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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第二部:第一章 戦い抜くために、必要なこと

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172.小人族の里、再び

「お前さんが、神剣の継承者か」

「は、はい」


 兜から溢れる髪だけではない。眉も髭も、真っ白な男は、腕を組みながらアメリアを見上げる。

 自分よりも幾分か小さいにも関わらず、妙な迫力がある小人の男にアメリアは気圧されそうになる。


「カルフットくん、久しぶり。元気にしてた?」

「イリシャ姉ちゃん、久しぶり! シン兄ちゃんはいないの?」

「シンはね、別の用事を済ませているわ。カルフットくんが会いたがってたって、言っておくわね」

「ホント!? また銃を見せてくれるかな?」

「ふふ、カルフットくんは本当に銃が好きね」


 戸惑う自分の後ろでは、イリシャが同じく背丈の小さい子供の頭を撫でている。

 明るく弾んだ声が空洞に響き渡り、シンとの再会をとても楽しみにしている事だけは顔を見なくても伝わってきた。


 対する自分はどうだろうかと、アメリアは自分を見上げる小人の顔をじっと見た。

 小さな身体とは裏腹に筋骨隆々のがっしりとした肉体は、活力に溢れているのが判る。

 相対している人物は小人族(ドワーフ)の王、ギルレッグ・ドルザーグ。


 決して目を逸らさないギルレッグに、アメリアは息を呑んだ。

 ミスリアの代表として訪れたからには、粗相があってはいけない。緊張感から、額に汗が流れる。


「ですが、蒼龍王の神剣(アクアレイジア)はこの通り折れてしまいまして……」


 アメリアは逡巡しながらも、鞘から折れた蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を抜いた。

 刀身の根本から先が失われており残った刃もいくらか熔けてしまった跡が窺える事に、ギルレッグは眼をすぼめた。


「どれ、貸してみな」


 言われるがままに、アメリアは折れた蒼龍王の神剣(アクアレイジア)をギルレッグへと手渡す。

 折れた神剣を両手で抱えながら、ギルレッグはじっと刀身を眺め続けた。この神剣が、まだ()()()()()事を確認するかのように。


「……それで、お前さんは()()を直したいのか?」

「直るんですか!?」


 思ってもみなかった言葉に、アメリアがずいっと食い入るように顔を近付けた。

 流石のギルレッグもそれには驚いたようで、思わず後退りをする。


「な、なんだあ? わざわざワシの所に来るぐらいだから、神剣を打ち直して欲しいのかと思ったんだが……」


 小人族(ドワーフ)といえば、妖精族(エルフ)と並んで人間がお目にかかる事はほぼない希少種。

 例に漏れず、アメリアもここで初めて対面する事が出来た。

 確かに文献では鍛冶や石工と言った石に纏わるものを扱う事を得意としていると記載されている。

 ギルレッグの言葉を素直に受け取るのであれば文献は間違っておらず、鍛冶を得意としているのは間違いないだろう。


「その件については、私から説明をしましょう」


 食い入るアメリアを宥め、間に割って入ったのは妖精族(エルフ)の男であった。

 思わず我を忘れてしまったアメリアは、彼に会釈をして下がる。蒼龍王の神剣(アクアレイジア)の話は、その後にしようと思い直した。

 本来の目的は、ストルがリタから受けた命を果たす事なのだから。


 ……*


 シン達がギランドレにある遺跡へ出発して、数時間が経過した。

 既に太陽は真上に昇っており、発達したアルフヘイムの森は葉で光を遮る。

 光と影によるコントラストの世界を、子供達が駆け回っていた。

 妖精族(エルフ)だけではない。人間も、魔獣族もいる世界。種族の壁なんて下らない問題を持たない年頃。

 リタはその様子を窓から眺めながら、嬉しくもあり羨ましくも感じていた。


「リタ様。手が止まっておいでです」

「分かってるよお……」


 羨ましい理由は、種族の壁を越えたからではない。それは、自分も気の良い仲間達のお陰で取り払えているのだから。

 リタが羨望しているものは、自由だった。自分も素知らぬ顔で、あの鬼ごっこに加わりたいと思っている。


 妖精族(エルフ)の里に戻って久しぶりの一日。

 今まで簡易的に祈りを捧げていたが、久方ぶりに愛と豊穣の(レフライア)神に湖で祈りを捧げた。

 勿論、妖精王の神弓(リインフォース)で自分達を護ってくれた事も含めて。


 その後は皆と一緒に食卓を囲んで、旅の話を子供達に聞かせてあげようかなとうっすら考えていた。

 しかし、その予定は何一つ叶わない。ストルの手によって、全てが却下されたからだ。


「ほら、リタ様もきちんと女王としてのお役目を果たしてください」

「うう……。今まで、お飾りだったのにぃ……」

「それを良しとしないのは、リタ様自身でしょう?」

「そうだけどさぁ……」


 涙ぐみながら、積み上げられた書類を確認していく。

 中には、移住者の住居や、マレットの研究所をどうするか等の書類も含まれていた。

 昨日の今日で、よくこんな書類を作り上げたものだと感心していると、見覚えのある筆跡が目に留まる。

 ストルの文字だ。彼は誰よりも早く、誰よりも真摯に彼らの事を受け入れようとしている。

 ここまで人は変わるものなのかと、感心すら覚えた。


「……なんですか?」

「ううん。ストルもご苦労様」


 ツンといつもの態度を崩さなくても、中身は確実に変化を遂げている。

 リタはクスリと笑いながら、彼に礼を言った。


 彼の作った書類は要点を抑えており、サラッと読むだけでも概要が理解できる。とても素晴らしい書類(もの)だった。

 後はさっさと片付けて、イリシャ達と昼食とオヤツでもしゃれこもうと考えていた矢先にそれは起きた。


「それと、リタ様にお願いしたいことがございます。

 居住特区のこれからに、必要なことですので」

「うん? いいよ、なんでも言って!」


 居住特区の事となれば、全力を尽くさない訳には行かない。

 きっとストルが要点を纏めているのだから、自分はサッと目を通せばいいに違いない。


 そんな甘い考えを一蹴するかのように、積み上げられたのは本の山。

 隣には真っ白な紙と、染料(インク)の入った小瓶。ご丁寧に、石化鳥(コカトリス)の羽根から作られたペンを添えて。


「えと、ストル……さん? これは、なにかな?」


 顔を引き攣らせながら本の隙間から顔を覗かせるリタ。

 反対に表情を変えることなく、ストルはあっさりと言い放って見せた。


「様々な種族が入り混じるのですから、互いの文字を知っておく必要はあるでしょう。

 幸い、リタ様はリントリィから人間の文字を学んでおられましたよね? 判る範囲で結構ですので、妖精族(エルフ)の書物を翻訳していただこうかと」

「え、ええ……。これ、全部なの……?」

「魔獣族の方では、ルナールが同様に魔族語を翻訳してくれています。妖精族(エルフ)だけ、文字が読めないといった事態は避けるべきかと」

「うう……」


 細く美しい銀色の髪を机に撒き散らしながら、リタが項垂れる。

 他に妖精族(エルフ)の文字と人間の文字を両方読める者はいない。自分が避ける方法はないのだと、気付いての事だった。




 ひたすらに本を開き、妖精族(エルフ)の文字を人間の文字へ翻訳していく。

 判らない単語は一旦妖精族(エルフ)の文字で書き留め、イリシャやシンに教えてもらうつもりだった。


 書けども書けども本は減らない。マレットからマナ・グラスを貰っておいて本当に良かったとさえ思う。

 この冷えた水が喉を潤す瞬間だけが、自分を癒してくれる。

 とはいえ、水だけで自分を奮起させるのにも限界がある。集中力が切れかかっている事を認識したリタは、ストルに話し掛けて気分転換を試みようとした。


「スト――」

「フォスターの理論を精霊魔術で描くとすれば、人間の術式を魔法陣に落とし込む必要がある。

 魔導石(マナ・ドライヴ)で魔力を供給すると言っていたが、魔力が断たれている間の魔法陣維持は――」


 顔を覗かせた先には、頭を掻きながらも文字や魔法陣を思いついたまま書き留めるストルの姿があった。

 その表情は真剣そのもので、気軽に声を掛けて邪魔をする事は憚られる雰囲気を醸し出している。


 思えば自分が紹介したとはいえ、ストルが研究仲間にあっさりと加わった事も意外だった。

 居住特区の責任者に、妖精族(エルフ)の族長。彼は誰よりも妖精族(エルフ)の里を良くしようと奮闘している。

 それでも彼以上の適任は居ないと思ったので、最悪の場合は今の仕事を誰かに引き継いででもお願いしようとしていた。


 しかし、彼は全て自分で受け持つと言った。

 責任感が強いのは知っているが、身体を壊してしまわないかと心配にもなる。

 今日だって、移住者の書類を既に纏めているのだ。四六時中働いているに違いない。


 頑固な性格だから、決して弱音を吐く事はないだろう。

 吐いても誰も咎めはしないのに、妙なところで維持を張る。レイバーンやシンにもその傾向は見える。

 

(男の子は、みんなそうなのかなぁ?)


 などと考えていると、ストルが眉間に皺を寄せる。

 昨日の今日で理論が纏まるとは思えないが、どうやら転移魔術の完成は根幹的な部分で不安が残るらしい。


「魔法陣を魔術付与(エンチャント)で描くか? しかし、そうすると魔導石(マナ・ドライヴ)に干渉しないだろうか。

 ああ、マレットにもっと仕様を確認しておけば――」


 ストルは己の髪をくしゃくしゃと掴む。考えれば考える程、後から問題を見つけてしまう。

 検証も出来なくてもどかしいが、時間を無駄には出来ない。オリヴィア達は、この瞬間も遺跡の調査を進めているに違いないのだから。


 一人では出せない結論。だが、考える事を止める事は出来ない。

 袋小路に入り駆けていたリタは、ストルへある提案をした。


「あの、ストル。もうひとつ同盟、増やしちゃダメ……かな?」


 紙の上するすると滑り続けていた、ストルのペンが止まる。

 ペンの先から染料(インク)が紙へと浸み込んでいき、黒い水玉を作り出す。


「リタ様?」

「いや、ちょっと待って! 今回はちゃんと相談してるよ、怒らなくてもいいよね!?」

「そういう問題ではなくて……。交友関係を広くするのが悪いとは言いませんよ。

 実際に、良い事が沢山あると私も理解しましたから。ですが、相手をきちんと選ぶ必要はあると思います」

「その点は大丈夫!」


 リタは自信満々に胸を張り、どんと自らの拳を打ち付ける。

 秘策があると言った様子なので、ストルも一応耳を貸している。


「今回、同盟を結びたいのは小人族(ドワーフ)だよ」

小人族(ドワーフ)……?」


 訝しむストルを説得するように、リタは思い立った経緯を説明した。

 まず、小人族(ドワーフ)が遺跡の地下で集落を作っているという事。

 次に、彼らは自らの信仰する(ケレアス)神へ祈りを捧げている。

 以前、小人族(ドワーフ)の老人が依代となって土の精霊(ノーム)を憑依させていたと話すと、流石のストルも感服した。


 自分達の神とも親交が深いのであれば、共存は決して不可能ではないだろうと、リタは強く語る。

 現に、遺跡で迷い込んだ自分達に小人族(ドワーフ)は手を差し伸べてくれた。

 

 最後に、憑依した土の精霊(ノーム)小人族(ドワーフ)の王へ伝えた言葉。

 それは「彼らに協力をしてあげて欲しい」と言ったもの。

 同盟を結ぶだけの下地は、既に出来上がっている。


小人族(ドワーフ)には土の精霊(ノーム)がついているし、土や石の扱いも長けてる。

 ストルが悩んでた『魔力が通っていない時の魔法陣』にも、答えを出せるかもしれないよ」

「それはそうかもしれませんが……」


 彼女の言う通りであれば、きっと小人族(ドワーフ)の存在は大きな手助けとなる。

 しかし、昨日の今日でまた同盟先を増やす事にストルは抵抗があった。


 リタも勿論、自分が無茶ばかり通そうとしている事は理解している。

 それでも、力を合わせたい。合わせるべきだと思った。その理由を、ストルへと語る。

 

土の精霊(ノーム)はアルフヘイムの森……。妖精族(エルフ)の里の周辺も見守ってくれていたんだよ。

 それどころか、光の精霊(フォトン)の話まで私に伝えてくれた。それだけ精霊に愛された人たちなら、私は協力するべきだと思う」


 真っ直ぐに語るリタの瞳には、見覚えがある。

 レチェリを伏せた後に、彼女へ手を差し伸べた時と同様のものだ。

 こうなった以上、彼女は決して折れないし曲げないだろう。


「……分かりました」


 リタの顔がぱあっと明るくなる。

 僅かな申し訳なさを感じながら、ストルは「ですが」と続けた。


小人族(ドワーフ)の里には、私が向かいます。

 リタ様は、きちんと翻訳を進めておいてくださいね」

「もちろんだよぉ……。はは、あはは……」


 あわよくばこの場から脱出できると目論んでいたリタは、顔を思い切り突っ伏した。

 世の中、なんでも早々に上手く行くものではないと身に染みて体験してしまう。


 ……*


 小人族(ドワーフ)の里までの道案内は、イリシャへ任される。

 彼女との交渉中に、「アメリアも護衛として、行ってあげなさい」とフローラが命令をして今に至る。

 

「転移魔術。か」


 立派に蓄えられた髭を撫でながら、ギルレッグはストルの話をじっくりと聞いていた。

 その上で、感じた事を正直に話す。


「ワシら小人族(ドワーフ)は、妖精族(エルフ)と違って魔術に長けているわけじゃねえ。

 お前さんの言う転移魔術が、どれほどのものかピンと来ていないってのが本音だ。

 だが、魔力の扱い自体は分かってるつもりだ。ワシらの技術と、お前さんらの知識が合わさって新しいモンが生まれるなら、職人冥利には尽きるわな」


 ギルレッグはカルフットを呼び寄せ、頭をポンポンと撫でる。


「それに、人間の武器に興味を持った子供(ガキ)も居てな。もう一度会いたいとは思ってたんだよ。

 ワシもその魔導石(マナ・ドライヴ)って奴にゃ、興味がある。そこの嬢ちゃんの神器も、直してやらんといかんしな」

「では――!」


 歓喜の感情が籠ったストルの声に、ギルレッグは強く頷く。


「ああ。どれだけ役に立てるかは判らんが、ワシも協力をしよう」


 ニッと白い歯を見せる小人族(ドワーフ)の王に、ストルは精一杯の敬意を込めて頭を下げる。

 オリヴィアやマレットは驚くだろうか。しかし、小人族(ドワーフ)の技術は必ず自分達を助けてくれる。彼女達も、納得してくれるに違いない。


「それと、嬢ちゃん。これは返すぜ」

「ありがとうございます。あの、それで蒼龍王の神剣(アクアレイジア)は……」


 ギルレッグは確かに「直す」と言ってくれた。自分の未熟さ故に折ってしまった神剣が、蘇る。

 アメリアもまた、ストル以上の期待に満ちた顔をしていた。


「だけどな。確かに『直してやる』とは言ったが、ワシに出来るのはあくまで剣を打ち直してやれるだけだ。

 それ以上の、神器として本当の能力(ちから)を発揮するにはお前さん自身が認められないと駄目だ」

「認め、られる……」

 

 所有者である事以上に、神器から認められる為に必要なもの。

 心当たりは、ひとつしかない。かつてリタが言っていた言葉。


 信仰すべき神に祈りを捧げる事。


 ミスリアに存在する神器は、元々は人間に与えられたものではない。

 故に、信仰すべき神を知らない。


 アメリアは、逢って確かめるべきなのだと悟った。

 ミスリアと同盟を結んでいた龍族(ドラゴン)の一角。蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を授けた、蒼龍の一族に。

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