魔術の専門家ではないから、余計に難しいわ。

 翼颴(ヨクセン)灼神(シャッコウ)でも、もう少し楽に造れたぞ」


 それはそれでおかしいと思うけど、マレットが悩むということはよっぽどの事態だ。

 一方で、こんなマレットを見る機会は早々ないだろう。おれは、じっくりと彼女を観察する。


「……お前、いつも言ってるけどドコ見てるとかバレバレだからな」


 そう言うとマレットは、おれの手から円盤銃を奪い取る。ケタケタと笑う仕草は、いつもの彼女だった。


「で、なんだコレ?」

「ああ、さっきカルフットと作った銃の玩具だよ」

「ふーん? 成程な。魔導具でもなんでもない、木と針金だけで作ったのか」


 速攻で中身がバレる辺り、流石だと思う。

 でも、マレットはこんな玩具にも鼻で笑うようなことはしない。むしろ、「これなら、誰でも遊べそうだな」と感心してくれる。

 現に「どんなもんか」と、マレットは空へ向かって引鉄を引く。

 宙を舞う円盤を眺めた直後、彼女はその様子をまじまじと見つめてはぶつぶつと呟き始めた。


「……その手があったか。ギルレッグの旦那的にありなのか、訊かないとな」


 彼女はおれに銃を渡すと、すっと来た道を引き返す。

 現れた時と違って、頬が緩んでいるのが判る。心なしか、血色もよくなった気がする。


「マレット、なんかあったのか!?」

「ああ、お前のお陰だ!」

「どゆこと?」


 そう言われても、おれは何ひとつ説明されていないから解らないんだが。

 訝しむおれの顔を見て、マレットが満面の笑みを浮かべた。


「とにかく、上手く行ったらお前の手柄だ!

 今晩、一緒にフロ入ってもいいぞ!」

「マジで!?」


 スキップでもしそうな勢いで、マレットは去っていく。

 そんなに上機嫌になるほどのヒントを与えてしまったのかと、おれも鼻が高くなる。


 しかし、違った。

 確かにおれはヒントを与えたのかもしれない。けれど、アイツが上機嫌なのはそれだけが理由ではなかった。


「ピース兄ちゃん、あの女の人とお風呂入りたいの?」


 ぽかんと口を開けるカルフットを見て、おれは気付いた。

 マレットが、とてつもなく大声で話していたことを。


「ピースさん。そういうのはあまり大声で話さないほうがいいと思いますよ。

 その、一応私たちもこの里に訪れたばかりなわけですし……」

「あ、いや。その、あれはマレットがおれをからかっているだけで……」


 顔を赤らめながら、師匠(アメリア)がおれを嗜める。

 あんにゃろ、初めからこうなることが判ってたな……。

 

「マレット、おフロだといっぱいイタズラしてくるから気を付けてね」


 フェリーがおれの肩をポンと叩く。その詳細を知りたかったけれど、本物の銃に撃たれそうなので訊けなかった。

 なまじ喜んでしまったせいで、弁明をしようにも嘘くさくなってしまう。完全に嵌められた。

 

 妖精族(エルフ)の里に来てからも、おれは彼女にからかわれる立場らしい。

 不思議と、嫌な気分にはならないのだけれど。

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