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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第十二章 再会と新たな力
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163.円卓会議

「アメリアさん!」

「ピースさん、お久しぶりです!」


 ミスリアの王宮で、ピースは魔術を教わった師と再会を果たす。

 顔を明るくするアメリアを見て、ピース自身もなんだか嬉しくなった。


「少し、背が伸びましたか?」

「へへ、ほんの少しですけど」


 そうは言うが、ピースは自分の成長具合が内心気にはなっていた。

 転生を果たして、急に子供の姿となってこの世界で命を授かった。

 その直後に出逢ったのが、不老不死の少女であるフェリーなのだから。


 自らも理を外れて現れた以上は、容姿に変化が訪れないかもしれない。

 その心配は時間と、マレットの成長記録が解決をしてくれた。

 マレットは赤子からその姿までは、一気に成長を果たしたかもしれないと言っていたがこうして成長を続けているのが根拠なのかもしれない。


「この子がお姉さまの弟子ですか?」

「弟子という程、私がなにかしたというわけではないですけど……」


 ひょっこりと、アメリアの後ろからオリヴィアが顔を覗かせる。

 興味深くピースの顔を観察した上で、「初めまして」と挨拶を交わした。


「……妹さんも、綺麗な方ですね」

 

 ピースは本心から思った事を、口から漏らした。

 アメリアと同じ青色の艶のある髪に、少しだけウェーブがかかっている。

 顔立ちはアメリアよりあどけなさを残しているが、それがオリヴィア・フォスターの魅力を確固たるものにしているような気さえしてくる。


「あらあら、わたしも綺麗って言われましたよ! お姉さま!」

「ピースさん。そんなに気を遣わなくていいんですよ。

 オリヴィアは、すぐ調子に乗ってしまいますから」

「思ったことをそのまま言ったつもりなんですけど……」

 

 喜ぶオリヴィアを嗜めるが、アメリアも妹が褒められて満更ではなさそうだった。

 なんとも言えないくすぐったい空気を、マレットの咳払いが払う。


「あー。ピースよ、ナンパは後でやってくれ。

 後、コリスの居ないとこでやれ。色々と面倒だから」


 頭をぼりぼりと掻くマレット。彼女の言う通り、コリスの方を向くと何とも言えない表情をしていた。

 不満と、羨望が籠った表情。けれど、口にするのは憚られるといった様子だった。

 

「あらあら。ピースさん、隅に置けないんですね」

「いや、コリスとはそういうわけじゃ……」


 確かに、ピースは廃教会での一件以降どうにも懐かれている。

 しかしそれは、命の恩人だから。他に頼れる人間が居ないからに過ぎない。

 決して恋慕ではないのだと、ピースは知っている。

 マレットもそれを分かっていながらからかうのだから、性質(タチ)が悪い。


(人の気も知らないで)

「あん? どうかしたのか?」

「……別に」


 じっとマレットに送った視線を、彼女も気付いた。

 だからといってどうという訳ではないのだが、思っている事を言葉にするのは憚れた。


「ところで、こちらの方はどなたなんですか?」


 ひとしきりの再会を喜んだ後、アメリアは尋ねる。

 ピースの他に、知らない女性が増えている。それも二人揃って、胸が大きい。

 栗毛の女性なんて、色気の塊じゃないのかと見間違う程に。

 妙な敗北感に打ち拉がれているところ、シンが矢面に立つ。

 

「そいつがマレットだ。ベル・マレット」

「……え?」


 シンが紹介をすると、アメリアとオリヴィア。二人の動きが固まる。

 ミスリアはおろか、世界中にその名を轟かせる天才発明家。ベル・マレットが女性だったという事に驚きを隠せない。

 

「おう、アタシが天才発明家ベル・マレットだ。よろしくな」


 ケタケタと笑うマレットに、ピースは「自分で言ってら」と毒づいた。


 ……*


 黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)が定例会議で使用している円卓。

 再びその場所で会議が行われる事となる。

 さっきより大所帯となり、各々が持つ意見を交換する為に。


 その場にはフィロメナやフローラ、そしてイレーネまで同席しているのだから緊張感はひとしおだ。

 ミスリアのこれからを、ここで決定付ける。その予感を誰もが感じていた。


「……さて、どの話題から行くべきなんだろうね」


 議長を務めるヴァレリアが、頭を悩ませる。

 シン達が居住区で繰り広げた戦闘は、先刻まさに懸念していた内容だった。

 テランの進言よりも、敵の行動が早かった事になる。

 現に騎士団は、治安の維持と不安を取り除く為に今も走り回っている。

 

 そして、もうひとつ懸念していた事。

 ミスリアへ攻め入る可能性を示唆されたマギアの人間が、この場には居る。


「まあ、コリスの話から発端はミスリアにあると思っている。

 アタシたちがミスリアに来た理由も含めて、先に話すよ」


 最初に手を挙げたのはマレットだった。

 彼女は、マギアで起きた事を話し始める。途中、自分の話には推察が混じっていると注釈を入れながら。


 ……*


「――じゃあ、ピースは邪神の分体と交戦していたのか」

「そうみたいですね。その時、生き残ったのがこの娘(コリス)です」


 コリスは廃教会での出来事を話している間、ずっと俯いていた。

 取り返しのつかない過ちを起こしてしまった事への後悔。

 再びミスリアへ戻る決断をしたリシュアンと同様のもの。


「私たちが行ったのは、邪神像への祈りと顕現させるための詠唱です。

 マギアでは強い魔力を持つ者は少ないので、魔力自体は魔石を代用しました。

 その結果――。うっ……」


 入れ替わるように、邪神顕現の手順について語り出すコリス。

 否が応でも記憶は掘り返される。あの禍々しい、不恰好な達磨のような姿が。

 直後に起きた惨劇もセットで彼女の脳裏に浮かぶ。

 薄暗い部屋だったはずなのに、はっきりとした光景が目に焼き付いている。

 吐き気を催したコリスは、口元を抑えた。


「……私たちが、間違っていました。

 魔術が使えると聞いて、どんな魔術師よりも高みに立てると信じて、あんなことを。

 本当に、すみませんでした」

 

 席を立ち、頭を下げる少女は震えていた。


「過ちだと認識しているなら、今はそれでいい」

 

 コリスへ慰めの言葉を投げかけたのは、イルシオンだった。

 話を聞く限り、ピースが交戦した邪神の分体は『暴食』(ベルゼブブ)の元となったもの。

 あの化物が、そして同じく左腕に能力を宿したビルフレストの顔が、思い返される。

 腸が煮えくり層になる怒りを、必死に抑えての言葉だった。


「でも、どうしてマギアでも邪神の顕現を試みたのでしょうか?」

「それは、分体の持つ能力。適合者がミスリアだけでは全員埋まらなかったからですよ」


 フローラの問いに答えたのは、つい先日まで第一王子(アルマ)派に所属していたリシュアンだった。

 元々、他国へミスリアが消耗するといった情報を流すと同時に使えそうな人材。そして、切り捨てても惜しくない手駒の準備は進めていた。

 コリスの所属していた黒ずくめの集団(セイブル)も、そのひとつだと彼は言う。


 邪神分体の持つ邪悪かつ強力な能力。その悪意を身に宿せる人物は、ミスリアだけで探し出す事は困難を極めた。

 その際に、裏で培ってきたコネクションが活きる事となる。悪意は、既に世界中でばら撒かれているのだとリシュアンは語る。


「しかし、そうか。物理的なものではなく、イメージを掻き乱す詠唱の阻害。そんな方法が――」


 ロベリアの廃教会で、ピースが咄嗟に口走った行動。

 熟練の魔術師であるならば、そのような妄言に耳を傾ける事は無かっただろう。

 仮に傾けたとしても、自身の持つイメージを壊す程ではない。

 けれど、マギアに高名な魔術師はいない。彼の言葉に感化されて、イメージが乱れる可能性は大いにあった。


 あの悪あがきは、『暴食』(ベルゼブブ)を不完全な状態でこの世界に呼び出した。

 邪神像を破壊して、一度撤退した後でも『暴食』(ベルゼブブ)自身がその姿を自分のものだと認識している。

 それは『暴食』(ベルゼブブ)を通して邪神全体へと伝わっていく。結果的に邪神を僅かだが弱体化させる事に成功していた。


「よかったな、ピース。なんかお手柄みたいだぞ」

「いやあ、おれも無我夢中だったから……」


 ケタケタと笑うマレットだったが、ピースは満更でもなさそうだった。


「邪神像さえ破壊すれば邪神はこの世界に存在していられないのか?」


 シンの問いに、テランとリシュアンは首を振る。「既に邪神の身体自身に取り込んでいるはずだ」と、テランは続けた。

 弱点を晒し続けておくとは思えなかったが、懸念していた通りの答えだった。


 邪神の分体にはそれぞれ、傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、色欲、暴食に纏わる能力が与えられているとリシュアンは言った。

 対応する適合者も動揺の能力を宿す代わりに、自らの一部を邪神に差し出しては『核』をその身に移植させる。

 なんとも気味の悪い話ではあるが、ラヴィーヌの瞳やビルフレストの左腕を見ている以上は信じるほか無かった。


「それぞれの能力は、どのようなものなのですか?」


 対策が練れるかもしれないという期待からのものだったが、アメリアの問いにもリシュアンは首を横に振る。

 

「分かりません。適合者が移植することによって、はじめて能力が発現しますから。

 ビルフレストが『暴食』、ラヴィーヌが『色欲』、そしてサーニャが『嫉妬』。更に、今日ミスリアに現れたジーネスが『怠惰』に適合していることしか……」

「そうですか……。サーニャも適合しているのですね」


 考えに耽るアメリア。王宮でも、三日月島でも、彼女の身体に不自然な点は見当たらなかった。

 リシュアンの言葉が真実であれば、まだ移植をしていないのだろう。

 フォスター家への潜伏をより完全とする為に外見的に目立つ方法を避けたのだと推測した。


 隣に座るオリヴィアは、自分がサーニャにナイフで刺された時の事を思い出した。

 優越感にも似た笑みは、嫉妬から来るものだったのだと今なら判る。同時に彼女がいつから歪んでいたのか判らない事が、口惜しい。

 

 ――クレシア・エトワールは、ここに居る。

 

 イルシオンは、ビルフレストの言葉を思い出していた。

 暴食を司る彼の左手がクレシアの姿を忽然と消してしまった。

 残ったのは、腕だけ。それさえも、消えてしまった。


 彼が「ここに居る」と言った意味と、『暴食』に適合したという事実。

 考えたくない想像が、頭の中を過る。言葉として吐き出す事は、避けた。

 ただ、ビルフレストへの怒りだけが増していく。


「ラヴィーヌの右眼は、それはもう凄かったんだ!」


 ライラスが、鍛え上げられた上腕二頭筋を回しながら身振り手振りで伝える。

 彼女に尽くす事が、自分の意思だという錯覚。それが間違いだなんて、微塵も考えないといった力説をする。

 だが、周囲の反応は冷ややかであった。


「でも、シンさん効かなかったんですよね?」

「ああ」


 ため息混じりに吐いたオリヴィアの言葉に、シンが頷く。

 ライラスが信じられないといった様子で、シンの顔を見た。


「……本当に、何も無かったのか?」

「あ、ああ」


 物凄い剣幕で詰め寄られるが、シンの身には何も起きていない。


「どうせ、ライラスがいつも鼻の下伸ばしてたからでしょう」

「待て、オリヴィア嬢! そんなことは決して……!」

「そうだ。紅龍(なかま)も彼女の魅了(チャーム)によって操られていた。シンだけが特別だと考えるべきだ」

 

 ライラスをフォローする形で、人の姿に擬態しているフィアンマが口を挟んだ。

 思わず援軍に、ライラスは胸を撫で下ろす。

 

 色欲の魅了(チャーム)については彼女の能力によるカラクリが解明できていない。

 魔力を殆ど持たないシンだからこそ回避可能であるという答えに至るには、症例(サンプル)が少なすぎた。

 イリシャがフェリーに「愛の力かもね」と呟くと、フェリーは照れくさそうにしながらも満更ではなかった。


「……そんで、あのオッサンが『怠惰』か。それっぽいな」


 後頭部に手を回しながら、マレットは考える。

 目の前で起きた現象。魔力が()()()瞬間なんて、今まで目の当たりにした事がない。

 怠惰の能力である可能性が高いと、マレットは仮定する。ただ、彼の外見からどこかを移植した様子はない。


 ならば、出涸らしで魔力をかき消したのだろうか? とマレットは考える。

 ヒントはあるが、確信にまでは至らない。

 想像以上に厄介かもしれないと、不安が掻き立てられる。


「邪神のことは、概ね分かりました。テラン、リシュアン。その上で問います。

 貴方達は、その力を以て何を成し遂げたかったのでしょうか?」

 

 空気を一変させたのは、フィロメナだった。

 戻ってきた二人を受け入れようとしつつも、強い口調で二人へと問う。

 ミスリアに反旗を翻す切っ掛け。そこに根付いたものを、知るために。


「正直、僕は邪神を用いて何かを成し遂げたかったわけではありません」


 この問いに於いて、沈黙は悪だと判断したテランが先に口を開く。

 当時から思っている。そして、今思っている事を言葉として伝えていく。


「僕にとって、ビルフレスト・エステレラは絶対でした。彼が何かを成し遂げる度に、自分も成し遂げたと思っていた。

 一方で、自分が彼の駒だということは重々承知していました。まぁ、その結果がこの有様ですが」


 テランは自嘲気味に笑いながら、何も入っていない右の袖をはためかせる。


「彼を怨んでいるというわけではない。けれど、醜くも生き永らえた時に彼の元へ戻る気も無かった。

 ただ、シン・キーランドには会いたいと思っていました」

「俺……?」

「成り行きですが、シン・キーランドと行動を共にしたのは悪い気分では無かった。

 ただ、このままでは彼は邪神に殺されてしまうかもしれない。そう考えたら、彼に手を貸すのが一番いいと判断したのです」


 語り終えて満足げなテランと対照的に、シンは困惑していた。

 テランと行動を共にしたのは、ギランドレの地下遺跡で休戦した時のみ。

 その時も、剣呑な雰囲気を出しながら探索していたはずだった。

 一体何が彼の琴線に触れたのか、シンは一切記憶にない。


「僕はある意味で、この国(ミスリア)に対して正の感情も負の感情も持っていない。

 罪の意識は、そこのリシュアン・フォスターより薄いかもしれませんね」


 それはまるで、リシュアンに温情を期待しているかのようにも聴こえた。

 テランとリシュアンは、大して仲が良い訳ではない。テランがそんな殊勝な性格でない事ぐらいは知っているが。

 どういう風の吹き回しかと思う反面、有難くも感じていた。


「……自分は、自分を取り巻く世界を変えたかったのです。

 五大貴族ではありますが分家に生まれ、本家の者に代わってその手を汚す。

 どうせ手を汚すのであれば、それは自分のためにしたかった。

 自分が成し遂げたかったのは、現体制の破壊でした」


 想いを吐露した一方で、リシュアンは思い出していた。三日月島で暴れ回す邪神が齎した余波を。

 姿を見ていなくとも判る。邪神(アレ)は、あってはいけないものだと。自分の願いがその一端を担ったと、信じたくなかった。

 ひとかけらの罪悪感すら存在しない、純粋な悪意の塊。その一端を自分が担ったという事実に、激しく後悔をした。


「自分を踏み台にしている人間に、同じ気持ちを味合わせてやりたいと考えてしまったのです。

 そんな事をしても、自分の下らない自尊心が満たされるだけだというのに」


 彼の心を救ったのは、三日月島でのフローラの言葉だった。

 たったひとつの労いの言葉。いつも貰っていたにも関わらず、それを受け止めるだけの度量が自分に存在していなかった事に気付いた。

 敵対して尚、感謝の気持ちを伝えるフローラ。器の違いを、はっきりと理解させられた瞬間だった。

 

「とんでもないものを呼び起こしてしまった。その償いを、少しでも果たしたいと思いました」


 二人が語る間、フィロメナは微動だにしなかった。

 自分も愛する夫の命を奪われ、憤慨してもおかしくない立場であるにも関わらず。

 

 重い空気が会議室を覆う。

 沈黙を破ったのも、やはりフィロメナだった。


「……分かりました。私個人の感情では、とても許せるものではありません。

 しかし、それでは同じことの繰り返しになります。

 まずは、貴方達がミスリアへ戻って来てくれた。その事実を、受け入れましょう。

 ヴァレリアも、寛大な措置を考えてくれていたのでしょう。私も賛成しますよ。

 その上で、お願いします。ミスリアを……守ってください」

「はい……。この命に代えても、必ず……」


 目頭が熱くなり、リシュアンは思わず強く目を瞑る。

 閉じ込めきれなかった涙が、円卓に零れ落ちた。

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