164.力を合わせて
邪神に纏わる情報の交換。そして、戻ってきたテランとリシュアンの処遇は収まるべきところに収まった。
残る問題は、マギアの重要人物であるベル・マレットがこの場に居る事だった。
「マレット、そろそろ話してくれ。
どうしてお前がミスリアに居るのかを」
「そうだな。ミスリアも無関係ってわけじゃないしな」
マレットは、どうして自分がミスリアに現れたのかを語り始めた。
魔導大国が「ミスリアはじきに疲弊する」という話を真に受けて、侵略を企てている事。
その為に、武器や兵器のを造るよう軍部に言われた事。
応じるつもりは無いが、マギアの軍部がどんな手を使ってくるか分からない。故に、国外への脱出を決断したという事を。
「テランの情報、バッチリじゃねえか」
ヴァレリアが気怠そうに口を開きながら呟いた。
放っておけば、魂でも抜けていきそうな程に疲弊している。
「ミスリアを攻め込むなら、マギアの魔導具が一番効果的だろうからね。
あわよくば、ビルフレスト達はマギアそのものも掠めとるつもりだろうけど」
テランの言う通り、ビルフレストは時間を作ってはマギアを訪れていた。
足繁く通っては魔導具や、銃といったマギア特有の武器を自身の手で調達する為に。
円卓の下で、コリスはスカートの裾をぎゅっと掴む。
これだけ話が進むと、自分達を唆した騎士はきっとビルフレストという男なのだと流石に勘付いてくる。
彼を知る者の口振りから自分も、両親も、捨て駒だったのだと思い知らされる。
魔石を使った魔造巨兵も、気分良く駒として扱う為の餌に過ぎなかったのだと。
「まぁ、マギアは防衛に問題ないぐらいの武器や兵器は取り揃えてある。
けど、アタシが居ない以上は魔導石は増えない。
ミスリアへ侵略を開始するとしても、大分先の話になるとは思うぞ」
ミスリアの面々は、マレットの話を聞いて大きく息を吐いた。
シンやフェリーの戦闘から、彼女が生み出した魔導具の威力を知っているだけに、余計に安堵する。
「いえ、助かります。本当にありがとうございます」
「あー。ホント、マジで、マギアはまずいと思ってた。マレット博士、ありがとう」
「マギアは大した魔術師がいないのだろう? そこまで警戒することか?」
「ライラス。バカがバレるのでやめましょう」
何はともあれ、マギアが即座に攻め込んでくる可能性は断たれた。
テランが第一王子派に仕掛けた時間稼ぎと合わせて、立て直す時間は着実に用意されつつあった。
「それで、良かったらマレットをミスリアで匿ってもらえませんか?」
「勿論、いいですよね。お母様?」
「はい。願ってもないことですから」
「――ダメだ」
ピースの頼みを、フローラとフィロメナが快く応じようとした時だった。
シンが、その流れを切るように否定する。
「シン、どうしてダメなの?」
「なんだ、シン。アタシがミスリアに取られると思って妬いてんのか?」
フェリーは小首を傾げ、マレットはケタケタと笑う。
「茶化すな。マレットだって、本当は解ってるだろう。
それに、アメリアやオリヴィアも」
シンの声色は、真剣そのものだった。
真意を汲み取ったマレットも、真面目な顔で応対する。
「……まぁな」
「ええ」
「一応、コレというのは解ってるつもりです」
王妃と王女が受け入れた手前、アメリアとオリヴィアも言い出しづらかった。
それは他の黄道十二近衛兵も同様で、シンが言い出した事に安堵したぐらいだった。
とはいえ、ミスリアの王妃が決定した事を覆すにはそれなりの理由が要る。
シンは、フィロメナやフローラに納得してもらう為にも説明を始めた。
「こう見えて、マレットはマギアの最重要人物だ」
「こう見えては余計だ」
「ミスリアにマレットを匿っていると、マギアに攻め込む口実を与える。
ただでさえ、正面から戦えばミスリアの方が上だろう。そこにマレットの魔導具が加われば、マギアに勝ち目はない。
大義名分は……拉致されたと言ったあたりか。危険性度外視で、直ぐに攻めてくる可能性が生まれてくる」
マレットが折角稼いだ時間。それが泡となって消えるというのがシンの主張だった。
裏付けとして、マレットは今日王都にてその姿を確認されている。
滞在し続ける事で、危険性は上がっていく。
「じゃあ、マレットはミスリアに亡命する気は無かったってこと?」
「そうだな。お前の知り合いに情報の共有は必要だと思ったけど、シンの言った通りアタシが火種になりかねない。
あまり長期滞在は考えていなかった」
自分の存在価値を一番理解しているのが、マレット本人だった。
魔導刃のように使い手を選ぶ魔導具もあれば、魔導砲のように本人に魔力を必要としない魔導具も生み出している。
それはつまり、存在するだけでパワーバランスを崩しかねない存在という事。
魔導具によってマギアが発展しつつも、軍事国家とならなかったのはマレットのバランス感覚が優れている事の証明でもあった。
しかしそれは、マレットに行く当てがない事を示している。
シンがフェリーと視線を交わす。自分達の旅に同行するのはどうかという提案なのだと、彼女も察した。
色々とからかわれたりするが、マレットには感謝してもしきれない。フェリーが頷きかけた時だった。
「じゃあ、妖精族の里に来ればいいよ」
途方に暮れようとしているマレットに手を差し伸べたのは、リタだった。
ドナ山脈の北側なら、人間が立ち入る事は少ない。
居住特区を作ったとはいえ、顔の知らない人物がおいそれとうろつける場所でもない。
マレットが潜伏するには、うってつけの場所でもあった。
「リタ、良いのか?」
「うん、勿論だよ。フェリーちゃんやシンくんの恩人なんでしょ?
それに、私とレイバーンはミスリアと同盟を結ぶことにしたしさ」
「……え?」
さらりと重要な事を、リタは喋った。
窓の外にいるレイバーンを見ると、彼も力強く頷いていた。
流石のシンも開いた口が塞がらない。フェリーも、驚きが隠せなかった。
「ど、どーして!? 里のみんなに、なにも相談してないのに……」
「まぁ、ストルは怒りそうかなあ……」
「余も、今回ばかりはルナールに怒られるかもしれん。
まあ、ルナールは人間の国に住んでいたことがあるから分かってくれると信じているがな!」
高笑いをするレイバーンに釣られて、リタもくすりと笑みを浮かべる。
「どうだ? 驚いたか?」
「当たり前だろう。何を考えているんだ」
シンは腑に落ちない様子を見せる。
自分は決して妖精族でも、魔獣族でもない。けれど、彼らが人間の国と軋轢が生じた事は知っている。
今回も、人間の欲望から始まった騒動だ。彼らが身体を張る必要はないはずだった。
ひとしきり笑った後に、レイバーンはリタと視線を交わす。
真剣な声色で、話し始めた。同盟を結ぶと決めた経緯を。
「何って、それはシン。お前達のことに決まっておるだろう」
「……え?」
レイバーンとリタが、ミスリアと同盟を結ぶ事を決めた経緯。
それが自分だと知らされ、シンは眼を見開いていた。
「お主が『世界を救う』と豪語したのだ。余も、友人として手を貸さないわけにはいかぬであろう。
ミスリアも邪神を斃すべく行動するのだから、協力した方が良いに決まっておる」
「いや、俺が勝手に決めたことで。お前達を巻き込むつもりは……」
「そう言うと思ったから、先に同盟結んだんだよ」
珍しく、リタがフンと鼻息を荒くする。
腕を組んで、決意は揺るがないという事をこれでもかと主張してくる。
「シンくんやフェリーちゃんだって、私たちが救けて欲しいって言ったわけじゃないのに救けてくれたよ。
だったら、今度は私たちの番だよ。それに、邪神は人間の世界だけを破壊するとは限らないよ。
妖精族は今まで、他の種族には関わらなかった。けれど、変わろうとしているの。
だから、一緒に戦おう。というか、シンくんが断ってももう同盟結んじゃったもんね」
妖精族の女王は可愛らしい、屈託のない笑みを浮かべる。
窓の外に居る魔獣族の王も、同様に笑っていた。
「なんだ、シン。お前、世界を救うつもりなのか?」
「……その宣言は、した」
けれど、それはあくまでフェリーを護るためのものだった。
リタやレイバーン。妖精族や魔獣族まで巻き込むつもりはなかった。
あの発現は軽率だったのかと自分を戒めるシンへ、マレットが追撃を加える。
「じゃあ、アタシも何とかしないとだな。
アタシがいなけりゃ、シンは弱っちいんだし。
それでも足りないぐらいだろ。だったら、他人を頼るのは当たり前だよなあ?」
ぐうの音も出なかった。魔力を殆ど有さず、マレットの魔導具が無ければ自分の戦闘力は大した脅威にならないだろう。
そして、それでも到底邪神に立ち向かえるとは思えない。
「シン。なんでも自分ひとりで抱えなくてもいいのよ。少しは人に頼りなさい」
「そんなつもりは……」
イリシャの言葉を否定しようとするが、フェリーに袖を引っ張られる。
上目遣いのフェリーが、碧い眼をじっと向けていた。
「シンは頼るのヘタだよ。なんでも自分でしようとするもん」
「フェリー……」
フェリーにまで言われるとは思ってみなかった。
こうなると益々、立つ瀬が無くなる。
本当は自分でも判っている。一人でどうにか出来るはずがないと。
それでも、頼れなかったのは失う事の辛さを知っているから。
必死に自分が藻掻くだけで済むのなら、それが一番良いと思っていたから。
もう自分一人の背中では抱えきれない事を思い知らされた気分だった。
家族を失ってから今まで、気の許せる人間はフェリーとマレットぐらいだった。
この短期間で、ずいぶん増えたものだと実感する。何せ、世界まで救うと宣言してしまったのだから。
「……みんな、ありがとう」
シンはほんの少し気恥ずかしそうに、けれど全員に聞こえるように言った。
……*
議題は、ミスリアの防衛をどうするかという話に移っていく。
第一王子派やマギアに対しての時間稼ぎは兎も角、魔物を使っての治安の混乱は既に達成されてしまった。
事実、武器市場の件も含めて治安の維持は困難を極めるだろう。
そんな折に、リタがある提案をする。
「精霊魔術で、魔除けの結界を張るのはどうでしょうか?」
リタが言うには、妖精族の魔術は大気中に存在する精霊を魔法陣の中で留めておくことで設置を可能とする。
王都全体を結界で覆ってはどうかという提案だった。
結界外からの侵入は勿論、召喚魔術による内部の出現も阻害出来るとリタは言う。
「ただこれ、相当魔力を出しっぱなしにするんですよねえ……」
故に妖精族の里でも、交代で魔力の供給に務めるという。
人間以上の魔力を持つ妖精族でも負担なのだから、今の消耗したミスリアでは維持しきれない魔術だった。
万が一結界が破られた際に、戦闘出来る者が居なければ本末転倒となる。
「魔法陣をずっと維持するっていうのも、個人的には興味があるんですけどね」
残念そうにオリヴィアが呟いた。
王都の安全は勿論だが、単純に魔法陣を留めておくと言うアイデアに研究者としての食指が動く。
どちらにしろ、魔力の供給が出来なければ意味が無い。
頓挫しかけた提案を解決したのは、マレットだった。
「だったら、魔導石をその魔術に接続すればよくないか?」
「え?」
妖精族の里へ厄介になるという事で、ドナ山脈を越えなければならない。
当然、マナ・ライドを持っていく訳には行かない。搭載された魔導石を、そのまま流用してはどうかという提案だった。
マナ・ライドに搭載されている魔導石は魔力を増幅するのではなく、周囲の魔力を吸収している。
使い切った分を補うために、定期的に魔力を供給してやる必要性は出てくるかもしれないが、それでもずっと負担は減るはずだった。
「……神っ」
「お、おう」
気付けばオリヴィアは、マレットの手を握っていた。
最大の懸念である、国民の安全。その問題が、いとも簡単に解決した瞬間でもあった。
その様子を見て、フィロメナはある決心をした。
……*
その夜。
フィロメナは、ある三人を自室へと呼び寄せていた。
娘であるフローラと、姉妹のように育って来たアメリアとオリヴィアである。
「どうかしたのですか、お母様?」
要件は伝えられておらず、三人は顔を見合わせる。
フィロメナが椅子へ腰かけるように促すと、三人はそれに従った。
「フローラ。貴女は、妖精族の里へ向かいなさい。
リタ様やレイバーン様には、話を通してあります」
「お母様? それは、どういうことですか……?」
あまりに突拍子の無い話に、フローラは戸惑いを隠せない。
アメリアやオリヴィアも当然聞かされておらず、互いの顔を見合わせた。
「イレーネと話をしました。これからきっと、アルマやビルフレストの攻撃は激しくなっていくでしょう。
今は、王族が全員固まっておくべきではないと私が判断をしました」
「それは、私だけ逃げろという事ですか!?」
受け入れられないと憤るフローラの頬を、フィロメナが両手で優しく包んだ。
慈愛に満ちた、暖かい手。大好きな母が、子供の時によくしてくれた仕草だった。
「違います。これからミスリアは、きっと自分のことだけで精一杯になるでしょう。
けれど、発端は私たちにあるのです。同盟を結んだからといって、他の方にその責務を負わせるわけにはいきません。
アメリアやオリヴィアと共に、皆さんの力となってください」
この決断にはふたつの理由がある。
まずは、イレーネの進言。
妖精族の里の方が、ミスリアより安全だろうというイレーネの言葉。
第一王子派が攻めてきたときに、王家の血筋が残る可能性を少しでも上げる為。
そして、残るべきなのは正室の子であるフローラだと彼女は強く推した結果だった。
「分かりました。必ず、アルマ様は止めて見せます」
「ええ、お願いね」
アメリアは、フィロメナに誓う。
第一王子派や、邪神を止めて見せると。
「それと、オリヴィア」
「は、はい?」
「貴女も、本当に大切なことは我儘を言ってもいいのよ。
本当は、あの方たちと研究をしたいのでしょう?」
もうひとつは、オリヴィアの為でもあった。
彼女は優れた魔術の研究者である。
先の結界についても妖精族の精霊魔術と、マギアの魔導石を上手く術式に組み込んで見せた。
その時の彼女は非常に生き生きとしていた。フローラ同様に幼い頃から見て来たからこそ、確信している。
そして、本当に欲しい物は口にしないのだ。
自分はフローラの護衛だと、言い聞かせて我慢をする。
「……バレてましたか」
「貴女のその研究は、必ずミスリアのためにもなる。
だから、遠慮せずに行ってきなさい」
「……ありがとうございます」
オリヴィアもまた、深々と頭を下げた。
ずっと、理論だけ考えていた事。だけど、実現は夢のまた夢だと思っていた事。
それがカチリとハマっていく音がしていた。彼女達がいれば、夢ではない。
そう思いつつも、口に出すことは出来なかった。フィロメナは、そんな自分の心を見透かしていた。
気恥ずかしい反面、嬉しくもあった。自分を理解してくれる人は、思ったより多かった。
「わたしたちに、任せてください!」
元気を取り戻したオリヴィアを見て、フィロメナはくすりと笑っていた。
願わくば、これから何度でもこの笑顔が見られる世界を取り戻したいと心から思った。