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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第二章 世界が変わった日
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11.世界を渡って

 風祭祥悟にはかつて親友がいた。

 同じ会社に入社して、同じ場所に配属される。

 出逢いはたったそれだけだったが、二人は瞬く間に意気投合をした。


 チェーン店の居酒屋で、安酒を呑みながら青臭い理想論を語り合う事もあった。

 誰にでも優しく、仕事もできる最高の親友だった。


 やがて、お互い別々の部署へ異動する事になった。

 顔を合わせる機会は減ったが、彼なら誰とでも上手くやっているだろうと思っていた。


 実際は、そうでは無かった。

 親友はいつの間にか、会社を辞めていた。


 理由は風祭に報される事は無かった。

 ただ、虫の知らせで大まかな概要は掴めた。


 彼は人間関係が上手く行っていなかった。

 もっとストレートに言うならば、執拗な嫌がらせに遭っていた。


 親友は誰とでも分け隔てなく接していた。

 不思議な話だが、それが許せない人間も居るらしい。


 自分が見下している人間への接し方と、自分への接し方。

 彼にとってはどちらも同僚に対する当たり前の行動だが、そんな事でさえ許せない人間も居る。


 他人を普段から見下している人間にとって、レッテルを貼るのは容易だった。

 自分を特別扱いしない。たったそれだけで自尊心に傷がつくのだ。


 そして、嫌がらせも至極単純かつ効果的なものだった。

 自分が気に喰わない人間に対して、レッテルを貼るだけなのだ。


 お山の大将と、その子分がそれを拡散するだけで親友は瞬く間に気力を失っていった。

 尤も、あまりに度が過ぎてくると親友もさすがに上司へと相談を行ったらしい。

 皮肉にもそれが決め手となった。


 上司がレッテルを貼った張本人たちへ密告を行っていたのだ。

 どんな風に訴えてきたのか、どれだけ辛そうにしていたかを面白おかしく。

 上司にとっても親友が目の上のたんこぶだった……というわけではない。


 ただ、楽な方へ逃げたのだ。

 多数の加害者を正して、自分へ逆恨みの矛先が向く事を恐れたのだ。


 改善はおろか悪化の一途を辿っている事に絶望した親友は、姿を消した。


 風祭がそれを知ったのは、親友が退職した数ヶ月後だった。

 久しぶりに飲みにでも行こうか軽い気持ちで送った連絡先は、既に使用されていなかった。


 彼からの最後のメッセージは『久しぶりに飲みにいかないか?』と絵文字混じりに送られていた。


 風祭が送ったものと全く同じ文章だった。

 あの時、忙しいからと彼からのSOSをスルーしてしまった自分を殴りたい衝動に駆られた。

 そんな事をしても親友が戻ってこない事を理解していながらも。


 残った自分は、何ができるだろうかと考えた。

 そして、ひとつの行動を起こすことに決めた。


 風祭はがむしゃらに働きつつも親友が辞めた原因に対してもアプローチを始める。

 勝手に弔い合戦を始めてしまった形だが、そうでもしないと自分の気が収まらなかった。


 慎重に、時には大胆に証拠や証言を確保していく。

 勿論、仕事を疎かにしては本末転倒だ。敵に反撃をする隙を与えないよう、細心の注意を払った。


 標的と対面して、どれだけ腸が煮えくり返っても決して笑顔を絶やさない。隙を見せてはいけない。

 営業部に転属となった当時は「営業なんて絶対に無理」と思ったが、意外と天職だったのかもしれないとこの時ばかりは思った。


 結論から言うと、風祭は弔い合戦に勝利をした。

 それなりの落とし所はあったが、表立った加害者達には相応の処罰を与える事が出来た。

 

 頼まれたわけでもない自己満足の行動だが、それでよかった。

 もう親友と連絡を取る事はできないが、どうしても言いたかった。


 どうせバレているであろう自分のSNSで、彼にだけ伝わるよう高らかと勝利宣言をした。

 見知らぬアカウントからの通知が届いた時、言いようのない達成感に満ちた。


 ほぼ同時に、風祭の視界が歪んだ。

 緊張の糸が途切れ、無我夢中で動き続けたツケを払う時が来てしまった。


 悲鳴を上げる身体を無視し続けていた代償は大きかった。

 風祭の意識はブラックアウトし、そのまま目覚める事は二度となかった。


 ……*


 風祭はぼんやりとした、不思議な空間に立っている事に気付いた。


 周囲を何度も見回したが、ぼんやりとしていて輪郭が掴めない。

 酔っているのかとも思ったが、そうでもないらしい。

 全体的におぼろげで立ち位置すら怪しいし、よく見ると自分の身体もなんだか白く輝いている。

 

 誰がどう見ても、それを見て自分の事を風祭祥悟だと判る人間はいないだろう。

 

 注意深く景色を見渡していると、後ろの方にうっすらと外の景色が映った。

 ビルが立ち並ぶ、自分がよく知っている街の風景。


 朝日が昇っている。早く起きて出社しなくては。

 そう思う心とは裏腹に足が、身体が戻ろうとはしない。

 いくら歩いても距離が一向に縮まらない。あるいは、歩けていないのかもしれない。


 風祭は意識を失う前にあった、達成感。

 そして襲い掛かってきた疲労感を思い出した。

 導き出される結論は、ひとつだった。


 自分はきっと、死んでしまったのだ。

 なんとなく、そう考えるとこの不思議な空間も腑に落ちた。


 ――それじゃあ、どうしようか。


 とはいえ、自分の意識ははっきりとしている。

 この謎空間にずっと取り残されるのはいくら何でも退屈すぎるので、勘弁願いたい。


 真っ白な身体で頭を抱えていると、声が聴こえた。


 何人もの、真っ白な身体がこちらへと歩いてくる。

 全員同じ見た目な事もあってか、正確な人数は判らない。

 ただ、談笑をしながら歩いているようにも見えた。


 ――あら、こんにちは。

 ――えっと、こんにちは……?

 

 すれ違おうというタイミングで、風祭は声を掛けられた。

 時間は判らないが、とりあえず「こんにちは」と言われたので「こんにちは」と返す事にする。


 ――あなたは、()()()から来たの? わたしたちは()()()


 団体さんの一人が指した方向に、同じように景色が見えた。

 ぼんやりとはしているものの自分の知っている景色とは違う、自然に囲まれた様子が伺える。


 違う世界だというのは、本能で理解した。

 何故かは判らないが、それだけの事に心が惹かれた。

 

 ――()()()はどう?


 風祭は尋ねた。


 ――つらいこともあったけれど、わたしたちは嫌いじゃなかったよ。いいところだった。


 そう訊かれて、風祭は自分の人生を思い返した。


 家族も居ない、独り身だったが気楽ではあった。

 幸い、生活にそれほど大きく困った事はなかったし娯楽もたくさんあった。

 最期こそ復讐に奔走したりもしたが、達成感も得られた。


 トータルで言えば、十分に楽しんだ人生と言える。


 ――いろいろ大変なこともあるけど、嫌いじゃなかったですよ。


 風祭は答えた。


 ――おなじだね。

 ――そうですね。


 お互いの顔は判別できないのに、同じように笑っていると感じた。


 ――でも、もう帰れない。……あなたは?


 自分の人生を思い返して、もう一度元の世界を眺める。

 嫌いじゃない。その言葉に嘘はなかったが、不思議と気持ちは向かなかった。


 ――どうやら、戻れないみたいです。


 風祭は苦笑した。


 ――それもおなじだね。


 同じという事は、死んでしまったのだろうか?

 ということは、ここは三途の川なのだろうか? 川は全く見当たらないが。


 ――でも、せっかくだから()()()の世界を覗いてみようかな。

 ――じゃあ、自分は()()()を。


 お互いが軽く会釈をすると、別々の景色に向かって歩みを始めた。

 距離が近付くにつれ、だんだんと景色がクリアとなっていく。


 自然に囲まれた、壮大な世界だと思った。

 ただ、近付くにつれて自分の白い身体が分解されていく。


 ――え? ちょっと待ってくれよ。


 そう訴えても、叶えてくれる相手はどこにもいない。

 もう少し、もう少しだけ――。


 風祭の願いは通じる事なく、白い身体は分解された。


 ……*


 ()が目覚めたのは、森の中だった。


「……どこだ、ここ?」


 見渡す限りの木々に、方向感覚も距離感も掴めない。

 そして、自分はこんな場所に縁も所縁もない。「というか、死んだはずでは?」と状況についていけず混乱する。


 座り込んでいても何も変わらないだろうと、とりあえず身体を起こす。

 すると、なんだか身体が軽く感じた。


 手を閉じたり開いたり、軽く飛び跳ねたりしてみる。やっぱり身体が軽い気がする。

 それに、自分のものとは思えないぐらいに脚や指が細くも感じる。


 不思議に思いながらも、木々の間を歩いていく。

 植物に明るいわけではないが、見た事がない草木だった。


 すれ違う小動物も、なんとなく程度だが自分が見てきたそれとは詳細が違うような気もする。

 

 ふと、あのおぼろげな空間での会話を思い出した。

 もしかすると自分が居るのは覗こうとした、あの自然に囲まれた世界ではないのだろうか?


 確証は持てないが、状況を整理するとそこにたどり着く。

 そうなると、()()()で死んだ自分が()()()へ降り立った事になる。

 もしくは、長い夢の世界に入り浸っているか。


 後者はあまりにも自分が不憫になるので、可能性から排除する事にした。

 その場合はどうせ、いつか夢から覚めるだろうし。


 それに前者なら、あのおぼろげな世界で言われた通りなのだろう。

 辛い事もあるかもしれないけれど、嫌いにならない世界。いいところとも言っていた。

 

 無論、天涯孤独の自分に優しくできていると甘い考えは持っていない。

 生活の基盤を作ったりと大変かもしれないが、新たな人生を謳歌できるチャンスでもある。


 マイナスよりプラスに考えよう。ただでさえ、親友の復讐で心が荒んでいたわけだし。

 

(そうだ、こっちだと風祭祥悟って名前はこっちだとおかしいかもしれないな。

 何かいい感じの名前も考えておこう。せっかくなんだし、風祭祥悟とは違う人生を歩もう)

 

 思いつく限りのポジティブな事を考えているうちに、道を見つけた。


 繋がる先に街が見えるのなら、そっちに歩こう。

 気分を高揚させながら、駆け足で森を駆け抜けた。

 ……のだが、道に出る直前でその足を止める。


 何やら様子がおかしい。


 倒れる数人の人間、そして立っている二人の男と一人の少女。

 不精髭の生えたガタイのいい男が、長い金髪の少女を羽交い絞めにしている。

 少女の喉元には、刃が突き付けられている。

 

 それに正面から向かい合い、銃を突きつける男。

 眼光は鋭く、不精髭の男に敵意を向けている事は判った。


(この世界って、銃あるんだ……)


 元・風祭が漠然とその光景を眺めていると、少女の声が聴こえた。


「シン! コワイヨー!」


 少女が助けを求める声には高揚が一切なかった。

 本当に怖い時って、感情がなくなるんだな……と元・風祭は煩慮する。


 彼女の心中を察してか、銃を構えた男は眉間に皺を寄せている。

 上手い事、助けてやってくれと元・風祭は強く願った。


 同時に、こうも思った。


 おぼろげな世界で「いいところ」と言われて浮かれていたけれど、文化と価値観の違いは考慮するべきだった。

 ()()()は思った以上にヘヴィな世界なのではないだろうか、と。

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