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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第十一章 選んだもの、誓ったもの
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147.求められる対価

 法導歴0485年。

 シンが存在する時代から32年前の時間(せかい)に現れてから、既に五日が経過していた。


 古代魔導具(アーティファクト)の短剣は、日に日にその刀身を短くしている。

 それでも淡く輝き続ける姿は、まるで蝋燭の灯を彷彿とさせた。

 本当の事は判らなくても、推測ぐらいは出来る。時間を越えた旅には、制限があるのではないかと。

 その事はまだ、イリシャとアンダルには伝えられていない。伝えるべきなのかも、迷っている。


 時間制限があろうが無かろうが、シンが普段から考える事はなんら変わりない。

 フェリーは、表情をコロコロ変えるあの娘は、よく泣く大切な女性(ひと)は、一体どうなっているのだろうかと。

 彼女を『救う』為の旅は、気が付けば手の届かない場所に迷い込んでいた。

 もどかしさと、逢いたいという欲求が日々募っていく。


 なんだかんだ言って、イリシャもアンダルもシンを受け入れてくれてはいる。

 ただ、この時間(せかい)で出逢ったイリシャやアンダルは、彼の知っている頃とは少しばかり違っていた。

 

 イリシャは結婚指輪を眺めては、ため息をつく事がある。

 尋ねてもはぐらかされるが、「シンと会えたのは、わたしにとっては幸運かもね」とはにかんでいた。

 

 それと、興味があるのか彼女は未来の話をよく訊いてくる。

 何度説明してもドナ山脈に一人で住んでいた件については、己の行動力に引いていた。

 冗談っぽく「人間の国は何周も回ったから、飽きちゃったのかしら」と言っている。


 反対にアンダルは、徹底して未来の話を訊こうとはしない。

 イリシャが尋ねた瞬間に席を外す。勝手に運命を決められているようであまりいい気がしないらしい。


 シンにもその気持ちは解る。

 きっと子供の自分が、未来から来た誰かに「故郷が滅ぶ」と言われても一切信じないだろう。

 それでも頭に入ってしまえば、思考の迷宮に囚われる。ならば、初めから耳にしなければいいという話だ。


 彼の事を考えると、亡くなっている事とカランコエに住んでいた事を教えてしまったのは最大の失敗だと思った。

 意固地になって住まなくなったらどうしようとシンは考えてしまう。


 そんな背景もあってか、仕事の時間以外に三人揃って行動する事は少なかった。

 知りたいイリシャと、知りたくないアンダル。そして、知っているシン。

 奇妙な縁に引き寄せられた三人は、資金も溜まったのでゼラニウムを発つ事に決めた。


 ……*

 

「カランコエに行きましょう」


 朝食を食べながら、イリシャはそう言った。

 シンの隣でアンダルが、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「なんでだよ。儂に終の棲家探しをしろってか? 嫌だぞ儂は」


 頬杖をつきながら、アンダルはそっぽを向く。

 面と向かってイリシャに言えないのは、彼女の美しさで頼まれてしまえばつい頷いてしまいそうからだった。

 実際、シンは何度か目撃している。イリシャの「お願い」に負けているアンダルの姿を。

 尊敬していただけに、色香に惑わされる彼の姿はあまり見たく無かったのだが。


(まぁ、確かに美人だよな)


 雪の色のように美しい銀色の髪は、すれ違う者の目を引く。

 それでいてその髪に負けないほどに整った顔立ち、そしてどこか感じる親しみやすさ。

 面倒見もよく、母性もある。相当言い寄られたんだろうなと、フォークを加えながらぼんやりとイリシャを眺めていた。


「誰もそんなこと言ってないじゃない。この街の人に教えてもらってね、行きたいお店があるのよ。

 そんなに嫌だったら、寂しいけれどアンダルとはここでお別れしましょう」

「待て待て。どうしてそうなるんだ」

「元々、この周辺に居る間は一緒に旅の資金を稼ごうって話だったじゃない。

 同行できないなら仕方がないわ」


 アンダルはつまらなさそうに頬杖をついた左手、その人差し指で自分の頬を何度も叩く。

 カランコエに行きたくは無いが、まだ一緒に居たいという二者択一の狭間で悩んでいる。


(これ、じいちゃんが折れるパターンだよなあ)


 もぐもぐと朝食を食べながら、シンはアンダルの様子を見る。

 頬杖から、天井を仰ぎ、そして俯く。葛藤の末に、彼は首を縦に振った。

 

「……分かった。儂もついていく」

「はいはい。それじゃあ、朝ごはん食べたらでましょう」


 シンの予想通り、アンダルが折れる結果となる。

 熟考に入った時点で結果が見えていたのか、イリシャも彼の決断を簡単に受け流す。

 

「だが小僧、勘違いするなよ! 儂は絶対に住まんからな!

 イリシャの買い物に付き合うだけだ!」

「わ、分かったよ……」


 頑なに知ってしまった未来を拒絶するのは、アンダルの最後の抵抗だった。


 ……*


 カランコエの村は、ゼラニウムからそう遠くない位置にある。

 自分が住んでいた当時より道の開拓は進んでいないが、それでも旅をする者が苦にするほどではない。

 談笑をしながら歩いていれば、疲れを感じる事なく到着するほどに。


「もう着いちゃったわね」


 イリシャは額に滲んだ汗を拭う。

 シンは目の前の光景が懐かしく、まじまじと村の様子を眺める。

 自分が生まれる前だというのに、記憶の中にある故郷と変わりがない。

 何も知らずに、お気楽に毎日を過ごしていた。そんな情景が、脳裏に蘇る。

 

 カランコエで働く者は森に生息する鹿や野兎を捕らえたり、特産品である染物を作っている者が多い。

 そんな中、この村へ訪れる事が来たイリシャはある店の前で立ち止まる。

 

「ここのお店がね、いい仕事をするって教えてもらったのよ」


 そう言って彼女が立ち止まったのは、仕立て屋だった。

 看板には『エルフィア』と書かれている。この名を、シンは知っている。

 故郷だからという理由ではない。もっと深いところで、馴染みがある名前だった。


「いらっしゃいませ! 初めて来られた方ですね。

 もしかして、冒険者の方ですか?」


 青みの掛かった、艶のある黒髪。濡れ烏とでもいうべきだろうか。

 銀世界のようなイリシャとは対照的な色だが、負けじと美しい髪をおさげとして両肩に垂らしている。

 穏和な性格を思わせる優しい目元から、弾けるばかりの笑顔が飛び出している。

 

 この笑顔を、目の前に居る女性が誰なのかを見間違うはずがない。

 いくら少女の姿と言えど、特徴がそう変わっているはずはないのだから。


 仕立て屋の看板娘。カンナ・エルフィア。

 後にケント・キーランドと結婚して二児の母となる女性。

 シンの母親だった。


 ……*


「本当にゼラニウムで聞いた通りのお店ね。どれも素敵な服だわ」

「そう言ってもらえると嬉しいです。実は私も少しだけ手伝わせてもらって――」


 イリシャには、この店が母親の実家だという事は知らせていない。

 彼女は純粋に噂を聞いて興味が沸いたようだったし、水を差すような事でもないからと判断をした。

 

 ただ、落ち着かない。自分より若い母親の姿を見る事に、そわそわしてしまう。

 若者向けの店だという事もあって、アンダルは早々に村の散策へと出ていった。

 ぽつんと取り残されたシンをよそに、シンとカンナは楽しそうに話している。


 母は少女の姿で、自分は大人になってしまった。

 それでも良いと思えた。一方的とはいえ、10年ぶりの再会だ。

 シンはカンナの姿を、少しでも多く眼に焼き付けておきたかった。


「お兄さんも大丈夫ですよ。うちは男物もちゃんと扱ってますので」

「あ、いや。俺は……」


 じっと眺めているシンを退屈そうにしていると捉えたのか、カンナの笑顔。その矛先がシンへと移る。

 彼女が勧めてくる物が、幼い頃の記憶を蘇らせてまともに目を合わせる事が出来ない。


「大丈夫です。照れなくても、お兄さんだったら絶対似合いますから!」

「ええと、そうじゃなくて……」


 たじろぐシン。営業を掛けるカンナ。

 二人の攻防は、扉に取り付けられた鈴の音によって中断される。


「カンナ、見たか!? 外で冒険者の人が魔術で――」


 興奮のあまり、鼻息を荒くしながら入ってきたのはカンナよりも濃い黒髪を持つ少年。

 彼は開きっぱなしの扉。その向こうに見える景色へ向かっていっぱいに腕を伸ばす。


 この人物も、シンは見間違うはずがない。

 ケント・キーランド。自分の父親なのだから。


「もう、ケントくん。扉が壊れちゃうっていつも言ってるでしょ」

「あはは。悪い悪い。……ん?」


 あっけらかんと笑いながらも、ケントは自分とカンナの間で座っている人物に視線を向ける。

 咄嗟に顔を背けた男。村人なら、後ろ姿でも誰なのか絶対に判る。よって、この男は村人ではない。

 だからといって、何もおかしい話ではない。『エルフィア』はこの周辺ではいい仕事をすると評判もいい。

 外部の人間が立ち寄る事だって、珍しくない。


 だが、ケントは腑に落ちなかった。わざわざ自分から顔を隠す理由など、あるはずがないのに。

 色々な服や小物を開けながら営業をしていたカンナも、よく解らないと小首を傾げる。

 しばし考えた後、ケントはひとつの答えにたどり着いた。


「おい、アンタ。まさかカッ、カンナを口説いてるんじゃないだろうな!?」


 気持ちをまだ伝えてはいないものの、ケントはずっとカンナに恋慕を抱いていた。

 毎日様子を見て、彼女はどんな服を作るのか。どんな格好が好きなのか。

 時には自分に服を仕立てて欲しいなど、気を引こうと日夜努力を続けていた。


 そんな大切な女性(ひと)がこんなポッと出の男に持っていかれるかもしれないとなると心中穏やかではない。

 声が裏返りながらも、ケントはシンの肩を掴む。


「違う! 俺はそういうわけじゃ」

「そうだよ、ケントくん。どっちかというと、私が口説いてるんだから」

「な、ななな。カンナは、こんな男がタイプなのか!?」


 営業を掛けているという意味合いの言葉だったのだが、今のケントを狼狽えさせるには十分だった。

 発汗し、しどろもどろになるケントを見て、カンナはくすくすと笑う。


「男前だと思うよ。体格もがっしりしてるし、色々着てもらいたくなっちゃう」

「待て、待て待て! 俺も、俺も鍛えるから!」


 身振り手振りで、カンナの気を引こうとするケント。

 その傍で、シンは顔から火が出そうだった。実の母親に男前と称され、それに狼狽える父親の姿。

 若い頃の両親を垣間見えたのは嬉しかったが、恥ずかしさがそれを遥かに上回る。


(あー、なるほど)


 一連のやり取りを俯瞰していたイリシャが、三人の顔を見比べて気付いた。

 顔立ちも、髪の色も。どことなく、面影を感じさせる。

 

 ケントとカンナは気付いていない。むしろ、夢にも思っていないだろう。

 二人の間に居る男が、未来に生まれる息子だという事に。

 シンもまた、言えないだろう。「息子です」なんて、軽はずみな言動は。

 

「俺はその、何も買う予定はなくって。こっちの女性(ひと)だけ、お願いします」

「あら、残念です」


 動悸する胸を抑えながら、シンは席を立つ。

 残念そうにしていたのはカンナと、このやり取りが見られなくなるイリシャ。

 安堵していたのは、ずっとシンを敵視していたケントだったのだが。


「あと、その。俺はお世辞を言ってもらってただけですよ。

 お兄さんの方が、きっと似合うと思います」

「そ、そうか。アンタ、いい奴だな」


 シンの一言で、ケントはコロっと機嫌を直す。

 イリシャは笑いを堪えるので必死だった。


 ……*


 結局、イリシャは既製品のサイズを何着か直してもらう事にしたらしい。

 数日は掛かるという事で、その間はカランコエに滞在する事となる。


 アンダルはというと、猟師が狩って来た兎や鹿をその場で捌いて炎の魔術で焼いて肉を振舞っていたらしい。

 マギアではあまりいない、力量の高い魔術師が見せるパフォーマンスに村中が湧いていたそうだ。

 美味い肉と酒にありつけた事もあって、アンダルも上機嫌だった。

 イリシャが「絶対に行かない。儂は絶対に住まないぞって言ってたのにね」と苦笑をしていた。


 イリシャはカンナと気が合ったらしく、服が完成するまで『エルフィア』に泊まる事となった。

 去り際に「お母さん、ちょっと借りるわね」と言っていたので、どうやら全てバレているらしい。

 流石に息子だと吹き込む事はないだろうが、少しだけドキリとさせられた。

 

 宿に戻ったところで、なにもする事がない。酒が入り、アンダルは既に熟睡してしまっている。

 久しぶりの故郷での夜をただ寝てしまうのは勿体ないと思い、シンは外で一人星空を眺めていた。

 煌めく星はとても美しくて、それでいて儚さを感じさせる。


 カランコエに行くと決まった時から、少しだけ期待はしていた。

 若い頃の両親を、生きている両親を、一目見る事ぐらいは出来るのではないかと。

 まさかガッツリ会話までしてしまうとは、思ってもみなかったが。


 この頃から(ケント)(カンナ)を好きだったし、きっと(カンナ)(ケント)を好きだったのだろう。

 昼間の会話も、互いが好意を持っているからこそのものだと思う。

 

 両親は自分や(リン)にも沢山の愛情を注いでくれた。

 アンダルの死後、フェリーだって実の子供のように接していた。


 ずっと、家族みんなで笑顔の日々が続くはずだった。続いて欲しかった。

 今日の両親を見て、ずっと心の奥底で蓋をしていたものがあふれ出す。


「なんで、死んじゃったんだよ……」


 小さく、絞り出した言葉は本心からのものだった。

 どうにか、生きて欲しい。幸せな日々を続けて欲しい。


 諦めたはずの願いが、彼に気付かせてしまった。

 未来を変える可能性が、今の自分には備わっている事に。


 同時に、シンがその事実を見落とすはずがない。

 幸せな家族の未来。天秤の向こう側に掛けられているのは、最も大切な女性(フェリー)

 胃がキリキリと痛む。どうして気付いてしまったのかと、シンは己を責める事しか出来なかった。

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