幕間.小話いろいろ
●魔導砲に足りないもの
「――で、早速魔導砲を補修することになったわけだが。
使うのはお前だ。要望があれば受け付けるぞ」
銃身の破損した魔導砲を分解し、魔導石を取り外していくマレット。
目の前で分解されたにも関わらず、構造が掴み切れない。彼女が最高傑作だというのも、納得だった。
「まず、強度を上げて欲しい」
「ああ、それは最優先だな」
何せ一発目で銃身が破損してしまった。自分の想定以上に、シンは魔導砲で魔力を発生させた。
勿論、威力がどれぐらいになるかと読み切れなかったマレット自身も責任は感じている。
これからの戦いが激しさを増すのであれば、避けては通れない要望だった。
「出来れば接近戦で剣を受け止められるぐらいの強度があると助かる。
後は、一発撃ちきりだと使い辛い。蓄積した魔力を何発かに分けて撃てないのか?
それと、通常の弾丸と使い分けたい。魔導砲でどっちも撃てるようにしてくれ。
ああ、強力な魔導具だから奪われることを懸念している。使用者を認証するような機構を組み込んで欲しい。
他には――」
「待て待て! 要望多すぎるだろ!」
思わずマレットが待ったをかける。
決して性能を否定された訳では無いのだが、ここまで要望が多いとは思わなかった。
最高傑作だという自信が、揺らぐ。
「あくまで要望だ。出来ない部分は聞き流して貰って構わない」
その一言に、マレットはカチンと来た。
売り言葉に買い言葉。ずいっと立ち上がり、自分を見上げるシンに啖呵を切る。
「出来るに決まってんだろ! やったらあ!」
シンはマレットと付き合いが長い。故に知っている。
こう言えば、多少の無茶振りは叶えてくれる事を。
●魔導刀と魔導刃・改
新たにマレットより授かった魔導刃・改。名を灼神と霰神。
要求される魔力から、実質的にフェリー専用となる炎と氷の刃。
そして、ピースが持っている魔導刀。翼颴と名付けられた剣。
こちらも実質的に、ピース専用の魔導具と化していた。
「どうして灼神と霰神や、ピースくんの翼颴には名前があるの?」
ふとした疑問だった。
マレットは今まで、魔導具に固有の名称を付けた事がない。
それは彼女が唯一の存在を造ろうとしなかったからだ。
暫くフェリーしか起動できなかった魔導刃でさえ、その理念の下に造られている。
「設計段階で、ピースのアイデアを組み込んでるからな。
名付けたのだって、コイツだぞ」
マレットとしても、新型魔導石の案自体は存在していた。
魔導石・廻はまさしく彼女が目指した正当な発展形だが、魔導石・輪廻は違う。
ピースが元の世界で視た物を基礎として、設計されている。
勿論、風祭祥吾が生前に経験したものではない。アニメやゲーム、特撮といったフィクションで視た物である。
非現実だと理解しながらも全力で満喫していた彼は、色々と妄想を膨らませていた。
奇跡的に魔術の存在するこの世界へ転生し、更に技術的に再現しようとする天才にまで巡り合えた。
ピースとしては「こんなの出来たらいいよね」ぐらいにあれやこれや言った結果、完成したのが新型の魔導具。
魔導刀では主に『羽』の部分を。
魔導刃・改では、霰神がその割合を大きく占めている。
固有の名前が在った方が格好いいというピースの主張により、それぞれに銘が与えられる運びとなった。
「魔導砲は違うんだ?」
「あー。魔導砲も概ねピースの案を採用しているんだけどな。
アイツが一番大事にしてる機能を排除したんだ」
魔導砲に組み込まれる予定だった機能。
それは、弾倉の回転により吸着していく魔力。それらが一定以上に達した時、声を上げるというものだった。
なるべくハイテンションなのがいいと、ピースは強く主張していたという。
因みに弾倉の回転による吸着も、銃で放つ魔術の変更もピースの提案である。
「声を発するっていうのが難しいのと、『撃つぞ』っていうのがバレるだろうってことで、アタシが却下したんだ。
全部採用しなかったってことで、魔導砲には固有の名前をつけていない」
「へぇ~。声が出るの、楽しそうなのにね」
(よかった。そんな仕様にならなくて……)
呑気に口を開けるフェリー。
傍で聞いていたシンは、妙な声に振り回されない事を心から安堵していた。
●頼られ選手権
「――僕は絶体絶命の中、彼と共に遺跡を探索したのさ。
直前まで命のやり取りをしていた相手と、命を預け合う。君たちには出来ない体験だろう?」
フンと鼻息を荒くするテラン。それに対抗したのは、イルシオンだった。
「命のやり取りならオレだってしている」
「君のは一方的な殺意じゃないか。受け止めてくれた彼に感謝するべきだね」
「なっ!? だが、オレは共に世界を救うのを手伝って欲しいと言われたのだぞ!」
「気を遣われていることにすら気付かないとは……。嘆かわしいね」
「なんだと!?」
一触即発のテランとイルシオン。
いがみ合う二人に待ったをかけるのは、レイバーンだった。
「二人とも、良いではないか。余のように城に泊めたわけでもなく、単身戦場へ赴くシンに助力したわけでもない。
余が一番の友人ということで、手打ちにしようではないか」
「それこそ、レイバーン殿が無理矢理ついて行っただけじゃないか」
「そうだね。野蛮な獣の王には、違いが判らないかもしれないけれど」
「何を言うか。余とシンの友情があってこそ成立するのだ!」
レイバーンを混ぜて加熱する口論。
ため息混じりの嘲笑を込めながら、更に参戦する者が現れる。
「二番手争い、ご苦労様です。ま、おれは独りで邪神の『核』を預けられるぐらいには信頼されてるんですけどね。
いや、他意はないですよ? ついでで頼まれた人達からすれば、拠り所でしょうからあまり否定するのも悪いっていうか」
親指で自分をビシッと指し、ピースは力説を始める。
勝誇った顔をするピースに、三人は冷ややかな視線を送った。
「フェリー・ハートニアと旅をするのに邪魔だから、追い払われただけじゃないのかい?」
「そこのポッと出……。思っても言っちゃいけないことがあるんだぞ……」
「そもそも、マレットのところへ向かうと言ったから頼まれたのだろう? それこそ『ついで』ではないのか?」
「何を持たされてるか知らされてなかったと言ったな。信頼されていると言えるのか?」
「ぐぬぬ……」
各々が自らのエピソードを披露し、引けなくなる。
全員が眉根を寄せ、同じ顔をしながら睨み合っていた。マウントを取るためだけに。
「……何してんだ、あれ?」
マレットが呆れ気味に、鍛錬中のアメリアへ問う。
滴る汗を襟元で拭いながら、アメリアは答えた。
「シンさんは人に頼るのが下手という話から、自分は頼られたという主張が始まったみたいでして……」
「なんだそりゃ。そんなの、アタシが一番頼られてるに決まってるだろう」
栗毛の髪をガシガシと掻き毟るマレット。遠巻きに聞こえたピースから、即座に大声で反応が出る。
「マレットは強すぎるから禁止ですぅ! これはおれたちの闘いなんですぅ!」
「アホくさ」
付き合ってられないと呆れたマレットが、早々に立ち去る。
シンの「やっぱり俺、ちゃんと人に頼ってるじゃないか」という声だけが、アメリアの耳に残った。
●マギアの人間は胸が大きい?
「よっ……と!」
フェリーは灼神と霰神を操り、ピースが操る翼颴の『羽』と戦いを繰り広げる。
立体的な動きで鳥のように舞う翠色の刃。景色を陽炎のように揺らす炎。光を反射して、輝きを放つ氷。
一種の芸術ではないかと見間違うような舞が、王宮の中庭にて繰り広げられる。
「ふぅ……。ありがとう、ピースくん! ビュンビュン飛び回って、なかなか当たらないなあ」
精一杯動き回ったものの、『羽』を捕まえるのは困難を極めた。
無理矢理霰神で凍らせようとしても、瞬く間に上空へと逃げてしまう。
「こちらこそ、ありがとうございます。
おれも、フェリーさんの攻撃なら一発で落とされかねないから緊張しましたよ」
「えへへ、そうかな?」
額やうなじから流れる汗を拭いながら、フェリーがにへらと笑う。
ウェルカで一緒に冒険者ギルドへ赴いた二ヶ月を思い出して、二人ははにかんだ。
微笑ましい二人の様子に、鋭い視線を送る者がいる。
フローラとオリヴィアだった。
決してフェリーとピースをくっつけようと算段している訳では無い。
彼女達の注目は、フェリーの持つ双丘にあった。
「すごい、わね……」
「あんなに飛び回っちゃ、凶器でしょう……」
戦闘中こそ胸当てで固定していたりするが、今は着けていない。
故にその破壊力が存分に味わえる。
更にあの太陽のような笑顔だ。
きらびやかな世界を知っているはずの二人でさえ、目を奪われる。
「フェリー、動き回るのはいいけどな。ピースがムネ見てるからほどほどにな」
「おい、マレット!」
「……ピースくん。あんまりじろじろ見るのは、ダメだよ?」
「そうだぞ。シンにだけ見せたいんだから」
「マレット! そういうイミじゃない!」
鍛錬を重ねる二人を遠巻きに見ていたマレットが、からかいながらもケタケタと笑う。
組んだ腕に乗せられたふたつの山は、フェリーとは違う種類の柔らかさを醸し出していた。
「マレット博士も、すごいわね……」
「あれ、絶対作業の邪魔でしょう……」
フローラとオリヴィアは、マレットの腕に乗せられている胸に視線が奪われる。
フェリーより動いていないにも関わらず、その主張は彼女に勝るとも劣らない。
「あ、あの! お疲れ様です!」
「お、ありがとう」
「ありがとう、コリスちゃん」
トタトタと小走りで、ピースの元へと駆け寄る少女。
彼女もまた、マギアからの来訪者。コリスだった。
両手に抱えたマナ・グラスによって冷やされた水を二人に渡すと、瞬く間に喉を通り過ぎていく。
「あの娘も、15歳……だっけ?」
「ええ、信じがたいことに……」
マナ・グラスを持って走っていたコリス。
水面が波打ち、雫が飛び跳ねていた。そして、連動するように彼女もまた胸を揺らす。
マレットやフェリーほどではないにしろ、将来性を感じさせるには十分な逸材。
王女と護衛の視線は、またしても釘付けとなった。
侮っていた。
急速に発展した魔導大国と言えど、歴史と伝統のあるミスリアの方が上だと。
事実、魔術の差は今後も埋まる事はないだろう。積み上げてきたものが違う。
しかし、こうも考えてしまう。
鍛え上げすぎた身体は、本当に栄養が行き渡っているのだろうかと。
マギアは魔導具によって、十分すぎるほどの栄養を蓄えているのではないかと。
「マギア、侮れないわね……」
「ええ、そうですね……」
固唾を呑み込むフローラとオリヴィアのすぐ後ろで、アメリアが「そんなわけないじゃないですか」とため息を吐く。
そう言いつつも、彼女達に見えないように自分の胸を僅かに摩っていた。
●リタのお出かけ
「ただいま!」
「おお、リタ。街は楽しかったか?」
「うん。やっぱり、妖精族の里とは全然違うね」
イリシャと共に、赴いたミスリアの王都。
人間社会の活気さを目の当たりにして、リタは眼を回しながらも愉しんでいた。
妖精族の耳は目立つという事で、フードを被って歩き回った街。
それも目立つのではないかと懸念していたが、同様にフードを被った冒険者だらけなので事なきを得た。
「イリシャちゃん。色んな人に声掛けられてびっくりしちゃった。
やっぱり美人さんなんだね」
「あら。リタだってたくさん声を掛けられていたじゃない」
イリシャとリタは互いに銀髪であるが故に、姉妹と間違われていた。
美人姉妹とお近づきになりたい男衆を相手に、戸惑うリタ。イリシャが上手くあしらわなければ、ややこしい事態になっていた可能性はある。
「妖精族ってバレたのかと思ってドキドキしたよ」
「ふふ。フード越しでも可愛いって、気付かれていたのね」
「わはははは。リタは美しいからな、仕方がない!」
「声が大きいよ! 恥ずかしいな、もう……」
高らかに笑うレイバーンに対して、リタは顔を紅潮させる。
それが見られたくなくて、彼女はフードを深くかぶった。
「それに、リタったらレイバーンと一緒に街を歩きたいって言ってたわ」
「イ、イリシャちゃん!」
漏らした愚痴を暴露され、リタが慌ててフードを上げる。
銀色の髪からはみ出した長い耳が、ぴょこんと姿を現した。
「ううむ。本来なら、余も人間の国を謳歌したかったのだがな」
その気持ちは、レイバーンも同じだった。
ただ、自分の姿は目立つ。ましてや、魔物の出現騒ぎがあったばかりだ。
往来を堂々と歩く訳には行かなかった。
「フィアンマに擬態魔術を教わったが、上手く行かなくてな。
過去にルナールにも教わったが、余にはその手の才能が無いらしい」
折角訪れた人間の国だが、堪能する事は叶わない。
リタと歩く事が出来ればどれほど楽しいだろうかと思うと、口惜しい。
「いつかきっと、一緒に歩ける日が来るわよ」
「うん。ありがと、イリシャちゃん」
イリシャはリタの頭と、レイバーンの手をそっと撫でる。
昔から自分達を応援してくれた手。根拠がないにもかかわらず、不思議と信じられた。
●時間制限のある宝物
「えっへっへ……」
フェリー・ハートニアはその小瓶をじっと眺める。
ただそれだけで、笑みが零れる。
中に入っている液体は香水。シンが過去で入手し、自分に贈ってくれた物。
彼は自分でお金を出して購入した訳ではないと言っていた。市場にいた子供が、金のない自分を見かねて買ってくれたのだと。
その話をしている間、マレットが微妙な顔をしていたのだがシンとフェリーは気付いていない。
ただ、フェリーにとってはその点は左程重要な事ではない。
シンが自分の為に贈ってくれた。この一点だけで、幸せの絶頂へ到達する事が出来る。
「あらあら、本当に嬉しいのね」
背後からひょいと顔を覗かせるのは、イリシャだった。
彼女もまた、シンとフェリーが生まれる前から二人の恋が実る事を応援していた。
「うん! ずっとだいじにするの!」
満面の笑みで答えるフェリーだが、イリシャは少し困った顔をした。
それはきっと後悔すると、教えてあげる必要があるからだ。
「フェリーちゃん。気持ちは分かるけど、ずっと置いてたら中身が蒸発しちゃうわよ?」
イリシャはかつて経験がある。夫と旅行へ言った際、購入した香水。
それを一度も使うことなく、鏡台の引き出しへと締まっていた。
いつしか中身は、魔法のように消えてしまっていた。気付いた時には、ただのお洒落な小瓶が残っているだけだという悲しい事件。
「え、それはヤダ!」
折角シンが自分にくれた香水。それをそんな形で失いたくない。
しかし、使用すれば当然減ってしまう。消耗品といえばそれまでなのだが、永遠に尽きて欲しくないと願ってしまう。
我儘だと思いつつも、フェリーにとっては大切な事なのだ。
「でも、なくなっちゃうのもヤダし……」
「なら、大切な用事の時に使ったりするのはどうかしら?
大事な思い出は、この匂いと一緒に積み重ねていくの。素敵じゃないかしら?」
両手の指を付き合わせながら、イリシャは提案する。
フェリーは素直に、素敵な事だと感じた。大切な思い出は、幸せな贈り物と共にある。
「……うん。それ、いいかも! イリシャさん、ありがとう!
あたし、そうする! だいじなことは、シンのくれた香水といっしょに増やすんだ!」
付き合わされた手を握って、フェリーが太陽のような笑顔を振りまく。
最近のフェリーは、シンの事となると幸せそうだ。とてもいい傾向で、イリシャまで嬉しくなってくる。
「いっぱい、良い思い出が作れるといいわね」
「うん!」
これから先、戦いは激化するかもしれない。
けれども彼女がその先で幸せになる事を、イリシャは切に願った。