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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第十章 邪神顕現
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130.漆黒の壁を越えて

 三日月島の上空。

 黄龍と共に自らの長に牙を剥く紅龍の群れ。

 彼らもまた、ラヴィーヌの動揺による影響を受けていた。


「……?」


 フィアンマも、同胞の挙動。その不自然な移り変わりに当然気付いてはいた。


「かかか、彼女……。ややや、役に立てば……」


 気が狂ったのかと思った。何度も首を振りながら、自分を睨んでは我に返るの繰り返し。

 その一方で、フィアンマは安堵もしていた。同胞が反旗を翻した訳ではない。操られていた可能性が濃厚となった事について。


 今更ながら、共有されていた情報を思い返す。

 金色の右眼を持つ魔術師の女。ラヴィーヌが吸血鬼族(ヴァンパイア)のような魅了(チャーム)を使用する可能性。

 人間以外にも有効だとか、上限は何人もだとか、そもそも本当に操っているのか。

 様々な憶測は飛んでいたが、一先ずは警戒をするように王宮で話を聞いていた。


 同胞に黄龍王(ヴァン)を追わせたのはその前の話になる。

 まさか、きっちり魅了されて操られているとは。

 そしてそれが今、なんらかの理由で揺れている。


 フィアンマにはラヴィーヌの現在位置も、どうして魅了(チャーム)の効力がブレているのかも知る由は無い。

 考える必要も無い。ただ目の前で起きている現象を、好機と捉える。


「操られていたのは判ったけど!」


 同胞の紅龍。その一体の尾を掴み、自身の身体ごと振り回す。

 遠心力の加わった状態で手を離し、龍族(ドラゴン)の群れへと投げつける。


「少しは大人しくしておいてもらうからな!」


 空中でひとつの塊となった龍族(ドラゴン)達。そこへフィアンマは炎の息吹(ブレス)を吹きかける。

 自身の翼で風を煽り、更にその火力を増す。やがて、龍族(ドラゴン)の群れは三日月島近くの海へと落下していく。


「……これで、まあいいか」


 同胞に悪い事をしたと思う反面、自分独りで空中戦を担うには限界を感じていた。

 標的が自分に偏っていたから良かったものの、分散されて仲間が狙われていればひとたまりもない。

 そういう意味では、操られていた者へ細かな指示は出せないのかもしれない。

 

 黄龍に関しても、自分達の長がよもや人間に地面まで叩き落されるとはと、動揺している様子は見て取れた。

 結果的にイルシオンの無謀な行動が活路を開いた事は否めない。


「さあ、これからどうしようか――」


 フィアンマは上空から三日月島を見渡す。

 常闇の迷宮(ブラック・ラビリンス)による闇のカーテンが壁となり、迷宮を生み出している。

 その影響で大地は薄暗くなっており、フィアンマには敵味方に限らず人間の現在地が把握できない。


 何処に向かうべきか迷う中、フィアンマは目立つ存在を感知する事となる。

 島の中央。闇のカーテンによってはっきりと視認が出来ている訳ではない。

 ただ、ひとつだけ禍々しい気配を感じ取る事が出来た。


 そこはまさに、第一王子(アルマ)派の本距離(アジト)。邪神の顕現に向けて呪詛を込めている研究所が存在している。

 自分の背から落下していったネストルや、黄龍王(ヴァン)へ戦いを挑んだイルシオンとクレシアも気掛かりではある。

 それでも尚、あの場所へ向かないといけない。そう思わせる程に、濃い瘴気を感じた。


 僅かに迷ったのち、フィアンが出した結論は山へ向かう事。

 手遅れになってはいけない。その思いが、彼の翼を羽搏かせた。


 ……*


「さて、と……」


 ライラスとリシュアンを拘束し、フェリーはアメリアと共に聳え立つ闇のカーテンの前へと立っていた。

 この向こう側に、シンは囚われた。音が遮断されているせいか、向こう側で何が起きているのか判らない。


 魔導刃(マナ・エッジ)に魔力を込め、思い切り斬りつけても期待していた結果は得られなかった。

 衝撃が吸収され、一切の変化を見せない闇のカーテンは先の戦闘よりもフェリーの不安を煽る。


「シン、だいじょぶかな……」


 フェリーがぽつりと呟く。アメリアもまた、同じ気持ちだった。

 広がる闇の向こうで、彼の置かれている状況が想像できない。

 独りで居るのか、大勢の敵に囲まれているのか、それとも――。


 最悪の事態を想定してしまい、アメリアは頭をぶんぶんと振る。

 そんな事は絶対にない。自分にそう言い聞かせる。

 

 一方で、かつてウェルカにて彼を治療した時の事を思い出す。

 深い傷を負ったとはいえ、完治に二ヶ月の時間を要した。

 その間、自分は彼と会う口実が出来た。不謹慎だと思いつつも、その事自体は嬉しかった。

 だけどそれは、彼がこの場で大怪我を負った際に治療が難しい事を意味している。


 初めて出来た、自分が恋焦がれる男性(ひと)。傷付いて欲しくないと考えるのは、当然の思考だった。

 そして、隣に居るフェリーもまたそうなのだろう。

 見ていれば判る。シンの事が、とても大切である事は。それでいて、どこかぎこちない事も。

 気になる反面、怖くて訊く事の出来ない自分が居る。共に過ごす時間の中で、何があったのかを。


(……いけませんね)


 アメリアは再び頭を左右へと振る。

 二人の間に何が有るのかは、きっと自分が踏み込んでいい領域ではない。そう自戒をした。

 今はそれよりも、この聳え立つ壁の突破を考えなくてはならない。


 何か突破口は無いかと考えた時、アメリアは自分の手に握られている蒼龍王の神剣(アクアレイジア)に目をやる。

 継承の際に教えられた言い伝えには、魔術で創られたあらゆる結界を切り裂く事が出来ると聞かされた。


 アメリア自信、蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を用いて結界を切り裂いた経験はない。

 それは単に結界を必要とする局面が少なかった事だが、今がその時なのかもしれない。

 試してみる価値はあると思った。


「フェリーさん、下がっていてください。

 今から、蒼龍王の神剣(アクアレイジア)闇のカーテン(これ)を切り裂いてみます」

「えっ、そんなコトできるの?」

「私自身、半信半疑ですが……。やってみる価値はあるかと」


 他に手段が思いつかない以上、出来る事は全てやるべきだと判断する。

 自分も、フェリーも向こう側に居るシンが心配だった。一刻も早く合流をしたいという気持ちが彼女を動かす。

 蒼龍王の神剣(アクアレイジア)に魔力を籠め、振りかぶったその時だった。


 常闇の迷宮(ブラック・ラビリンス)によって生み出された闇にカーテン。その一面に、ヒビが入る。

 アメリアが振り被り、蒼龍王の神剣(アクアレイジア)で切り裂こうとした箇所ではない。

 全く別の方角で、それは起きた。


 ヒビから光が漏れ、段々とその面積が増えていく。

 やがて闇の部分よりも光が大きくなると、闇のカーテンは音を立てて崩れた。


「おおっ、さすがはリタさん! お見事です!」

「もう、調子いいなあ……」


 まるで太鼓持ちのようなお調子者の声。アメリアのよく知る声だった。

 不真面目だと感じ取られる事もあり、時と場合を考えるように窘めた事もある。

 しかし、今はその声を聞ける事が嬉しくもあった。

 

「オリヴィア。それにみなさん……」

「お姉さま! 無事でしたか!?」

「ええ、私とフェリーさんはこの通りです。

 ところで、どうやってこの魔術を突破したんですか?」

「それはもう、リタさんの神器でドーンと開けてもらいました」


 オリヴィアが説明するには、こうだった。

 闇の魔術であるこの壁はイリシャが調合し、リタが光の魔術を付与した聖水に拒絶反応のようなものを見せたという。

 それならばと、リタの持つ妖精王の神弓(リインフォース)なら破壊できるのではと仮説を立てる。

 内外にどんな異変が起きるか判らなかったので、徐々に威力を上げていき破壊を試みたという。


「ごめんなさい、アメリア。本当は合図を貰ってから三日月島に来る予定だったのだけれど。

 このままだと困ると思ったから……」

「頭を上げてください、フローラ様。むしろ助かりました。

 どうしようかと頭を悩ませていたところでしたから」


 頭を下げるフローラに、アメリアは慌てふためく。

 実際、リタの手によって常闇の迷宮(ブラック・ラビリンス)を突破した事は僥倖だった。

 蒼龍王の神剣(アクアレイジア)で突破が出来なかった場合、自分とフェリーはこの空間に閉じ込められる危険性もあった。最悪の事態は回避出来たのだ。


「ところで、一体何があったの?」

「えとね。いきなり壁が出たと思ったら、シンが向こうに連れていかれちゃって……」


 リタの問いに、フェリーが常闇の迷宮(ブラック・ラビリンス)の創り出した闇のカーテンを指し示す。

 不安そうな顔をするフェリーを見て、リタは一刻も早くシンと再会させるべきだと妖精王の神弓(リインフォース)を構える。


「フェリーちゃん、大丈夫だよ。私がこの壁も壊すから」

「リタちゃん。ありがとうぅ……」


「向こう側で何が起きてるかは、判らないの?」

「うん。音とかも聴こえなくって。無事だったらいいんだけど……」


 シンの状態に懸念のあるイリシャが訝しむ。

 顔を手で覆い下唇を噛みながら、何やらずっと考え込んでいる。


「イリシャちゃん? どうかした?」


 普段とは違う様子のイリシャに、リタが訝しむ。

 その言葉で我に返ったイリシャは手を振って「大丈夫」と言うが、その顔は強張ったままだった。

 リタは小首を傾げる。過剰にシンの心配するのなら、フェリーではないかと思った。


「って、お姉さま。これ、リシュアンさんとライラスじゃないですか」


 その背後で、オリヴィアが素っ頓狂な声を上げる。

 裏切ったとして王宮から離反していた黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)の二名が、拘束された状態で居るのだから無理もない。


「ええ。分断された後に交戦しましたので拘束しました。

 それとオリヴィア。目上の人を呼び捨てにするのは――」

「はっ、はい! ライラス()()です!」


 そう言いながらも、オリヴィアは唇を尖らせていた。

 アメリアは拘束するに至った経緯を話す。その途中で、ライラスの様子がおかしくなった事も含めて。


「ふーむ。じゃあ、やっぱりラヴィーヌに操られていたんですかね?」

「私はその可能性が高いと見ています。ただ、どうしてそれが弱まったのかは判りませんが……」


 遮断されて限られた情報の中で結論を急いでも仕方がないという事で、アメリアとオリヴィアは一旦この話を保留にした。

 そんな中、フローラは腰を下ろし鋭い眼光を見せるリシュアンと視線を交わす。


「リシュアン。恐らく貴方も覚悟があってこんな蛮行に及んだのでしょう。

 拘束した(こんな)状態で何を説いても、恐らく貴方には届かない事も判っています。

 なのでひとつだけ。貴方が王家に尽くしてくれたこと、私は感謝しています。当時も、今も」


 驚きのあまり、リシュアンは目を見開く。蛮行を咎められると覚悟したというのに、彼女の口から出て来たのは正反対の言葉だった。

 フィロメナと関係の深いフォスター家という事もあって、フローラもまた彼と幼少期の頃から関りがある。

 彼へ向かって言った言葉に嘘偽りはない。謀反を企んだ事は胸が痛むが、それで過去の出来事まで消え去る訳ではない。

 こんな状態だからこそ、正しく感謝を伝えなくてはならない。そう思っての行動だった。


 リシュアンから離れ「ふう」を息をつくフローラに、アメリアは優しく微笑んでいた。

 

「じゃあ、行くよ――!」


 一方で、リタは妖精王の神弓(リインフォース)の準備が完了している。

 互いを遮断する闇のカーテン。その向こうに居るはずのシンと合流をする為に。


 ……*


 そのシンはというと、逃げ惑うラヴィーヌを追って常闇の迷宮(ブラック・ラビリンス)の中を駆ける。

 閃光(フラッシュ)で眩まされた視力は回復しており、彼女の姿をその眼でも捉えている。


 何をしても必ず反撃を試みるシンの姿は、ラヴィーヌの精神に大きなダメージを与える。

 視線を切ったとしても、足跡や僅かな物音から正確を自分を見つけ出す様は狩人のようだった。

 彼の前に姿を現した時の余裕はとうに失われており、仇を取ると誓ったビルフレストへ助けを願うほどだった。


(どうして、どうしてこんなことに……。

 ビルフレスト様、助けてください……!)

 

 ラヴィーヌは理解の出来ない存在がこんなに恐ろしいとは思わなかった。

 魅了(チャーム)が通用しない。目眩しも、魔術による迎撃にも怯まない。

 今はもう、どうやってシンから逃げ切るかを最優先で思考を働かせている。

 仲間に、邪神の能力が及ばない存在を報告しなくてはならない。

 自分が可愛い故の、ビルフレストに大切にされていると思い込んでいるが故の、甘い考え。


 シンは反対に、ラヴィーヌの心の揺らぎを見抜いている。

 だからこそ、逃すつもりは毛頭なかった。

 魅了(チャーム)により他人の精神を歪ませようとした女の精神(こころ)を、へし折る為の戦いにシフトする。

 シンは小石を拾い、生い茂る木に投げ付ける。なんて事はない、冷静な人間が相手なら無駄な一手。


「きゃっ!」


 今のラヴィーヌの精神状態では、その音にさえも過剰反応を示してしまう。

 音さえも遮断されているせいで、こんな事を行うのはシンを置いて他ない。

 彼の一挙手一投足がラヴィーヌの精神を摩耗させていく。


 身体が強張るラヴィーヌへ向ける銃口。その照準を合わせた時だった。

 常闇の迷宮(ブラック・ラビリンス)による闇のカーテン。その漆黒の帯が、形を変える。

 枝分かれするかのように延びた(それ)は、シンの放った銃弾を受け止める。

 勢いを全て殺して、ポトリと地面に転がる弾丸。その向こう側の景色を確認する事は叶わない。


「……逃したか」


 そう呟くと、シンは舌打ちをする。

 あの女(ラヴィーヌ)は確実に仕留めておきたかった。

 自分に対してこそ不発だったが、金色の瞳に絶対の自信を持っているようだった。

 どうして不発となったかを理解していないシンは、彼女を逃す事による危険性(リスク)ばかりを考えてしまう。

 その懸念は当たっている。三日月島(ここ)で彼だけが、色欲の魅了(チャーム)に耐性を持っているのだから。


 そして、もうひとつの懸念。形を変えた常闇の迷宮(ブラック・ラビリンス)によって自分が戦場から隔離された可能性。

 現状、この闇のカーテンに対抗策を持たないシンにとっては死活問題となる。

 尤も、こちらはすぐに解決する事となる。


 自分の背後にある壁にヒビが入り、光が差し込む。

 ボロボロと崩れ落ちる(それ)に対して、シンは銃口を向ける。


「シン! だいじょぶだった!?」

「フェリーか」


 崩れた闇のカーテン。その向こう側に居たのはフェリー達だった。

 リタが妖精王の神弓(リインフォース)を構えているところを見る限り、彼女の神器で破壊したのだと察する。

 

 一方のフェリーは、シンの姿をジロジロを見つめる。

 多少の怪我は負っているようだが、彼の様子を見る限り問題は無さそうだと大きく息を吐いた。


「よかったぁ。無事だったんだね」

「ああ。敵は取り逃してしまったけどな」

 

 その背後に隠れてはいるが、内心で一番安堵しているのはイリシャだった。


(よかった、シン。()()()()()()()

 

 まだその(とき)は訪れていないのだと。

 そう、胸を撫で下ろしていた。

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