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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第二章 世界が変わった日
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13.命の重さは

「おいおい、マジかよ……」


 フェリーを連れて馬車の荷台から出てきた偉丈夫は、思わず吃驚した。

 まずは数の有利でシンを始末する算段だったのだが、ものの見事に失敗した。


 倒れた男達の血が、地面に吸われ赤黒く染める。

 全員がきっちりと息の根を止められていた。

 

「手練れを集めたつもりだったんだがな。

 こいつは恐れ入ったぜ」


 男はフェリーを羽交い絞めにしたまま、シンの前に姿を現す。

 万が一に備えて、彼女を盾にした形だった。


「シン!」

「フェリーか。……ってお前、何してるんだ?」


 フェリーならいくら屈強な男だろうが、羽交い絞めにされたぐらいで身動きが取れなくなるはずもない。

 なんなら、適当に魔力をぶつけるなり方法があるはずだ。

 それとも魔力が封じられるような何かが――。


 シンは注意深く二人の様子を探るが、特に何も見当たらない。

 ついでに言えば、フェリーが焦っている様子も見当たらない。

 単に抵抗をしていないだけだった。

 

「アンタがすげェ強いのは判った。

 だが、このお嬢ちゃんの命が惜しかったらその武器を棄ててもらおうか」


 そんな事を知る由もない男はナイフをフェリーの喉元へ当て、シンへ降伏を促す。

 光り輝く刃が触れた部分から彼女の体温を奪っていく。


「シン! コワイヨー!」


 その高揚の無さから即座に「こいつ、絶対にそんなこと思ってないな」とシンは一瞥した。


 全く緊張感のない棒読みだったが、男は自分がイニシアチブを握っていると錯覚する。

 勝誇ったような含み笑いをフェリーの頭越しからシンに向けるのが苛立った。


「だ、そうだ。騎士(ナイト)様はどうするんだ?」


 どうしてミスリアの人間は人をやたら騎士(ナイト)扱いしたがるのだろうか。そういう文化なのだろうか。

 フェリーはフェリーで、向こうから顔が見えないのと良い事に物凄い回数のウインクをしてくる。

 彼女の言いたい事は概ね理解できた。要するに、対処を自分に丸投げしたのだ。

 

 シンは「はぁ」とため息をひとつ吐き出してから、男へ言った。

 

フェリー(そいつ)に人質の価値はないぞ」

「ちょっとシン! それ、どういうコト!?」


 フェリーの怒号は聞き流した。

 

「お? 本当か? そんな事言っちゃうと、この可愛い顔に一生モンの傷が付くかもしんねェぞ?」


 どうやら、男はシンが強がりを言っているように解釈したらしい。

 それならもっと焦らせてやろうと、彼女の頬に刃を這わせ角度をつける。


「シン……!」


 先刻よりは感情が籠っているようにみえるが、すぐに治る事をシンは知っている。

 シンとてこのままお遊戯に付き合うつもりは毛頭無かった。


 刃が彼女の顔に傷をつけるより先に、銃声が森中に響き渡った。


 ……*


 前世で風祭祥悟だった男は、陰から一連のやり取りを見ていた。


 自分が到着した時には既に男達は倒れ、堂々とした体躯を持つ男に羽交い絞めにされている少女。

 そして、それと向かい合って銃を持つ男の姿だった。


 人質に取られている少女と銃の男が彼女の仲間だという事は判る。

 少女に至っては「怖い」と言っているし、このまま極限状態に耐えられるか心配になる。

 それを知ってか、羽交い絞めにしている男は喉元に突き付けたナイフを彼女の顔へと移動させる。


 少女は艶やかな金髪と、あどけないが整った顔立ちで非常に可愛らしいと思う。

 そんな彼女に一生物の傷が付くのは忍びない。


 自分が加勢すればなどと考えてはみるが、喧嘩すらロクにしてこなかった元・風祭にはあの場に割って入る自信がない。

 乱入する事によって、取り返しが付かなくなることも恐れていた。


 親友の為なら踏み出せた一歩も、赤の他人に置き換えると途端に鈍る。

 あの時は親友に迷惑が掛からないからできたなどと、言い訳だけがすらすらと思い浮かぶ。

 そんな自分に情けなさを覚えた時、事態は動いた。


フェリー(そいつ)に人質の価値はないぞ」


 耳を疑った。あんなか弱い少女を盾に取られて言う台詞とは思えなかった。

 人質に取っている男もさすがに動揺したらしい。


(そうか!)


 元・風祭は今の発言を彼なりの少女を救う策だったんだという解釈をした。


 しかし。

 それは自分の願望に過ぎないという事を、乾いた音が知らしめた。


 刹那、少女の胸からじわりと赤い染みが広がる。

 そのまま重力に逆らう力を失った彼女は、だらんと男の腕にのしかかる。

 信じられないという顔を男がした時には、新たな銃声が再び森から静寂を奪っていた。


「お前……本気、かよ……」

 

 人質に取られた少女と取った男、両者がその場に崩れ落ちる。

 ただ一人立っている、銃を構えた男はその光景に眉ひとつ動かす事がなかった。

 

 訳も分からないまま、元・風祭の脚は動いていた。

 状況も、感情さえも整理が出来ていない。それでも、走らずには居られなかった。


 ……*


 フェリーと男の両方を撃ち終えたシンは、構えた銃を下す。

 一発目を撃った時にフェリーを盾にする可能性も考慮していたのだが、男は動揺していた。

 結局の所、人質を取った男より自分の方が冷淡だっただけだと自嘲する。

 

 シンが態々フェリーを撃つ選択をしたのは、彼女が自力で脱出しようとしなかった事もあるが、情報の整理という部分が大きかった。

 襲撃の理由は先刻聞いたが、どこまで知られているかを正しく認識しておきたかった。

 

 マーカスはそのままアメリアに連れていかれたので、恐らく容姿も細かくは伝わっていないだろう。

 実際、マナ・ライドを目印に自分達が狙われた節がある。

 後はフェリーの体質だったが、自分が彼女を撃った事に動揺していたのでそれも知られていないと考えて良さそうだ。


 それは同時にアメリアが清廉な人間である事も意味していた。

 彼女は然るべき場所でマーカスを裁くよう動いているのだろう。

 あの怪物の中から出てきた石も、彼女ならきっと悪いようにはしない。


 疑っているわけではなかったが、アメリアが信用のおける人間だと再確認できた事は僥倖だった。


 残る問題はこの死体の山と、エコスだ。

 彼だけがまだ荷台から出てきていない。護衛連中とグルなのか、それとも巻き込まれただけなのか。


 シンはフェリーが起きる前にそれを確かめようとしたのだが――。


「――!」


 草木を揺らす音が段々と近付いてくる。

 連中の仲間にしては援護のタイミングが遅すぎる。


 銃を構えたまま音の方に目をやると、()()は姿を現した。


 やや黒味の強い、焦げ茶色の髪を持った小柄な少年だった。

 薄手の服を着ただけの簡素な格好をしており、武器も持っていなさそうな事から奴らの仲間だとは思えなかった。


 ……のだが、彼は一直線にシンの元へと駆け寄る。

 武器を持っている様子も、魔術を使う素振りも見せないのでシンはどう対応するべきか逡巡する。

 その間に少年はシンの胸倉を掴んで、彼の頬に向かって拳を一発打ち込んだ。


「――ッ!?」


 いきなり脳を揺らされ、シンは頭の整理が追い付かない。

 やはり奴らの仲間だったのだろうか?

 しかし、そうだとすればこのタイミングで命を狙うわけでもなく、殴るだけだというのは不自然だ。


 冷静に状況を整理しようとするシンに、少年は叫んだ。


「それは……! それだけはやっちゃいけないだろ!」


 少年が何を言っているのか、シンには理解が出来なかった。


「いくら助けるのが難しくても、アンタの命が懸かっていても、簡単に人の命を切り捨てるなんてダメだろ!

 あの娘は『助けて』って言ってたじゃないか!!」


 かつて友に手を差し伸べる事が出来なかったからこそ、少年は吠えた。

 自分はかつて助けを求める声に気付いてすらいなかった。

 だからこそ、それをはっきりと口にした彼女を見捨てた事が許せなかった。


 さっきまで怯えていたが、惨劇を目の当たりにして少年の中で吹っ切れた。

 どうせ幸運で得た命なら、自分の心に従うべきだと決心と覚悟がついた。

 ここでこの男に撃たれたとしても、後悔はしない。そう決めた。


 一方のシンは殴られた理由をほぼ理解した。

 この少年はさっきのやり取りを見ていたのだ。そして、フェリーを撃った自分に対して怒りをぶつけている。


 彼の反応は正しい。間違いなく、正しい人間の反応だった。

 そう思うと頬の痛みもすんなりと受け入れる事が出来た。


「そうだな、言っていたな」


 ただ、それは棒読みではあったが。


「『そうだな』って……! もっとないのか!?

 あの娘にしてやれることは何も無かったのかよ!?」


 シンにとって耳の痛い言葉だった。

 彼女に頼まれた『殺して』という願いすら叶えられない。そんな己の不甲斐無さを指摘されているようだった。


(いや……)


 本当なら()()()、もっと言ってやれる事があったのかもしれない。

 事情を知らない少年は、単に今の出来事に対して怒りをぶつけている事は重々承知している。

 それでもシンはずっと心の中に抱え続けていた事を、見ず知らずの他人に指摘された気がした。


「えぇっと、そこのキミ?」


 誰かが少年の肩を叩く。若い女の声だった。


「何!? 今は大事な話をしているんだ!」


 振り向く事すら行わず、少年はシンを睨み続けている。

 

「いや、うん。あのね、あたしのために怒ってくれてるコトは判るよ」

「そう! おれは君の為に……って、え?」


 声の主を確かめようと、少年は首をゆっくりと回した。

 眼前に映るのは長い金髪をなびかせた、あどけない顔の美少女。

 間違いなく、さっきこの男に撃たれた少女そのものだった。


「え? ええ?」


 少年は狼狽えながら、視線を上下に動かす。

 遠くで見るより胸の大きさがはっきりと判るが、今の問題はそこではない。

 

 赤い染みが胸の辺りからじわりと広がっている。間違いなく彼女の血だった。

 脚は……ちゃんとある。全身をまじまじと見るが身体が半透明なわけでもない。

 よって彼女はお化けや幽霊の類ではない。


「誰だか知らないけど、ありがと。

 でも、あたしアレぐらいじゃ死なないんだ」

「……え?」


 少年の頭がショートを起こす。

 あれぐらいって、心臓付近を銃で撃たれたら普通は死ぬ。


 しかし、彼女の言う通り目の前でぴんぴんしている。

 服が汚れたと男に文句を言っているが、その程度で済んでいる。

 自分が元居た世界では、絶対に考えられない状況だった。

 

「ええええぇぇぇぇ!?」


 驚嘆の声を上げながら、少年は思った。

 

(この世界の人間って、どうなってるんだ――!?)

 

 自分が来た世界は、本当にとんでもない世界なのではないだろうか。

 元・風祭の少年は期待を大幅に超える不安に苛まれてしまった。

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