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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第一章 戦い抜くために、必要なこと
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幕間.美女と野獣

 アルフヘイムの森にある泉。

 そこは最も愛と豊穣の(レフライア)神に近いとされる場所。

 妖精族(エルフ)の里へと帰った私は、今日も彼女へ祈りを捧げる。

 

 早朝に訪れると、澄んだ空気がとても美味しい。小鳥の囀りはがあると、より気持ちよく感じる。

 故郷へと帰ってきた実感が湧く。やっぱり私は、妖精族(エルフ)の里が大好きだ。


 祈りの内容は、妖精族(エルフ)の里の安寧が第一だった。

 けれど、今はもう少しお願いが増えてしまった。


 大好きな人間の友達が出来た。

 イリシャちゃんはずっと友達だったけれど、フェリーちゃんやシンくんも大切だ。

 オリヴィアちゃんやフローラちゃん。アメリアちゃんとだって、もっともっと仲良くなりたい。

 ベルちゃんやピースくん。コリスちゃんとはこれから仲良くなれるといいな。

 テランくんとはひと悶着あったけれど、今の彼をきちんと見てあげないといけない。


 私が人間の国で叶えたかったことは、殆ど叶えられなかった。

 立ち止まっていられないほど賑わっている市場や、人間の食べ物が並んでいる屋台。

 知りたかったものを知ることが出来なかった。居住特区の参考にしたかったのに。

 次こそはきっと、堂々を街中を歩けたらいいな。


 他にも小人族(ドワーフ)と知り合ったり、レイバーンの同胞(なかま)たちとも一緒に暮らすこととなった。

 外の世界を知らなかった妖精族(エルフ)は、もういない。

 勿論良いことばかりではないし、善い人ばかりでもない。それでも、悪いことばかりではないし、悪い人ばかりでもない。

 清濁が混ざり合った世界なのだから、当然だ。妖精族(エルフ)が意図的に避けて来たものを、私たちは知らなければならない。


 ……ストルには苦労を掛けちゃうけど、彼も満更ではなさそうだ。

 オリヴィアちゃんの研究に推薦したのは良い機会だったのかもしれない。


 アルフヘイムの森は、新しい形での愛と豊穣に恵まれている。

 愛と豊穣の(レフライア)神に一層強い祈りを捧げ、いつものように果実酒を地面へと浸み込ませる。

 お供え物だとは判っているけど、愛と豊穣の(レフライア)神もちゃんと味わってもらいたい。貴女のお陰で、私はここに居るのだから。


「さて、今日はどうしようかな……」


 日課の祈りを捧げた私は、頭の中で今日の予定を立て直す。


 まずは朝ごはん。イリシャちゃんのおうち、シンくんのところでも可。

 その後にイリシャちゃんが面倒を見ている子供たちと遊ぶなら、お昼はイリシャちゃんと食べることになる。

 だったら、朝はシンくんやフェリーちゃんと食べてもいいかもしれない。

 まあ、そんなことしていてもストルに怒られて仕事に戻るのは分かってるんだけど。


 イリシャちゃんは凄いと思う。人間や妖精族(エルフ)だけじゃなくて、獣人。最近は小人族(ドワーフ)の子供も増えた。

 その皆の相手を一斉にして、それでも元気が有り余っているのだ。

 忘れかけていたけど、一人でドナ山脈を渡り歩いていただけのことはある。


 仕事から逃げて遊び惚けたいと、切に願うのは現実逃避から来るものだろうか。

 妖精族(エルフ)の言葉を翻訳するのは、私にしか出来ない仕事。

 イリシャちゃんもきっと翻訳出来るのだろうけれど、子供たちのお世話をしてもらっている。これ以上の負担を掛けられない。


 オリヴィアちゃん経由でストルも段々と読み書きができるようになったけれど、彼は転移魔術のことで天手古舞だ。

 ただでさえ過労気味のストルに、無茶は言えない。


 私だって解っている。これから共存していく上で、大切なことだというのは。

 けれど、それとこれとは話が別だ。ここしばらくが刺激的だったせいで、部屋に籠りっぱなしなのが耐えられなくなっていた。


「私も外にでーたーいー」


 聞けばストルは、オリヴィアちゃんと一緒にレイバーンのおうちに行ったらしい。

 昔は「あんな野蛮で粗暴な城が近くに在るだけでおぞましい」と言っていたのに、ご飯までごちそうになってきたというのだ。

 私が思わず「ずるい!」と言った際には、困った顔をしていた。後、昔の発言を少し反省しているようだった。


 当時の妖精族(エルフ)の風潮も考えれば、ストルの発言は大多数を占めていただろう。

 だから、その点について私も本気で追及したいわけじゃない。レイバーンだって、そんな小さなことを気にするような男性(ひと)じゃない。

 でも、私だってレイバーンと一緒にごはんが食べたい。


「レイバーン、なにしてるかな……」


 ぽつりと、彼の名前を呟いた。レイバーンは最近、あまり居住特区に顔を出さない。

 元気にしていることは知っているし、私と一緒で留守にしていた間の仕事が溜まっているのだろう。

 お互い、種族の長としての立場があるのは承知している。だけど、全く会えないのはあんまりじゃないのか。


「会いたいな……」


 またぽつりと、彼の名前を呟いた時だった。


「む、リタ。やはりこの時間は(ここ)に居たな!」


 発達した樹の陰から、黒い尻尾と狼の顔がはみ出している。

 見間違うはずもない。レイバーンのものだ。


「レイバーン!?」


 歓喜の声を上げると同時に、私はハッとして口元を覆った。

 つい今しがた呟いた、「会いたい」という言葉を聴かれていたら恥ずかしいからだ。


 ……*


 静寂に包まれた空間で、張り巡らされた水面は鏡のようにレイバーンの姿を反射させる。

 鏡像でも、彼の心根が優しいことは隠せそうにない。こんな彼が魔王という肩書だけで畏れられるのだから、世の中は不思議だ。

 もっとレイバーン自身を見て欲しいと思う。


「この時間なら、リタは祈りを捧げていると思ってな。昔のように、会いに来たのだ」

「あはは。もう、堂々と会っても問題ないんだけどね」

 

 私は今、レイバーンの膝の上に居る。

 背中を彼の厚い胸板に預け、自分の重みを受け止めてもらおうとしていた。


 だけど、現実は非情だった。体格差がありすぎて、彼の腹筋にもたれ掛かっている。

 心臓の鼓動を聴いたりしたかったのに、小さな体が恨めしい。もしくは、レイバーンがもうちょっと小さければと思う。


「うむ! だが、ここで祈りを捧げるリタが一番美しいのでな! たまには見たくなるのだ!」

「そ、そうかな……。自分じゃ、よくわかんないけど」


 突然何てことを言うんだろう。恥ずかしくて、思わず俯いてしまった。

 いや、ちゃんとわかっている。レイバーンは素面でこういうことを言うのだ。

 私に対してだけではないということも知っている。その点はちょっとだけ、不服だったりする。

 

 今はお互いの気持ちが解っているからいいけど、そうじゃなかったら誤解していたかもしれない。

 勝手に自分が好意を抱いているだけで、レイバーンにその気はないかもしれないと思っていたかもしれない。

 

 案外、自分の思い込みというのは後に引きずることを私は知っている。フェリーちゃんが、そうだったから。

 他の誰が見ても、シンくんはフェリーちゃんが一番大切だったのはあかたさまなのに、当の本人が「シンは優しいから」と苦笑いをするだけ。

 拒絶されていると思い込んでいたのだから、不思議なものである。誤解が解けて、本当に良かったと思う。

 

「それと……。リタに訊いておきたいことがあるのだ」

「私に?」

「うむ。リタにしか、頼めぬことなのだ」


 なんだろう? 今晩、一緒に食事をしようとかかな?

 それとも、デートのお誘いかな? もしそうだったら、ストルが何を言ってもほっぽりだすけど。


「私なら、いつでも大丈夫だよ! なんでも言ってね!」

 

 気恥ずかしくて俯いていた顔は、いつしか見上げていた。

 レイバーンの顎から喉にかけて、ふんわりと生えそろった毛が見える。気持ちよさそう。触りたい。

 

「そう言ってもらえると助かる!」

「うん、どんと来て!」


 私は期待に胸を膨らませる。夕食(ディナー)でなくても、昼食(ランチ)でも構わない。お互い忙しい身だから、それだけでも幸せだ。

 でも、出来れば散歩(ピクニック)ぐらいは一緒にしたいと思う。身体のちっちゃな私に、レイバーンが歩幅を合わせてくれる。考えただけで、胸がときめく。


「実は、()()のことで相談がしたいのだ」


 金属の擦れ合う音がする。眼前に現れたのは、鋭い爪。レイバーンのものではない。

 獣魔王の神爪(レイシングスラスト)。レイバーンが持つ、神器だった。


「やはり、城に戻っても余が祈るべき神の存在がわからなくてな。リタにも、手伝ってもらえぬかと思ったのだ!」

「ああ、うん」


 きっと私は、心底高揚のついていない声を発していたと思う。

 レイバーンは悪くない。私が早とちりをしただけだ。けれど、返して欲しいと思った。私の乙女心を。


 ……*


 レイバーンが言うにはこうだった。

 先の邪神との戦いで、自分がもっと神器を上手く扱っていれば犠牲者は減ったのではないかという葛藤。

 特に目の前で死んでしまったグロリアは、自分の力が足りないからだと己を責めていた。


「余は、自分の弱さが許せぬと思った」


 歯が割れるのはないかと思うぐらい、強く噛みしめているのが判った。

 レイバーンが居たから、救えた命もきっとあるというのに。ヴァレリアさんは、ずっと感謝と賛辞の言葉を述べていたのを私は知っている。

 彼の優しさが、自分の弱さを許せないんだと思った。神器に選ばれるのも納得だ。


「レイバーン。ちょっと、頭下げて」

「うむ? どうしたというのだ?」


 私は彼の膝から離れると、両手を広げて見せた。

 戸惑いながらもレイバーンが、私の目線まで頭を下げる。途中で体勢を変えて、狼らしく四つん這いだ。これはこれで可愛い。


「……リタ?」


 戸惑う彼の声が、呼気が私の身体を擽る。

 彼の顔を包み込むように抱きしめたのだから、無里もない。

 私程度の細腕じゃ、きっと何も考えないだろうと思って目いっぱい力を込めると、彼の温もりがより強く感じられた。


「どう?」

「どう? とは……?」

「感じるものは、ある?」


 密着しているからか、彼の眼球が動いているのがよく分かった。

 きっと、天を仰いで考えてくれているのだろう。


「リタの温もりと、心臓の音。後、汗の匂いがする」

「……最後のは言わなくていいよ」


 ムッと声を低くすると、レイバーンが「済まぬ」と謝ってくれた。

 シンくんがよく謝ると指摘するけれど、レイバーンもよく折れると私は思う。


 レイバーンから離れて、私は彼の眼をじっと見つめる。

 真意が読めない彼は、目をぱちくりとしながら私の顔を眺めていた。

 

「これと同じことを、獣魔王の神爪(レイシングスラスト)にしてみて」

「抱きしめたら、余の肉が裂けるのだが?」

「ごめん。そういう意味じゃなかった」


 私が言いたいのはこうだった。

 祈るべき神が判らないのであれば、もっと神器に寄り添って欲しいというもの。

 

 私は初めから愛と豊穣の(レフライア)神が信仰するべき神だと知っていたので、試したことはない。

 けれど、神器は元々神より与えられし武器だ。神への祈りが力になるのであれば、逆もあり得るのではないかと思う。

 神器に祈りを続けることで、神へその想いが届く。そうすればきっと神にも直接、祈りを捧げることが出来るに違いない。


「そういうものなのか」

「あくまで私の考えだけどね。勿論、精霊に訊くっていう方法もあるけど」


 アルフヘイムの森に居る光の精霊(フォトン)は判らないけれど、大地を見守ってくれている土の精霊(ノーム)なら祈りを捧げるべき神を知っているかもしれない。

 少なくとも私の方法よりは確実だろうと思ったけれど、レイバーンは首を横に振る。


「余は、まずリタが教えてくれた方法を試してみたい。

 何より、余は獣魔王の神爪(レイシングスラスト)に感謝しておる!

 幾度となく余を護ってくれた相棒だからな!」

「うん、それがいいかもね」


 高笑いをするレイバーンに釣られて、私の頬も緩む。

 その気持ちがあれば、いつかきっと神にも伝わると思えた。


 レイバーンの顔はすっきりしている。悩んでいたことが、解決した証なのだと思う。

 喜ばしいことだけど、それはそれ。私は咳払いをして、彼の注目を引いた。


「ところで、レイバーン」

「む、どうしたのだ? 急に咳払いなどして」

「私、結構有意義なことを言ったと思うんだよね」

「うむ! リタには感謝してもしきれんな!」


 よしよし。レイバーンもちゃんと分かってくれている。

 だったら話は早そうだと、私は自分の望みを切り出した。


「じゃあ、ひとつお願い訊いてもらってもいい?」

「む?」


 レイバーンが首を傾げる。やっぱり、こんな簡単な相談だけじゃダメだったのだろうか。


「ひとつどころか、リタならいくつ願いを知っても構わぬぞ!」

「ほんと?」

「うむ!」


 良かった! 言質が取れた!

 飛び跳ねて喜びたいところだけど、今日はひとつだけにしておこうと思う。

 実はひっそりと、憧れていたことがある。


 私は徐に立ち上がると、両手を広げた。

 ポカンとするレイバーンに、願いを告げる。

 

「じゃあ、抱きしめて」


 私の憧れていたこと。

 それは、三日月島でシンくんがフェリーちゃんを思い切り出し決めたことだった。

 人前でやられるのは恥ずかしいけれど、羨ましかった。

 私もあんな風に抱擁されたいと、ずっと考えていたのだ。


「そんなことでいいのか?」

「そんなことがいいのです」


 レイバーンは立ち上がると、私と向き合う。彼の影が、私の身体を覆い尽くした。

 彼も両手を広げ、私に覆いかぶさろうと身体を丸める。「そんなこと」って言った割に、緊張しているようで可愛かった。


「リタ、愛しておるぞ」


 抱きしめる直前、レイバーンが耳元で囁く。ズルいと思った。私はそこまで言ってなかったのに。

 不意打ち気味で、心臓の鼓動が跳ね上がる。その瞬間に抱きしめるのだから、やっぱりズルいと思った。

 これ、絶対ドキドキしてるのバレてる。

 

「……私もだよ」


 でも、心地よかった。ずっとこのままで居たいと思えた。

 気が付くと私は、彼の背中に腕を回していた。


 ……*


 居住特区へ戻ると、妖精族(エルフ)の子供たちが大騒ぎだった。

 半泣きになりながら、イリシャちゃんやフローラちゃんへ向かって懸命に何かを訴えている。


「じょーおーさまがね、じょーおーさまがね! 食べられちゃったの!」

「がぶって、食べられちゃってたの!」


 私とレイバーンは顔を見合わせる。どうやら、子供たちに見られてしまっていたらしい。

 こっそりと夢を叶えたはずなのに恥ずかしいと感じる傍ら、食べられていると思われているのが悲しかった。

 そっか、やっぱりこの体格差だとそう見えちゃうかあ……。


「イリシャさん。『食べられる』とはどっちの意味でしょうか?」

「あらあら、フローラ様ったら。子供たちが言うから、期待している方じゃないと思いますよ。

 それに、リタとレイバーンは初々しいもの。そういうのでは、ないですね」


 真剣に悩むフローラちゃんに、イリシャちゃんがくすくすと笑っている。

 言っている意味は分からなかったけど、きっとからかい半分で言っている。だって、イリシャちゃんは私たちを見ているのだから。


「もう、イリシャちゃん!」


 私の声が、居住特区へと響き渡る。

 妖精族(エルフ)の里は、今日も平和な一日を過ごしている。

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