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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第十章 邪神顕現
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129.灼熱の刃

 シンとラヴィーヌが交戦する向こう側。

 動揺による魅了(チャーム)の影響を最も早く受けたのは、フェリーとアメリアが相対している男だった。


「ぐ、あ……ああ……」


 ライラスが握っていた斧を落とし、頭を抱える。

 対峙していたフェリーが好機と感じつつも、その様子がおかしいと感じ二の足を踏む。


「あ、あたし何もしてないよ!? 急に苦しみだして……」

「はい、解っています。フェリーさん」


 慌てふためくフェリーをアメリアが宥める。

 確かに、先刻まで主にライラスと交戦していたのはフェリーだった。

 魔導刃(マナ・エッジ)を用いて接近戦を試みるが、斧による反撃がそれを許さない。

 現にアメリアが何度か水の城壁(アクアウォール)を用いて、援護をしていなければ強烈な一撃を浴びている場面もあった。


 攻めきれない理由はそれだけではない。

 オリヴィアからの報告で、アメリアが懸念している点。

 確かに、裏切った黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)と共にライラスは姿を消した。


 しかしそれは、()()されただけではないのか。

 ドーンを失った今、前衛を任せられる人間は貴重だから。

 彼は基本的にラヴィーヌとコンビを組む事が多かった。操る機会はいくらでもあった。

 目が虚ろになったという話を聞いた時、真っ先にその可能性が浮かんだ。


 三日月島で再会した彼は、決して虚ろな眼をしていなかった。

 問いに答えこそしなかったものの、反応を得られた事から正気だと判断をした。


 その彼が、今は武器(おの)を落として苦しんでいる。

 操られているのではないかという疑惑が再燃する。


 根拠は彼と共闘しているリシュアンの存在だった。

 ライラスに異変が起きてから、彼は警戒をしている。

 自分とフェリーではなく、()()()()()()にさえ気を配っている。

 

 完全な協力関係ではないから。彼が正気に戻れば、三対一の状況が出来上がりかねないから。

 圧倒的な窮地に陥る状況を懸念しているのではないかと勘繰る。


 彼は絶えず自分へ魔術を放ち、フェリーへの援護を妨害していた。

 それは一対一の状況を作り上げたいのではなく、単純に自分を足止めしたいだけではないのか。


 アメリアの想像は、ほぼ的を射ていた。

 ライラスは自らの意思で第一王子(アルマ)派に付いたのではなく、ラヴィーヌの色欲。その支配下にあってのものだった。

 

 ラヴィーヌが色欲の眼をその右眼に取り込んでから、最も検証に利用されたのが彼である。

 肉体的にも魔力的にも申し分なく、非常に操りやすい素体。シュテルン家の当主であるニルトンが第一王子(アルマ)派へ差し出すように許可をした。

 こうしてライラスは自身の心の内を、思うがままに操られる結果となった。

 何度もラヴィーヌの魅了(チャーム)によって操られ、解除される哀れな実験台として。


 回収された理由でさえ、便利だからという理由だけである。

 ミスリアの戦力を削りつつ、第一王子(アルマ)派の前衛を補強できる。

 

 あの時、気絶したライラスがもし放置されていなければ回収するつもりは無かった。

 その点ではヴァレリアとグロリアが、疲弊する休ませる為にクレシアを別の部屋へ移動させたのは失策(ミス)だった。

 反面、マーカスの回収と同時に彼を連れて帰る事を選択したカルロパの好判断だったともいえる。

 

 かといって、アメリアの視点から敵ではないと断言するには危険性(リスク)が残っている。

 王宮での戦闘時のように目が虚ろであれば、決断出来たのだが今回はそうも行かない。

 色欲の能力が成長を遂げている事を知らないアメリアからすれば、完全に寝返ったという可能性を棄てる訳には行かなかった。


「いつまで余所見をしている!」


 様子のおかしいライラスが、いつ正気に戻ってもおかしくない。

 リシュアンは様々な魔術を放ち、五月雨に撃つ。


 凍撃の槍(フリーズランス)紅炎の槍(ファイアランス)稲妻の槍(ブリッツランス)

 どれもその属性を得意とする魔術師に練度こそ劣るが、彼とて一流の魔術師であった。次々と魔術の槍がアメリアとフェリーへ襲い掛かる。


「もう! ジャマだってば!」


 落としきれなかった雷の矢が、フェリーの身体を痺れさせる。それでも痛みを堪え、歯を食いしばって前を見据える。

 彼は味方であるライラス諸共、お構いなしに攻撃魔術を放つ。

 ライラスは顔を歪めるが、決してリシュアンを咎める事はない。

 フェリー同様に苦痛に顔を歪めながらも、自らが落とした斧を手に取りなおした。


 その行動が、アメリアに決断をさせる。いつまでも日和っている訳には行かないと。

 ライラスは今も操られているのだと、その前提で動く事を決めた。

 

 蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を地面へ突き立て、自身の魔術を放つ触媒とする。

 刀身が魔力で覆われていき、淡く輝いていく。

 

水の城壁(アクアウォール)!」


 放った魔術は、珍しくもない水の魔術だった。壁を生み出し、防御に使う。

 フェリーへ向けられたライラスの一撃を受け止める時に利用した、水の城壁(アクアウォール)


 それを、神器を通して魔力を拡張させる。

 生み出された水の城壁(アクアウォール)はアメリアが咄嗟に唱えるものの比ではなく、巨大な水の壁となって姿を現した。

 その厚みで、分断されたリシュアンとライラスは互いの存在が視認できなくなる。


「フェリーさん、ライラスさんを捕えます! 協力してください!」

「おっけ!」


 蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を手に取り、リシュアンだけを水の城壁(アクアウォール)の向こう側へ残す。

 水の壁への干渉を試みても、神器により強化された魔術はびくともしない。


「っ! 面倒な真似を!」


 リシュアンは舌打ちをしながら水の城壁(アクアウォール)の破壊を一時的に諦める。

 次に行うのは、自身の得意な風の魔術。風刃(ウインドカッター)を詠唱によるアレンジで、無数の刃をブーメランのように放つ。

 左右から弧を描き、水の城壁(アクアウォール)の向こう側にいる三人を狙い撃ちにした。


 水の城壁(アクアウォール)から最も近い位置に居たアメリアが、神剣により撃ち落とす。

 だが、弧を描く軌道を数種類に分ける事により彼女の迎撃を免れた風の刃がフェリーとライラスへ襲い掛かる。


 切られた金色の髪が風に乗って宙へ舞う。頬が、腕が、足が傷付こうともフェリーは止まらない。

 一方のライラスも同様だった。味方の魔術により己の身が傷付こうとも意に介さない。

 握り直した斧を高々と上げる。太陽の光を浴びた刃先が、眩しく輝いた。


「ラヴィーヌの、役に……ッ!」

「何言ってるのか、ゼンッゼンわかんない!」


 振り下ろされた斧から逃げる事なく、フェリーは前へ進んだ。

 ライラスはぶつぶつと誰かの名前をずっと呟いている。そんな不気味さはあるが、悪意を感じる訳ではない。

 逃げずに立ち向かえば勝てると、己を鼓舞する。


「てえええええいっ!」


 地面へ打ち付けられた斧。それにより飛び散る土が背中に当たる。

 再び構える時間は与えないと、フェリーは潜り込んだ懐から魔導刃(マナ・エッジ)を最短距離で振るう。

 狙うは、彼が持つ斧の柄。茜色の刃が交差させると、それは抵抗が感じられないほど鮮やかに両断された。


 追撃を試みようとしていたライラスの重心が崩れる。

 両手で支えていた斧だったが、柄だけとなった左腕が軽くなり、己の想定以上に腕が上がる。

 一方で、刃側を支えていた右腕は想定上の負荷にびくともしなくなっていた。


「こ……ンのおおおお!」

 

 左脇が開いた事により、フェリーの眼前に絶好の的が出現する。

 最初のお返しと言わんばかりに、無防備なライラスの脇腹へ向かって己の体重を全て乗せた強烈な一撃(パンチ)をお見舞いした。


「お……あ……」

 

 ライラスの口から胃液が漏れる。苦痛に歪んだ顔は、どこに目線を合わせているのかもすら判らない。

 それでも切れぬ意識だけは大したものだと感嘆しつつ、アメリアは魔術の照準を合わせる。


「――水の牢獄(アクアジェイル)


 指をパチンと鳴らし、水の環が彼の身体を拘束する。

 力で抗うライラスだったが、猿轡のようになった水の牢獄(アクアジェイル)が彼から酸素の供給を奪う。

 やがて力を使い果たし、そのままだらりと身体を地面へ転がすと。手足の拘束だけに留めた。


「おお、アメリアさん容赦ない……」

「き、緊急事態だからですよ!」


 その様を傍で見ていたフェリーがぽつりと呟く。

 だが、彼の膂力では力づくで水の牢獄(アクアジェイル)を突破される可能性があった。

 捕らえるという目的を達成する上では、一度意識を奪うのは理にかなっている。


 そして、それを良しとしない人間もまたいた。

 水の城壁(アクアウォール)の反対側に居るリシュアンが、魔術によって生み出した竜巻で改めて壁の破壊を試みる。

 大きな音と水しぶきを上げ、削れていく水の城壁(アクアウォール)

 二人の意識がその音に向いた瞬間、リシュアンは本命の魔術を放った。


 ブーメランのような軌道を描く、特大の風刃(ウインドカッター)

 今まで以上に大きな弧を描き、遠回りをさせた一撃。

 竜巻による水の城壁(アクアウォール)の破壊でかき消されていた風切り音が聞こえたのは、直前に迫った時だった。


「あれは……。フェリーさん、後ろです!」


 先に気付いたアメリアが声を荒げる。

 風刃(ウインドカッター)の軌道は、フェリー。正確には、彼女とほぼ同じ位置に居たライラスを補足している。

 目的は口封じか、それとも味方諸共フェリーを狙ったのか。

 どちらにせよ、相対する自分達はおろかライラスさえ狙うその行為にアメリアは怒りを覚えた。

 

「――っ」

 

 アメリアの声により、風刃(ウインドカッター)の存在を認識したフェリーが魔導刃(マナ・エッジ)を向ける。

 避ける事はもう叶わない。この大きさでは、先刻のように斬る事も出来そうにない。

 そう判断したフェリーは、咄嗟に茜色の刃を眼前に差し出した。


 脳裏に過ったのは、ギランドレの将軍ガレオンとの戦い。

 魔導刃(マナ・エッジ)がシンの放った風撃弾(ブラスト・バレット)による空気を取り込み、巨大な火柱となった事。

 斬る事も避ける事も叶わないのならと、その可能性に賭ける事を選択した。


 茜色の刃。その先端が風刃(ウインドカッター)に触れる。

 振動が魔導刃(マナ・エッジ)を吹き飛ばそうとする。空気の刃が、フェリーの身体を傷付ける。

 それでも彼女は懸命に、そこに在るものを受け入れる。自らの糧にしようと、取り込もうと試みる。


 魔導具である魔導刃(マナ・エッジ)が、フェリーの意を汲んだ訳ではない。

 ただ、ベル・マレットは魔導刃(マナ・エッジ)を創るにあたって様々な属性の刃が形成される事を想定していた。

 ピースが形成した実績からも、風の魔力を受け入れない理由はどこにも存在しなかった。

 

 魔力ごと風を取り込んだ魔導刃(マナ・エッジ)は、刃を赤く染める。

 持っているフェリー本人さえ火傷しそうな程に高まった、高熱の刃が生み出された。


「あっつ! あつい、熱い!!」


 殺意の、黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)であるリシュアンの魔力を込めた風刃(ウインドカッター)

 渾身の一撃を喰らい尽くしたフェリー。そして魔導刃(マナ・エッジ)に、アメリアは驚く事しか出来なかった。

 そして、その後の少女としか思えない振舞にどこか安心を覚えた。


「フェリーさん! その壁に! 水の城壁(アクアウォール)に、思い切りぶつけてください!」

「う、うん! わかった!!」


 言われるがままにフェリーは、魔導刃(マナ・エッジ)水の城壁(アクアウォール)へぶつける。

 魔導刃(マナ・エッジ)は急激にその温度を奪われ、反対に水の城壁(アクアウォール)はみるみる水蒸気となってその厚みを失っていく。

 周囲を覆う水蒸気を吹き飛ばしたのは、壁の反対側。リシュアンが放っていた風の魔術による竜巻だった。


 それは瞬く間に視界を広げ、互いの姿が認識される。

 リシュアンが次の一手を考えている間、アメリアは既に行動に移していた。


「――水の牢獄(アクアジェイル)氷結閉塞(アイスバウンド)


 水の環がリシュアンの四肢から自由を奪い、そのまま氷結閉塞(アイスバウンド)がその環を凍らせる。

 身動きが取れず、リシュアンはその場で膝をついて崩れる事しか出来ない。


「よっ……っと」


 近付いたフェリーが、彼の持つ杖。その魔石を破壊する。

 魔力の増幅。その触媒を失った彼に抵抗する術は無かった。

 

 顔を上げた先には、怒れるアメリアの顔。

 リシュアンがよく知っている、朗らかな彼女からは決して想像の出来ないものだった。

 ただ、彼女の性格から怒りの内容は凡そ予想出来ていた。


「……どうして、ライラスさんごと私たちを狙ったのですか?」

 

 「ほら見たことか」と言わんばかりに、リシュアンは鼻で笑う。

 再び顔を上げ、アメリアの眼をはっきり見ながら彼は答える。


「予想はついていたのでしょう? 彼は自分達とは違う。アルマ様に心から仕えている訳ではない。

 記憶は曖昧でしょうが、万が一でも覚えていると面倒なので口を封じたかったのですよ」

「勝手に操っておいて、やることがそれですか……!? 恥を知りなさい!」

「貴女たちと何が違うのですか? 本家だからと言って分家を駒のように扱う。

 いえ、分家だけではありませんね。使用人も、下民も、逆らえないのを良い事に好きに扱っているではありませんか。

 この男(ライラス)だって、本家の人間です。どうせ家に戻れば、好きにやっているであろう事は想像に難くない」

「そんな事はっ!」


 リシュアンはため息を吐く。顔を紅潮させるアメリアへ聞こえるように、はっきりと。

 

「まだ判りませんか? 無意識なのですよ。

 本人にその気が無くても、周囲の人間は気付いているのですよ」

「よーするに、思い込みだよね?」


 口を挟んだのはフェリーだった。

 己が否定されたと感じたリシュアンが顔を引き攣らせ、彼女の顔を睨みつける。


「ムズかしいコトはよくわかんないけど、アメリアさんはそんなヒトじゃないっていうのはわかるよ。

 そりゃ、他の貴族はそうかもしれないけど。あなたがしているのは、ただの嫉妬だよ」


 思い返せば、自分もそうだった。

 マレットの家に入り浸るシンを誤解したりした事もある。

 程度は違えど、人は想像を勝手に膨らませるのだと改めて思う。


 フェリー自身、まだ自分がその檻に捕らわれている事に気付いていない部分も残っている。

 シンから拒絶されていると誤解したまま、永い時間を今も過ごしている。

 

「何も知らない小娘が……!」

「たぶんそんなに年齢(トシ)変わらないけどね」


 見た目こそ少女と青年だが、恐らく同年代だろうとフェリーはあっけらかんと返した。

 その様子が余裕と受け取ってしまったのか、リシュアンは怒りで更に顔を歪める。


「リシュアンさん。貴方が何を考えているのか、何をしたいのか。

 戦いが終わったら、それを聞かせてください。貴方の持っている感情も。

 納得してもらえるかどうかは判りませんが、私も誠意をもってお答えしたいと思います」

「……その甘さが、余計に腹立たしいんですよ」


 アメリアに聞こえないように、リシュアンはぽつりと呟いた。

 五大貴族の本家でも、彼女は異質だった。

 才に恵まれても驕ることは無く、懸命に研鑽を積み重ねる。

 あっと言う間に追い抜かれた自分は、才能や環境のせいにした。

 いつしかその劣等感が歪んでいた事は、気が付いていた。


 恐らく、態度にも出ていただろう。それなのに、彼女は変わらなかった。

 余計に自分が惨めな存在だと感じるようになってしまった。

 情けない、ちっぽけな人間だとリシュアンは自嘲した。


「……やはり、甘かったでしょうか?」


 僅かな迷いを見せるアメリアに、フェリーは笑顔で答えた。


「ううん。いいと思うよ。優しいアメリアさん、あたしは好きだもん」

「……ありがとうございます」


 負の感情をぶつけられて、多少なりとも傷付いていたのだろうか。

 フェリーの言葉が身に染みるようで、アメリアははにかんだ。

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