170.刻を祀るもの
「ところで、ストルは誘わなくてよかったのかい?」
刻と運命の神が祀られる遺跡へと向かう途中。
共に転移魔術を完成させようと協力関係となった中でただひとり、ストルの姿が見当たらない。
その事に気が付いたテランが、言い出しっぺであるオリヴィアへ確認を取る。
「勿論、わたしも誘いましたよ。だけど、『移住者について、色々とやるべきことがある』って言われちゃいました」
ストルは族長や、居住特区の責任者も務めている。
住居の確保や、研究所建設についての段取り。妖精族の家のように樹へ巻き付かせる事は難しい。
広さもそうだが、実験内容によっては地面から離れている事が仇になりかねない。
自分も研究所の一員として魔術の開発に携わるのだからと、生真面目な彼は誰よりも研究所の仕様について熟考を重ねていた。
人間達の来訪により、対処しないといけない課題が山積みだった。
本心であれば、ストルも刻と運命の神の遺跡をその眼で確認したかった。
新たな魔術を生み出すという事は、彼にとって初めての経験。何がヒントになるかすら判らない。
余すことなく、知れる事は知りたかった。
それでも、移住者の対応はその中でも自分にしか出来ない仕事だと理解している。
オリヴィアやマレットの意図をきちんと汲み取った上で反映するべく、ストルもまた奮闘している。
魔術研究チームとしての第一歩なのだから、全員で行きたいという気持ちは強かった。
ただ、彼は自分にしか出来ない事を立派に勤め上げようとしている。
知り合ったばかりの彼に、そこまでされてはとオリヴィアも気合が入るというものだ。
「ストルさんは、ちょこっとだけシンに似てるね」
「どこがだよ?」
その話を聞いて、ニコっと笑うのはフェリーだった。
眉を顰めるシンに対して、指を折り曲げながら答えていく。
「えとね、責任感がつよいトコでしょ? あと、なんだかんだいって優しいトコも。
ストルさんだって、リタちゃんのコトもオリヴィアちゃんのコトも、ぜんぶ手伝ってあげたいんだと思うよ」
「俺、そんなか?」
「うん、そんな」
前にオリヴィアの事を似ていると言った意趣返しだろうかと思ったが、フェリーの様子を見るでとそうでもなさそうだった。
ぼんやりと彼の行動を思い返しながら、シンは首を傾げた。案外自分では判らないものである。
シンとフェリーの様子を見ながらマレットは「ここぞとばかりにイチャつくな」と二人に聞こえない程度の声で呟く。
隣に居たテランがクスリと笑うと、「テラン、そんなことでも笑うんですね」とオリヴィアが眼を丸くしていた。
……*
かつてシンとテランが偶発的に発見した、ギランドレの地下に眠る遺跡。
シンが脱出した階段は、以前の脱出時に塞がれてしまっている。
瓦礫の山するのでは日が暮れても終わらないだろうと判断した一行は、滅びた国へと向かった。
滅びた城塞都市は既にその役目を果たしておらず、壁にいくつもの穴が開いていた。
場所によっては、一部分がごっそりと崩れ落ちている。魔物が破壊したのは明らかだった。
「もしかして、魔物の棲み処になっちゃったりしてます?」
非戦闘員であるマレットを護らなくてはと、オリヴィアが彼女の傍へと張り付く。
王女の護衛経験から護る戦いには慣れていると胸を張ってみたものの、今回の目的は遺跡の調査である。
研究者である自分自身も遺跡に集中したい点から、願わくば魔物と遭遇しない事を祈っていた。
「魔物なら心配要らないよ」
オリヴィアに警戒を解くよう促したのは、テランだった。
魔物がこの城塞都市へ侵入を試みたのは、死体の肉を求めてのものだと説明をする。
遺跡から脱出した際に群がる魔物は追い払い、死体は全て埋葬したと彼は語った。
「この程度で赦されるとは思っていないけれどね」
シンと一時的に手を組んだ際に気が付いた、自らの『生』への執着と『己』という存在。
他人のそれを無慈悲に、そして理不尽に奪った自分が赦されるとは思っていない。
これは自分自身の自己満足に過ぎないと理解しつつも、彼なりの贖罪として残っている死体は全て埋葬していた。
裏切るつもりは無いと思っていたビルフレストに牙を剥く決断をしたのは、シンの存在だけではない。
自分の出来る贖罪を精一杯探しての結果なのだが、テランは自身の奥底に眠る気持ちには気付いていなかった。
今まで己を空っぽだと評していた弊害として、自分を見つめるという事がこの上なく下手だった。
「ま、なんにせよ魔物が居ないなら大丈夫だろ」
あまり湿っぽい話は好きでないと、マレットが手を合わせて強制的に終了させる。
本来の目的である地下遺跡への入り口は、ギランドレの城に空いた大穴を使う事となった。
シンとテランによって開けられた入口。そして、テランが脱出の際に使った出口でもあった。
……*
「女性陣が先に降りますから、シンさんとテランは後から降りてきてください」
遺跡へと続く大穴にたどり着いた時、そう提案したのはオリヴィアだった。
「だけど、遺跡に入ったことがあるのは俺とテランだぞ? 先行した方が――」
「いえ、わたしたちが先に降りますので! これだけは譲れません!」
眉を顰めるシンをオリヴィアが半ば強引に押し切ると、彼女は魔術の詠唱を始める。
あまり得意では無いが、風の魔術をクッション替わりにして地下へと降りようという算段だ。
傷付けずに五人分を賄うよりは、オリヴィアとテランで分担をしようという話になっていた。
「察しろ。要するに、見上げられたくないんだ」
「ベルさん、言う必要はないじゃないですか!?」
「いや、言った方が反応愉しめるじゃん?」
マレットに指摘されるより一足先に、シンもその答えには至っていた。
オリヴィアも言うつもりが無かったようなので、そのままやり過ごそうとしたのだが彼女はそれを許さない。
気まずそうにするシンと、顔を赤らめて目を逸らすオリヴィアの両方を愉しんでいた。
「シンのあんぽんたん」
食い下がらなければよかったのにと、フェリーが口を尖らせる。
一連のやり取りを見て、安全圏からテランがクスクスと笑っていた。
……*
「それじゃあ、僕たちも行こうか」
「ああ、頼む」
オリヴィアによる風の魔術で、フェリーやマレットはゆっくりと大穴を降りていく。
互いの魔術が干渉しない位置へ達した事を見極め、テランが詠唱を開始する。
ストルの説明を受けた通り、テランに施された封印はギランドレにたどり着く頃には効果範囲から消えていた。
今では、彼も魔術を使用可能となっている。これだけで、精霊魔術の魔法陣が転移魔術へ応用するべきだと確信が持てるほどに。
今回、テランが使用したのはオリヴィア同様に風の魔術だった。
空気の板を作り、自分達の体重を預ける。ゆっくりと重力へ反発する力を弱めて、遺跡へと降りていく。
「帰る時は、影縫を使うからね」
「あれか……」
かつてテランとの交戦で体験した、闇の魔術。
身体に巻き付いては、引っ張られるようにして縛り上げられる。
テランの言う通り、縮む性質を使用すれば地上へ戻る事は容易いだろう。
どうやら、実際に彼はその手段で遺跡から脱出をしたらしい。成功例があるのであればと、シンは了承をした。
ゆっくりと降りた先。誰も片付ける事の無い瓦礫の山で、一箇所だけが淡く光を放っている。
あの暖かな光には見覚えがある。魔力に反応して輝く、この遺跡特有の石。その中心に、フェリー達が待っている事は明白だった。
……*
「いやー。本当に不思議ですね、これ」
石に刻まれた文様をなぞりながら、オリヴィアが声を漏らす。
前回とは違い、無尽蔵の魔力を持つフェリー。そして、オリヴィアとテランも居る。
より強い光が周囲を照らしており、以前とは遺跡の印象がまるで違っていた。
「この辺が『魔力』で、この辺は『光』とか『輝く』ってところか?」
「そうだね。先に進めば判るけれど、使用されている頻度的に『魔力』を意味する単語はここだと思うよ」
文様の使用頻度から単語を絞り込み、文字を解読していく。
この場で仕組みを全て理解する事は難しいと、マレットは遺跡の文字を解読するつもりだった。
脱出前に動揺の事を試みたテランと協力し、文様の転記は進められていく。
「……あたし、ぜんぜんわかんないや」
状況についていけず、つまらなさそうにフェリーが呟く。
マレットはいじける彼女に「お前の周辺が一番明るいから、そのままでいてくれ」と宥めていた。
また訪れる機会もあるだろうと、土の魔術で遺跡の補強をしながら一行は進んでいく。
待ち受けていたのは、祭壇の間。シンとテランが別れた部屋。
「――この部屋で祀っていたのが刻と運命の神だ。
シン・キーランドが見つけた匣の中身で、祈りを捧げていたようだね」
石造りの匣。その縁や裏側にも、文様が刻まれている。
テランが遺跡に籠っている間、彼は可能な限り解読を試みていた。
しかし、この石造りの匣だけは初見の単語が多い。正しい意味を解読するには、更に時間を要するだろうと彼は言った。
辛うじて、『時間』『遡る』と言った単語と『祈り』という単語だけは、確信が持てたという。
「刻と運命の神と言い切れる根拠は、なんだったんだ?」
「ついてきてくれ」
シンの質問の答えるべく、テランが祭壇へと足を運ぶ。
そこに自身の持つ魔力を強く籠めると、祭壇に刻まれた文様から光が放たれ、壁絵が浮かび上がる。
壁画に刻まれているのは翼と杖を持った人物。その人物に跪く人々の姿も描かれている。手に持っている杖や、背中の翼が段々と新しくなっている。
何より老人と子供がまるで友人のように、手を取り合っている。時間を遡っている事を示唆しているかのような、壁画だった。
この姿には、見覚えがある。案内人だった魔造巨兵だ。
あの魔造巨兵は、刻と運命の神を模したものだったようだ。
「この辺りを見て欲しい」
テランが示したのは、手を取り合う老人と子供の壁画。その近くに刻まれている文様だった。
「意匠の違っている壁の多くに、この単語が刻まされていた。
古代魔導具が保管されていた、石造りの匣にも『魔力』という単語と共にね。
壁画の内容から見て、僕はこれが時間を遡る古代魔導具だと判断したんだ」
「成程な……」
勿論、テランとて専門の知識を持っている訳ではない。
案内人の魔造巨兵と共に遺跡を回った結果、想像したに過ぎない。
それでも、実際に過去へと遡ったのだから大筋に違いは無いのだろう。
一人だけ取り残された状況で、そこまで解読を続けたのだから彼には頭が下がる。
「あの、ここが刻と運命の神に関係する遺跡というのは分かったんですけど。
過去に遡る古代魔導具っていうか、人を送り出す過程については記述されていますか?」
恐る恐る、オリヴィアが手を挙げる。彼女が遺跡へ向かうと言った理由は、あくまで転移の部分なのだ。
過去へ人間を送り出す。どうやってその仕組みが構築されているのか。そのヒントが欲しくてここまでやってきた。
「オリヴィア・フォスターの望む答えまでたどり着けるかは判らないけれど。
祭壇に祀って、祈りを捧げる道具については隣の部屋に記述があった。古代魔導具のことも含めてね」
「なら、わたしはそこに行きたいです!」
「おし、じゃあそっちも転記していくか」
テランに促され、祭壇の間から移動を始めるマレットとオリヴィア。
シンもフェリーを連れて追従をしようとしたところだった。
「……フェリー?」
フェリーの様子が、何やらおかしい。
ずっと遺跡の内容について話していたので、話についていけないだけだと思っていた。
だが、どうやら違うらしい。
身を抱えてはいるが、震えている訳でも怯えている訳でもない。ただ、その顔は困惑に満ちている。
「シン、あたしヘンかも」
「どうしたんだ?」
フェリーは戸惑いながらも、自分が抱えている感情をそのまま伝えた。
「知らないはずなのに、調べて欲しくないって思ってる。
ヤな感じが、だんだんとしてきてるの」
その言葉を聞いて、シンはある種の確信を得た。
彼女の中に潜む魔女。その能力の一端に、この遺跡が関わっていると。