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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第九章 狂乱の大国
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幕間.アメリアが知る事実

 カッソ砦を出て、ステラリードの管轄を馬が駆け抜けた。

 ラコリナ領、ナタレ鉱山付近で私は足止めを喰らう事となった。


「大雨……ですか」


 王都から周辺掛けて、激しい暴風雨が天然の壁を生み出していた。

 ラコリナ領にまで届いていないのが不幸中の幸いと言うべきか。

 もしナタレ鉱山で土砂崩れでも起きれば、被害は甚大だったに違いない。

 

 無理に進めばただでは済まないと思い、私は逸る気持ちを抑える。

 ナタレ鉱山麓の村、コリーナで宿を取る事に決めた。


 嫌な予感が、胸の奥に無数の棘となって刺さっていく。

 何かが起きている。そんな最悪の想像が、頭にこびりついて離れない。


 これではいけないと、私はお湯へ浸かる事にした。

 促進された血行が、疲れを癒していく。

 思わず漏れたため息が、私の緊張がどれほどのものかを示しているようだった。


 お湯を両手で抱え上げると、指の隙間から浴槽へと還っていく。

 まるで、砂漠で砂を掬ったかのようだった。

 

 ぼんやりとそれを眺めていると、カッソ砦での戦いを思い出す。

 砂漠蟲(デザートワーム)は、通常と異なる習性を持つものだった。

 

 生息地域は勿論、人間の四肢に植え付けられた琥珀色の結晶。

 私はそれを『卵』だと判断したが、それが何を意味するかまでは考えが及ばなかった。


 魔力を吸い取り、生み出された砂漠蟲(デザートワーム)は宿主を喰らう。凄惨な光景だった。

 人間が魔物に変わる。魔物に寄生される。それにより、失われた命は少なくない。

 今まででは到底起きえなかった事が、立て続けに起こっている。


 砂漠蟲(デザートワーム)の件に至っては、発端はデゼーレで起きていた。

 にもかかわらず、植え付けられた『卵』は結果的にミスリアの領地で孵化をした。


 人間を餌に、魔物が現れる。本質的な部分はウェルカと同じ。

 一番大きな違いは、カッソ砦の事件はデゼーレの人間をも巻き込んでしまっている。

 いや、デゼーレでの出来事に巻き込まれているのかもしれない。

 

 真実ははっきりとしないが、国境を越える程の悪意。その中心にミスリアが絡んでいる。

 いくら人の善意を信じたい私でも、その事実から目を背ける事は出来なかった。


 ウェルカで事を起こしたのはコスタ公。

 オリヴィアから届いた手紙では、ポレダで魔物が巨大化したという。

 エステレラ家は間違いなく絡んでいる。そう考えた時に、ある人物の姿が浮かんだ。


 黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)時代、共に研鑽を積んだ男がいる。

 ビルフレスト・エステレラ。今はミスリアを離れている人物。

 だからこそ、他の国に接触できる。他の誰からも映らない、消えた存在として。

 彼がデゼーレに接触している事も、十分にあり得るのだ。

 

 馬鹿馬鹿しいと思いつつも、私はその可能性を否定できなかった。

 ビルフレストさんは立派な人だった。黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)として、彼以上の人間を私は知らない。


 産まれたばかりの第一王子(アルマ)様の教育係を申し出て、心血を注いでいる姿も印象的だった。

 だからこそ、陛下も可愛い我が子を旅へ出すときに同行を許可した。信頼の証として。

 国王陛下がそれだけ信頼している人物を、疑っても良いのだろうか。


「う……」


 考えが纏まらない。のぼせてしまったのか、頭がくらくらしてきてしまった。

 言い訳になってしまうが、人を疑うのはやはり私には向いていない。

 

 私はもう一度お湯を掬い、顔を拭ってから浴室を出た。


 ……*


 コップに入れた水を口に含み心身を落ち着けていると、不意に扉がノックをされる。

 ノックの主は、ルクス殿だった。

 何故、コリーナ村(ここ)に居るのことを知っているのだろうと、訝しむ。


 カッソ砦も、砂漠蟲(デザートワーム)やデゼーレの件で慌ただしくなっている。

 それなのに、このタイミングで現れるのはいくら何でも不自然だった。

 私をずっと追っていた。そんな風に邪推をしてしまう。


「すぐ、出ます」

 

 薄着だった私は、上に一枚羽織る。

 念のため右手には、蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を持って扉を開けた。


「アメリア殿。夜分に申し訳ありません」

「いえ……」


 扉の向こうに居たルクス殿は、神妙な顔つきで私を待っていた。

 唇が渇いているのか、頻繁にもごもごと動かしている。

 思い浮かべている事を話すべきかどうか、悩んでいる。そんな印象だった。


「一体、どうしたのですか? デゼーレの兵への尋問は――」


 解っている。そんな問いに意味がないことぐらいは。

 私の知っているルクス殿は、職務を途中で投げだすような人物ではない。

 だから、ここにいるということは己を曲げてでも私の元へ来る必要があった。そういった類の話なのだ。

 

 それが私にとって良い事なのか、悪い事なのかは判断できない。

 自然と、右手の握力が強くなっていた。


「……お伝えしたい事が、ございます」


 やはりだ。彼は、私に用事があったのだ。

 ならば、どうしてカッソ砦で話をしなかったのだろう。

 次はそんな考えに陥ってしまう。

 

「分かりました。お伺いいたします」


 それでも、私には頷く以外の選択肢は存在しなかった。

 細心の注意を払いながら、私はルクス殿を部屋へ招き入れた。


 ……*


「実は、アルマ様が王都へお戻りになられるのです」

「アルマ様が?」


 確かに、アルマ様が留学へ出てもう五年は経つ。そろそろ戻って来てもなんら不思議ではない。

 子煩悩な陛下は、会えるのを楽しみにしているだろう。

 

 しかし、それをどうしてルクス殿が私に伝えるのか。

 更に言えば、どしてそんなに神妙な顔つきなのか。

 私にはまるで理解が出来なかった。


「その件で、第一王女(フリガ)様から第一王女派へお達しがあったのです」

第一王女(フリガ)様から……?」


 確かに、フリガ様も弟のアルマ様に逢えるのを心待ちにしているだろう。

 もしかすると、第一王女派でパーティでも開くのかもしれない。

 などという呑気な考えは、目の前のルクス殿が表情で否定をしている。

 

 この時点で、ルクス殿が私を訪ねた理由が良くない理由だということはほぼ確信に至っていた。

 その上で彼もきっと迷っているのだ。言ってしまえば、何かが変わる。

 後戻りできなくなるものなのだと。


 それはステラリード家の立場かもしれない。いくら神器を所有していると言っても、イルくんはあの性格だ。

 制御できないのであれば、発言権は他の五大貴族に比べても大きく劣るかもしれない。

 もしかすると、フォスター家の事かもしれない。それを口に出してしまえば、フォスター家をも巻き込む事となる。

 それを危惧して、ルクス殿は躊躇っているのかもしれない。


 ソファへ腰かけるルクス殿の指先に視線をやると、微かにだが震えている。

 私へ向ける視線には、懇願の思いが込められている。


 頼っているのだ。こんな小娘を。

 五大貴族の当主として、国を支えてきた自負があるだろうに。

 それでも尚、私に頼らなくてはいけない事態が発生している。

 ならば、私から言える事はひとつしかなかった。


「ルクス殿。話せる範囲、話してもいい範囲で構いません。

 貴方が大切にしているものを考慮した上で、お話しください」

「分かりました。すぐには信じていただけないかもしれませんが……」


 私の言葉で腹を括ったのか、ルクス殿は顎を上げ私と目線を合わせる。覚悟を決めた眼だった。

 ゆっくりと口を開き、ここへ訪れた理由を語り始めた。


「――アルマ様は、今回の帰国で自らが王になられようとしております」


 思った以上に、いきなり話が飛躍してしまった。

 私は口元を手で覆い隠し、表情を悟られないようにする。

 この話を受け入れる事が出来ないのであれば、きっと続きの話に意味を持たせることは出来ない。


「フリガ様は、そんな弟君を援護しろと。そうお達しが出たのです。

 特に、第二王女(イレーネ)派や第三王女(フローラ)派からは反発が出るやもしれません。

 我々ステラリード家は南方から、エトワール家を抑え込むように言われています」


 確かに、アルマ様が王と成れば姉であるフリガ様もその恩恵を受ける事は容易だろう。

 フリガ様からすれば行動そのものより、協力をしたという事実の方が大切なのかもしれない。


「それで、アルマ様……。第一王子(アルマ)派は、どうされるのですか?」

「明言はしませんでしたが、国王陛下。そして、イレーネ様とフローラ様の暗殺を企てている。

 私は、そう受け取りました」

「なっ……!」


 私は思わず、席を立ってしまう。

 そんな事になれば、ミスリアは混乱に陥ってしまう。


「アメリア殿。落ち着いてください……」

「え、ええ」


 そうは言うが、落ち着いていられる類の話ではない。

 唐突にハンマーをぶつけられたようだが、冗談ではないとルクス殿の顔が物語っている。


 不意に、私の中でかちりと何かがはまる音がした。

 デゼーレの兵が言っていた、ミスリアの疲弊はこの事を指していたのだと。

 つまり、第一王子派が暗殺を企てている事を知っている人物。


 アルマ様本人と、彼に同行している者。ビルフレスト・エステレラ。

 彼はこの国を離れていても、暗躍をしていたのだ。

 エステレラ管理下での、不可解な事件。そして、砂漠蟲(デザートワーム)の一件。

 

 一連の事件を一本の線に結ぼうとするのであれば、ビルフレストさんの存在は必要不可欠だと感じた。


 しかし、腑に落ちない点もある。

 国王の暗殺。つまり、クーデターを起こすのであれば国力の疲弊後にミスリアが狙われる可能性は十二分にある。

 どちらかと言えば疲弊を悟られずにしたいものだと思っていた。しかし、現実は真逆だ。

 ビルフレストさんやアルマ様が何を考えているのか。それとも、他の思惑が更に混じり合っているのか。


 不可解な点は、もうひとつある。目の前にいる、ルクス殿だ。

 ステラリード家は第一王女(フリガ)派。つまり、第三王女(フローラ)派である私たちと敵対する可能性が高い。


 自由に行動しているイルくんはともかく、当主であるルクス殿はそうも行かないだろう。

 彼が何を考えているのか、私には理解しかねる事態だあった。


「……ルクス殿は、どうしてこの話を私にしたのですか?

 今、ここで第三王女(フローラ)派の私に斬られるとは思わなかったのでしょうか」


 蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を抜き、刀身を光に反射させる。

 本心で言えば、彼を斬りたいとは微塵も思ってはいない。

 ただ、真意が知りたかった。下手な演技かもしれないが、それでもやらないよりはマシだと考えた。


「正直、その可能性は無いと思っています。

 無抵抗の相手を斬るほど、アメリア殿は愚かな方ではありません。

 それはよく知っていますので」


 ルクス殿には、私の考えは見透かされていた。

 ただ、裏を返せば彼に敵意が無いことも意味している。

 私は一言「すみません」と頭を下げ、ソファへと腰掛けた。


「跡目争いは、仕方のないものだと認識しております。

 ですが、このようなやり方を少なくとも私は望んでおりません。

 それに、先日の砂漠蟲(デザートワーム)の件です。正直に言いますと、真っ先にフリガ様のお達しが脳裏を過りました。

 目的の為なら、自国だろうが他国だろうが犠牲を厭わない。人を駒のように扱う者が、人の上に立っていいものかと思ってしまったのです」


 ルクス殿は、そのまま続ける。


「ただ、分家には今回の件に湧き上がる者もいました。

 武勲を上げれば、自分の権力も強まるのではないかという浅ましい考えです。

 私がここに現れたのも、間者(スパイ)を警戒しての事です。突然の訪問、申し訳ありません」

「いえ、そんな……。私も、この話を聞けてとてもよかったです。

 ただ、ひとつだけ。……ルクス殿は、もし魔物の騒ぎが無ければ第一王女(フリガ)派に加担をしていたのですか?」


 私の質問に、ルクス殿は「まさか」と肩を竦めた。

 元々、何が起きても第一王女(フリガ)派の命令に従うつもりは無かったらしい。


「妻が足繁く通って、エステレラ家やフォスター家とは良い付き合いをさせて頂きました。

 背中から撃つような真似、したくもありません。第一、妻に絶縁状を叩きつけられてしまいますよ」


 それを聞いて、私は安心をした。

 少なくとも、ステラリード家に後ろから刺される心配はない。


 一通り、知っている情報を私に伝え終えたとルクス殿はカッソ砦へと馬を走らせる。

 今は自宅へ戻っている事になっているらしい。あまり間が空くと、私との接触を怪しまれると言っていた。


 私としても、ここで足止めを喰らった事は結果的に良かったのかもしれない。

 胸騒ぎだけで王都へ帰り、状況が呑み込めずに右往左往するよりは遥かに良い。


 一方で、陛下やフローラ様の身を案じて焦ってしまう自分も居た。

 フローラ様には普段からオリヴィアがついているとはいえ、知っている者に裏切られる可能性まで考えているだろうか。


 ……案外、オリヴィアなら考えているかもしれない。

 私と違って、オリヴィアは案外目敏い。頼りになる妹だ。

 だから、私がたどり着くまで無茶をしないで欲しい。

 

 翌日。私は馬を走らせる。

 一秒でも早く、王都へたどり着く為に。


 この時点での私は、オリヴィアがフローラ様を連れてミスリア国内で行方不明扱いとなっている事をまだ知らない。

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