14.救いと転生
「まっことに……申し訳ありません!」
地面に頭が減り込む勢いで少年は土下座をした。
「いいっていいって! あたしのために怒ってくれてたわけなんだし」
あっけらかんとするフェリーと同じく、シンも殴られた事を気気に留めてはいない様子だった。
一言「気にしなくていい」と言うと、転がっている死体を元・風祭から見えない場所へと移動させていく。
正直に言うと死体がそのまま見える位置にあるのは抵抗が強かったので、元・風祭としては非常にありがたかった。
同時にここまで気を遣ってくれる人間を思い切り殴った事に罪悪感を覚えたりもしたが。
「シンがびっくりしてるトコみるの珍しいから、あたし的にはアリだったけどね」
「は、ははは……」
元・風祭は銃を持った相手に丸腰でよくやったな。と、今では思っている。
その後、元・風祭はフェリーが不老不死である事も含めて大まかな話を聞いた。
突然言われても聞き流していただろうが、彼女は実際にこうして動いているわけなので信じないわけにはいかない。
それでも、シンがフェリーに対して平気で銃を撃った事には変わりない。
思うところはあったが彼女自身が平然としているので、あまり野暮な事は訊かないようにした。
(お互い、納得済みって事なんだろうしな)
二人が気心の知れた関係であるという事は、フェリーの会話から察する事が出来た。
元の世界で女っ気ゼロだった元・風祭はこんな美少女と10年間も一緒に居る事を羨ましくも思う。
勿論、さっき襲われたみたいにたくさんの危機があったのだろうと理解はしているが。
そんな事を考える一方で、元・風祭は自分の身体に何が起きているかも概ね把握しつつあった。
やたらとフェリーが子供扱いをしてくるので何事かと思ったら、今の自分は12、3歳ぐらいの身体になっていたらしい。
生前は36歳だった元・風祭からすれば三分の一の年齢になってしまった事になる。
言われてみればやたら腕も脚も細かったし、身体が軽かった。単純に子供の体形になったからだったらしい。
(まあ、これはこれでアリか)
前世は碌に運動もしていなかった36歳の身体だ。こんな暴漢や魔物が彷徨く世界では即死してもおかしくない。
若返ったという事は適応する余地もあるだろう。居るのか判らない神に、元・風祭は感謝した。
ただでさえ元・風祭には課題が山積みだ。
「――それで、キミの名前は?」
話している最中でフェリーに名前を尋ねられたのだが、その質問に答える事が出来なかった。
風祭祥悟と名乗っても不都合はないだろうが、姿形も変わってしまっているのでなんとなく抵抗があった。
それにまだ自分の顔がどんなものか確認できていない。ただ、姿形がはっきり変わっているという確信だけはあった。
なんだか鼻は若干高くなっているし、いろいろ触ってみても骨格から何まで前と同じ遺伝子で構築されているとは到底思えない。
何より、自分は新しい命としてこの世界を謳歌したかった。
過去に引っ張られない男になりたかったのだ。
「……もしかして、名前ないの? まぁ、そういうコトもあるよね。
あたしも名前無かったコトあるし」
(事情が違う! っていうかそんな事あんの!?)
なんて重い話をサラっと言われてしまったものだから、元・風祭にとって名前を決める事は急務だった。
「えぇっと、おれの名前は……ピース! そう、ピースだ!」
何がしたいかを考えた時に、真っ先に思い浮かんだのが『平和』だった。
この世界にだって平和と平穏があるはずだ。人生の最後に大立ち回りを演じた事もあって、今は身体が『平和』を欲している。
自分はそれを求めていこう。そう思っていえると、咄嗟に出てきた名前が『平和』だった。
「ピースくんか。よろしくね」
フェリーは元・風祭改めピースに手を差し出すと、ピースは気恥ずかしそうにその手を取った。
太陽のように明るいほほ笑みとセットで迫られると一瞬で堕ちたしまいそうなぐらい、魅力的な娘だった。
そんな娘と10年も旅をしているというシンがちょっと羨ましいとさえ思う。
「それで、ピースくんはどうしてこんなトコに? 武器とかも全然持ってなさそうだし。
魔物とか盗賊とかだいじょうぶだったの?」
まさかそんな危険な場所で目が覚めるなんて、ピース自信思ってもいなかった。
尤も、こうやって新たな人生を歩めるという事自体が夢にも思っていなかったのだが。
新たな人生をスタートさせたは良いが、ピースは何も持っていない。
装備も、お金も、知識も、この世界の常識さえも。
(このままだと、すぐにでも野垂れ死にそうだな……)
これだけ課題があるのだから自力では到底クリアできないと考えたピースは、自分の素性を打ち明ける事にした。
目の前の少女が不老不死なぐらいだし、転生した人間もポピュラーな生き物なのかもしれない。
まずはそこの確認から始める事にした。
……*
「はぇ~。 ピースくんって違う世界から来たんだ」
結論から言うと、少なくともフェリーの知識内では転生した人間を見たというケースは無かった。
もうひとつ判った事だが、不老不死も別にポピュラーではないと聞かされた。
つまり、この場に希少種の人間が二人いるというレアケースが発生していたのだった。
「マジかぁ……」
ピースは新たな人生の開幕早々、躓くことになって項垂れる。
「ねぇねぇ、どんなカンジで生き返ったの?」
「えっと……そうだなぁ……」
好奇心を投げてくるフェリーに対して、ピースは自分が覚えている範囲で説明をした。
向こうの社会については説明が難しかったので、倒れてそのまま意識を失ったという事。
次に意識を取り戻したのが、ぼんやりとした真っ白な世界だったという事。
そこで団体の人間、恐らく女性だったであろう人たちにこっちの世界が「つらい事もあったけれど、いいところだった」と教えてもらった事。
興味を持った自分がこっちの世界の景色を覗こうとしたら、身体が分解されてこの森で目が覚めた事。
ひと通り話を終えると、フェリーの瞳にうっすらと涙が浮かんでいたのでピースは狼狽した。
「あ、ごめん」
何に謝られているのか、さっぱり判らない。
ピースがしどろもどろになっていると、フェリーが鼻を覆いながら言った。
「それって、いつぐらいの話?」
「何日寝てたかもわかんないから、それはちょっと……」
前提として時間の流れが同じかどうかも判らないので、ピースには答えようがなかった。
「そっか……」
それだけ言うと、フェリーは黙ってしまう。
何か彼女の神経を逆なでするような事を言ってしまったのだろうかとピースは不安になるが、実際はそうではなかった。
もしかするとピースが白い世界で逢った人は、自分がピアリーで殺した彼女かもしれない。
フェリーはそう思った。
白いぼんやりとした世界なんて知らないし、根拠も何もない。ただの願望だという事はフェリー自身も重々承知している。
それでも自分が殺した彼女が、自分にお礼を言って消えていった彼女が、ピースと同じように世界を渡ったかもしれない。
もしかすると『救い』の手が差し伸べられたのかもしれない。
ただの願望で、都合のいい妄想だと自分で思っていても、そうあって欲しい。
あっちの世界で平和に、幸せに生きて欲しい。
そう考えていると、自然とフェリーの瞳が潤んでいた。
「お、おれ変な事言った?」
「ううん、違うの。でも……ありがと」
「?」
自分が何かしでかしたのかと焦るピースに、フェリーは微笑みを返す。
彼女がどうか救われていますように。それを願う事を許された気がした。
……*
「こっちは終わったぞ」
死体を片付け終えたシンが、二人の前に姿を現す。
片付けたといっても、道の脇に集めて布を被せただけの乱暴な処置だった。
そもそも襲い掛かってきたのは向こうなので放置してもいいぐらいなのだが、道のど真ん中に死体を転がしておくのは忍びない。
他の行商や冒険者が通った際に要らぬ警戒を与えてしまう事になる。
態々、逆恨みの手引きをしたここの領主にたっぷりとお礼をしたいぐらいだった。
「おかえり、シン」
「……フェリー?」
フェリーの様子が何かおかしい事にシンは気付いた。
声が鼻声になっているような気がするし、心なしか目が少しだけ赤い。
自分を殴った少年はなんだか落ち着かない様子を見せている。自分がいない間に何かあったのは明白だった。
「何をしたんだ?」
「いやいや! なにも! なにもしてませんってば!!」
銃口をピースの額に当てると、彼の小さな体全ての汗腺が開いたかのように汗がぶわっと沸きだす。
「本当か?」
「本当! 本当ですって! だからそれ下ろして!!」
ここで言葉を間違えたら死ぬ。頭蓋骨に当たる鉄の塊の感触がまるで死神の鎌のように感じられた。
何としても死ぬまいと、ピースは自分にできる精一杯の言葉でフェリーにした説明をシンへ繰り返した。
話終える頃には下ろされたシンの腕を見て、ピースは心から安堵した。
「それで、シンはどう思った?」
「そうだな。俄かには信じがたい話だが……」
自分自身がずっと不老不死の少女と旅をしていただけあって、頭ごなしに否定は出来ない。
別の世界で死んで、自分達の世界に転生を果たした。
考えても結論は出ない。ただ、それを信じる事で救われる人間が居るのは確かだった。
フェリーがピアリーで倒した怪物の命が、浄化されて違う世界で新たな生を謳歌しているかもしれない。
そう思うだけでフェリーの心も大分休まる。それだけでいいとシンは思った。
「――あり得ない話って頭ごなしに否定するわけにもいかないか」
ピースは安堵した。
あっちの世界で転生したなんて言おうものなら、多分もうマトモに取り合ってくれる人間なんていない。
フェリーが不老不死だと知らされなかったら、自分だってそんな事を話そうとも思わなかっただろう。
文化や世界の違いに、ひとまずは感謝をする。
これで大手を振って、協力を仰げるというものだ。
「それで、おれはこの世界に来たばっかりで何も知らなくて――」
ピースの言葉を遮るように、荷台がガタガタと音を立てて揺れた。
周囲に魔物の気配は、ない。
異変にピースが気付いた瞬間には既にフェリーは魔導刃を握り締めていた。
そしてそれより速く、銃声が鳴り響く。平和ボケしていたピースと違って、明らかに二人の反応は速かった。
エコスが一向に出てこないと警戒し続けていたシンが、威嚇射撃を行う。
弾丸が荷台を貫通し森の中へ消えるが、荷台からの反応はない。
シンはフェリーと視線を交わし、同時に頷いた。
「入るぞ」
「ピースくんはあっち」
「え?」
言われるがまま、フェリーの指が示す先を見るとそこにはマナ・ライドがあった。
(バイク……?)
ピースは目を細めてその形状を確認する。
言われるまでそれがある事に気付いていなかったが、元の世界で言うバイクのようなものがそこにはあった。
サイドカーの付いたバイクに酷似しているが、比較するとやや装甲が厚いようにも見える。
個人的にはボディの曲線美が美しいと思った。
「それ、結構頑丈だから隠れてて」
フェリーはマナ・ライドの側車へ隠れる事を促していた。
戦闘能力を持たない、ましてやこの件に無関係なピースは素直に従う事にする。
ピースがマナ・ライドへ向かったのと同時に、シンとフェリーは荷台へと向かった。
「エコスさん? さっきの男達について訊きたいコトがあるんだけど……」
警戒しながら荷台に入ると、蹲るエコスの姿があった。
何やら様子がおかしい。苦しんでいるようにも見える。
「エ、エコスさん……?」
駆け寄ろうとするフェリーの肩をシンが掴んだ。
「迂闊に近寄るな。まだ敵かどうか判らない」
「それはそうだけど……」
シンの言う事は尤もだ。彼の依頼を受けたのだから、自分達は襲われた。
銃口と鋭い眼光を飛ばし、敵愾心を露わにするシン。
呼応するように苦しみもがくエコスが振り向いた。
「りょ……さま! は、はな……はなしが、ちが……っ!」
エコスはそう言い残すと、その場に倒れこむ。
「ちょ、ちょっと!?」
目を見張るフェリーと、眉を顰めるシン。
二人の瞳に映ったのは、背中が大きく裂けていくエコスの姿だった。
良くない事が起きる。それだけははっきりと判った。