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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第十章 邪神顕現
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122.選ばさせられる進路

 三日月島が近付くにつれ、リタの魔力感知に変化が訪れる。

 ミスリアへ入国した時とは違う。今度は逆に、何かが塗り潰される感覚。

 強い魔力が、島全体を覆っているようだった。


「リタ、どうかしたの?」


 意識を集中させているリタの様子がおかしいと、イリシャが尋ねる。

 苦しんでいる様子では無いが、上手くはいっていない。表情の変化から、そう読み取った。


三日月島(あっち)から、強い魔力が溢れてる……。

 島全体を覆うぐらいの、強いけど冷たい魔力」

「何が起きているのか、判るか?」


 シンの問いに、リタは首を横に振る。

 それはつまり、ドナ山脈を越えた先。アルフヘイムの森と同等の魔力濃度で満ちている事を意味していた。


「近くにいけば、ある程度は判るかもしれないけれど……。

 どこに誰が居るとか、細かい所までは感じられないかも」


 オリヴィアが口元へ手を当て、考え込む。

 確かに、三日月島には魔物が多い。ミスリア国内でも、魔力が濃い地域ではある。

 だが、それはあくまでミスリア国内。人間の住む世界としてはの話だった。

 人間を遥かに凌ぐ魔力を持つ妖精族(エルフ)が、顔を強張らせる程ではないはずだ。

 

 思い当たる節はひとつしかない。

 (アメリア)から聞かされた話ではあるが、ウェルカでの戦いで突如現れた漆黒の球体。

 邪神の顕現が、近いのではないだろうか。嫌な予感ばかりが、脳裏を過る。


「すまぬが、皆! 一度止まっては貰えぬか!」


 どうするべきかと頭を悩ませていた時だった。

 上空から聞こえるのは、レイバーンの声。

 頭を悩ませていた最中、これ幸いと一行は足を止めた。


 ……*


 レイバーンとフィアンマが上空で捉えた景色。

 それは三日月島の中心で立ち昇っていく、柱状に闇の魔力が込められたものだった。

 猶予があまり残されていないと確信させるには、十分な情報。

 一刻も早く、第一王子(アルマ)の元へ辿り着く必要が出て来た。


 だが、三日月島へ侵入を試みるには、架け橋を通る必要がある。

 三日月島の魔物が外へと漏れ出さないようにオクの樹で造られた架け橋は、一本しかない。

 

「仕掛けてくるなら、ここですわね」


 グロリアの呟きに、全員が同意をした。

 全員が渡っている最中に橋でも落とせば、労せず一掃する事が出来る。

 相手としても、狙わない理由が無い程だった。


 これ以上を馬車で進むことは危険と判断し、ここまで運んできてくれた馬車を街へと帰す。

 どうするべきかと各々が思考を張り巡らせる中、提案をしたのはフィアンマだった。


「ボクが皆を運ぶのはどうなんだ? 一度に全員は無理でも、三往復ぐらいすれば……」

「それは読まれているだろう。待機しているメンバーか、もしくは上空で黄龍に狙われる可能性がある。

 空で戦闘になれば、フィアンマはともかく他のメンバーが落ちた時に対処が出来ない」

「じゃあ、シンは何かいい手が浮かんでいるのかい?」

「……今、考えている」


 フィアンマの言う通りだ。シンは上空の危険性を示唆した。

 だがそれは、歩みを進める策ではない。代案を用意しない事には、ただ士気を削ぐ結果となる。

 そもそも、この選択に正解は無い。こちらの行動に合わせて、いくらでも出方を変える事が出来るのだ。

 自分がビルフレストへ仕掛けたように、強制的に外れを選択しなくてはならない。

 ならば、一番危険性(リスク)が少ない選択肢はどれだろうか。シンの思考は、その方面にシフトしていた。


「迷っても仕方がない」


 そう、声を張ったのはネストルだった。

 彼の言う通り、悩んでいる時間すら第一王子(アルマ)派を有利に進める事には違いない。

 この戦の大将でもある彼は、ひとつの結論を出した。

 

 ……*


「さあ、橋を渡るか空を飛ぶか。大穴で、海を渡ってきますかね」

「どれでも同じだろう。結局、全て罠なんだから」

「リシュアン様はつれませんねぇ。どんな飛び込み方をするかが、楽しみなんじゃないですか」

「全く。いい性格をしているな」


 サーニャがくすくすと笑うと、リシュアンと呼ばれた男は呆れた顔をした。

 一本、尻尾のように結ばれた群青色の髪が揺れる。黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)を務めていた魔術師の、リシュアン・フォスター。

 彼はフォスター家の分家という立場を利用し、この三日月島を拠点とするように暗躍をしていた。


 王妃の信頼を得ていたフォスター家の者が、謀反を企てる者の一員だとは思われておらず、いとも簡単に三日月島を手中に収める。

 腹の内では何を考えているかも知らない者達が、三日月島の魔物退治をしていると思い込み、勝手に感謝をした程だった。


 一方で、リシュアンは腹立たしくもあった。

 今回の件で、第一王子(アルマ)から高い評価を受けているのは自分ではない。

 ずっと第一王子(アルマ)の補佐についていたビルフレストは判る。むしろ、リシュアン自身も彼を尊敬していた。

 分家に生まれ、本家の糧となって終わる人生。それを逆転させる可能性を示してくれた彼に、ついて行こうと決めた。


 ラヴィーヌもまだ理解が出来る。邪神の分体が齎す異能。迂闊に触れれば身を滅ぼしかねないそれに、彼女は適合してみせた。

 右眼を抉り、異物を取り込むのは相当な苦痛だっただろうに、彼女はやってのけた。

 ビルフレストに認められたい一心で、全ての痛みに耐え抜いて見せたのだ。

 

 納得がいかないのは、サーニャの存在だった。

 この侍女(メイド)は、飄々とした態度でフォスター家と王都を駆けまわっていた。

 情報収集だったり、弱みを握ったりと裏で暗躍していた事は知っている。

 だが、所詮は下民なのだ。いくらでも代わりが利く、消耗品なのだ。


 そんな考えを見透かされていたのだろうか。リシュアンはビルフレストから釘を刺された。

 鉄仮面を被ったまま、すれ違いざまに「あまり彼女(サーニャ)を侮らないほうがいい」と。

 それを証明するかのように、彼女も邪神の分体に適合してみせた。にも拘わらず、まだその身に取り込んではいない。

 

 立場を持っていないのだから、差し出す物はその身体しかないというのに、それすら勿体ぶる。それが益々気に入らなかった。

 自分はたかが侍女(メイド)とは違う。この戦に負ければ、貴族という地位を未来永劫失うというのに。


「自分は、黄龍王(ヴァン)殿の援護へ向かう。侵入した先から、撃ち落としてくれる」

「はい、頑張ってください」


 ヘラヘラしているサーニャの態度が気に入らないのだろう。

 リシュアンはフンと鼻を鳴らし、その場を去っていった。


「余程、彼は君の事が気に入らないのだな。困ったものだ」

「わ、アルマ様。聞いていたんですか?」


 突然現れたリーダーの存在に、流石のサーニャも目を丸くした。

 臣下がギスギスしている姿を、あまり若い長である彼に見せたくは無かった。


「リシュアン様はフォスター家の貴族ですからね。フォスター家の侍女(メイド)風情が威張っているのが気に喰わないんですよ。

 他国(よそ)の協力者にだって下民はいるのに、そこにはだんまりなんですから」

「僕としては彼も評価しているつもりなのだけれどな。苦労を掛ける」

「いえいえ。苦労をしないと欲しいものが手に入りませんから。それは、アルマ様だって同じでしょう?」


 サーニャの言葉に、アルマは鼻を鳴らす。リシュアンのものとは違い、親しみが籠ったものだった。


「そうか。そうだな。お互い様だ」

「ええ、だから一緒に頑張りましょう。

 ……それで、アルマ様はワタシに用事があるから来られたんでしょう?」


 自分の考えを見透かされたアルマは、眼を丸くする。

 肩を上下させ、年相応の笑みを見せながら彼は言った。


「全く。君には恐れ入るよ。そうだ、頼みたいことがある。

 とても大切なことなんだ」


 少年らしさはいつの間にか影を潜め、アルマの口角は不気味に上がっていた。

 サーニャは驚きで眉を顰めたが、やがれ彼の頼みを承諾した。

 国王(ネストル)を確実に仕留めるには、これ以上ない策だと思ったからだった。


 ……*


 一方、三日月島への侵入を試みるシン達は三手に分かれる事となった。

 上空からの侵入を試みるフィアンマ。その背には、イルシオン、クレシア。そして、ネストルが乗せられている。


 ネストルの持つ黄龍王の神剣(ヴァシリアス)は風を操る。同じく、クレシアは風の魔術を得意とする。

 この二人は最悪、落ちても着地できるだろうという結論から最短での侵入ルートを選択する。

 特にクレシアの探知(サーチ)は、早い段階で三日月島の状況を把握したいという意図もあった。

 

 イルシオンに関しては、ネストルとクレシアの援護という形で危険性(リスク)を承知の上で同行をする。

 クレシアも彼に関しては気を張っており、落下した際に補助できるように全神経を研ぎ澄ましていた。


「いいか、振り落とされるなよ!」

「頼むぞ、フィアンマ」

「クレシアは、オレに掴まっておくんだ」

「うん。わかった」


 フィアンマの背中から見る景色は、格別だった。

 空の青さも、雲も白さも、全てが地上から見る景色とは違う。

 水平線の向こう側にだって、このままたどり着けるのではないだろうかと錯覚してしまう。


「きれい――」


 慌ててクレシアが口を噤む。こんな状況で発してはいけないと、手で口を抑える。

 ポロリと出てしまった言葉を咎める者はおらず、イルシオンは彼女の頭をポンと叩いた。


「ああ、綺麗だな」


 イルシオンは白い歯を見せ、それだけ言うと真っ直ぐに前を見る。

 こんなにも美しい世界は存在する。だからこそ、邪神の存在を許してはならない。


 悪意の集合体。闇が立ち上って柱のようになった魔力。

 それらとフィアンマを挟むようにして、龍族(ドラゴン)の群れが姿を現す。


「現れたな……。ヴァン! ボクの同胞をどうした!?」

「それはこちらの台詞だ、紅龍の。現れなければ、元の生活に戻れただろうに。

 同胞(おなかま)と、同じ目に遭うことも無かっただろうに」

「どういう意味だ!?」

「じきに判るさ」


 フィアンマが大きく息を吸い込む。背が反り、乗っていた三人が首へしがみつく。

 相対するヴァンもまた、息を吸い込んだ。

 紅龍王の吐き出す、炎の息吹(ブレス)と、黄龍王の吐き出す風の息吹(ブレス)が正面からぶつかる。

 凄まじい衝撃と、焦げる臭いが大気中へと散っていった。


 ……*


「もう、見えなくなっちゃったね」


 手を翳し、空を見上げても飛び立った龍族(ドラゴン)の姿は見えない。

 その速度に、背中の人達は大丈夫なのだろうかとフェリーが声を漏らした。


「あっちはもう信じるしかないだろう。それより、俺達も急ぐぞ」

「うん、そうだね」


 シンとフェリーは、アメリアを連れて橋を渡っている。

 向こう岸まで渡った後に、リタとオリヴィアが非戦闘員であるイリシャやフローラを護衛しつつ後を追う予定だった。

 彼らが先導したのは言わば橋の毒見役でもあり、フローラが安全に橋を渡る為の守護役でもあった。


 色々と想定しないといけない事があるからか。一歩進むごとに、シンの口数が減っていく。

 空気が重くなると、フェリーはどうしても昨日のビルフレストとの戦闘を思い出してしまう。

 耐えられなくなった彼女は、アメリアと会話をする事で気を紛らわせようとした。

 

「アメリアさんはその第一王子のコト、知ってるの?」

「ええ。私もかつては黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)として護衛を務めていましたから。

 アルマ様が留学前で10歳にも満たない頃でしたが、何度もお会いしていますよ」

「そうなんだ。どんなヒトだったの?」

「そうですね……。色んな才に恵まれた方だったとは思います。

 あとは、純粋な方というイメージでしたね。色んな人の言葉を聞いては、学習していく。

 ミスリアの歴史上でも、特に聡明な方になると思っていたのですが……」


 言葉を濁らせるアメリア。やはりこの謀反で(アルマ)の人生は大きく狂ってしまうであろう事を、彼女は強く懸念しているようだった。

 どうフォローすれば良いのか判らず、フェリーはシンとアメリアの顔を交互に見る。

 落ち込んでいるようにも見える彼女を励ましてほしいと、シンの袖を引く。


「シン。なんかない……?」


 自分の顔を見上げるフェリーは、眉を垂らして困った表情をしている。

 励ましてあげたいという気持ちは伝わるが、ミスリアの跡目争いに自分が口を挟める内容が思い当たらない。

 返答に困る一方で、彼女の言葉からシンはある確信に至った。


「ビルフレスト・エステレラ……」


 その名をぽつりと呟くと、フェリーの顔が強張る。

 こうなる事が判っていたので、シンはあまり口に出したくは無かった。


第一王子(アルマ)が純粋なのだとしたら、歪めた人間が居る。

 留学を提案したのも、同行を買って出たのも奴だとすれば、諸悪の根源は奴だろう」

「では、ビルフレストさんを止めれば……」


 少しだけ表情を明るくしたアメリアを否定したい訳ではない。

 しかし、シンは首を横に振る。

 

「もう、第一王子(アルマ)は動いてしまったんだ。止めるとすれば第一王子(アルマ)自身だ。

 ビルフレストの目的がどうであれ、第一王子(アルマ)自身の目的は明確に存在している」


 自分が国王に成って代わるという、明確な目的がそこにはある。

 最早、諸悪の根源を抑えただけで済む話ではない。


「じゃあ、どうすればいいの?」

「それは、土の精霊(ノーム)と話した時にフェリー自身が言っていただろ」

「あ……」


 フェリーは合点が行ったと、手をポンと叩く。

 小人族(ドワーフ)の里で土の精霊(ノーム)と会話をした際に、自分が言った言葉。


 ――悪いヤツをとっちめていったらいいんだよね?


「……そっか。うん、そうだよね」


 フェリーは自分の顔をパンと叩く。ひりひりとする頬が、彼女の目を覚まさせる。

 邪神に関わる人達は、その悪意という刃で色んな人を傷付けた。これからも、誰かをきっと傷付ける。

 だから、悪い事を考えられなくなるぐらいにとっちめればいい。あの時、自分が口に出した言葉そのものだった。


「シン、アメリアさん。あたし、がんばる!」

 

 吹っ切れたフェリーを見て、シンは安心をした。

 暗い顔をする彼女は、やはり見たくなかった。


 橋を渡り終えた三人は、決戦の地へと上陸を果たす。

 拍子抜けするほどにあっさりと渡り終えたものの、空気が重くなった事はその肌で感じ取った。

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