160.魔導砲
街中に突如召喚された地獄の番犬。
魔導刀や魔導刃・改による高濃度の魔力。
立て続けにこれだけの事が起これば、離れた位置とはいえ妖精族の女王が異変に気付くのは必然だった。
「街中から、魔力が?」
王宮が破壊された事により、街中の危機感は高まっている。
妖精族である自分が、おいそれを出歩ける状況ではないと窘めた張本人であるイリシャを尋ねる。
彼女は医務室で治療薬の調合を行っており、またその知識と経験を王宮の者にも授けている最中であった。
尤も、彼女の美貌が目当てで訪れる騎士も居るには居たのだが。
「うん。ぶつかり合う感覚だし、きっと戦闘してると思う」
何かあったのではないかと心配になり、リタは会議中のヴァレリアを尋ねる。
ひとつは魔物の気配。そして、残りふたつは魔物と交戦する気配。
リタはシンとフェリーではないかと考えたが、それだと辻褄が合わない。
フェリーは兎も角、シンが戦闘を行ってそれほどの魔力を発する事は無い。
そのフェリーさえ魔導刃が破損してしまっているのだ。膨大な魔力の受け皿がない。
だからこそ、急に湧いて出たみっつの魔力を無視できずにいた。
「……とにかく、みんなに相談してみましょう」
医務室へ訪れていた騎士へ、イリシャが軽く頼むと我こそはと瞬く間に王宮を駆けまわる。
リタは口を開けてぽかんとしつつも、対応の早さを有難く感じた。
一番話しやすいのはオリヴィア。もしくはフローラだったのだが、彼女達はフィロメナに三日月島での出来事を報告している最中だった。
もしかすると今後のミスリアの方針について話しているのかもしれない。
故に一介の騎士が、おいそれと話せる状況ではない。結局、取り次いでもらえたのはイルシオンとヴァレリアの居る会議室だった。
「街中に魔物が!?」
ヴァレリアの腕力によって円卓に乗せられた小物が、今日何度目かのジャンプをする。
既に何度か、円卓上にあるコップを倒してしまったのだろう。円卓にはいくつかの染みが出来上がっていた。
「魔力のぶつかり合う感覚がするし、ひとつは魔物の気配だと思う」
「マジかよ。テランの言った通りじゃないか」
眉を顰めながらも、ヴァレリアは驚嘆の声を上げる。
手足として動いた経験から繰り出される予測が、見事に当て嵌まった形となる。
現段階では第一王子派と断定する材料は無いのだが、間違いないだろうと疑っては居なかった。
離れた位置からリタが感知できる魔力。そんなものが、ポンと現れる訳がない。
召喚されたと考えるのが妥当だった。現に、ウェルカでは双頭を持つ魔犬が召喚されているのだから。
「あの人のことだからね。もう一度ぐらいはすぐに仕掛けてくると思っていたよ。
ただ、誰が交戦しているかは気になるところだね」
「それは、行ってみれば判るだろ」
シンは魔力を有さない。そして、フェリーは魔導刃が壊れている。リタと同じ結論に、テランも行きついていた。
ヴァレリアは後頭部をガシガシと掻きながら、吐き捨てるように言った。
「ヴァレリア姉、オレは先に行く! 後のことは任せた!」
「おい、イル!? ったく。しゃあないな……」
ヴァレリアも、三日月島での傷が完全に癒えてはいない。
そうなれば、自分が動くべきだとイルシオンは部屋を飛び出していった。
判断は間違っていないし、憎悪に満ちているような雰囲気も出しては居なかった。
説教こそ後でお見舞いするとして、先行させる分には彼が適任である事は間違いなかった。
「アタシたちも追うぞ。お前らも、信用して欲しかったらキリキリ働け。
リタ殿とイリシャ殿は王宮で待機しておいてください」
「うん」
後を追うように、ヴァレリアも席を立つ。
こっそりとリタに「陽動の可能性もありますので」と耳打ちをすると、彼女は頷く。
余りにもテランの予測が完璧だったので、罠の可能性を考慮してのものだった。
……*
フェリーとピースが地獄の番犬との交戦中。
シンはマレットから、新たな魔導具を差し出されていた。
「これは?」
「魔導砲。お前の新しい武器だ」
そう言って渡されたのは、銃だった。
銃把の部分に、ダイヤル状の何かが取り付けられている。
弾倉部分に至っては水晶のように輝いている。魔導石だという事は、見るだけで理解できた。
あちこち触っては見たが、銃弾を補充する場所が見当たらない。どう使うべきなのか、見当もつかなかった。
「弾はどこに入れるんだ?」
「弾は要らん」
予測していたのか、マレットはあっさりと言葉を返す。
訝しい顔をするシンの手を取り、魔導砲の取り扱いについて説明を始めようとした時だった。
魔導砲を持つ彼の袖から、魔石の散りばめられた腕輪が顔を覗かせる。
「シン。魔法の腕輪、どうしたんだ?」
マレットはその腕輪に見覚えがあった。
魔法の腕輪。幼少期に自分が、意気揚々とお小遣いで買った魔導具。
今となってはマギアはおろか、ミスリアでも見る事の少なくなった魔導具だった。
特段デザイン性が高い訳ではない。自分だって当時、ふたつ購入したのだから同じデザインのものがあってもおかしくはない。
けれど、シンがそれを持っている事がマレットは不思議で仕方が無かった。偶然だとは、思えなかった。
「ああ。これは過去で貰って……」
「過去ぉ?」
何を突拍子もない事を言い出すんだといったマレットの表情。
若干懐疑的な顔をしつつも、マレットの脳はシンの言葉を妄言で片付けようとはしなかった。
彼がこの状況で、そんな下らない嘘を吐くはずがないという信用。
あらゆる不思議な事象は、どうしても知りたいという欲求。
そして、マレット自身に覚えがあるからだった。
30年以上前に買った腕輪で、見た目をはっきりと覚えている訳ではない。
記憶に残っているのは買った内のひとつを、自分を助けてくれた青年にあげたという事。
残るもうひとつは、意気揚々と自分が分解した。
魔力を吸引する過程と、放出する過程が知りたかったからだった。
やがてそれは魔導石の開発へ大いに役立つ事となる。
そういえばあの時は、お金がないその青年に香水も買ってあげた気がする。
甲斐性の持たない男だと思っていたが、その後の出来事で完全に見直した。
彼女は後に、神器がどれほど凄い物だったのかという事を知る。
青年も不思議な剣を持ってはいたが、神器には遠く及ばない。
そんな彼がもし、神器に匹敵するものを持っていたのならと想像する事もあった。
「……マレット?」
気が付くとマレットは、シンの顔をじっと見ていた。
朧気だが、雰囲気は似ている。というかもう、同一人物にしか見えなくなってきていた。
「いや、中々に興味深い話だと思ってな。
その辺も、後でじっくり聞かせてくれ」
「ああ」
魔導砲の説明を受け終えたシンが、立ち上がる。
出逢った時よりもずっと逞しくなった背中。それがまた、マレットの記憶と重なる。
(……やっぱり、そうか)
シンの後ろ姿を見て、マレットは確信に至った。
自分は彼と出逢っていた。ずっと昔、不思議な事に彼が生まれるよりも前から。
幼少期の出逢いは、彼女の人生に潤いを与えた。
欲求も生まれた。いつしか、自分の魔導具をあの青年に使ってもらえたらなんて考えていた事もあった。
それ以降一度も、青年に会う事は出来なかった。もしかすると、どこかで命を落としたのかもしれないと思ったりもした。
「シン。行ってこい」
「ああ、分かってる」
叶わないと思っていた夢はとっくに叶っていた。
シン本人が見ていないのをいい事に、マレットの口元が緩む。
……*
それが姿を現したのは、地獄の番犬が斃れたのとほぼ同時だった。
姿を隠していたトリスが、知られる危険を負ってまで描いた召喚の魔法陣が完成をした。
現れた魔物は、魔力の残滓を纏いながら大空へと舞う。
鷲の翼を羽搏かせ、鋭い爪と嘴が太陽の光に反射する。
発達した獅子の後肢が、筋肉を膨張させる。
見下すような眼光は、人間を餌としか思っていない絶対的強者の証。
鷲獅子。
それが三日月島に於いて地獄の番犬と双璧を成す、強力な魔物の正体だった。
地獄の番犬も鷲獅子も、元々はミスリアに生息していなかった。
何の因果か流れ着いた個体が、三日月島を支配していた。
ビルフレストが屈服させるまでは、鷲獅子と地獄の番犬に逆らった者はその場で命を落とす程に。
鷲獅子は、上空から灰となって散っていくかつての好敵手を眺めていた。
人間に殺されたと目を丸くする一方で、フンと鼻で笑う。
思えば、三日月島で人間に屈服したのも地獄の番犬が先だった。地獄の門番が、聞いて呆れる。
自分も敗北こそしたが、あの犬とは違う。
ビルフレストのような人間が、そう何人もいる訳がない。そこの女子供がどれだけ実力を持とうが、遥か上空にいる自分までは刃が届かない。
立体的な動きでじわじわと甚振ってやればいいだけの話だと、空高く舞い上がる。
神でも見上げるような人間の視線が心地いい。
今は間の抜けた面構えで見ているが、命の危機が迫った時にそれがどう変わるのか。
鷲獅子は確認してみたくなり、上空からその羽根を矢のように撃ち出す。
「わっ! 何か来たよ!?」
「っ……!」
灼神と霰神では、降り注ぐ羽根に対処が出来ない。
ピースの『羽』も、鷲獅子の放つ羽根を相手にしては枚数が足りない。
咄嗟に『羽』に纏わせている魔力を放出し、風を生み出す。
乱れた気流により、鷲獅子の羽根は勢いを失ってひらひらと舞うに留まった。
その光景を見て、鷲獅子は感心をした。
地獄の番犬が斃されたのは決して偶然ではないのだと、地上に這う女子供の実力を認める。
一方で、自分に抵抗できる者はあの二人だけなのだと感じ取った。
他の冒険者達は情けない事に、自分の挨拶代わりの攻撃に右往左往しているだけだ。
「ピースくん、あのトリ。どうしよ?」
「おれがなんとか落としてみます!」
『羽』で戦えば、あるいは地面に落とせるかもしれない。
地面にさえ近付けば、後はフェリーの持つ灼神と霰神で斃す事は可能だと考える。
まずは自分があの鳥を捕まえなくてはならないと、翼颴を握る力が強まった時だった。
「――俺に任せろ」
二人の元へ駆けるのは、シンだった。
彼は街の壁に、受け取った魔導砲を当てている。
正確には、魔導砲の弾倉部分に設置された魔導石がカラカラと音を立てて回されている。
「あんなトリに、アタシたちは敗けねぇよ。
――ぶっ放せ、シン!」
見守りつつも不敵に笑みを浮かべるマレット。
彼女だけが、既に勝利を確信していた。
シンはそのまま、銃口を鷲獅子へと向ける。
鷲獅子もまた、その存在に気付いては居た。
小型の武器を持ち、自分を地上から見上げる下等種。その眼光は明らかに敵意に満ちており、鷲獅子の怒りを買う。
ありったけの羽根を撃ちつけてやろうと、翼を広げた時だった。
鷲獅子は急に時間の流れがスローモーションに感じる。
周囲だけではなく、自分が翼をはためかせるのすらも遅い。
地上にいる青年が構えた小型の武器。自分へと向けられたその先端が、金色に輝く。
それが、鷲獅子の見た最期の光景だった。
魔導砲は、魔導弾同様に疑似的な魔術を放つ。
一発毎に魔導石を必要とする魔導弾は強力である反面、費用がバカにならない。
更に言えば、シンが時折使用していたように先端の魔導石には誘爆の危険性が残っている。
それらの問題を解決するべく、マレットが新たに創り出した魔導具だった。
弾倉部分に設置された魔導石が、周囲の魔力を吸着していく。
それは銃の中に組み込まれた魔導石・廻を通して増幅され、魔導石・輪廻に蓄積されていく。
銃把部分のダイヤルで、魔導石・輪廻が放出するべき属性を設定し、疑似魔術として放たれる。
弾倉が回転していく度にその威力は増していく点も、魔導弾には存在しないものだった。
奇しくも魔法の腕輪の特性に強く影響を受けた魔導具が、シンの手元に渡った事となる。
今回、彼が選択した弾丸は金色の稲妻。
魔導砲の中でも最速を誇る稲妻が、魔導砲の銃身を破壊しながらも放たれる。
十分に充填された魔導石の魔力は、鷲獅子の身を一瞬にして貫いた。
その様はさながら、流星が逆走しているようにも見えた。
黒焦げとなった鷲獅子は、力なくそのまま地面へと叩きつけられる。
既に絶命しており、その身は煙と異臭を放つだけの肉塊となっていた。
「すご……」
「ええ……」
その威力に驚いたのはシンやフェリーだけではない。
ピースもまた、初めて稼働する魔導砲の威力に引いていた。
フェリー専用で創られた灼神や霰神はギリギリ許容できる。
だが、それに匹敵する威力がただの銃から放たれたのだ。代償として、銃身は壊れてしまったが。
「バッ――カヤロウ! なんつう威力でぶっ放してんだ、お前は!?」
わなわなと震えながら、マレットがシンの元へ駆けよる。
頭を抱えながら、壊れた魔導砲の銃身を拾い上げていた。
魔力と熱に耐え切れず、ひん曲がったり、割れたり、溶けたりする破片を見てはため息をついていた。
「どれぐらいの威力になるか分からないんだから、仕方ないだろう」
「だったら、少しずつ確かめるだろ普通は!」
「上空に魔物が居たんだから、対処が優先だ!
第一、あんな威力のものを造ったのはマレットだろう!?」
「アタシはお前のためにわざわざ魔導砲を造ったんだぞ!?
ピースから聞いたぞ! お前、マナ・ライドもぶっ壊したんだろ!? ほんっとに、お前は――!」
「今回は魔導石が無事なんだから、いいだろ!?」
「そういう問題じゃなくってだな!」
壊れた魔導砲を巡って、言い合いをするシンとマレット。
それを見て、ピースはぽかんと口を開けていた。シンもあんな風に喧嘩するのだという、驚きから見入ってしまう。
ヒートアップするようなら止めるべきかと考えたが、時折マレットもシンも笑っているのだから、心配は不要なのだろう。
「ピースくん。あのね」
不意にピースの袖が引っ張られる。
フェリーが、やや不満げな顔をしていた。
「あたしも、シンとあれぐらい……。仲良し、だからね?」
「あ、はい……」
頬を膨らませているフェリーの姿を見て、ピースは苦笑した。