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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第十二章 再会と新たな力
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157.武器を求めて

 王宮の中庭に集結するのは、人間とは異なる種族達。

 その巨体故に、王宮で寛ぐわけにはいかない紅龍王(フィアンマ)魔獣族の王(レイバーン)。そして、小柄ながら二人に付き添う妖精族の女王(リタ)


「リタ。気分はどうだ?」

「まだちょっとフラフラするけど、大丈夫だよ。

 レイバーンの尻尾、気持ちいいし」


 横になるレイバーン。その尾を枕にして、リタも太陽を眺めていた。

 透き通るような快晴で、その心地よさから思わずまどろんでしまいそうになる。


 三日月島だけでなく、道中でも傷付いた者の治療は続けられていた。

 種族が違う故か、リタは最も他人の魔力を活性化させやすかった為、ずっと治癒魔術を唱え続けていた。

 その結果が、現在の疲労感へと繋がる。


「しかし、お前は凄いな。一通りの治療をほぼ一人で済ませてしまうなんて」

「そうは行っても、フィアンマさんの翼は治せなかったけどね。

 あと、シンくんもあんまり意味が無かったからイリシャちゃん頼りだったし」


 いくら治癒魔術が優秀だと言っても、欠損した部位まで再生する事は無い。

 レイバーンの隣で横たわるフィアンマに、リタは申し訳なさそうに答えた。


「仕方ないさ。邪神の分体だかなんだか知らないが、人智を越えた力だった。

 あんな屈辱は、初めての感覚だった」


 フィアンマは自分の翼が、ビルフレストの吸収(アブソーブ)によって喰われた時の事を思い返す。

 抉り取られる様な、奪い取られる様な、奇妙な感覚。痛みと共に、奇妙な喪失感を残していった。


アイツ(ビルフレスト)。次に遇った時は覚えていろよ……」


 屈辱を噛みしめながら、フィアンマは雪辱を誓う。

 同胞を駒として扱われ、自らは空の世界を奪われた。

 誉れ高き龍族(ドラゴン)の一族としては、許しがたい出来事だった。


「次、か」

「次。だねえ……」


 ぽつりと、レイバーンが呟く。

 リタと共に顔を見合わせては、ため息をついた。


「次と言ったが、フィアンマはこれからどうするのだ?」

「ボクは、ミスリア(ここ)に残らせてもらう。空も飛べない龍族(ドラゴン)が、そこら中を歩くわけにも行かないだろう。

 元々、同盟も組んでいるし、他の紅龍(なかま)が得た情報を元にやつらと戦うつもりだ」

「そうか。フィアンマはミスリアと同盟を組んでいるのであったな」

「お前たちこそ、これからどうするつもりなんだ?」


 訊き返すフィアンマに、レイバーンとリタは揃って困った顔を見せる。

 まだ答えが出ていないという事だけは、はっきりと伝わった。


「とりあえずは、妖精族(エルフ)の里に戻るとして……」


 これからどうするにしても、妖精族(エルフ)の里へは戻る必要がある。

 見て来たもの、感じたものを同胞へと伝えなくてはならない。

 それに、元々は少しお出かけ程度の気分で里を離れたのだ。


 まさか他国のいざこざや、邪神の顕現。更には不老不死の魔女が暴れ回る様に遭遇するとは夢にも思っていなかった。

 ボロボロになるまで戦闘を行った事を、どう伝えるべきなのかとリタは頭を悩ませる。


「ストル。怒りそうだなあ……」


 リタの脳裏に浮かぶのは、怒りっぽくも面倒見のいい族長の姿。

 顔を真っ赤にして、目を吊り上げて、それでいて心配しているのがはっきりと伝わりながら自分に口を酸っぱくする姿が鮮明に想像できる。

 心配を掛けて申し訳ない気持ちと、帰りたくない気持ちが彼女の中に混在していた。


「うーむ。余もルナールにどう説明するべきなのか……」


 同様にレイバーンも、忠実なる腹心の姿を想像した。

 ルナールは決して自分に強く当たる事は無い。ただ、あまりの衝撃に彼女自身が倒れてしまわないかと心配になる。


「またシンが、ルナールに詰め寄られたりしないだろうか……」

 

 レイバーンは、またもやシンがとばっちりを受けるのではないかと懸念する。

 シンはシンなりに精一杯行動しているし、そもそも彼が発端で起きた騒動でもないのだが。


「それを言うなら、ストルもだよ。シンくんに私のこと、お願いしてたからなあ」


 同様の懸念を、リタも考えてはいた。

 ストルもルナールも、本心からシンが悪いとは考えないだろう。

 けれども、どうしても矛先を向けてしまう可能性がある。

 

 彼はどうにも自分が受け皿になればいいと思っている節がある。

 フェリーの事もそうだが、なんでも自分で抱え込む。

 今回もまた「すまない」と謝るシンの姿がありありと目に浮かんだところで、レイバーンは気付いた。


「そもそも、シンとフェリーはアルフヘイムの森へ帰るのか?」

「あっ。そういえば……」


 ギランドレとの一件から滞在していた為、すっかりと受け入れてしまっていた。

 イリシャこそ居住特区で子供の世話をすると申し出てくれたが、シンとフェリーは元々旅人だ。

 再び人間の世界で旅を再開しても不思議ではない。何より、シンは宣言してしまった。世界を救うと。

 彼自身が重さで潰れそうにも関わらず、また背負ってしまっているのだ。


「二人とも、ここでお別れなのかな?」


 自分だけではない。レイバーンもきっと気付いている。

 きっとシンはどれだけ重いものを背負っても、自分達に協力を仰がないだろうという事は。


「リタは、どう思うのだ? このまま、シンやフェリーと別れる可能性があることをどう見ている?」

「それは勿論、嫌だよ」


 彼らには恩がある。レイバーンの命を、そして同胞を救ってくれた恩を。

 それに、種族の壁なんてどうでもいいぐらい好きになってしまった。


 フェリーを殺す為に旅をしていると言うシンには、正直言って同意しかねた。

 けれど、それすらも今は解消している。出来る事なら、彼らの進む道を応援したい。

 一方で、リタにもレイバーンにも護るべきものがある。


 自らの同胞もまた、大切な存在なのだ。

 フローラが王宮へ戻り、母と再会しているからこそ感じる。

 自分達にも戻るべき場所がある。その意味と、尊さを。


「うむ。余も二人とこのまま離れるのは忍びない。

 だからだな――」

 

 力になりたいが、なれない。

 ジレンマを抱えるリタに向かって、レイバーンはそっと耳打ちをした。


 くすぐったさを感じながら、彼の提案に耳を傾ける。

 初めは頷いていたリタだが、次第にその眼は驚きで見開いていく。

 

「それは、その……。勝手に決めて、ストルとか怒らないかな」

「余も流石にルナールに叱られるかもしれん!」


 豪快に笑うレイバーンに、リタも釣られてしまう。

 だけど、不思議と一番の方法だと思う事が出来た。

 

「でも、そうだね。妖精族(エルフ)や魔獣族にも関わる事かもしれないもんね」

「そうだろう。きっと皆も分かってくれるはずだ!」


 彼女達は知ってしまった。世界の脅威と成り得る存在を。

 やがて人間の世界以外も、呑み込んでしまいかねない悪意。


 大切なものを守る為に、二人は決心した。


 ……*


 ミスリアの王都。その武器市場で、シンとフェリーは自分達が扱う武器を探していた。

 その中で雑踏に混ざって流れていく噂話をいくつも耳にした。

 

「この間、三日月島の魔物がついに島の外に出たらしいぜ」

「おれは魔術の実験で暴走した結果、爆発したって聞いたぜ?」

「それより、龍族(ドラゴン)に王宮が壊されたでしょう? また、魔族が襲ってくるのかしら……」

龍騎士(ドラゴンライダー)の国が、ミスリアを乗っ取ろうって噂だ」

「戦争が始まるのかしら?」

「何にせよ、自分の身は自分で護れるようにしねえとな」


 どれも正しく情報が伝達されていないので、誰かが想像を膨らませた結果なのだろうと予測は出来る。

 それでも、やはり王宮に龍族(ドラゴン)が現れたという事件は衝撃が強かったようだ。

 国民の胸中に不安の種を植え付け、武器や防具。そして傷薬が根こそぎ買い占められていた。

 今残っているのは、二流品ばかり。それも、適正価格よりかなり上に設定されている。


 冒険者ギルドにも顔を出してみたが、同様だった。

 貴族達が出す護衛の依頼に、冒険者が殺到している。

 一方で、不安から発生する強盗も多発しているらしく、盗人の賞金首が大量に張り出されていた。

 

 治安は間違いなく悪化を初めており、なんらかの対処が求められる状況に陥っている。

 問題は、ミスリア王族が声明を出すにしても最も効果的な人物(ネストル)が既に亡くなっている事。


「なんか、大変なコトになっちゃってるね」

「……そうだな」


 第一王子(アルマ)派が王宮を直接狙ったのは、玉座の奪取が成功した時に綺麗な状態のミスリアを手に入れたいからだと思っていた。

 実際、その意図はあったのだろうと思う。しかし、人目に付く事を厭わずに龍族(ドラゴン)を降臨させたのはミスリアの抵抗への対抗策だった。

 不安を煽り、内部から疲弊させていく。どう転んでも、ミスリアの消耗は避けられない。

 ただ、仔細が間違っているとはいえ噂の伝播が速すぎる。第一王子(アルマ)派の者が、作戦を切り替えたのは明らかだった。


 そして何より厄介なのは、武器の調達が出来ない事。

 魔導弾(マナ・バレット)を使い果たしたシンに、魔女となった際に魔導刃(マナ・エッジ)を壊してしまったフェリー。

 更に、アメリアが贈ってくれたミスリルの剣はイルシオンとの決闘で折れてしまった。


 残った武器は、シンの持つ銃のみ。それも、通常の弾丸だけだった。

 最高級とまでは行かなくても間に合わせの武器は必要だと武器市場を訪れたのだが、空振りに終わりそうな事は想定していなかった。


「シン。武器ないの、まずい……よね?」

「そうだな……」


 まだ辛うじて銃が残っているシンは兎も角、フェリーにとっては重要な問題だった。

 彼女は剣術を学んだ訳ではない。戦闘の大半を膨大な魔術によって形成される魔導刃(マナ・エッジ)で補っていた。

 二流品を持たせたところで、今までと同様に戦えるとは思えない。

 せめて、多少魔力を通す事の出来る武器があればと期待していたのだが。


「あたし、別に素手でも戦えるよ?」

「ダメだ」


 有り余る魔力を見に宿すフェリーは、魔術を使えなくとも魔力を拳に宿らせるだけで相当の威力を叩きだす事は出来る。

 事実、妖精族(エルフ)の里でレチェリの生み出した魔造巨兵(ゴーレム)の腕を破壊できるぐらいには。

 

 ただ、シンはその状況を快く思っていない。

 いくら不老不死の身で再生をするといっても、自身の魔力に耐え切れず彼女の身体が傷付く事には変わりがない。

 フェリーに傷ついて欲しくないというシンの意思が、彼の首を縦には振らせない。


 ここにきてまさか、ピースに渡した魔導刃(マナ・エッジ)の予備が必要になってくるとは思わなかった。

 魔導弾(マナ・バレット)の件もある。この情勢で船が出るかは不安だが、マギアに戻るべきだろうかと真剣に検討をする。


(いや、マギアに戻るとしてもまずはリタとレイバーンを無事に帰す必要が――)


 その二人がミスリア(ここ)で別れる可能性を懸念している事を知らず、リタとレイバーンを妖精族(エルフ)の里へ送り届けなくてはならないとシンは考える。

 背中に抱えたものが、重く圧し掛かる。何も持たないが故に、シンは自分の限界(キャパシティ)を正確に把握しきれていなかった。

 

 シン・キーランドは他人に頼る事が下手である。

 戦闘時に連携するなど、咄嗟の判断を必要とするものはつつがなく行う事が出来る。

 問題は、自分自身がやらなくてはならないと思ったもの。それをどうしても、自分一人で解決しなくてはならないと考える節がある。


 それは単に責任感の強さから来るものではあるが、自分を縛り付けているに他ならない。

 唯一の例外として、気兼ねなく頼れる存在がベル・マレットであった。

 心身共に弱い頃の自分を知っている彼女の存在は、このしがらみをシンから無意識に取り除いでいた。


「シン……?」


 考え込むシンの顔を、フェリーが覗き込む。

 眉を下げ、心配しているのを感じ取ったシンが慌てて顔を上げた。


「悪い。ちょっと考えごとをしてた。……やっぱり、フェリーを素手で戦わせるわけにはいかない。

 とりあえずは武器を――」


 ないよりはマシだと、シンが二流品を見繕うとした時の事だった。

 店先に並べられた回復薬(ポーション)の瓶が、棚から零れて割れていく。

 音のする方を見ると、屈強な男が取っ組み合いをしていた。


「なんだ!?」「ケンカだ、ケンカ!」


 何やら言い合いをしながら、二人の男が互いの胸倉を掴んでいる。

 残った手で一人が相手の顔を握りつぶす勢いで掴んだが、もう片方の男は相手の脛を蹴って抵抗する。

 段々と喧嘩は激しさを増し、止めようとする者。野次馬根性を見せる者と、周囲に人が集まる。


「なんか、タイヘンなコトになってるね」

「……そうだな」


「こンの……! テメェ、ゼッテェ許さねェからな!」

「ハン、それはこっちのセリフだ!」

 

 喧嘩は激しさを増していくが、二人の男を中心に円形の空間が出来上がるだけで人だかりは増える一方だった。

 フェリーが「止めた方がいいかな?」と話し掛ける中、シンは妙な動きをする人間に気が付いた。


 喧嘩をして注目を浴びている二人の男から、一人だけが逃げるように離れていく人間が居た。

 揉め事を快く思わない人間も居るだろう。それだけだったら、気にも留めなかったかもしれない。

 逃げている男が頻繁に喧嘩の人だかりを気にしているからこそ、シンは訝しんだ。


「フェリー、あっちを追うぞ。動きが怪しい」

「え? ……あのひと?」


 シンに誘導されるまま、フェリーもその視線を移動させる。

 確かに、一人だけが流れに逆らう形でこの場から離れている。


「けど、ケンカがイヤなだけじゃ」

「それなら、それでいい。ただ、事態が事態だけに万が一は避けたい」

「ん、わかった」


 シンの言う通りだと思い、フェリーは首を縦に振る。

 二人は逃げる人間に気取られぬよう、尾行を開始した。


 ……*


 王都の武器市場から離れ、居住区との境目。

 顔を隠すために被っていたローブを脱ぎ、女は深く息を吐いた。


「さてと、あとは魔石(これ)を元に――」


 彼女はローブの内側から、いくつもの魔石を取り出す。

 自身の魔力を増幅させ、ある魔術を発動させる為のものだった。

 それらを円形に並べ、最後のひとつを中心へ置こうとしたその時。


「――!?」

 

 銃弾がそれを撃ち抜き、手に持っていた魔石が砕かれる。

 パラパラと手から零れ落ちる破片。何が起きたか理解できず、その破片が崩れる様を見送っていた。

 

「何をするつもりだ?」


 声がしたのは、銃弾が飛んできた方向からだった。

 銃口を向け、鋭い視線を送る黒髪の男。そして、その隣には、肩で息をしながら金色の髪を靡かせる少女。


 女はその二人組を知っている。

 国外(マギア)の人間で在りながら、自分達の計画を阻害する存在として。


「シン・キーランド。それに、フェリー・ハートニア……」


 三日月島で常闇の迷宮(ブラック・ラビリンス)を構築していた術士の一人。

 黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)の一人。トリス・ステラリードは忌々しい名を、吐き捨てるように口にした。

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