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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第二章 世界が変わった日
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15.もうひとつの魔導刃

 ぽつんとマナ・ライドの側車に入り込んだピースは、その形状に惚れ惚れとしていた。

 どういう経緯でこれが造られたのだろうか、バイクとは何が違うのだろうか。

 無数についた傷は歴戦の戦いの証明にさえ見える。


「かっけぇ……」


 男心を擽るそれをもっと触りたかったが、うっかり動かしてしまったりしたら大変だ。

 運転方法もバイクとは違うかもしれないので、余計な事はしないに限る。

 

 そういった事情もあり、ピースの興味は次第に側車に積まれている荷物へと移る。

 まず、長物に包まれた布をめくってみると、出てきたのは狙撃銃だったので驚いた。

 銃弾、火薬、刃物等……。側車の中は狙撃銃に負けず劣らず危険な香りがするもので溢れかえっていた。


(これ、暴発とかしないよな?)


 思い返せばフェリーも『頑丈』とは言っていたが『安全』とは言っていなかった気がする。

 下手に色々弄らない方が良さそうだ。また銃口を突きつけられるのも嫌だし。


 そんな中である物がピースの興味を引く。


「これ……なんだろ?」


 手に取ったのは一本の棒。

 積まれた荷物の中では比較的安全そうな、それでいて不思議と惹きつけられる何かがあった。

 

 握りやすそうな太さと形をしていたので、思わず手にとってみる。

 直後、それを握った右手から何かが吸われる感覚がした。


「うわっ!?」


 気味が悪くて思わず手を離してしまう。

 まさか呪いの装備とかじゃないよなと、不安を抱く。

 この中に安全なモノなど無いのでは? と迂闊な自分を諌める。


 しかし、ピースの不安がこの世界に於いては些末な事であった事を、次の瞬間に理解させられる。


 道の脇辺りがなんだか騒がしい。

 もっと具体的に言うと、死体の山辺りが騒がしい。


 この世界にも魔獣とかいるのだろうか。いたとして、死肉を貪る習性でもあるのだろうか。

 あまり死体の方を見たくはないと思いつつも、もしそういった類の存在がいれば次は自分が危うい。

 側車の陰に隠れながら、ピースは恐る恐る死体を覗き見た。


 どうやら獣の類は居らず、あるのは布に被された死体だけ。

 ほっと胸を撫で下ろすのも束の間、ピースは奇妙な光景を目撃する事になる。


 被せられていた布のしたで、何かが動いている。

 小動物が紛れ込んだのかと錯覚したが、それにしては挙動がおかしい。

 やがて布は段々と上へ膨らんでいき、ひらひらと空を舞った。


 中から現れたのは異形の怪物だった。

 黒光りする体躯に、背中には蝙蝠のような翼。おまけに角まで生えている。

 ピースが持っているイメージを言語化するなら『悪魔』という言葉がぴったりだった。


 それも一体どころではない。五……いや、六体の悪魔が布の中から現れた。

 布が被せられていた死体は背中からぱっくりと裂けており、生々しい断面が晒されている。


 思わず催した吐き気で顔を背けた際に側車の荷物と接触し、音が鳴る。

 六体の悪魔が一斉に眼光を向ける。


 殺される。


 そう直感したと同時に、馬車の荷台が大きく裂けた。


「……ぷっはぁ!」


 中から出てきたのはフェリーとシン。そして、外に居る六体より一際禍々しい見た目をした悪魔の姿だった。

 フェリーは何故か頭から粉を被っていて、所々が真っ白に染まっている。


「フェリーさん!?」


 ……*


 エコスの裂けた背中から現れたのは、魔物だった。

 山羊のような頭と、筋肉質な強靭な肉体。畳まれてこそいるが、背中の翼も開けば十分な威圧感を与えてくるだろう。

 

 シンとフェリーも、実物は初めて見る。

 上級悪魔(グレーター・デーモン)だった。


 それがエコスの身体から出てきた。一体どういう仕掛けなのかは判らない。

 生命全てを吸いつくされたかのように干からびた彼の姿が、ピアリーでの出来事を思い起こさせた。


「……ねぇ、シンはどう思う?」


 返答が判っていながらも、訊かずにはいられない。

 

「十中八九、親子揃ってロクな事をしていないだろうな」

「だよね」


 どう考えてもピアリーとの関係を切り離す事は出来なかった。

 だが、見た事のない生物だった()()と違い、この魔物は存在だけなら知っている。

 物凄く強いぐらいの、簡単な記憶ぐらいしかフェリーの脳内には残っていないが。


 魔導刃を握り魔力を込めようとするフェリーより速く、上級悪魔が動いた。


 鋭い爪を滅茶苦茶に振り回す。

 二人はそれを躱すが、荷台に積まれた麻袋を切り裂いた。


「ぶっ!?」


 あまり積まれていない荷物のひとつであっただろう粉が、荷台の中に充満する。

 二人の視界に霧がかかり、上級悪魔の輪郭が捉えづらくなる。


「なに……すんのよ!?」

「おい! 待てフェリー!」


 怒りのあまり魔導刃を作動させようとしたフェリーを、シンが止める。


「なんでよ!?」

「こんな所でお前が刃を出してみろ。爆発するぞ!」

「え゛っ」


 シンの判断は正しかった、荷台に充満している粉は小麦粉だった。

 この状況で魔導刃を作動させたり、シンが発砲でもしようものなら粉塵爆発が起きかねない。


「じゃあ、どうするの!?」


 上級悪魔の攻撃を器用に魔導刃の柄で受け止めるフェリーだったが、爪が腕に食い込んで血が滴り落ちる。

 自分ひとりだとたとえ爆発しても問題はないが、シンがいる以上は爆発させるわけにはいかない。


「外に出るぞ」


 シンはナイフで荷台の布を裂くと、フェリーを連れて外へと飛び出る。

 

「えっ? ちょ、シン! また粉が!」


 その途中で再び舞い散る小麦粉を浴びたが、お構いなしにシンは外へと飛び出た。

 上級悪魔がそれを逃すはずもなく、揃って馬車の外へと出る。


 ……*

 

 フェリーは頭を振って粉を落とすと、悪魔を一睨みした。

 

「アッタマきた! アイツ、ゼッタイ許さない!!」


 完全に頭に血が上っている。

 

「落ち着け。外にも似たようなのがいる」


 対照的にシンが状況の把握を務めるが、それが芳しくない事に奥歯を噛みしめた。


 まさか外にも魔物がいるとは。護衛を務めていた男達の死体から現れたのだろうか。

 上級悪魔より体躯が一回り小さい事から、それが下級悪魔(レッサー・デーモン)だと認識した。


(数が多い、やれるか?)


 シンは落ち着いて、やるべき事を整理する。


 まずは馬車から荷台を切り離し、馬を逃がす。

 さっきから馬車の挙動がおかしかった。馬もパニックになっていたに違いない。

 解放された馬達は、この場から逃げるかのように全力で走り出した。


 ピースは……マナ・ライドの側車に入り込んでいる事を確認した。

 合わせて七体は多すぎる。シンはまず、数を減らす方向に舵を切った。


「フェリー! 援護を頼む!」


 まずは馬を追おうとする下級悪魔を、銃弾で牽制をする。

 肩と脚。それぞれ別の個体に当たったが大きなダメージには至っていない。

 

「あー、もう! この間といい、いったいなんなの!?」


 魔導刃を持った手をシンに見せると、彼が軽く頷いた。

 許可を得たフェリーが魔力の刃を形成する。


(なんだ、あれ……)


 それを見ていたピースの目が丸くなる。

 まるで元居た世界の漫画やアニメに出てくる武器のようだった。


「てえぇぇぇい!」


 フェリーが魔導刃を振り回し、悪魔の気を引く。

 受け止めた下級悪魔の腕が一瞬で焼き切れたのを見て、放置出来ない火力である事を示して見せた。


「それを取ってくれ」

「う、うん」

 

 その隙にマナ・ライドへ跨ったシンが狙撃銃を要求する。

 ピースは言われるがまま布に包まれた狙撃銃をシンへ渡すと、即座にフェリーの援護射撃を始めた。


 一匹、二匹と正確に下級悪魔の身体へ命中させていく。

 頭に当たった下級悪魔がそのまま地面へ落ちると、灰となって消えていった。


 射程距離の差で一方的に撃たれる様に業を煮やした下級悪魔が、散開しながらシンを狙う。


「させない!」


 それをさせまいとフェリーが魔導刃で迎撃を試みたが、地上付近の一匹を仕留めた所で上級悪魔に阻害される。


「ちょっと! ジャマだって!」


 フェリーの魔導刃を受け止め、上級悪魔の掌からは黒い煙が立ち上る。

 それでも完全に焼き斬るまでには至らず、力比べの格好となった。


 一方のシンは狙撃銃で散開する下級悪魔を撃っていく。

 警戒心が薄かった初弾とは違い、敵も急所へ命中する事を避けるよう飛び回っている。


 二体は落とす事が出来たが、残る二体が左右からシンとピースの乗るマナ・ライドへと襲い掛かる。


 片方を狙うと、もう片方が完全に視界から消える。

 シンは舌打ちをしながら、どっちから仕留めるべきかを考える。


 一方で頭を抱えて成り行きを見ているだけだったピースも、ピンチだという事は理解した。

 恐らく、シンは自分が居るからこそここから動けないでいるのだ。


 何か出来る事はないだろうか。

 そう考えていると、ある事を思い出す。


 さっき、棒状の何かを握った時に力を吸われた感覚。

 あの棒は、今フェリーが持っているものに酷似していた。


 ひょっとするとあれは武器の触媒か何かで、力を吸われたのは自分の中にあるモノをエネルギーにしているのではないだろうか。

 確かに考えれ見れば、この棒が柄に見えなくもない。


 都合のいい話だが、その可能性に賭ける価値はある。

 そう思いピースはさっき握った棒を再び掴む。


「っ……」


 掴んだ途端に力が吸われる感覚が蘇る。

 負けまいと、力の限り柄を握り返す。どう使えばいいかも分からない。ただ、自分に出来る事をしようと思った。


「くそっ」


 一方のシンはどちらに照準を定めるか決断の時が刻一刻と迫られていた。

 このまま両方自由にさせていては挟撃される。

 フェリーは上級悪魔と取っ組み合いをしている。

 しかし、彼女からの援護の可能性を考えると取り逃しが許されない左側を狙うべきだと判断した。

 

 反対側の下級悪魔が一時的に視線から消える事は懸念点だが、やるしかない。

 シンは冷静にかつ迅速に、左側の下級悪魔を狙撃した。


 下級悪魔は身体を捻り、致命傷を避ける。その動作で止まった一瞬を、シンは逃さなかった。

 すかさず二発目の弾丸を下級悪魔の額へと撃ち込む。

 眼の光を失った下級悪魔は、灰となって散っていった。


 残すは右側で飛んでいる下級悪魔を狙うべく振り向いた。

 しかし、片方を仕留めるのに二発を要した事もあって下級悪魔にかなりの接近を許していた。


(まずい!)


 間に合わない。

 シンが覚悟を決めた時だった。


 切り裂くような鋭い風が彼の頬を掠めると、うっすらと触れた部分から血が流れる。

 

(なんだ……?)

 

 風はそのまま下級悪魔へぶつけられ、無数の傷を作りながら身体を押し戻す。

 その好機をシンが逃すはずもなく、生み出された間合いが再びなくなるより先に下級悪魔の額を撃ち抜いた。


「今のは……」


 最後の下級悪魔が灰になったのを確認した後に、風の出所を確かめるために振り向く。

 結果的に助けられはしたが、新たな敵が出現した可能性を拭い切れなかった。


「え、えっと。おれ……」


 そこには、魔導刃を握っているピースの姿があった。

 フェリーとは違う、極限まで薄まった若草色をした刃だった。

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