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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第十章 邪神顕現
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115.魔女へ向けられる悪意

 玉座の間にて、シンがサーニャへ銃口を向けている頃。

 フェリーは目的もなく、王宮をフラフラと歩いていた。

 まだ、起きている異変に彼女は気付いていない。

 

 数名の侍女(メイド)が、フェリーへ奇異の視線を向ける。

 無理もない、こんな非常事態に見慣れない人間が歩いているのだから。


「えと、こんにちは」


 流石に客人と言えど、肩で風を切るような真似をするのは気が引ける。招待された訳ではないので尚更だ。

 すれ違う人にぎこちない笑顔で挨拶をすると、侍女(メイド)達は戸惑いながらも挨拶を返してくれた。

 居た堪れなくなったので、フェリーは自然と人気の少ない場所を求めて歩んでいく。

 結果、フェリーが気付く事は無いのだが、玉座の間からほぼ真下の位置にたどり着いていた。


「……はあ」


 やってしまったと、フェリーはため息をつく。

 シンは、アメリアと仲良く話をしているだろうか。

 いや、逆だ。アメリアは、シンと仲良く話が出来ているだろうか。


 自分は約束を盾にして、シンの人生を縛っている。

 それでも、決して彼に「もういいよ」とは言えない。

 シンは自分を憎んでいる。もしもその言葉を発せば、二度と会う事は無いだろう。

 彼から離れてしまえば、自分には永遠に続く苦痛が待ち受けている。


 妖精族(エルフ)の里で、彼が居ない間。イリシャやリタと居る時間も、勿論楽しかった。

 けれども、シンがいなくて寂しかった。顔が見たかった。声が聞きたかった。


 頑張って、10年も時間をかけて、少しずつ抑えようとしてきた気持ち。

 シンの優しさに甘えながらも、恋心とは違う。もっと簡単な関係で、表面だけを取り繕えるようになれれば。

 そう思って、積み重ねてきたものはあっさりと壊れた。

 

 駄目だと、無理だと悟ったのは、ウェルカでの出来事だった。

 腕の中で体温を失っていくシンを見て、フェリーはただただ泣く事しか出来なかった。

 怖かった。自分の大切な男性(ひと)が、いなくなる事が。


 無理に気持ちを閉じ込めようとしても、日に日に想いは積み重なっていく。

 いつ、どこで、なにが切っ掛けでまた心の壁が決壊するか判らない。

 それを思い知らされた気分だった。


「……はあ」


 フェリーはもう一度、ため息をつく。

 自分は本当に業突張だ。拒絶されても尚、彼の傍にいたい。

 どれだけ『死』を渇望しても、最後の景色は彼の姿でありたい。

 シンがお人好しでなければ、絶対に成立しない我儘。


 だからなのかもしれない。

 彼が自分のやりたい事を優先してくれる時、ふと思い浮かぶのはシンの顔。

 優しい彼だったら、どうするのだろう。と。

 

 過去に犯した過ちの贖罪が無いと言えば嘘になる。

 けれど、やはり自分にとってシンは特別で、彼の隣に胸を張って居られる選択肢を求めてしまう。

 

 なんて事はない、ただ自分が救われたいだけなのだ。

 死ねない間も自分はずっと、シンに『救い』を求めているのだ。

 シンでなければ、とっくにそっぽを向かれていてもおかしくないと自分でも思う。


「……リーさん」

「……? 誰かしゃべった?」


 ふと、小さな声が鼓膜を揺らした。周囲を見回すが、人影は見当たらない。

 空耳だろうかと首を傾げたが、それはもう一度聞こえた事で否定された。


「フェリーさん! わたしです、オリヴィアです!」


 声の主は、オリヴィアだった。

 オリヴィアの声が聞こえたのは、フェリーの足元。ちょこんと、可愛らしい姿で。

 以前出逢った小人族(ドワーフ)よりも一段と小さい。

 掌にすっぽりと収まりそうなぐらいの小さなオリヴィアが、そこに居た。


「……オリヴィアちゃん?

 え? なんでちっちゃいの?」


 事態が呑み込めず、フェリーは何度も眼をぱちくりと瞬きする。

 何がどうなって、こんなに可愛らしい姿になってしまったのか。


「えと、それには色々と理由がありまして……」


 オリヴィアはまず自分の状況より優先して、玉座の間の状況について話し始めた。

 突如、黄龍に乗って現れたサーニャの存在。


 彼女の言動により、後ろめたい気持ちを持っていそうな大臣達が狼狽える。

 そこへ一石を投じたのが、シン。彼は銃口突き付け、半ば強引にその場を治めた。


「で、その時にわたしへ視線を送ったので、何かしなきゃいけないと思ったんですよ」

 

 シンはクーデターの件も、ミスリア王宮についても明るい訳では無い。

 そう思うと、必然的に彼が気にしているのはフェリーに違いないと結論付ける。

 

 サーニャに気取られぬように接触が出来る人間として、自分に目配せをしたのだとオリヴィアは判断した。

 シンはサーニャを陽動だと結論付けている。そうなると単独で居るフェリーに危険が及ぶ可能性を懸念していたのだと。


 彼の意図を汲んで、オリヴィアが採った手段は流水の幻影(ブルー・ミラージュ)によって創られた、水の分身による接触。

 ただ、サーニャに気取られぬよう詠唱を破棄し、更には玉座の間から見えない位置。

 つまり、別の部屋で分身を出現させるという強引な手段を用いてしまった。


 その間もシンとサーニャの舌戦は続いている。

 どうしても意識がそっちに引っ張られてしまい、イメージにブレが出てしまう。

 元々、流水の幻影(ブルー・ミラージュ)はオリヴィアが開発した独自の魔術である。

 魔術の構築式は確立しきっておらず、オリヴィアの裁量によるところが大きい。


 先日、ラヴィーヌと戦闘をした際にはきっちりと詠唱に時間をかけたうえで、二体を出現させる事が出来た。

 自分が滞在していたフローラの部屋で。つまり、出現位置の指定をしていないという条件つきで。

 それが今回は、離れた位置で、詠唱を破棄してという要望(オーダー)だ。

 二人の会話に気を取られた事もあり、イメージがブレた結果として、掌サイズのオリヴィアが完成してしまった。

 因みに、試してみたがこの分身は魔術も使えない。完全にマスコットとしての自分を生み出した形だった。


「……まあ、結果的にはフェリーさんに逢えたからいいんですけどね」

「というか、よくシンの考えてるコトわかったね」


 一瞬のアイコンタクトで、付き合いも浅いオリヴィアが彼の意図を察した事を素直に感心する。

 ただ、同時に複雑な気分でもあった。長い付き合いでも、フェリーは彼が何を考えているのか時々判らない。

 それは単に、自分がシンに怨まれている。拒絶されているという先入観から、無意識に自惚れないようにしているだけなのだが、今のフェリーには知る由もない。

 

「まあ、考えるのは好きですしね。

 それに、わざわざわたしに頼むような事なんて限られてるでしょうから」


 一方、オリヴィアにとっては難しい問題では無かった。

 イリシャの家で、リタやレイバーンが共にいる経緯を教えてもらった。

 その際に、フェリーを狙われた怒りで単独敵国(ギランドレ)に乗り込もうとした無謀な男の話も聞いているのだ。

 (アメリア)には申し訳ないが、彼はいつだってフェリーの事を大切に想っていると実感したからこそ出た答えでもあった。


「えと、オリヴィアちゃん。じゃあ、あたしはどうしたらいいのかな?」

「うーん……」


 肝心のその部分は、オリヴィアもシンから聞かされていない。

 ただ、態々探しに行かせるという事は合流を目的にしていると思っていいだろう。

 彼は奇襲を警戒している。単独で居る彼女を、放っては置けないはずだ。


 現に、玉座の間。リタの矢により拓かれた空の向こうには、多くの龍族(ドラゴン)が舞っていた。

 戦力的にも、状況的にも、フェリーの助力は必要とする所だった。


「えと、いつ龍族(ドラゴン)が降りてくるか判りません。

 合流して、迎撃態勢を取りたいのですが……」

「おっけ。じゃあ、シンたちのところに――」


 刹那、フェリーから大量の冷や汗が背中を濡らす。

 彼女の本能が、警戒のアラートを鳴らす。


 コツ、コツと一定のリズムで近付いてくる足音は時間を刻んでいるようでもあった。

 人気の少ない回廊で、二人は邂逅を果たす事となる。


 フェリーとオリヴィアの眼前に現れたのは、一人の男だった。

 漆黒の髪とそれに合わせたかのような真っ黒な外套(マント)

 体型こそ隠れて判らないが、身長は随分と高い。190センチ近くはあるだろうか。


 極めつけは自分へと向けられる視線。敵意や殺意ではない。

 ただ、その翡翠の色をした瞳の奥には髪や外套(マント)以上のドス黒い悪意を感じた。

 

「フェリー・ハートニアか」


 男は、フェリーの顔を見るなり呟いた。

 この状況で単独行動を行い、更には自分の名前を知っている人間。

 十中八九、それが敵だという事は、フェリーもまた理解していた。


「……ビルフレストッ!」


 フェリーの手の中で、オリヴィアが吠える。

 その名を聞いて、フェリーは顔を上げた。

 フローラの暗殺を企んだ第一王子(アルマ)派の心臓。ビルフレスト・エステレラ。


「オリヴィア・フォスターも居るのか」


 フェリーの手に収まるオリヴィアを見て、ビルフレストはほんの僅かだが目を見張った。

 先日、流水の幻影(ブルー・ミラージュ)による分身を操る彼女の姿には敵ながら感心をした。

 それの応用だろうかと、流水の幻影(ブルー・ミラージュ)の可能性に興味を持った。


「貴方のせいで、サーニャは!」

「それは言いがかりだ。サーニャ・カーマインが望んだ事でもある」

「どうせ、貴方が唆したんでしょうに!」


 オリヴィアの怒りを、ビルフレストは受け止める事すらしない。

 彼の興味は、既にオリヴィアの分身体からフェリーへと移っていた。


 じっと送られる視線に、フェリーは嫌悪感を示した。

 品定めをされているようで、気分が悪い。


「朽ちぬ身体。じっくりと研究したい所だ」


 僥倖だと言わんばかりに、ビルフレストは剣を抜く。

 放たれた明確な悪意に、フェリーの身の毛がよだつ。


「オリヴィアちゃん、ごめんっ!」


 自分の手に収まっているオリヴィアを、フェリーは出来るだけ優しく宙へと投げる。

 何をされたのか理解できず、小さなオリヴィアはただただ瞬きをするだけだった。


「へ? フェリーさん?」


 ふわりと宙に浮くオリヴィアは、放物線を描くだけで身動きが取れない。

 その間に出来たのは、その間に起きた事をその眼に焼き付けるだけだった。


 フェリーが魔導刃(マナ・エッジ)を取り出す。茜色の刃が、熱を帯びて形成される。

 先手必勝と言わんばかりに、一歩を踏み出した瞬間。彼女は強引に身体を捻っていた。

 

 咄嗟に行動を切り替えた理由は、傍から見ていたオリヴィアにはすぐに解った。ビルフレストの刃が、フェリーの左腕を捉えていた。

 骨まで断たれ、多量の出血と共にだらんと垂れる左腕は辛うじて繋がっているだけだった。


「いい反応だ」

「あんまり、ホメられてもうれしくないかな」


 奥歯を噛みしめ、痛みを堪える。

 左手を動かそうとするも、反応が無い。神経までばっさりと断たれているようだ。

 切断されるよりは、治りも早いはずだと自分に言い聞かせる。その間、彼が待ってくれるはずはないだろうと思いながら。


「っ……!」


 身体を止めてはいけないと、右手に握られている魔導刃(マナ・エッジ)を必死に振る。

 その度に反動で揺れる左腕が、フェリーの顔を苦痛で歪めた。

 思い切りの魔力を込め、空気中をチリチリと乾燥させていく魔導刃(マナ・エッジ)を、ビルフレストはいともたやすく捌く。


 フェリーの剣は我流で、師匠と呼べるような人間は居ない。

 彼女が魔導刃(マナ・エッジ)を持つに至った経緯や、理由から当然の事でもあった。

 それでも怯まぬ心と、膨大な魔力が注ぎ込まれる魔導刃(マナ・エッジ)によって幾多の敵を退けてきた。

 結果、荒さは目立つが戦うに於いて問題を感じ取るレベルのものではなくなっていた。

 

 しかし、燃え盛る炎の剣を受け止められる人間に出逢った時。その者にとっては児戯としてしか映らない。

 ビルフレストの剣は、イルシオンの紅龍王の神剣(インシグニア)をも受け止めた。

 同じ炎の剣。それも神器を受け止めて、なおもその輝きを失っては居ない。

 使い手の技量差も相まって、フェリーの魔導刃(マナ・エッジ)を受け止める事は、紅龍王の神剣(インシグニア)よりも遥かに容易だった。


「無駄だ、その刃は私には届かない」


 魔導刃(マナ・エッジ)を受け止めたビルフレストは、そのまま刃を滑らすようにしてフェリーの右手首を払う。

 身の危険を感じたフェリーが、咄嗟に引くが間に合わない。右手首から下が、ゴトンと地面に転がる。

 使用者の魔力が供給されなくなり、茜色の刃はその輝きを失う。


「はあっ、はあっ……」


 ぽたぽたと血を垂らしながら、フェリーは己の手を落とした人間の顔を見上げる。

 表情をひとつも変えることなく、ただただ刃を振るうその男は、今まで自分が見た者の中で一番恐ろしいと感じた。


(どうしよう。どうしたら……)

 

 左腕の感覚はまだ戻らない。魔導刃(マナ・エッジ)を拾う事も出来ない。

 このままではまずい。そう考えたフェリーは、破れかぶれに自分の右肩を思い切り壁へとぶつけていた。


 魔力を全力で込めたタックルは、部屋の壁を破壊する。

 部屋の中に身を隠す事は出来ない。ビルフレストに見られている。

 自分が何をしているかも判らない程に、フェリーは思考が混濁していた。


 浅い呼吸を何度も繰り返すが、気は休まるどころか焦りを加速させていく。

 左の指先が、ピクリと動く。どうやら感覚が戻って来ているらしい。

 しかし、だから何だと言うのか。魔導刃(マナ・エッジ)は右手ごと落とされている。

 素手の左手一本で、どうにかなる相手ではないと思い知らされている。


 自分が崩した壁の向こう側から、ビルフレストが姿を現す。

 刃に塗りたくられた自分の血が、恐ろしいものに見えた。

 彼が戦闘前に言った言葉を思い出す。


 ――じっくりと研究したい所だ。


 脳内で反芻されたその言葉が、フェリーを震えさせる。

 マレットとは明らかに違うニュアンスで言われた言葉の裏には、悪意がある。

 恐ろしい。おぞましい。何をされるのか、知りたくもなかった。


「観念しろ。お前に逃げ場はない」


「こっちの台詞だ」


 不意に、声が聞こえた。フェリーのよく知っている声だった。

 彼女が顔を上げると同時に、部屋の窓がパリンと音を立てる。


 銃弾が二発、外から撃ち込まれる。

 それは硝子を突き破り、ビルフレストへと襲い掛かる。

 一発は躱し、もう一発はフェリーの血が付いた剣で受け止める。


 しかし、それは囮に過ぎなかった。

 ロープ状となった水の羽衣が弧を描いている。それに掴まる一人の男。

 伸びきった羽衣は反動で窓へと振り子のように叩きつけられるが、男が構う素振りを見せる事は無かった。

 

 窓が大きな音を立てて割れる。破片が部屋の内外に飛び散り、光に反射して多彩な光を放っていた。

 硝子が彼の頬に筋を引くが、気にしている様子はない。

 男はそのままフェリーとビルフレストの間に割って入る。


「覚悟は出来ているだろうな」


 明確な怒りを添え、銃口がビルフレストに突き付けられる。

 眉ひとつ動かす事すら、彼に引鉄を引かせる理由になる。それほどの強い意志を、ビルフレストは感じ取った。


「……シン」


 フェリーは、その男の名を呟く。

 ビルフレストに感じていた恐怖は、自然と消え去っていた。

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