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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第二章 世界が変わった日
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16.魔導弾

「ご、ごめんなさい。おれ……」


 自分のした事にどきまぎしながらピースが謝る。

 何か力になれるならと、魔導刃を持ったのは自分だ。


 フェリーのように茜色の刃を出して、敵の気を引く事が出来れば。

 戦うまでは行かなくても隙を作る事が出来れば。

 それぐらいに思っていたのだが、形成されたのは刃の形こそしているものの全くの別物だった。


 持っているだけで圧縮していく空気をどうしていいか解らず、前に突き出した所でそれが勢いよく飛んでいった。

 結果、下級悪魔(レッサー・デーモン)に当たりこそしたがシンの頬を掠めてしまった。

 狙いがもう少し逸れてしまっていたらと思うとゾッとする。


「いや……。助かった」


 シンは流れ出る血を親指で拭うと、気にしていないと手で合図を送る。

 今の彼には危うく同志討ち(フレンドリーファイア)になる事より、ピースが魔導刃を形成した事による驚きの方が強かった。


 魔導刃の形成には大量の魔力を必要とする。

 魔導石へ注ぎ込む魔力が足りなければそもそも刃は形成されない。

 仮に形成できたとしても、魔力の総量が少なければ刃の維持が出来ない。

 

 事実、魔力がほぼないシンには刃の形成が出来なかった。

 実験例(サンプル)がシンとフェリー……それと魔導刃の開発者しかいないのでデータが揃っているとは言い難いが、ピースの魔力量は相当だと伺える。

 ちなみに、実際に刃を形成できたのはフェリーだけだったので実質的にフェリー専用の武器となっていた。


 何はともあれ、これで残すは上級悪魔(グレーター・デーモン)一体のみ。

 頭数としては有利になった――のだが。


 その上級悪魔は、依然としてフェリーの魔導刃を受け止めている。

 茜色の刃は表面こそ焦がしているが、焼き斬るには至っていない。

 

「こンのぉ……!」


 フェリーがいくら歯を食いしばっても、その状況は好転しない。

 不死と思われた怪物ですら燃やし尽くした刃を受け止められているという事実に、フェリーは多少なりともショックを受ける。


「フェリー!」

「!」


 合図でハッとしたフェリーは魔力の刃を消し、上級悪魔の体勢を強制的に崩す。

 相手がそれを引き戻すより速く、シンは上級悪魔の身体に弾丸を撃ち込んだ。


 しかし、それは漆黒の筋肉に防がれる。

 下級悪魔に対しては効果的なダメージを与えられた狙撃銃の一撃も、上級悪魔の前には意味を成さなかった。


「うそっ!?」

「硬すぎるだろ……」


 流石の二人も呆れるほかなかった。

 フェリーの魔導刃を受け止め、シンの銃弾を弾く魔物。

 長く旅を続けているが、これほどの強度を持つ相手を経験するのは初めてだった。


 勿論、ピースもその状況を見て芳しくない事はすぐに解った。

 さっき倒した魔物とは力量(レベル)が違う。それが容易な形で把握できる。


「グオォォォォォ!」

 

 お返しと言わんばかりに上級悪魔が咆哮を上げると、それが衝撃波となって襲い掛かってくる。

 

「ッ……」


 それを直撃したフェリーの身体が吹っ飛ばされ、上級悪魔は大きな翼を広げた。

 そのまま空へと上昇すると、口を開けて魔力の塊を生み出し始める。

 たった今放たれた咆哮より危険だと判断するのは容易だった。


(まずい!)


 上から一方的に狙われてはひとたまりもないと、シンは魔力の籠った口へ目掛けて銃を放つ。

 しかし、強靭な腕によって防がれてしまいその目論見は阻止される。


 シンが舌打ちをする。

 これで駄目なら仕方がないと、一発の銃弾を取り出した。

 問題はそれを装填して放つまで相手がじっとしてくれているかだが――。


「でぇぇい!」


 その懸念を払拭したのはピースだった。

 

 秒刻みで大きくなる魔力の塊を見て、ピースは咄嗟に自分の魔導刃に纏わりついた風を天へと投げる。

 鎌鼬となった風が上級悪魔へ襲い掛かる……のだが。

 それは下級悪魔だと斬り刻む事の出来る威力だとしても、上級悪魔の体躯には威力が足りなかった。


 ――やられる。


 ピースが己の無力さと魔物の強さに屈しようとした瞬間。

 シンの狙撃銃から三度、銃弾が放たれる。


 早撃ちで放った銃弾は、口ではなく上級悪魔の身体へ向かっていく。

 既に大したダメージを受けない事を学習した上級悪魔は、それを防ごうともしなかった。


 その油断が好機を生む。

 銃弾は無警戒の上級悪魔へと触れると、着弾した先から身体を凍らせていく。


「ガッ……!?」


 想定外の事態に上級悪魔の意識が三人から逸れる。

 空白の一瞬を逃さず、シンは狙いを定めて狙撃銃の引鉄を引いた。


 銃弾が奴の口を貫くと、溜め込んでいた魔力がその場で爆発する。


「ガァアアァァァァ!」


 悲鳴を上げる上級悪魔の口から、黒い煙が立ち上っていた。


「え? え? なに今の??」


 何が起きたのかピースには理解ができない。

 今日は一体、後何回驚けばいいのだろうとさえ思う。

 

「フェリー、一旦引くぞ」

「わかった!」


 今の一撃でも威力が足りないと考えたシンは、一先ず態勢を整える事を選択する。

 呆気に取られるピースの腕を引きながら、シンとフェリーは森の中へと姿を消した。

 

 ……*


「さっきのは一体……?」


 森の中で身を隠しながら、ピースは放たれた銃弾の事を尋ねた。


「あぁ。これか」


 シンが取り出したのは、弾頭の青い弾丸だった。

 よく見ると雷管の部分に細かい文字が刻み込まれている。


「これはね、魔導弾(マナ・バレット)って言うのよ」


 フェリーがしたり顔で割って入る。


 魔導弾(マナ・バレット)

 魔導刃と同じように魔導石を使用した弾丸だが、魔導石の用途が違っている。


 魔導石に魔力を注ぐことにより、起動。本人の資質により刃を形成させる魔導刃と違い、魔導弾に使用者の魔力は必要としない。

 発射の際、雷管に刻まれた術式が作動して先端に埋め込まれた魔導石の属性に応じた魔術を発射する事ができる。

 

 シンは状況に応じて使い分けるために弾頭の色が違う魔導弾を数種類、所持している。

 先刻使用したのは氷属性の魔術が込められた凍結弾(フロスト・バレット)だった。


 疑似的に魔術を使用するといった視点(コンセプト)で造られた、マギアの発明品だった。

 魔導刃と同じ製作者が造った事もあり、威力も申し分ない――のだが。

 

 一発撃つ事に高価な魔導石を消費してしまい、非常に燃費が悪い。

 そのせいでマギア内でも一般に流通はしておらず、使用者はシンただ一人であった。


 シン自身、その貴重さからあまり使用したくはなかったが背に腹は代えられない。

 余談だが、魔導弾を一通り試してもフェリーはこの通りピンピンしている。


 もうひとつ言えば、高い威力を持つがそれはあくまで即席で撃てる魔術としては。だった。

 一流の魔術師が使用する魔術と比べると、どうしても見劣りする。

 この点は魔力を注ぎ込めば注ぎ込むだけ威力を増す魔導刃と明確に違うポイントでもあった。


「――というわけなの!」

「おー!」

 

 口を開けて感心するピースから拍手が沸く。

 まだ切り札があったのかと希望が持ててきた。


「ところで、ピースくん」

「はい?」

「それはあたしの魔導刃じゃないのかね?」

「あっ……」


 握ったままの柄を指され、ピースはしまったという顔をする。

 咄嗟に使用してしまったとはいえ、これは自分のものではない。


「すいません! 勝手に使っちゃって……」

 

 緊急事態なので謝れば許してもらえないだろうか。

 頭を下げてしまったので、フェリーがどんな顔をしているか判らない。


「や、それはいいんだけどね」


 いいのか。

 ピースは焦って損をした気分になる。


「んん? もしかして、あたしが怒ってると思ったの?」

「それは、勝手に人の物を使ったわけですし……」


 しかも、女性の荷物を勝手に漁ってだ。

 場所が場所で、物が物なら一発でアウトだった。


「別に怒ってないし、むしろ助かったよ。ありがと」

「そんな、それはこっちの台詞で……」


 ピースはこの世界で最初に出会ったのがこの二人で良かったと、本当に思った。

 シンもフェリーも自分が足枷になっているはずなのに、見捨てようとしない。

 

 下級悪魔の退治もそうだし、何なら今この瞬間だって二人はマナ・ライドに乗って逃げる事も出来たはずだ。

 今こうやって一緒に居てくれる事が、ピースにとって何よりもありがたかった。


「それにしても、あたし以外にも刃を出せる人がいると思わなくてびっくりしたよ。

 刃の色も違ったしさ! なんか新鮮!」


 そう言うとフェリーは魔導刃を起動させたので、釣られてピースも刃を形成した。

 茜色と若草色の刃が並ぶ。よく見ると形も少し違っていた。

 フェリーの魔導刃は両刃だが、ピースの魔導刃は片刃で形成されていた。


 ピースが使用している魔導刃を使用した際にフェリーの刃は今と同じものが形成されていたので、魔力の()によるものだろうとシンは推測した。

 

「でもこれ、出してると結構疲れません?」

「そぉ? あんまわかんないかなぁ」


 ピースの感覚が理解できず、フェリーが首を傾げる。

 どうやら魔力の総量はフェリーの方が多いようだった。


「ピース、魔導刃が使えるなら協力をしてもらいたいんだが。協力を頼んでも大丈夫か?」

「えっ。あ、はい。それは勿論」


 勝手に魔導刃を使用した事が咎められなくてホッとしたまま、ピースは頷いた。

 自分が何か役立てるのであれば、それは願ったり叶ったりだった。

 助けてもらってばかりの自分でも、頼られるというのはありがたい。


「でも、アイツめちゃくちゃ頑丈だけどどうするの?

 あたしの魔導刃で斬れないのちょっとショックだったんだけど」


 フェリーの言う通り、こちらの武器で傷をつける事は殆どできなかった。

 ふたつの魔導刃でも、シンの銃弾でも。

 不意を突いて奴自身の魔力を暴発させる事に成功したのは良いが、そう何度も上手くはいかないだろう。


「いや、全部が全部頑丈というわけではないだろう。

 まず、最初に口を狙った時は腕で防御をした」

「たしかに」

「次に翼だ」

「つばさ?」


 フェリーとピースは首を傾げる。


「ピースの魔導刃をぶつけた時、身体にはダメージがなかった。

 だが、翼はいくつかの傷が出来ていた」

「え? ホント?」


 フェリーはそこまで確認をしていなかった。

 直後に凍結弾を撃ったシンだからこそ、ちゃんと見ていたのかもしれない。


「確かに奴は頑丈だが切り崩す方法がないわけじゃない。

 今はまだ俺たちを標的にしているから良いが、これが街や道を通る人間へ移るとまずい」


 だから森に入ったのか。とピースは納得した。

 ここからなら空を飛んでいても見つかりにくいし、道からも遠ざけられる。

 ちゃんと考えた上で、シンは一時退却を選んでいたのだ。


「でも、あたしたち隠れちゃったら探すの諦めたりしちゃわない?」

「解ってる。奴とかくれんぼするつもりはない。

 今から俺の考えを話す。何か意見があったら言ってくれ」


 ……*


「ホントにそんなのでいいの? もっと罠とか仕掛けたりは?」


 シンの作成を聞いたフェリーが質問を投げかける。

 

「そんな時間はないし、即興の罠で止まる相手でもないだろう」


 シンが「そもそも相手は空を飛べるんだ」と続けると、「それは……確かに」とフェリーが納得した。

  

「おれもちゃんと当てられるかどうか……」


 今度はピースが不安を見せる。

 

「失敗は気にしなくていい。俺もフォローする」

「あたしのフォローは?」

「出来る限りの事はするが、フェリーの魔導刃が一番確実に仕留められると思う。頼んだぞ」

「おっけ!」


 指で輪っかを作り、了承の合図を送る。

 シンに「やらない」と断られたわけではないからか、フェリーの機嫌はすこぶる良かった。


あの魔物(グレーター・デーモン)は危険だ。ここで確実に仕留めるぞ」


 そう言うとシンは再び凍結弾を装填し、二人が頷く。

 短かったインターバルが、終わりを告げる。

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