表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第九章 狂乱の大国
127/576

幕間.怠惰な男

 海の旅も終わり、ミスリアのあるラーシア大陸が近付いてきた。

 その時に、おれはふと疑問に思ってしまった。

 

「そういやさ、マレット。ミスリアに到着したら、マナ・ライドはどうするんだ?

 ミスリアでアレに乗ったら、滅茶苦茶目立つぞ」

「あん?」


 マレットが眉を顰めながら「何言ってんだコイツ」みたいな顔を向けてくる。

 美人が台無しなんだからやめればいいのに。というか、コリスがビビッてるからやめて欲しい。


「そりゃ、乗るだろ。徒歩でミスリア横断なんて苦行をアタシやコリスにさせるつもりか?」

「いや、おれだってしたくないけど……。

 マギアの軍人が追っかけて来た時にすぐ場所がバレたりしないか?」

「まぁ、その危険性(リスク)はあるよな」


 ガシガシと頭を掻きながら、マレットがぽつりと声を漏らした。

 こう見えて、この栗毛の女はミスリアへ侵略を試みるための最重要人物。

 マギア軍は彼女へ武器や兵器。つまり、人の命を奪う魔導具を造るように要請した。


 それを嫌がったマレットは、マギアから離れる事を決めた。

 そこまではいい。だけど、重要なのはその先だ。

 マレットがもしミスリアで発見されたとなれば、マギアはどう思うだろうか。


 彼女がミスリアと裏で繋がっている。もしくは、ミスリアへ亡命しようとしている。

 そう邪推されても、仕方ないのではないだろうか。

 下手に目立つという事は、マレットを危険に晒してしまう事になる。

 おれとしては、それだけは避けたい。


 マギアへ連れ戻されるだけならまだいい。

 だけど、マレットがそれを拒否した時に彼女の命は保証されるのだろうか。

 妄想が過ぎるのかもしれないけれど、おれは最悪の事態ばかり考えてしまう。


 マレットはおれだけではなく、シンやフェリーの恩人だ。

 彼女はただ好奇心が旺盛で、人より想像を具現化する力に長けているだけ。

 ウェルカやロベリアの件みたいに、悪意なんて持っていない。

 そんな彼女が逃げ回らないといけない。そんな事態に、おれは腹を立てた。


「あの……」


 おずおずと、コリスが挙手をする。

 コリスは、この船旅で段々とおれたちに心を開いてくれるようになった。

 

 何だかやたら距離が近いのは、あんな凄惨な光景を見てしまった恐怖からだろう。

 彼女の両親は邪神が顕現したロベリア郊外の廃教会。そこで命を落とした。

 気味の悪い左腕に喰われた。その表現が正しいのかは今でも疑問が残るが、確かに『喰われた』のだ。


 彼女は邪神の顕現に加担した事を、今はとても後悔をしている。

 与えられた玩具で、一流の魔術師気分に浸った。それによる全能感で、簡単に一線を越えてしまった事を。

 その結果、代償として家族を失ってしまった事を。


 あのまま、邪神の顕現に成功したなら。

 彼女は歪んだままだっただろうか。

 魔導具のような魔造巨兵(ゴーレム)と邪神で、暴力を振り回して。

 他者を見下して。肩で風を切るような生活を送っていたのだろうか。


 ふと、生前の事を思い出してしまった。

 似たような例はいくらでもある。ちょっと上司に取り入ったからと、自分も権力を持ったように勘違いする人間がいる。

 後ろ盾というのは、それだけ気分が良いものなのだ。ノーリスクでリターンを得られると錯覚してしまう程度には。


「何か案があるのか?」


 マレットの声で、おれは我に返った。

 話が逸れてしまった。今はそれよりも、ラーシア大陸へ到着した後にマナ・ライドをどうするかだ。

 

「ええと、上手く行くかは自信がありませんけど……」


 コリスの提案はこうだった。

 船にマナ・ライドを搭載している形を参考に、ミスリアへ到着後は大型の馬車のように偽装できないかと。

 馬は用意できないので、木馬のような形で見た目だけでもという提案だ。


「ふむ。確かに、それが一番良いかもな」


 マレットが即座に賛同をした。

 実際、おれもマナ・ライドを利用したままで移動するにはそれがベストだと思えた。

 荷物もあまり減らしたくはない。理由としては、マレットがそれを嫌がるからだ。


 何を思ったのか、彼女はマギアから大量の荷物を運び出している。

 それは図面だったり、材料だったり、作りかけの魔導具だったりと多岐にわたる。

 ゼラニウムの屋敷に残していても軍人に利用されそうだから、やろうとしている事は解るんだけども。


 それらを変わらず運ぼうと思うのなら、研究所の形を保っておくのは必須だ。

 実際、船旅中もマレットは何かを創り出していた。波で揺れる度に海へキレてはいたけど。


「じゃあ、港町に着いたら材料を集めないとな」


 マレットから遅れる形でおれも賛同をすると、コリスがホッと胸を撫で下ろしていた。

 まさか、この世界に来てDIYをやる事になるとは思わなかった。

 前の人生では、全くやった事がないぞ。まあ、マレットが居れば何とかなるか。


 そんな事を想いながら、おれたちは漸く陸へ到着をした。

 かつて、海の男に助けられた港町。ポレダに。


 ……*


「ピィィィィスッ! 元気だったかァ!?」


 ポレダのギルドへ顔を出すと、懐かしい顔を見た。

 一緒に行動した時間はほんの僅かなのだが、おれはこの男に助けられた。

 海の男、ゴーラに。


「お、おひさしぶりです……。ゴーラさん……」


 顔を見た途端に、ゴーラは己の持つ最大の力でおれを抱擁する。

 抱擁といえば聞こえはいいが、これでは鯖折りだ。

 正直、背骨が折られるかと思った。


 ふと、同行者に目をやると対照的な姿を見せていた。

 苦しそうなおれ見て、ケタケタと笑いながら腹を抱えているマレット。ぶっちゃけ、あいつならそうすると思った。

 逆にあわあわと手を行き場を失った手を伸ばしながら、周囲を見渡すコリス。お前も魔造巨兵(ゴーレム)でおれを踏みつけて恍惚の表情を浮かべていたんだけどな。

 

「あ、あれからポレダはどうですか?」

「あァ。やっぱりまだ、巨大化した軍隊ザリガニ(アーミーロブスター)が顔を出す事があるなァ。

 ま、こっちはなんとかやってるから大丈夫だァ」


 やっぱり、でっかいザリガニは顔を出しているのか。

 巨大化した魔物という存在に、マレットは興味を示している。

 コリスなんかは、気味が悪いと思ったのだろう。顔を顰めている。気持ちは解るけど。


 それでも、対処出来ているのなら良かった。

 邪神の件があるので、こちらにも何か変化があるのはと懸念していたが、杞憂に終わったようだ。


「それで、ピースはどうしてまた来たんだ?」

「ああ、それは――」


 海の男は信用できるというおれの判断で、港に停めてある船を馬車の見た目に改造したいという相談をゴーラにしてみた。

 すると、大工を集めて見た目だけでも弄ってくれるという有難い申し出を受けた。素人DIYで旅をする事態は避けられそうだ。

 ただ、サイズがサイズだけにどうしても高くつくという話だったが、金に関してはマレットが持っているので心配する必要はない。


「なら、俺ァ大工の奴らを集めてくる」


 ゴーラはそう言うと、ギルドから出ていく。

 手持無沙汰になったおれたちは、お互いの顔を見合わせる。ふと、おれの腹が合図を鳴らした。

 久しぶりの陸で美味い物が喰いたいと意見が一致し、食堂へと赴くことになった。


 ……*


 食堂でおれたちを待ち受けていたのは、かなりドギツイ酒臭い男だった。

 酒瓶を片手に机へ突っ伏している。涎がテーブルの上を伝っている、見ただけで判るだらしないオッサン。

 人生で一番、仕事に行きたくない時のおれでも、もう少しマシだったぞ。


「……あぁ?」


 扉を開けた際に、カランと鐘を鳴らしたのが致命的だった。

 のそりと顔を上げ、オッサンはおれたちの方を向く。


 いや、正確にはマレットとコリスか。

 鼻の下を伸ばしながら、酒臭い吐息と共にオッサンは声を発した。


「なんだ? 今日はサービスがいいじゃねぇか。

 別嬪さんが二人。しかも両方乳もでけぇ」


 コリスは嫌悪感を隠そうともしない。15の少女がこんな酔っ払いに絡まれるのは、確かに可哀想だとは思う。


「ピース。コイツ、アタシのムネ見てんぞ」

「なんでおれに言うんだよ」

「お前独占欲強そうだし、嫌かなって思って」


 どういう理屈だ。そもそも、おれとマレットは家主と居候だったぐらいなのに。

 いや、研究者と実験台の関係でもあったか。


 それはさておき、彼女の言う通りスケベ心丸出しの酔っ払いを放置するわけには行かない。

 放置して、無抵抗だからと行動をエスカレートされても困る。

 おれはオッサンとマレットたちの間に割って入って、立ち塞がる壁となる事を余儀なくされた。


「あぁ? なんだぁ?」

「なんだと言われても……。おれの連れに、ちょっかい掛けるのやめてもらっていいですか?」


 オッサンはジロジロとおれの顔を嘗め回すように見る。

 まさか、おれも対象なのかと背筋が凍る。


「お前、美人のねーちゃんが二人も居るのか。羨ましいなぁ。

 それに比べて、ワシなんてよぉ」

「……は?」


 何がどうなって、そういう結論になったのか。

 酔っ払いの思考とは恐ろしいものだ。

 

「いやいや、判るぜぇ。お前、この辺の人間じゃないだろ。

 ワシはもうこの街に棲みついて一週間だ。だけど、お前を見た事もねえ。

 冒険者だろ? 美人姉妹に囲まれて冒険なんて、羨ましいなぁ。

 良い匂いとかしそうだよなぁ」


 何も判ってないぞ。コリスにいたってはオッサンが口を開くたびにドン引きしてる。

 ていうか、一週間て。お前もこの町の人間じゃないのかよ。


 ……*


 オッサンはジーネスという名前だそうだ。どうでもいいので明日には忘れているだろう。

 ミスリアどころか、ラーシア大陸の外から船を乗り継いで出稼ぎに来たらしい。

 

 それなのに酒浸りになった理由は、単に働きたくないからだという。

 契約料としてまとまった金を貰ったので、とりあえず金が尽きるまでは酒を浴びるように飲んでだらだらと一日を過ごしていると得意げに語っている。

 はっきり言うと、クズだと思った。


「オッサン、クズだな」


 おれは思うだけだったけど、マレットがはっきりと口にしてしまった。

 長い前髪を揺らしながら、オッサンが顔を上げる。


「そうは言うけどよぉ。金があるなら、毎日休みでもいいだろうがよぉ」


 言いたい事は解らないでもない。生活に困らないのであれば、働きたくない。

 おれだってそう思っていた時期がある。

 

「……ダメ人間ですわね」


 コリスがぽつりと呟いた。

 両親を失ってから、まあまあしおらしかったコリスにここまで言わせるのは相当だ。


「そうは言うがよぉ、お前だってカネがあったらそう思うぞぉ?」

「いや、アタシは好きな事したら勝手に金が増えていくし」


 オッサンだけじゃなくて、その場の全員が絶句をしてしまった。

 好きな事をして金を稼ぐ。人生に於いて、ある種の目標。それを成し遂げている強者の発言だった。


「く、くそがっ! お前、そんな、上手く……!」

「行ってるし」


 今はこうして逃亡しているのだから、上手く行っているとは言い難いと思う。

 だけど、悔しがるオッサンが面白いのでおれは黙っておく事にした。


 その後もオッサンが何かを言う度に、マレットが反論をする。

 好きな事だけをしたいのであって、決して堕落をしたい訳ではない。オッサンの気持ちは伝わった。

 だけど、酒浸りなそれは堕落となんら変わりが無い。

 好きな事をして生活を豊かにするマレットとは絶望的に相性が悪い。


 お互い、動機は同じはずなんだけどなあ。

 因みにおれは、好きな事だけをするとオッサン側に倒れ込む自身がある。

 ていうか、大体の人はそうだろう。そうであると言って欲しい。


「くそっ! 覚えてやがれ!」

「あん?」「きゃ!」


 三下のようなセリフを発しながら、オッサンが食堂を後にする。

 去り際にどうやらマレットの胸とコリスの尻に触れたらしい。

 二人が漏らした声を聞いて、気付けばおれは翼颴(ヨクセン)を起動していた。

 流石にそれはいけないと、マレットが止めたのだが。


「……なんだったんだよ、あのオッサンは」

「さあな。まあ、酒浸りのオッサンなんて珍しいもんでもないだろ」


 翼颴(ヨクセン)をしまいながら、ため息を吐く。

 その隣で、何故かマレットがおれの顔を見ながらニヤニヤとしていた。


「それより、ピース。お前、翼颴(ヨクセン)まで出してどうしたんだ?

 嫉妬か? それとも独占欲か? 『おれの女に手を出すな』ってか?」

「ちっ……げーし!」


 おれの元いた世界ではセクハラは万死に値するから、正義感で動いただけだ。

 決してそんなんじゃないのに、マレットはケタケタと笑っている。


「そういや、オッサンに姉と間違われてたな。

 だったら、今日は一緒にフロ入るか? 姉弟ならありえるだろ?」

「この年ではやっちゃダメだろ!」


 隣でコリスももじもじしていた。いや、やらないから安心して欲しい。

 

 それはそうと、やけに機嫌がいいマレットを見て理由を考える。

 オッサンの言葉を思い返せば、簡単な事だった。

 

 おれやコリスは十代前半の見た目をしている。それに対して、マレットは36歳だ。

 それで姉と間違われたもんだから、舞い上がっているのだ。そうに違いない。

 ……まぁ、実際かなり若く見える。それは、おれも同意せざるを得ない。

 

 しばらくして、ゴーラが大工を連れてやってきた。

 マナ・ライドの見た目を改造するのは二、三日で済むそうだった。

 それまではザリガニ退治で、海の男に貢献しようと思う。


 そして、おれはこの時想像もしていなかった。

 まさかこの酒浸りのオッサンと、また相対する日が訪れることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ