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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第二章 世界が変わった日
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12.魔女の護衛

 ミスリア国内ウェルカ領にある街、ソラネル。

 タートスから西へ進んだ先にあるこの街は周囲に薬草が多く採取できる森や遺跡が在る事もあって、多くの冒険者が集う。


 元・風祭が金髪の少女と銃を持つ男に遭遇する三日前。

 その金髪の少女ことフェリー・ハートニアはソラネルのギルドに居た。


「報酬がこれだけって……どういうコト!?」


 彼女の叫喚がギルド中に響き渡る。

 

 タートスへ寄った際に賞金首の換金をしようと考えていたのだが、衛兵長のハワードがアメリアに連行された事もあって慌ただしかった。

 原因の一端を自分が担っている事もあって、フェリー達はそそくさとタートスを通り過ぎて行った。


 そのせいで賞金首の換金が十日程延びてしまい、今日が念願の換金日……だったのだが。

 フェリーへ報酬として差し出されたのは銀貨5枚。金貨50枚とは程遠い金額だった。


「そう申されましても。手配書通りの報酬ですよ」


 困った顔をしながら、ギルドの受付が二枚の紙をフェリーへ差し出す。

 それはハッキリと『戦鎚のブルーゴ』『隠伏のゴッドー』と書かれた手配書だった。

 報酬はそれぞれブルーゴが銀貨4枚、ゴッドーに至っては銀貨1枚だった。


「え? はぇ??」


 突き付けられた現実にフェリーの理解が追い付かない。

 心当たりは……無いとは言えない。


 確かに、相対した際に二人揃って手応えが無いとは感じていた。

 しかしながら()()との戦闘で致死量の出血をしたり、魔力をかなり消費したので自分としてはやり切ったつもりでいた。

 賞金はあくまであの二人に懸けられていたのだから、もう少し疑問に思うべきだった。


 賞金首が虚栄心から見栄を張る事は左程珍しくは無い。

 ピアリーでは手配書が無かったので、恐らく皆信じ込んでしまったのだろう。


 しかし、銀貨5枚を金貨50枚と言い張るのは無理がある。

 価値にして100倍の差がある。無茶苦茶だ。


(こんなのサギじゃん!)


 手渡された銀貨を睨み付けながら、フェリーはギルドを後にした。


 ……*


「――ってコトがあったの!

 もー! アイツらサイアクだよ!!」


 シンと合流しても、フェリーの怒りは収まらなかった。

 手のひらに並べられた銀貨5枚を見せながら、悲憤の声を漏らす。


「そうか、残念だったな」


 実際にブルーゴとゴッドーとの戦闘を見ていないので、シンには評価がし辛い。

 手応えはなかったようなので、恐らくギルドの報奨金設定の方が適切なのだろうという推測ぐらいしか出来なかった。


「とりあえず、だ。ピアリーでの食事代と、銃弾一発分貰っていくぞ」

「おっけー」


 シンはフェリーの手のひらから銀貨を1枚拾い上げる。


「そして、だ」

「?」

 

 フェリーは首を傾げる。


「昨日の宿代を立替えておいた分も貰っておくぞ」


 フェリーの手のひらに残った銀貨4枚を回収する。


「え? いやいやいや、ちょっと待ってよ!?

 あたしの分がまっっったく残ってないんだけど!?」

「自己責任だろ」


 昨日、二人がソラネルに到着したのは陽も完全に落ち切った時間だった。

 野宿が数日続いて疲労していた二人は宿を取る事にした。


 時間も時間なので、もう後は「寝るだけでいい」と安宿での宿泊をシンは考えていた。

 対照的にフェリーは「お金が入るんだし、いいトコ泊まりたい!」と言い出して聞かなかった。


 彼女の浪費癖に辟易しながら、シンは説得を試みた。

 何せ最初は一泊金貨3枚の宿に泊まろうとしていたのだ。豪遊にも程がある。


 結果、朝食付きと暖かい布団。ついでに浴場のある宿を取る事でお互いの合意が取れた。

 湯舟に浸かる事で疲労は取れたし、朝食は美味しかった。結果としてシンとしても満足のいく宿だった。


 その宿の値段が、一人当たり一泊で銀貨4枚である。

 節約をしながら旅をしている二人にとっては、かなり攻めた金額でもあった。


 それも金貨50枚という皮算用があったからなのだが――。


「もー! シンのイジワル!」


 フェリーの目論見は外れ、無一文生活が続く事となる。


「いつも言ってるだろ。後先考えずに金を使うからこうなるんだ」

「はいはーい! あたしが悪いんですよーだ!」


 聞き飽きた小言に反抗して、フェリーはイーっと歯を見せ不貞腐れる。

 彼女が良い宿に泊まりたかったのはお金が入るからという計算ももちろんあったのだが、本音は別のところにあった。


 普段は交代で見張りをしている事もあって、寝起きなりなんなりを一通りシンに見られている。

 シンがそれに対して小言を言ってきた事はないのだが、乙女としてはそれはそれで物悲しい。


 なので、宿に泊まれる時ぐらいはきっちりと身だしなみを整えた所を彼に見せつけたかったのだ。

 持ち歩いている服でお気に入りのものを着たし、この間買った香水も使ってみた。


(それなのにさぁ……)

 

 かなり気を遣ったつもりなのだが、この唐変木は何も言わない。気付いている素振りすら見せない。

 流石にちょっとあり得ないと、フェリーの機嫌は斜めに傾いていた。


 加えてこの事態である。

 フェリーの苛立ちは募っていくばかりだった。


「シンのあんぽんたん!」

「悪いのはお前だろ」


 シンからすれば、むしろ高級宿を制止した事を褒めて欲しいぐらいだった。

 あのまま泊っていれば銀貨5枚では賄えていないのだから。


 はぁ。とため息を一度ついてからシンは尋ねる。


「それで、これからどうするんだ。この街にしばらく滞在するか?」


 幸い、この街の冒険者ギルドには依頼がたくさんある。

 遺跡での発掘品や薬草採取は登録されている冒険者に比べて安く買い取られるが、魔物退治や賞金首は同じだけの金額が受け取れる。

 魔物の討伐ついでに薬草を採取するのは、資金調達としてはアリだった。


「うーん……」


 フェリーとしてもお金を稼ぎたいという気持ちは当然持っている。

 しかし、たった今あれだけ大声を響き渡らせたギルド内にのこのこと戻るのが気恥ずかしかった。


「あの……」


 今後の方向性について頭を悩ませていると、一人の男が声を掛けてくる。


「はい?」


 大きな背嚢を背負った、恰幅のいい男だった。


「その恰好、旅のお方と見受けられますが」

「ええ、はい。そうですけど」


 恐らくマナ・ライドを見てそう言ったのであろう。ミスリアに流通していない事もあってマナ・ライドは非常に目立つ。

 両国のお国柄もあってか、対抗心を剥き出しに睨みつけられることも少なくない。

 二人からすれば便利な道具を使用しているだけなので、そういった視線は居心地が悪くなる。


 しかし、男の反応はそういったものとは真逆のものだった。

 

「おお、やはり! いえ、実はお二方に頼み事がありまして――」

「頼み事?」


 二人の声が重なった。


 ……*


 男は名をエコスと言った。

 エコスは行商を営んでおり、主にソラネル周辺で採れた薬草等を各地へ売り渡っているらしい。


 そのエコスが、シンとフェリーに声を掛けた理由は護衛の依頼だった。

 どうやら思った以上に積み荷が増えてしまい、雇っている護衛の数じゃ心許なくなってしまったらしい。

 売り捌けばまた身軽になるので、片道だけの護衛を頼みたいという話だった。


 行先はミスリア国ウェルカ領の中心地、ウェルカ。


「勿論、お礼は弾ませていただきます。道中の食事等も、全部私の方で持ちますので」

 

 破格の条件にフェリーの目が輝いた。


「おっけー! その護衛、引き受けましょう!」

「おお、本当ですか!」

 

 シンに意見を求める事なく、フェリーは同意した。


「おい、フェリー」

「いやだって、旅のついでだよ?

 ごはん出るんだよ? お金貰えるんだよ? 引き受けない理由ある??」


 実際、フェリーの言っている事は概ね正しい。

 旅が出来て、路銀が稼げて、道中の経費も浮くのだ。二人にとってはこれ以上ない待遇である。

 だからこそ、シンはタイミングが良すぎる事を警戒してしまう。

 

「なに? シンは行きたくないの?」


 煮え切らないシンの様子に、フェリーが訝る。

 このままだとピアリーの時のように、また別行動になりかねない。


「いや、どうせ大きい街には行きたかったんだ。謹んで受けよう」


 喧嘩となる前に、シンは自分が折れる事を選択する。

 エコスの顔が、安堵したように見えた。


 ……*


 森の中に造られた馬車道を、マナ・ライドと馬車が進んでいく。

 最初の打ち合わせでシンとフェリーがマナ・ライドに乗って先行し、他の護衛が周囲を護っていくという布陣となった。


 自分以外は屈強な男達ばかりだったが、フェリーは気後れする事なく護衛の任に就いている。

 何なら「女の子がいると華やかでいい」と言われて満更でもなさそうに浮かれているぐらいだ。


 道中、何度か魔物に襲われる事もあったが難なく退治して皮を剥ぐ。

 エコスが「売り物が増えた」と喜んでいた。

 

 異変が起きたのはソラネルを出て三日が過ぎた頃だった。

 周囲に魔物の気配もなく、黙々と先へ進んでいる時の事だった。

 

 突然、馬車が大きく揺れる。


「えっ!?」


 フェリーが慌てて振り返るが、何も見当たらない。

 シンも周囲に気を配るが、自分達以外の気配をまるで感じなかった。


「くそっ! 一体何なんだ!?」


 他の護衛の目にも映っていないらしく、状況が全く掴めない。

 

「嬢ちゃん、まずは雇い主だ! 馬車の中を確かめてきてくれ!」

「分かった!」


 護衛の男に言われるがまま、フェリーは荷台の中へと入っていく。

 シンはその様子に疑義を抱いた。


(何故、わざわざフェリーを――)


 荷台から最も近い場所に居たのは自分達ではない。

 それなのにフェリーを荷台へ誘導した理由は、次の瞬間に理解した。


「そういう事か……」

 

 外に出ている護衛の男が揃って、シンへ刃を向けている。

 自分達以外の気配がなくて当然だったのだ、他に誰も居ないのだから。


「……一応、囲まれる理由を訊いておこうか」

「あぁ!? この状況で余裕ぶってんじゃねえぞ!」

「まぁまぁ、いいじゃねえか」


 リーダー格と思われる偉丈夫の男が、怒り狂う仲間を宥めた。

 尤も、囲まれている状況は変わらないが。


「領主様の息子がとっ捕まっちまってよぉ。領主様は大層お怒りなんだ。

 そいつらの首を持っていけば、たんまりカネが貰えるってワケよ。

 なんでもマナ・ライドに乗った男と女の二人組らしくよぉ。そんなヤツこの国じゃまず見かけないだろ?」

「なるほどな」


 合点がいった。間違いなくその二人組は自分達だ。

 

 その一件にミスリアの騎士団長であるアメリアが立ち会っている以上、ギルドへ誤魔化しは利かない。

 自分達を犯罪者に仕立て上げる事は出来ないだろう。

 

 だからこそ、こういった連中(ゴロツキ)を使って復讐をしようという所だろうか。

 逆恨みにも程がある。


 尤も、この男達の目は非常にギラついている。

 相当な額を提示されている事は容易に想像できた。


「そいつらの荷物は貰っていいとも言われているしな。

 マギアの道具は高く売れるんだぜ。あァ、あの女も結構高く売れそうだな。

 領主様に頼んで――」


 男が言い切る前に、彼の脳天を銃弾が貫いた。

 産みの親に売られた経験のあるフェリーに、その言葉を聞かせたくなかった。


「て、てめェ!」


 護衛中はフェリーが率先して魔物を狩っていた事もあって、男達が実際の銃を見るのは初めてだった。

 その速度と殺傷力による先制攻撃に、男達がたじろぐ。


「どうせ殺す気だったんだろ?」

「う、うるせェ! 行くぞ、お前ら!」


 顔色を変える事なくそう言うと、男達は一斉にシンへと襲い掛かった。


 ……*


「だいじょうぶですかー……って、なにコレ?」


 フェリーが荷台の中に入り様子を確認すると、聞いていた話と中身が違っていた。

 荷台の中には精々数日分の食料しか入っておらず、とても運びきれない荷物があるようには見えない。


「あ、いや、えっと。これは……違う! 違うんですぅ!」


 しどろもどろになるエコスを前にして、フェリーの頭上に『?』マークが浮かぶ。

 全く状況が掴めない。

 

「どうした、嬢ちゃん?」


 馬車の中で待機していた護衛の男がフェリーへと話し掛ける。


「いや、どうしたもなにも急に馬車が揺れ――むぐっ!?」


 フェリーは突然男に口を塞がれる。男の顔が、醜く歪んだ。


「あぁ、そうだ。俺が揺らしたからな」


 フェリーは腰の魔導刃に手を伸ばそうとするが、そのまま羽交い絞めにされてしまい手が届かない。


「ちょっと、変なトコ触らないでよ!」

「この状況でも余裕なのはすげェが、ちょっと黙っててくれや。すぐ判るからよ」


 首筋にナイフのひやりとした感触を浴びたまま、男に荷台の外へと連れ出される。


 銃の乾いた音が、異変の知らせを彼女へ送っていた。

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