174.同盟参加
シン達が妖精族の里へとたどり着いた頃。
同じく妖精族の里を離れていた一団と、偶然の再会を果たす事となる。
朝陽に照らされ、青い髪が映しく反射する。自分と同じ色だが、凛とした姉の方がより美しく見える。
敬愛する姉が不意打ちで現れたものだから、オリヴィアは目を丸くした。
「オリヴィア、貴女も帰ってきたのですね。おかえりなさい」
心なしか、姉の表情が明るい。良い事でもあったのだろうか。
などと考えていると、視界にある男の姿が入る。オリヴィアの表情が、一瞬にして青ざめる。
「お姉さま!? それに、ストルも!」
驚きのあまり、オリヴィアの背筋がピンと伸びる。装いを見る限り、外出をしていたのは明らか。
この場に居るのだから、ストルも同行していると考えるのが自然だろう。
一体何がどうなって、こんな状況に陥っているのか。
真面目で一途な姉が、妖精族の男に誑かされたのではないかと勝手な妄想だけが膨らんでいく。
「ストル! わたしたちの調査には付き合えないって言ってましたよね!?
だったら、どうしてお姉さまと朝帰りしているんですか!? お姉さま狙いだったってことですか!?」
「朝がっ……。誤解だ、オリヴィア!」
「なーにーがー誤解なんですか!?」
不意に出た単語の意味を、当然ながらストルも知っている。
あらぬ誤解を掛けられ慌てふためくが、オリヴィアの眼には取り繕っているようにしか見えなかった。
「オリヴィア、誤解です!」
「お姉さままで、この状況でどうやって言い逃れするんですか!?」
落ち着かせようとしても、オリヴィアの気は一向に収まらない。
マナ・ポットに魔力を込めたかの如く、勝手に茹で上がっていく。
「元気な声が聞こえたから、もしかしてとは思ったけど。
ちょうど、みんなも帰ってきたのね。おかえりなさい」
「イリシャさん! ただいま! それで、おかえり?」
「ええ、わたしたちも帰ってきたところよ」
アメリアとストルの後を追うようにして、イリシャが姿を現す。
更に傍には彼女よりも小さいが筋肉の鎧を纏ったような小人。
小人族の王、ギルレッグと小人族の子供であるカルフットが付いてきていた。
「よう、人間の兄ちゃん。また逢ったな」
「兄ちゃん! 久しぶり!」
白い歯をにっと輝かせる小人族の王。
カルフットに至っては、すぐさまシンの足元に訪れては飛び跳ねている。
相変わらず、銃が見たいようだ。シンが「後でな」と言って頭を撫でると、嬉しそうに頷いた。
「小人族の里に行っていたのか」
「ええ。リタが、『小人族とも同盟を結んでみたらどうか』って言ったの。
だからわたしが案内をして、アメリアさんが護衛。ストルが、転移魔術について仕様を説明していくって形ね」
シンに頭を撫でられるカルフットのように、イリシャもまたフェリーの頭を撫でながら答える。
フェリー自身が心地よさそうにしている姿を見て、マレットがケタケタと笑っていた。
「ええと、つまり……?」
オリヴィアが、鈍く首を回す。流した視線の先に居るイリシャは、怒っては居ない。
アメリアとストルの顔を見るのは、少しだけ怖かった。
「また、オリヴィアちゃんの勘違いね」
「あー……。あははー……」
イリシャから予想通りの答えが返ってきたオリヴィアは、金魚のようにパクパクと口を動かした。
どうしてこう、自分は早とちりをしてしまうのだろうか。後悔をする彼女の肩に、アメリアの手が置かれる。
「お、お姉さま! その、すみません! シ――」
オリヴィアが「シンさんが居る前なのに」と言うより早く、アメリアの手が彼女の口を塞ぐ。
その意図はすぐに理解した。こんな形で気持ちが知られる事を防いでいる。了解と謝罪の意を込めて、オリヴィアがの首がコクコクと縦に揺れる。
「そのこともですけど。……オリヴィア、『また』とはどういうことですか?」
サーっと血の気が引いていく音が聞こえた。
命の危機を救ってくれた恩人を誤解から「スケコマシ」と称した過去が、知られようとしている。
(助けてください! イリシャさん!)
最後の力を振り絞って、オリヴィアがアイコンタクトを送った先はイリシャだった。
色々と気が利く彼女なら、きっとどうにかしてくれるはずだと期待を込めて。
「アメリアちゃん。その辺にしておいてあげて」
願いが通じたのか、イリシャがパタパタとアメリアへ近寄る。
希望を繋いだオリヴィアは安堵するものの、数秒後に絶望へ急転直下する事となる。
「オリヴィアちゃんは、アメリアちゃんが心配なだけだから」
(あぁぁぁぁぁぁ! イリシャさぁぁぁぁぁぁん!!)
「……どういうことですか?」
アメリアが首を傾げながらオリヴィアの顔をじっと見る。
既に諦めたのか、彼女の視線は天を仰いでいた。どうやら、じっくりと訊かないといけないらしい。
観念したオリヴィアが全てを話したのは、帰着の報告を済ませた後の事である。
……*
「全く、貴女って人は……。ストルさんにも、ちゃんと謝ってください」
「ずびばぜん……」
あらぬ誤解を受け、どう弁明しようかと思っていたストルだが、説教の度に小さく丸まっていくオリヴィアを見て居た堪れない気持ちになった。
家族への情愛が暴走した結果なのだと思うと、情状酌量の余地はあると彼は言った。
「いや、私はそこまで気にしていないが。
オリヴィアの立場からすれば、姉が突然消えていたのだから心配にもなるだろう」
「ストルぅ……」
眉を下げながら、オリヴィアはストルの顔を見上げた。
彼の温情に感謝すると同時に、疑って申し訳ないという謝罪の念をこれでもかというぐらいに示していく。
「これからは、ちゃんと状況を確かめてから言ってくださいね」
「はい……」
アメリアが大きなため息をついて、彼女への説教は終了する。
巻き込まれたストルが許しているのだから、これ以上しつこく言ってはいけないと判断した。
シンやフェリーに知られないように、イリシャが配慮をしてくれたのは不幸中の幸いだった。
「オリヴィアちゃんは、アメリアちゃんのこととなると焦っちゃうのよね」
くすくすと、様子を眺めていたイリシャが微笑む。
あまりに説教が長引くようなら仲介しようと思っていたのだが、その必要は無かった。
「元はと言えば、イリシャさんが『また』なんて言うからですよぉ……」
「いいえ。元はと言えば、オリヴィアの早とちりです」
「はい……」
恨めしそうにイリシャを見るオリヴィアだったが、アメリアに窘められる。
返す言葉もなく、彼女はがっくりと項垂れた。
……*
「よう、妖精族の女王サマ。久しぶりだな」
「お久しぶりです、ギルレッグ王。よくぞおいでくださいました」
失礼がないようにと、リタは正装でギルレッグの前へと現れた。
「ガハハ! 畏まるこたぁねえよ! ワシは川で溺れたことすら知ってるんだからな!」
刹那、リタの背筋がピンと伸びる。キョロキョロと周囲を見渡すが、客人であるギルレッグとカルフット。
咥えて、彼らをここまで連れて来たシンとフェリーしか見当たらない。
オリヴィアを連れてアメリアとストル。そして、イリシャは席を外している事が功を奏した。
「あ、あの。そのことはどうか内密に……。
色々と心配性なひとがウチにいるもので……」
「あん? 女王サマも大変なんだな」
笑いを堪えながらもギルレッグが頷いてくれた事に、リタは胸を撫で下ろした。
ストルに知られれば、きっと彼は取り乱す。そして、自分の自由が減ってしまう。それだけは、なんとしても避けたかった。
「それで、協力のなんですけど……」
「ああ、そのつもりだからここまで来たってわけだ。元々、精霊からも協力して欲しいって言われていたしな。
だが、ワシらは基本穴ぐら生活だ。出来れば、状況を詳しく知りたい。何なら、土の精霊の言っていた邪神ってのも現れたんだろ?」
「勿論です。同盟をお願いしているのはこちらですから」
リタはレイバーンとフローラを集め、自分達の知っている限りの事をギルレッグへと伝えた。
人間の国で起きた事、顕現した邪神の事を。その上で、人間と妖精族と魔獣族。加えて、小人族で協力関係を結びたいのだと。
ギルレッグは余計な茶々を入れる事もなく、全ての話を聞き入れた。
白い髭を優しく撫で、待ち望んでいるであろう回答を返す為に。
「同盟の件だがな。土の精霊の話もあるし、今更ひっくり返すつもりは無い。
前に話したかもしれんが、小人族は一度領地を奪われている。ミスリアとやらの話を聞いて、放ってはおけねえよ」
「ありがとうございます……!」
テーブルに額が着きそうなほどに、フローラが頭を下げる。
今日初めて逢ったはずなのに、自分達の国を想ってくれている。その言葉だけで、感謝してもしきれない。
「その転移魔術ってヤツにも興味があるし、神器の修復も約束したからな。
まぁ、強いて言えば……。ワシら小人族も居住特区に住みたいという奴が出るかもしれん。
その時は便宜を図ってくれるとありがたいんだが」
「全然構わぬぞ。むしろ、色んな種族で交流をしたいものだ」
「お? お前さん、デケェ図体と一緒で器も大きいじゃねえか!」
「なに、お主こそその身に収まらぬ程の器ではないか!」
「そう言ってもらえると嬉しいねぇ!」
大柄では収まらない魔獣族の王と、小柄な小人族の王が高らかに笑い合う。
この二人は気が合うらしい。リタが夢見た世界に、また一歩近づいた気がした。
こうして、小人族との同盟は無事に締結される運びとなる。
小人族の里で土の精霊に憑依した老人がその事を同胞に伝えると、歓喜に沸いたという。
……*
同盟を結んだギルレッグが主に頼まれた事はふたつ。
そのうちのひとつである、転移魔術の構築。魔力が通っていない時の魔法陣の維持について、解決できないかと相談を受けている。
マレット達、ギランドレへの調査組との情報を擦り合わせる必要があるので、研究所予定地で全員が情報を共有を行う。
尤も、書き写した刻と運命の神の文字を解読する必要があるので、併せて全員で行う事となる。
「ざっと解読した限りだと、転送についての記述は殆どなかったんですよね」
解読した範囲ではあるが、時間を遡る記述は在っても転送に関しては極端に少ない。
昨夜もオリヴィアが頭を悩ませている部分だった。
「考えようによってはこうだ。送り出すことは、決して難しくない。召喚魔術と違って、一方的に放り投げれば済むんじゃないのか?」
「わたしもその可能性は考えたんですけど、魔術を構築するにあたって終わりを設定しないなんてありえますか?
シンさんが古代魔導具で戻ってきたことも含めて、戻るところまでがひとつの術式だと思うんですよ」
「キーランドが実際に過去へ向かったのは分かったが……。出口が戻ってくることだとすれば、どうやって中継地点に降り立ったんだ?」
「そこが判らないんですよねぇ……」
テランの見解では「転送自体は決して難しくないから、記載として薄くなっている」というものだった。
実際、その可能性は昨夜も考えた。だが、時を遡る事が目的であるなら、目的外だから記載が薄いのでは? という結論に至っている。
オリヴィアの主張としては、シンの持っていた古代魔導具は時を遡って、戻ってくるまでが術式なのではないかという見解。
流水の幻影を構築した時もそうだった。終わりの形を想像してから、魔術の構築をしているからこその結論。
ストルはオリヴィアやテランのように新たな魔術を構築した経験が無い。
故に、単純に疑問として浮かんだことを問う。出口がその場であるなら、どうしてシンが中継地点として過去で行動する事が出来たのか。
体験したシン自身がよく分かっていないのだから、正しい回答を出せる者は居なかった。
「……何言ってるのか、さっぱりわからんのだが」
「術式は魔術師の本分だ。話半分に聞き流して、アタシらは魔法陣に取り掛かろうぜ」
眉を顰めるギルレッグだが、マレットの言う通り自分が期待されている分野について考える事する。
初めて触る魔導石はとても不思議な石で、周囲の魔力を吸収して蓄積するものもあれば、自らの魔力を増幅させるものもあるという。
魔導具によって使い分けるそうだが、よくこれほどの道具を生み出した物だとしきりに感心していた。
「これだけの魔導石があるなら、魔法陣の形に石を彫って、散りばめるのはどうだ?」
「ダメだ。それは出来ない」
ギルレッグの提案に、マレットは首を横に振る。
既に考えられた案であり、諸般の理由から却下されたものでもある。
いくつかある理由の中で重要なものを掻い摘んで、マレットが説明をする。
まずは敵に利用される恐れから、魔法陣を隠蔽する必要があるという事。
他にもこれ見よがしに魔法陣の形をした魔導具を置いておく事は、待ち伏せされる危険性がある。
また、破壊されてしまえばすぐに帰る事が出来ない。罠に嵌められて、移動手段が奪われる事を懸念していた。
「てなわけで、使用時以外は隠しやすい形が好ましいんだ。ついでに言うと、展開中以外は魔力も感知できないようにしたい」
「難儀な要望だな……」
「そこを頼むよ職人サマ。アイツらは根幹部分を担っている。小型化は、アタシらで何とかしてやりたい」
「分かってるさ。けど、お前さんの造った魔導具とやらも見せてもらうぞ。
魔導石のについても、もっと教えてくれ」
「勿論だ。アタシこそ、アンタらのことについて知りたいからな」
顔を見合わせ、マレットとギルレッグはニッと笑い合う。
道具を造る者同士、互いの技術を吸収したいと考えていた。
転移魔術に限った話ではない。解決しなければならない問題は山積みだった。
最たるものが、この世界で蠢く悪意。それらに対抗するための力は、着実に芽吹き始めていたる。