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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第十章 邪神顕現

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118.示される場所

 ビルフレストは己の身に何が起きたのかを理解するのに、時間を必要とはしなかった。

 自分は誘導(コントロール)されていたのだ、この男(シン)に。


 正解の存在しない二択。短絡的な罠(ブービートラップ)から、広い外へと戦いの場を移す。

 初めは視界の開けた場所へ出るのは、フェリーの潜伏箇所を特定させない為だと考えていた。

 広げた視界で、巧妙に隠れる彼女を見つける為に意識を割く為。防御主体による受け流しも、攻撃手(アタッカー)は自分ではない。囮なのだと。


 シンの持つ切り札は、フェリーではない。

 共に妖精族(エルフ)の里からミスリアへと移動した、妖精族(エルフ)の女王。

 リタによる妖精王の神弓(リインフォース)の一撃。

 雨のように降り注ぐ光の矢を見た時、流石のビルフレストも驚いた。


 同時に、好機だと思った。

 場違いでありながら、この局地戦で最も仕事をしている男。

 彼を味方に討たせれば、士気は大いに下がるだろうと。


 ビルフレストは見誤った。

 囮となって自分の気を引き付けていたシン。彼がどこまで囮としての役割を徹底していたのかを。

 リタによる矢の雨を見て、読み切ったと思い込んでしまった。

 深く、心の底まで想像するべきだったのだ。光の矢による雨が、()()()()()()()()()()広がっている事に。


 危機(ピンチ)好機(チャンス)と捉えたビルフレストは、目を曇らせる。

 シン・キーランドを傷付けるという選択肢が、彼の思考から敵の追撃へ備えるという思考を薄める。

 妖精王の神弓(リインフォース)によって放物線を描く光の矢さえ、囮だという事に気付けなかった。

 

 いや、ある意味では間違っては居なかった。

 シンとの密着を選ぶ事で、同士討ちの可能性は増していた。

 現にリタは、シンに当たらぬように左の脇腹を抉り取るに留まっている。


 しかし、誰の目にも明確な好機(チャンス)

 フェリーが、それを逃すはずもなかった。


 ビルフレストの左手に突き立てられた魔導刃(マナ・エッジ)

 茜色の刃が発する高熱は、彼の鍛え上げられた二の腕を灼く。

 

 妖精王の神弓(リインフォース)によって抉られた脇腹と、焦げた臭いを発する左腕。

 ふたつの激痛に耐えながら、ビルフレストは鋭い眼光をフェリーへと向ける。


「ひ……」


 フェリーの身体が強張る。勇気を出して突いた刃は、この男(ビルフレスト)へと届いた。

 それでも、先ほど植え付けられた恐怖を全て拭い去るには至らない。

 怯んだ一瞬。ビルフレストが、己の身体を大きく捻る。


「ぐっ……」


 自らの腕から黒い煙が上がり、皮膚が焼け爛れていく。

 それでも構う事なく、ビルフレストは己の左腕を胴から離す。

 

 ボロリと崩れるように落ちた左腕。

 自分の腕すら使えないと判断した瞬間に、あっさりと切り離す。その様子に見ていたオリヴィアを戦慄させる。


 自分のように再生する訳ではない。それなのに、腕を棄てるという決断を即座に選ぶ事が出来る。

 フェリーもまた、驚きで目を見開いていた。


 その中でただ一人。シンだけが焼け爛れた腕ではなく、ビルフレスト・エステレラを見ていた。

 ビルフレストが左腕を棄てる為に身体を捻る。それはつまり、逃がさぬように掴んでいた右手をシンから離す事を意味していた。


 シンがミスリルの剣を掲げると、リタが上空へ放っていた矢が触れる。

 魔術付与(エンチャント)された剣の、水の羽衣と混ざり合い刃を大きくさせる。

 放物線から放たれた矢の雨は、元々殺傷能力など持ち合わせては居なかった。

 全てはビルフレストの行動を制限する為に容易された罠。


 剣の魔術付与(エンチャント)を強化する為の、神器による補助の矢。

 かつてギランドレで、シンの剣へ放ったものだった。


「――おおぉぉぉっ!」

「ちいっ――」

 

 巨大化した刃を、シンはそのままビルフレストへと振り下ろされる。

 防御が間に合わない。そう判断したビルフレストは身体を逸らす事で致命傷を避ける。

 着こんだ鎧の胸当てが、剣の軌道を大地へと導いた。


 そのまま地面に叩きつけられたシンの剣を蹴り、彼の体勢を僅かに崩す。

 流れた身体はフェリーへと傾き、追撃を試みる彼女にたたらを踏ませた。


 しかし、シンの追撃は止まない。

 崩れた体勢から放たれるは、銃。ビルフレストの足元から、凡その位置に当たりを付けての銃撃。

 それは鎧によって弾かれるが、彼に踏み込む事を躊躇わせた。


(流石にこのままでは無事で済まないか)


 ビルフレストは外套(マント)に隠した筒を取り出す。

 詠唱を破棄した炎の魔術で、(それ)に火を点ける。

 瞬く間に白い煙が、全員から視界を奪う。


「っ! フェリー、離れろっ!」


 ツンと鼻に突く臭いを感じたシンが、霧の中に隠れたフェリーへ叫ぶ。

 催涙の強い植物を混ぜ込んだ煙。かつて、似たような物を自分も使った事がある。


 殺傷性こそないが、まともに浴びればこの男(ビルフレスト)の太刀筋が消えてなくなる程の涙が目を覆う。

 そうでなくとも、白い煙が彼との距離感を曖昧にした。今は近くに居るのかどうか判らない。

 自分かフェリーを狙っているのか判らない。そもそも、こんな物を戦闘で使用するタイプだとは思えなかった。


 しかし、ビルフレストの思惑通りに事は進まない。

 地面に強い衝撃が加わる。大地が震え、シンとフェリーの身体を揺らす。

 同時に広がっていた煙は、強烈な風によって立ち昇っていく。

 瞬く間に霧散していき、全員の視界をクリアにした。


「意外。ビルフレストさんも、そういうの使うんだ」


 開けた視界に立っていたのは、クレシア・エトワール。

 霧散していく煙は、彼女が操る風によるものだった。

 そして、彼女を左腕で抱きかかえるように立っている一人の少年。


「ビルフレスト! この間の借り、返させてもらうぞッ!」


 右手に握られた神器。紅龍王の神剣(インシグニア)

 その切っ先をビルフレストに向け、イルシオンは声高々に叫んだ。


 ……*


「……当たった?」

「はい、ちゃんとビルフレストにだけ当たってます。お見事です、リタさん」


 オリヴィアが頷くと、リタは情けない声を出しながらその場にへたれこんだ。


「はぁ~……。良かった、シンくんに当たらなくて本当に良かった……」


 大きなため息をついて、安堵する。

 光の矢による雨が、魔術付与(エンチャント)強化を意図したものだというのはシンのアイデアだった。

 それなら確かに味方を傷付けずに済むと納得をしたリタに、彼はとんでもない要求(オーダー)をしてきた。


 ――矢の雨を囮にして、最短距離で敵を撃ち抜いてくれ。足止めはする。

 

 無茶苦茶だと思った。足止めをするという事は、シンが傍にいる事の証明。

 万が一、彼を傷付けてしまえばフェリーに合わせる顔が無い。

 シンが自分に危険が及ぶ可能性に触れなかったのも、フェリーが反対するからに決まっていた。


 だが、リタは彼の要求に応えた。

 鋭くなった魔力感知。その感覚を最大限研ぎ澄ますと、揺るぎない強い魔力の他にもうひとつ。おかしな存在があった。

 強い魔力とは逆に、不自然に生まれている魔力の空白。


 シンが持つ古代魔導具(アーティファクト)の短剣。

 大気中の魔力すら吸い取り、彼の軌跡に沿って魔力の空白を生み出す。

 それに気付いたからこそ、リタはシンの策に乗る事を選んだ。

 

 揺るぎない魔力だけを撃ち抜き、不自然な空白を避ける。

 全神経を集中して放たれた妖精王の神弓(リインフォース)の一撃は、見事にビルフレストだけを撃ち抜いた。


「……絶対にもうやらない」

 

 へたり込んだまま呟いたリタの頭を、レイバーンが優しく撫でた。



 

 

 玉座の間で行われている戦闘。

 それに一切関与する事なく放たれた、リタの妖精王の神弓(リインフォース)


 光の矢が進む先に何が在るか。

 それを最も理解しているのは、サーニャだった。


 床を、壁を抜いて真っ直ぐに進んでいく矢。

 あんな乱暴な一撃が、当たる訳は無い。そう思いつつも、意識を下に奪われる。


「余所見出来るほどの実力差があるとは思ってねえぞ!」


 ヴァレリアが大剣を振るうと、ボロボロだった床が更に砕けていく。

 大きな回避行動を余儀なくされるが、その瞬間にグロリアが魔術による援護を放ってくる。


 降りた黄龍が身をもって自分を庇いだてるが、彼女達は龍族(ドラゴン)に怯む様子は無い。

 純粋な力比べになると、まだ分が悪いとサーニャは苛立ちを覚えた。


 そんな中で、リタが放った矢の方向に注視した人間が居た。

 先日、彼を刃を交え傷を負ったイルシオン。

 彼が矢の先を見るとそこには深手を負っているビルフレストの姿があった。

 

「ビルフレストに傷を負わせた……?」


 自分との斬り合いで、余裕の態度を一切崩さなかったビルフレスト。

 多人数とはいえ彼に傷を負わせた。その事実は、イルシオンを驚かせた。


 刹那、彼を中心に白い煙が広がる。

 シン達の連携が生んだまたとない好機を潰さんとするビルフレスト。

 戦況を逆転されてなるものかと、イルシオンは動いた。


「クレシア、行くぞッ!」

「え? イル? ちょっと!?」


 クレシアを抱きかかえ、シンと同じように崩れた壁から飛び降りるイルシオン。

 だが、彼と違い命綱は用意していない。咄嗟にクレシアが風の魔術でクッションを作らなければ、自爆している所だった。

 尤も、クレシアは気付いている。クッション(それ)込みで、自分も連れていかれたのだと。


 ……*


「イルシオン・ステラリードか」

「ああ! お前を逃がす訳には行かない!」


「ああ、また面倒なのが……」


 頭を抱える小さなオリヴィアに、クレシアは「聴こえてるから」と呟いた。


「えと、シン……」


 フェリーは味方が増えた事により、どうするべきかとシンの顔を見上げた。

 シンもまた、イルシオンとクレシアがこの場に現れる事は想定していなかった。

 味方ではあるが、既知の仲ではない。人数も増えた事により、リタとの連携もシビアになる。


 だが、これは好機でもあった。

 純粋な力押しで、目の前の男(ビルフレスト)を与するまたとない機会。

 

「上手く、あの二人に合わせるぞ」


 頷くフェリーの横で「出来ますかね?」とオリヴィアが毒づいていた。


(……この状況では、第二王女(イレーネ)までたどり着く事は不可能か)


 ビルフレストにとっては、大きな痛手だった。

 邪神を顕現させるまでの時間稼ぎ、かつ相手の戦意を削ぐ意味で仕掛けた奇襲。

 それが失敗に終わった事を認めざるを得ない状況。

 

 上空を見上げると、黄龍もその数を減らしていた。

 自分とサーニャがこの場を離脱するには、黄龍の助力が必要不可欠となる。

 離脱の意思を、報せなくてはならない。


「――遮断壁闇(ミュールノワール)


 ビルフレストの右手から、黒い矢が射出される。

 唯一、それに見覚えのあるシンが叫ぶ。かつて、ギランドレでテランが放ったものと同じ魔術だった。


「避けろ!」


 説明は無い。だが、その剣幕は全員の足を一歩下げるには十分だった。

 ビルフレストの足元に刺さった黒い矢が、闇を生み出す。

 黒いカーテンが、彼を覆うように高い壁となる。瞬く間に、互いの視線を完全に遮断した。


「なんだこれは……!?」


 イルシオンが神器により、闇のカーテンへ斬りかかる。

 分厚い壁が刃を阻み、破壊には至らない。

 シンやフェリーも同様に試みるが、結果は同様だった。

 

 ビルフレストの放った遮断壁闇(ミュールノワール)は、カーテンといった生易しい物ではなく、最早一種の結界と化していた。

 その中に、一体の黄龍が身を沈めていく。この場の離脱に向けての準備を、闇の中で整えていた。


 ……*


 ビルフレストが放った遮断壁闇(ミュールノワール)。その闇は、玉座の間にまで伸びていた。

 サーニャは察する。撤退の合図なのだと。


 ヴァレリアの大剣による一撃に吹っ飛ばされた体を装い、そのまま黄龍の背へと乗る。

 黄龍は暴風の息吹(ブレス)を吹いて牽制を試みるが、それはアメリアの魔術によって遮られる。


「逃げるんですの? 案外だらしないですわね」

「ええ。上司の命令ですので」


 グロリアの挑発に乗る事なく、サーニャを乗せた黄龍は高度を上げていく。

 その姿に意識を奪われた瞬間。玉座の間にて息も絶え絶えの黄龍が最後の意地を見せる。


「アアアァァァァァァ!!!」


 蛇のように長い身体を、鞭のようにしならせる。

 それは壁の隅に震えていた貴族達を弾き飛ばし、壁との間に挟まれて潰される者が現れる。

 潰れた果実が、果汁を吹くかの如く血飛沫が壁を塗りたくる。

 凄惨な光景に耐性がない貴族や、非戦闘員。殆ど争いの無かったリタ等は思わず目を逸らす。


「貴様……!」


 暴れまわる黄龍の喉元に、ヴァレリアが大剣を突き刺す。ビクビクと身体を揺らすが、やがてその巨体は全ての体重を地面へ預けた。

 怒りで剣の柄を強く握りしめるヴァレリアが、上空に居るサーニャを睨みつける。しかし、その咆哮は彼女の表情を変えるには至らない。


「ま、ウチの事情を知っている貴族に裏切られても面倒ですからね。

 処分させてもらいました。それでは、今日はこの辺りで」

「どこへ行くつもりだ!?」

「いくら陛下でも、それは教えられませんよ」


 怒りを露わにするネストルすら、サーニャは受け流す。

 そんな彼女の表情を変えたのは、彼女にとっては予想外の人物。視界にすら入っていない者だった。


「……三日月島」


 そう呟いたのは、イリシャだった。

 小さな声だが、彼女ははっきりと言った。確信を持っているのは、眼を見れば明らかだった。


 口にこそ出さないものの、サーニャの見せた表情が本物の情報である事を証明する。

 彼女はそのまま一言も発する事なく、その場を離脱した。

 肯定も否定もしない事が、信憑性を高める結果となった。


「イリシャちゃん……?」

「間違いないわ。次の戦いは、そこよ」


 目を丸くするリタに、イリシャは優しく微笑んだ。

 どうして知っているのかは、語ろうとはしない。

 

 ただし、イリシャの口によって決戦の地は示された。

 歴史の動く日。その舞台は、三日月島となる。

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