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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第九章 狂乱の大国
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110.勝者の居ない一日

 空を突っ切る様に、急降下する物体が複数。

 段々と大きくなる風切り音に、イルシオン、ヴァレリア、グロリアの三人は警戒を強めた。


 現れた者は黄龍とは違い、赤い蜥蜴に翼が生えたような龍族(ドラゴン)

 火龍(サラマンダー)の一族と、その長を務める紅龍の王。フィアンマだった。


「ネストル! 無事か!?」

「フィアンマ……」


 翼を羽搏かせながら、フィアンマは声を張り上げた。

 焦燥したネストルの表情を見て、身体よりも心が傷付いている事を察した。

 

 荒天の空と同じく、愛する息子は嵐のように去っていった。

 ネストルは力が抜けたかのように、剣を落とす。

 カランと響く音よりも、座り込んで動けない彼の姿に居合わせた者は空目した。


 指は欠け、刃の食い込んだ腹が裂け、脚は撃ち抜かれた。

 そんなボロボロてありながら、主に掛ける言葉を見つける事が出来ない臣下達。


「アルマ……」


 袂を分った息子の名を、ぽつりと呟く。

 信頼する臣下の裏切り、黄龍との同盟が反故にされた事。

 それらよりも、愛する息子の自分を軽蔑する視線がネストルへ一番のダメージを与えた。


「あなた……」

「フィロメナ。すまぬ、お前まで巻き込んでしまった」

「そんな事は良いのです。まずは、治療を」

「ああ。そうだな……」


 フィロメナが視線を送ると、グロリアが前へと出る。

 決して専門分野という訳では無いが、訓練中に怪我をした者への治療も含めて治癒魔術には覚えがある。

 ヴァレリアやイルシオンが使えない以上、応急処置程度と言えど自分がやらなくてはならない。


「ヴァレリア姉さん、イルシオン君。

 他にも治癒魔術を使える者を呼んできてくださいませ。

 くれぐれも、裏切り者に気をつけて」

「分かった。グロリアも、残党が残っているかもしれない。気をつけろ。

 それと――」


 ヴァレリアは空に佇むフィアンマをちらりと見る。

 噂に聞いた事はある。ミスリアと同盟を組んでいる、三種の龍族(ドラゴン)

 蒼龍、紅龍。そして、つい先ほど三行半を突きつけてきた黄龍。


 彼らは神器と共に、陰ながらミスリアを支えていたという。

 実際に見た事は無かった。伝説上の存在だとさえ、思われていた。

 それが立て続けに二種も現れて、頭の整理が追い付かない。


 グロリアも平静を装ってはいるが、ヴァレリアと同じ気持ちだった。

 ただ、負傷した国王(ネストル)を治療しなくてはいけない。

 その気持ちが、僅かだがヴァレリアより状況を受け入れさせるのを速めた。

 

 そんな中、フィアンマは自分へ向けられる視線に気が付く。

 視線の主はイルシオン・ステラリード。紅龍より授けられた紅龍王の神剣(インシグニア)を継承する者。


「どうした? そんなにジロジロと見て。そんなにボクが珍しいか?」

「それは勿論だ。だけど、それよりも先にやらないといけない事がある。

 紅龍よ、後でオレと話をして欲しい」

「それはまあ、いいけども。ボクもお前に興味があるし」

 

 フィアンマもまた、イルシオンに興味があった。正確には、彼の持つ紅龍王の神剣(インシグニア)に。

 紅龍の一族に伝わった神器。それを継承する者が、どんな人間なのか。

 

「恩に着る!」

「だけど、まずはネストルの治療が先だ」


 イルシオンは頷くと、ヴァレリアと共に玉座の間を後にした。

 治癒魔術が使える者を連れてくると、他に裏切り者が居ないか。

 そのふたつが、最優先事項だった。


「さて、と」

 

 その一方で、フィアンマは紅龍の仲間にヴァン達を追うように命令をする。

 無理はしないようにと、一言添えて。


「ネストル、フィロメナ。何が在ったか、話して貰えるよな。

 お前が指を失うような事態なんだ。只事じゃないだろ」


 ネストルは、苦悶の表情を見せた後に頷いた。

 玉座の間で起きた事を、ゆっくりとフィアンマへ話始めた。


 ……*


「イルシオン。お前は大丈夫なのか?」


 王宮内を駆けまわりながら、ヴァレリアが尋ねる。

 彼の左肩から胸にかけて伸びている火傷の跡。

 そして服へと浸み込んでいるのは赤黒く変色をした血。

 傍から見ているだけでも痛々しい。


「ああ、これは焼いた」

「焼いたぁ?」

 

 驚いたような、呆れたような視線をイルシオンへ送る。

 浸み込んだ血から察するに、自分で焼いて傷を塞いだのだろう。

 ヴァレリアはため息を吐いた。


「あまり無茶するなよなぁ。クレシアが泣くだろ」


 イルシオンは理解が出来ないと言った風に、目を丸くした。

 クレシアは強い娘だ。泣いたところなんて見た事が無い。


「ヴァレリア姉。クレシアが泣いたところなんて、オレは見た事がないぞ」


 心配を掛けまいとしているだけなのに、この男は全く気付く素振りが無い。

 クレシアはもう少し、きっちりとイルシオンと話をするべきではないだろうか。

 この男は、自分が英雄になる事しか考えられていない生粋のバカだ。

 

 隣にいる、自分を大切に想っている人の事も考えてやって欲しい。

 ヴァレリアは、ため息を吐いた。


「……イルシオン。クレシアを泣かせたら承知しないからな」

「そんな事、する訳ないだろう!」

 

 威勢だけはいいイルシオンに、ヴァレリアは一抹の不安を覚える。

 可愛い妹が心配になる、姉の姿がそこにはあった。


 ……*

 

 王都より西へ。そしてフォスター管轄の領地より南へ進んだ先にひとつの島がある。

 その形より、三日月島と呼ばれる島には多くの魔物が存在している。

 

 その為、ミスリア国内でも滅多にその島を訪れる者は居ない。

 第一王子(アルマ)派が潜伏するには、恰好の場所でもあった。


「くそっ、くそっ、くそっ!」


 アルマが地面に向かって拳を何度も打ち付ける。

 皮は剥け、痛々しい擦り傷から滲む血がスタンプのように写されていく。


 自らの宝剣は矜持と共に砕かれた。

 父に深手を負わせたという事実は頭から消え失せ、敗北感がアルマの感情を支配していた。


「あらあら、アルマ様荒れていますね」


 挫折を、力の差を識る事も必要だと眺めていたビルフレスト。

 そこに、ひょっこりとサーニャが顔を出す。


「サーニャか。ラヴィーヌは――」

「大丈夫ですよ。ほら」


 ビルフレストの気にしている事は理解している。

 そう言わんばかりに、サーニャは開いた手のひらをラヴィーヌのいる方へ向ける。


 充血した右眼を手で覆うラヴィーヌ。

 激痛が走っているようで、歯を食いしばって耐えている。


「やはり、無理をしていたか」

「まだ邪神が覚醒をしていないですし、負担が大きいようですね」


 ビルフレストは顎に手を当てる。

 ラヴィーヌの右眼に埋められた金色の瞳は、邪神に秘められた力を使用する為の触媒。


 ただ、顕現していない邪神の力を解放するには大きな負担が伴う。

 本人の強い希望もあって、ラヴィーヌはその能力を移植した。


 結果、得たものは色欲の能力。魅了(チャーム)

 瞳で対象の生物を虜にする事で、意のままに操る。

 重要なのは、その際に理性を奪うという事。

 脳のリミッターが解除され、更に魔力により身体強化で身体を肥大化させる。

 結果、死に至ろうとも本望とでも言わんばかりに。


 今回、ラヴィーヌに操る事が出来たのは僅かに二名。

 本人としても、ビルフレストとしても想定よりも少ない結果となった。


「やっぱり、ワタシが貰った方が良かったですかね?」

「適合したのはラヴィーヌだ。彼女に預けたのは間違いではないだろう」

「ワタシもいける自信あるんですけどねえ。

 まあ、ラヴィーヌ様が貴方にいい所を見せたかったんだと思いますけど」


 ラヴィーヌはビルフレストへ恋慕を抱いている。

 本人は隠しているつもりでも、外から見ればあからさまだった。

 

 悔やむべきはビルフレストの唇も、逞しい腕の温もりも、ラヴィーヌは知らない。

 それを欲している事は、ビルフレストも気付いているだろうに。


「ビルフレスト様。抱いてあげればいいんじゃないですか?」


 サーニャは名案だと思ったのだが、ビルフレストは首を横に振る。


「魔術と同じで、ラヴィーヌの能力は想像によるものが大きい。

 現実を知ってしまえば、それは弱まるだろう」

「それは断る為の詭弁ですよ。一度、色を知ればラヴィーヌ様はもっと欲しますよ。そういうものです。

 肉欲の味を教えてあげるのは悪くないと思ったんですけど」

「……どちらにしろ、邪神は覚醒を果たしてはいない。時期尚早だ」


 サーニャは、少しだけラヴィーヌに同情した。

 想いを寄せている事を知りながら、彼から受け入れる事も拒絶される事も無い。

 気持ちだけが昂っていく。これではまるで、生殺しのようだ。


「じゃあ、ワタシとはどうですか?

 第三王女(フローラ)の暗殺に失敗したワタシを、慰めてください」


 サーニャは優しくビルフレストの首に腕を回す。

 ほんのりと顔を紅潮させ、何を期待しているのかを彼へ悟らせる。


 彼女も鬱憤が溜まっているのだろうと、ビルフレストは察した。

 第三王女(フローラ)暗殺の失敗もそうだが、自らも命の危機に面していた。

 更に、ラヴィーヌをここまで連れて来たのも彼女だ。

 自分がアルマを連れてきている中で、かなりの負担を負わせていた事になる。


「場所を変えての話だ」

 

 ビルフレストが親指を、サーニャの顎に当てた時の事だった。

 

「……品が無い事は、お止めなさい」


 迫るサーニャを止めたのは、女の声だった。

 フリガ・マルテ・ミスリア。ミスリア王国の第一王女であり、アルマの姉。


「あら、フリガ様。いらしてたんですね」


 残念そうに、サーニャはビルフレストから離れる。

 それでも尚、睨みつけるフリガ。まずは、彼女の気を鎮めなくてはならない。

 両手を上げて降参したとでも言わんばかりのポーズを、フリガへと見せた。


「ビルフレストも。断るならはっきりと断りなさい。

 こんな見窄らしい女なんて、貴方にはふさわしくないわ」


 フリガはサーニャに一瞥もくれる事なく、ビルフレストへ自身の怒りをぶつけた。

 彼女もまた、ビルフレストに恋心を抱いている。

 サーニャ自身は、彼に特別な恋愛感情を抱いている訳ではない。

 身も心も彼に捧げたのは自らの目的と合致するついでに過ぎない。心地いいのは否定しないが。


 だが、今の状況は面白くない。

 自らの手を汚す事も厭わないアルマと違い、目の前の女(フリガ)は周囲の人間を顎で使っているだけ。

 自分は決して、彼女の臣下でも無ければ部下でも無い。

 ビルフレストの立場を慮ってはいるが、多少の意地悪はしたくなる。


「いえいえ、フリガ様。女は化粧で化ける事が出来ますから。

 それこそ、フリガ様のように魅力を引き出すことも。ワタシのように、魅力を抑えることも」

「……それは、貴女の方が私より美しい。そう言いたいのかしら?」


 フリガの顔が引き攣る。どうやら、多少の皮肉は通じるようだ。

 幼い頃から着飾って、それが自分の本来備えているものだと思い込んでいる。

 その立場による力関係をひっくり返したくて、サーニャはここに居る。

 

 だが、狙い通りの反応をしてくれたので、サーニャは面白くなってきた。

 もう一声、からかう事とする。


「まさか、そんな。ただ、フリガ様もビルフレスト様を欲しているようですが……。

 ワタシ、一緒でも良いですよ。二人揃って、天国へご案内して差し上げます」

「――ッ! ビルフレスト! 私の部屋に来なさい!

 二人で話があるわ!!」


 茹で上がりそうなぐらい顔を真っ赤にしたフリガが、踵を返す。

 フリガも、ラヴィーヌも、想像力が逞しくて羨ましいとさえ思った。


「……からかいすぎだ」

「ふふ。それは失礼しました」


 頭を抱えるビルフレストを見て、サーニャはくすくすと笑う。

 正直に言うと、慰めて欲しいのも本心ではあった。

 戦闘中に感じた『死』への恐怖を、何かで塗り替えたいと思った。

 それを悟られたくなかったからこそ、こんな形を取った。

 気が紛れたので、結果的には良かったのかもしれない。


「ビルフレスト様は、フリガ様の元へどうぞ。久しぶりにお会い出来たので独り占めしたいのでしょう。

 ワタシは、アルマ様を慰めてきますので」


 スカートの裾を摘み、サーニャはお辞儀をする。

 今までの会話が原因なのだが、ビルフレストは訝しむ。


「サーニャ。念のために言っておくが……」

「分かっていますよ。ワタシも、純真な王子様を汚したりはしませんって。

 ただ、メンタルケアは必要でしょう? それぐらいは、侍女(メイド)にお任せを」

「……任せた。それと、第一騎士団の隊長。スコア・グラダをドナ山脈へ向かわせろ。

 第三王女(フローラ)とオリヴィア・フォスターがまだ生きている可能性がある」


 サーニャは頷くと、アルマの元へと姿を消していく。

 スコアがフェリーにより両断されるのは、これから二日後の話となる。

 

 その間に、三日月島へある一団が帰還を果たす事となる。

 ビルフレストと共にアルマの留学へ同行したカルロパ。

 彼が、囚人の群れを連れてきていた。

 

 王宮で第一王子(アルマ)派が起こした騒動。想定外の連続により本懐を遂げる事は出来なかった。

 しかし、最も重要な目的のひとつは達成した事となる。


 その中に、ビルフレストの求める人物が居る。

 マーカス・コスタ。邪神の『核』を研究し、怪物へと昇華させていた者。


 悪意の種は、更なる餌を与えられる事となる。

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