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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第二章 世界が変わった日
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17.森の戦い

 自らの魔力をその身に受けた上級悪魔(グレーター・デーモン)は怒りで奥歯を噛み締めていた。

 自慢の角は一本折れ、口の中はズタズタに裂けている。

 自分に一杯喰わせた人間を八つ裂きにしなければ、この怒りは収まりそうにない。


 あの下等生物(ニンゲン)達は瞬く間に姿を消した。

 ならば、森へと逃げ込んだのだろう。

 

 上級悪魔は大きな翼を広げ、宙を舞った。


 ……*


 シンは大きく深呼吸をして、集中力を高めていく。

 マナ・ライドから少しでも荷物を持ってきておけば良かったと後悔もしている。

 お陰で貴重な魔導弾の消費が増えてしまう。


 とは言え、過ぎてしまったものは仕方がない。

 今の手札で出来る事をしようと気持ちを切り替える。


 耳を澄ませ、上級悪魔の襲来に備える。

 木の葉の揺れが強まりカサカサと音を立てていく。

 上級悪魔の接近を感じると、シンは森に向けて凍結弾を撃ち込んだ。


 一方の上級悪魔は上空から三人を探そうとしていたが、その労力は並大抵のものではなかった。

 広葉樹が死角と影を生み出し、姿をくらませる事に一役買っている。

 流石にこの中から下等生物(ニンゲン)を探し出す事は容易でない。


 そう考えていた矢先――。

 突如、森の一部分が凍り始める。

 上級悪魔がそれを自身へ放たれたモノと同一であると結論付けるまでに時間は要さなかった。

 

 徐々に範囲を広げていく氷の森。

 上級悪魔はシンの企みがどういう意図なのか、全く理解が出来なかった。

 これでは位置を知らせているようなものではないか。


 明らかな罠という事を理解しつつも、上級悪魔は誘いに乗る事を決める。

 氷の発生源からそう遠くない位置に奴は居る。

 下等生物(ニンゲン)に恐れを成したと思われれば、自身の矜持に関わる。

 上級悪魔として、生物としての格の違いを見せつけ、下等生物(ニンゲン)に後悔をさせる必要があった。


 風を切りながら、森の中へ突入しようとした矢先――。


「――!?」


 氷の森が一面、白い煙に覆われる。

 煙の一部が上級悪魔に纏わりつくと、細かい水滴がその身を濡らした。

 煙の正体は、湯気だった。


 上級悪魔が眼を凝らすと、森の凍っている面積が徐々に減っている事に気付いた。

 

 ――下等生物(ニンゲン)の一味に炎の刃を持つ女がいる。


 その女がその熱で氷を解かし煙幕を生成したのかと、上級悪魔は推測をする。

 位置を敢えて知らせるような真似をしたのは、自分達の領域に引き寄せる為だと。


 ――小癪な真似を。

 

 小細工に苛立たせた上級悪魔のすぐ傍を、空気の塊が通過する。

 その身に当たる事は無かったが、周囲の枝葉は捻じ切るように吹き飛ばしていった。

 今度は風の刃を持つ子供の存在が上級悪魔の脳裏に浮かぶ。


 煙幕で視界が奪わらているのは奴等も同じはず。

 それなのに何故、我が身を狙う事が出来ているのか。


 上級悪魔が空気の塊が通過して出来た空洞を凝視すると銃を持つ男の姿が見える。

 しかし、男はすぐに湯気が生み出す煙幕の前に姿を消した。


 上級悪魔が苛立ちで奥歯が割れそうな程強く噛み締めると、乾いた音が森に響く。

 銃弾は上級悪魔の身体に当たると、傷をつける事なく巨躯の前に弾き返された。


「……?」

 

 普通の弾では全く効果がない事は先刻証明されているというのに、下等生物(ニンゲン)行動の意図が読めなかった。

 しかし、その弾丸と同じ軌道で今度は空気の塊が飛んでくる。


「ガ――ッ!?」


 通常の弾とは違い、それは切り刻むように上級悪魔の翼や角を傷つけた。

 同時に、さっきの弾丸の意味を理解した。

 あの男が我が身の位置を知らせる為に放った、謂わば目印だったのだ。


 湯気による煙幕、銃撃による位置の確認は囮。

 あくまで本命は自分の全身を狙える空気による攻撃。


 しかし、それは決定打に欠ける。

 下等生物(ニンゲン)が揃って森に逃げ込んだのが何よりの証拠だった。

 奴等は長期戦を挑んでいる。

 

 それならば。と、上級悪魔は身を煙幕の濃い森へと沈めた。

 低空飛行で一直線に接近し、一網打尽にしてみせる。


 空気の塊では自分に致命傷を与えられない。

 何度も攻撃を受け続ければ話は別だが、みすみすそれを許す気はない。

 奴等が積み上げてきた努力を、一回の暴力で帳消しにする。


 決着の時は近い。

 最後の攻防を合図する銃撃が放たれた。


 銃弾が上級悪魔の身体に命中し、弾かれる。

 上級悪魔は冷静に、その銃弾が飛んできた方向へ向かうべく翼を広げた――その時だった。


「――!!?」


 銃撃と交差する位置で、風の刃が横薙ぎに払われる。

 上級悪魔の翼は、周囲の木々とまとめてその立派な体躯から切り離される。


 理解が追いつかない。

 さっきまで風の刃を持つ子供は銃撃と同じ方向から攻撃していた。

 今の攻撃は短時間で移動出来る場所ではなかった。


 混濁する思考を纏めようと、斬撃の方向へ首を向ける。

 既に湯気による煙幕はその殆どが吹き飛ばされていた。

 クリアとなった視界――上級悪魔の眼前に現れたのは、茜色の刃を持つ少女だった。


「はい、オシマイ」


 驚きによる思考の停止で無防備となった上級悪魔の口を、フェリーの魔導刃が貫いた。

 

 ……*


「俺が煙幕の生成と、囮を務める。

 フェリーとピースは樹の上で待機だ。

 凍結弾で身体が冷えると思うけれど、それは我慢してくれ」

「煙幕って、どうやって作るの?」

「こいつを使う」


 フェリーの質問に対して、シンが橙色の弾頭をした弾丸を取り出した。


 高熱弾(ヒート・バレット)

 凍結弾と同じ魔導弾の一種であり、高熱を生み出す。

 凍結弾と高熱弾の併用で煙幕を作ると二人に説明をした。


「でも、それだとこっちも位置が分からなくないですか?」

「その時はこいつの出番だ」


 新たに取り出したのは、緑色の弾頭をした風撃弾(ブラスト・バレット)だった。

 これで風の魔力を込めた銃撃を放ち、一時的に視界を二人に提示する。

 通常弾を織り交ぜる事でピースが自分の側にいると誤認させる狙いもあると、シンは説明をした。


 翼が狙える位置に上級悪魔が来た時点で、ピースの魔導刃でそれを斬り落とす。

 上空へ逃げる可能性を奪い、フェリーが仕留める。

 以上がシンの立てた作戦だった。


「すっごいアバウト!」

「咄嗟にこんなのしか思い付かなかったんだ」

「それに、氷を解かすのはあたしの魔導刃でよくない? 魔導弾は貴重なんだしさ」


 シンは首を横に振る。


「いや、奴が魔力の発生源を感知出来る場合はフェリーの居場所が知られる。

 二人とも魔導刃を使うのは最後だ。

 あくまで、()()()()()()()()()()()と誤認させたい」

「でも、それだとシンさんが一番危なくないですか?」


 自らを『囮』と称しているから、一番危険なのは承知しているだろうがそれでも危険度が違いすぎる。

 自分達が女子供だから、気を遣っているのだろうか? と邪推してしまう。


「最後はフェリーに任せてある。死ぬとしたらフェリーだ」


 そうかも知れないけど、そんな物騒な事を平気で言う事にピースは驚いた。

 やはり、価値観が違うのだろうか……。

 

「そうは言っても、あたしが死なないからそうしてるんでしょ?」

「それは、まぁ……そうだ」


 しかし、フェリーはそれが嘘だと解っていた。

 自分が死なない事は事実だとしても、その体質に任せた作戦をシンが取るはずもなかった。

 

 不老不死の自分を殺すのはシン以外いないと、フェリーは心に決めている。

 シンも自分を『殺してやる』と言ってくれている。

 

 こんな魔物との戦いでドサクサ紛れに死んでしまうような事はお互いに望んでいない。


 きっとチャンスが一度きりのピースを過度に緊張させないようにそう言ったのだろう。

 フェリーは相棒を心情をそう解釈した。

 そして、それは当たっていた。

 

「じゃあ、シンが囮に疲れて死なないようにしないとね」

「その心配はしてない。確実に仕留めるだろ?」

「まぁね」


 やっぱり彼は自分の命を蔑ろにする気は毛頭ない。

 それが判ると、不思議と力が湧いてきた。


 ……*


 茜色の刃が上級悪魔の舌に突き刺さる。

 上級悪魔は咄嗟に刃を噛み砕こうとするが、魔力の刃はそんな事で砕けるような代物では無かった。


「はあぁぁぁぁぁ!」


 注ぎ込まれた魔力が高熱弾を遥かに超える熱を生み出し、上級悪魔を内側から焼き尽くす。


「ガ――!!」


 その高温に耐えきれず、上級悪魔の身体がボロボロと崩れ落ちる。

 一矢報いようと、フェリーに向けて爪を振り下ろそうとしたのだが――。


 汚い手で触れるなと言わんばかりに、シンの銃弾がそれを弾く。

 通常の弾丸で身体が崩れるほどに、上級悪魔の体は脆くなっていた。


 断末魔の叫びを上げる事すら許されず、上級悪魔はその身を灰にした。


「……ふぅー!」


 一連の戦いを終え、フェリーがその場に座り込む。


「あー……。怖かったぁ……」

 

 釣られるようにピースがへたり込んだ。

 水蒸気を大量に生み出したせいで、地面は湿っていたがそんな事は関係なかった。

 この世界に来て初めて味わう達成感に浸りたかったのだ。


「二人とも、助かった」


 シンがそう言うと、フェリーが徐に手を差し出す。

 作戦通りに行ったからだろうか、屈託のない笑顔からは『褒めて』という無言の圧力が込められている。

 彼女の要求を理解すると、シンは照れながらも軽く手を合わせた。


「えへへ」

「……とりあえず、森から出るぞ」


 嬉しそうな顔をするフェリーを、咳払いで誤魔化すシン。

 深掘りされたくないのか、二人の身体を起こしながら元の道へ戻る事を促す。


「そうだね、あたしたちの荷物もあるし」

「あぁ、早く回収するぞ」


 枝葉が当たる事を物ともせず突き荒むシンをじっと見つめる視線がひとつ。

 ピースの目には彼が照れ隠しをしているようにしか見えなかった。


 ……*


 マナ・ライドに積んでいた荷物を含め、特に盗まれた物は無さそうで二人は安堵した。

 自分達を襲った人間やエコスは魔物となり、挙句に灰となって消えた。

 結果的に残っているのは、自分達とあまり中身の入っていない馬車の荷台だけとなる。


「コレ……どうする?」


 荷台に積まれている荷物を確認しながら、フェリーが尋ねた。

 中には使えそうな物がいくつかあったが、自分達が襲われる為に仕組まれたという経緯を考えるとあまり利用したくない。


「……処分するか」


 結果、荷台諸共処分する事に決めた。


「ピースくんはこれからどうするの?」


 分解した荷台を薪がわりに燃やしながら、三人は野営の準備を始める。

 ちゃんとした薪じゃないので、炎を満足出来ないながらもシンは黙々と料理を作っていた。


「そう言われても、この世界に来たばっかりで何をすればいいのか……」

「それもそうだよねぇ」

「お二人はこれからどうするんですか?」


 その質問は、二人にも答え難かった。

 行商人の護衛としてこの道を進んでいたのだが、行き先はウェルカ。

 自分達に刺客を向けた領主が居る街そのものだった。


 結果、生き残ったのは自分達だけだし荷物も処分した。

 ウェルカに行く理由が完全に無くなってしまったのである。


 かと言って、ソラネルに戻ったとしても同じような刺客が居ないとは限らない。

 ウェルカ領に居る限り、それは何処に居ても同じだった。


「それは……うん。その、えっと……」


 フェリーがしどろもどろになる。

 永遠の若さと命を持ちながら、お金と目的地はない。

 非常にアンバランスな状態を心の中で嘆いた。


 ……*


「どうするの?」


 ピースが寝静まった頃、焚き火で暖をとるシンにフェリーは尋ねた。


「どっちの事だ?」

「どっちも。行き先も、ピースくんのコトも」

「そうだな……」


 言われるまでもなく、シンもその事は考えていた。

 このまま道なりに行けば、ウェルカには辿り着く。

 しかしそれは自らの身を危険に晒す。


 ピアリーでの怪物や、人間から魔物を出現させるような人間とおかしな事が立て続けに起きている。

 一連の根源かもしれないウェルカに行くのは気が進まない。


 とはいえ、ピースの事もある。

 元はこの世界の住人ではない彼を、放っておく訳にも行かない。

 野営ばかりでは体力も消耗するし、早く街に入れてあげるべきだとは考えていた。


「フェリーはどうしたいんだ?」


 ――()()()()()()()

 

 シンがこう言う訊き方をする時は、基本的に自分の意見が優先される事をフェリーは知っていた。

 だからこそ、思いの丈を伝えるべきなのだと。


「ピースくんには助けられたし、ちゃんと街には連れて行ってあげたい。

 ウェルカだとあたし達と一緒にいるコトでメーワクかけるかもしれないし、別の街がいいとは思ってるケド……」

「……わかった」


 そうなると、ウェルカ領から離れた場所で街を探す必要がある。

 今持っている食料を三人で分けて、どれぐらいまで保つかも計算しなくてはならない。

 課題はあるが、命の恩人だし出来る限りの礼はしよう。


「それじゃあ、明日から迂回して街を探そう。

 最悪、フェリーは飯抜きでも耐えられるな?」

「いや、それはちょっと……」


 しかし翌日、二人の計画は呆気なく修正を余儀なくされるのであった。

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