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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第九章 狂乱の大国

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109.決別と退却

 レイバーンと邂逅を果たしたフィアンマが慌ただしく飛び去って行ったのには、理由がある。

 自らが束ねている火龍(サラマンダー)、紅龍の一族。


 普段こそ渡り龍の習性として各地を飛び回っているが、この時ばかりは事情が違う。

 代々、同盟を組んでいる魔術大国ミスリア。

 その遥か上空を、火龍(サラマンダー)とは違う龍族(ドラゴン)が群れを成していた。


 蛇のように長い。だが、それよりも遥かに巨大な身体を持つ龍。

 金色の身体に、あらゆるものを引き裂くような鉤爪を持つ。

 天空を司るという龍族(ドラゴン)


 彼らは普段から雲の上に存在していると言われている。

 陽の光を浴び降臨する様は神々しく、神の遣いだと言われる事もある。


 先代の紅龍の王。つまり、自らの父とミスリアへ赴いた際にフィアンマは黄龍の王と顔を合わせた事がある。

 名をヴァンと言った彼は、自分よりもずっと若かった。


 ヴァンもまた、紅龍や蒼龍と同様に神より授かりし神器をミスリアへ贈呈している。

 会話をしたのは、僅かな時間だった。

 しかし自分より若く、それでいて自分より遥かに物事をしっかりと考えている。

 勝ち負けなど決めようがないのかもしれないが、フィアンマは彼に負けたような気がしていた。


 彼もまた、物事こそ考えているがミスリアへ訪れる事はそうないという。

 自分達は、人間の社会では混乱を招く存在になりかねない。

 余程の事が無ければ姿を現すつもりはないと。


 だから、遅れてやってきた同胞の言葉に耳を疑った。

 ミスリアの上空。雲の上に、黄龍の群れを確認したという報告。


 たまたま通りすがっただけかもしれない。

 自分達だって、季節に応じて世界を笑っている。

 ましてやミスリアとは同盟だ。定期的に交流していても、何ら不思議ではない。


 正常性バイアスというべきだろうか。

 そう自分を納得させようとする一方で、頭の片隅に引っかかるのはヴァンの言葉。

 彼の言っていた『余程の事』が起きている自体なのではないだろうか。

 それならば、同盟を組んでいる自分達も姿を現すべきではないだろうか。


 真意を確かめるべく、フィアンマは同胞を連れて飛び立つ。

 シン達が、小人族(ドワーフ)の里で土の精霊(ノーム)との会話を聞いていた頃の話であった。


 ……*


 ミスリア上空。

 城内で起きている真っ黒な、濁った様相を現しているかのような雨雲。

 それを越えた先で、フィアンマはヴァンと邂逅を果たした。


 雲に覆われて、地上で何が起きているかフィアンマには知る由も無かった。

 だが、何かを待つように宙に浮くヴァンとその同胞の姿に違和感を覚えた。


「キミは、紅龍の。久しぶり」

「あ、ああ。久しぶりだね」


 拍子抜けをしたというのが、フィアンマの第一印象だった。

 ヴァンはまるでそこにいるのが当然のような、軽い挨拶をする。


「ヴァン。お前、どうしてミスリア(ここ)に?」


 フィアンマのその質問に、ヴァンが訝しむ。

 自分とは違う目的でここへ現れた事に、このタイミングで気付く事となる。


「王が、世界が代わるからだよ」

「……? そんな話は聞いていないけど」


 今度はフィアンマが訝しむ。

 ミスリアの国王が代わるのであれば、自分の元にも連絡が届くはずだ。

 それに国王が代わるというのであれば、何故上空(こんなところ)で佇んでいるのか。


「ねえ、紅龍の。キミはミスリアを、国王(ネストル)をどう思う?」


 今度は問いかけかと、フィアンマは顔を顰める。

 ヴァンが何を伝えたいのか、さっぱり解らない。


「どうもこうも、争いも無く国を統治しているんだ。

 国民からも慕われていて、立派だと思うよ」


 思い浮かべるは、自分達の一族。

 人間よりずっと少ない数でも、志を共にした仲間でも、纏めるのはこれほど大変だったのかと四苦八苦している。

 勿論、人間の間にも諍いは日々発生しているだろう。

 それでも、ネストルを慕う者は多い。彼が、その身に宿る力が、自分達を護ってくれると知っているからだ。


 証拠と言ってはなんだが、ミシェルの事がある。

 彼女はいつも朗らかだった。それだけで、ミスリアの国王が善い人間だと思える。

 あまり積極的に会う事は無かったが、有事の際には協力を惜しまないつもりだった。


「凡庸だね」

「……なんだと?」

 

 フィアンマの回答を、ヴァンはそう斬り捨てた。

 

「じゃあ、お前はどう思うんだ」


 返す言葉で、フィアンマはヴァンへ尋ねる。

 雨雲の更に下。ミスリアの大地を見つめながら、彼は答えた。


「欲が無い。彼は満足している。

 折角預けた神器も、あれでは宝の持ち腐れだ」

「使う機会が無ければ、それでいいじゃないか」


 神器は神が授けた武器ではあるが、争う為の道具ではない。

 決して、神器が原因で争いが起きて良いはずもない。

 ただそこにあるだけで、抑止力としての効果を発揮する。

 

 それで秩序が守られるのであれば、立派に役目を果たしているのではないか。

 特別な愛着を持っていないからだろうか、フィアンマはそう考えている。


「じゃあ、もうひとつ。仮に国王(ネストル)が誰かを殺めたとしよう。

 それをキミはどう思う?」

「……さっきから、お前は何が言いたいんだ?」

「いいから、答えを聞かせてはくれないか」


 値踏みされているかのような視線に、フィアンマは若干の不快感を覚える。

 少しずつ湧き上がってくる疑念が、上空(ここ)に居る理由の輪郭を視覚化しているようだった。


「何か、理由があるんだろう。その人を殺めるだけの、理由が」


 ヴァンの口角が緩む。どうやら、今度は彼のお眼鏡にかなったようだ。

 しかし、それはフィアンマの想像とは違う理由によるものだった。


「そう。彼なら、きっと理由があると思われる。それは、彼がミスリアの国王だからだ。

 立場が、彼の行動に理屈を求める。そして、勝手に周りが正当化していく。

 だから、あの子はそれを欲しがったんだ」

「……あの子?」

「ミスリアの第一王子、アルマだ。

 彼は、今犯している事を『罪』とは思っていない。

 そしてそれは、『罪』ではなくなる。彼の立場が変わる事によって」

「お前の言っている事は解りにくくて腹が立つ。もっと簡潔に話してくれ」


 フィアンマが苛立ちをはっきりと口にした時だった。

 ヴァンの耳がピクリと動く。


「そうしてあげたいところだけれど、時間が来たようだ。

 紅龍の。追ってくるなら、容赦はしない。これは忠告だ」


 彼はそれだけ言い残すと、雨雲を突っ切って流星のように地面へと舞い降りていく。

 突き抜けた雨雲に大きな穴を生み出し、所々破壊された王宮がフィアンマの瞳に映しだされた。


 それが異常事態だという事は、すぐに理解できた。

 フィアンマはヴァンの後を追うように、彼の生み出した穴を突っ切った。


 ……*


 ビルフレストの造り出した結界をも突き破る、圧倒的な質量。

 それはガラガラと音を立てながら天井と壁を破壊し、玉座の間にある境界線を失くす。

 雨に打たれながら晒された金色の龍は、そこに居る者から視線と言葉を奪った。


「迎えに来たよ。アルマ、ビルフレスト」

 

 金色の龍。ヴァンは、自らを呼んだ者の名を発する。

 それにより、いち早く状況を察したネストルが声を張り上げた。


「ヴァン! まさか、お主まで……!」


 名を呼ばれた龍族(ドラゴン)は、つまらなさそうな視線をネストルへ送った。

 自らの先祖が与えた神器。黄龍王の神剣(ヴァシリアス)を政治の道具にしか使用しない。

 その様子に辟易している。軽蔑の視線だった。


「そうだ。ぼくはアルマ(こっち)についた。

 これ以上、ウチの神器(ヴァシリアス)を腐らせておくのは勿体ないと思ったんでね。

 ミスリアとの同盟は、破棄させてもらう」

「なっ……!」


 一方的な通告に、ネストルに浮かんだのは怒りでは無かった。

 全身の身の毛がよだつ。この世界に於いて最も恐れられる種族のひとつ、龍族(ドラゴン)

 かつて、龍族(ドラゴン)の逆鱗に触れた事により滅びた国が存在するという伝説すらある。


 同盟を結ぶことにより、ミスリアは国民からその危機を回避してきた。

 そのひとつが今、反故にされる。龍族(ドラゴン)が、牙を剥く。


「そんな勝手が、許されるはずが!」

「ある。今、重要なのは約束の存在ではない。

 ぼくを黙らせるだけの『力』があるかどうかだろう」


 ヴァンの脅しは、ネストルに深く突き刺さる。

 彼には圧倒的な『力』がある。今争えば、ただでは済まない。


「アルマ、今日のところは退こう。元々、帰ってきた挨拶をするだけだったんだろう」


 歯を強く食いしばり、アルマはふらふらとヴァンの元へと寄っていく。

 屈辱に塗れたその顔は、とても人前に出せるものではなかった。

 ヴァンの差し出された上に乗るアルマ。


「待て! ビルフレスト!」

「そのまま行かせると思うのか!」

 

 続けてヴァンへ寄っていくビルフレストを止める声が、雨で冷め切った空間にこだまする。

 イルシオン・ステラリード。そして、ヴァレリア・エステレラだった。


 紅龍王の神剣(インシグニア)と大剣の切っ先が、黄龍へ向けられる。

 蔑みの視線と共に、ヴァンは息を吸う。何かあれば、すぐに迎撃が出来る事を意味していた。


 ビルフレストがヴァンを手で制する。

 イルシオンとヴァレリアへ放った言葉は、ネストルにも向けられたものだった。

 

「これ以上戦えば、犠牲が広がるのは貴様達だ。命拾いをしたと思え」

「っ……」


 イルシオンにとっては屈辱だった。彼によって刻まれた傷を、思わず撫でる。

 英雄になると大言を吐いておきながら、実際はこの様だ。

 クレシアにも、合わせる顔が無い。


「ビルフレスト、そうも行かない。紅龍の王が追ってきている。長居は無用だ」


 小さく呟くヴァンの言葉に、ビルフレストは眉を動かした。

 そうなれば、武器を失った(アルマ)が再度戦場に晒される事となる。

 一刻も早く、退く必要が出てきた。


 アルマとビルフレストを抱えたまま、ヴァンは天空へと姿を消した。

 黄龍の仲間に妨害されたフィアンマと紅龍がネストルの元へ辿り着いたのは、それからすぐ後の事だった。


 ……*


「……おかしいだろう、ヴァン。黄龍がこちらに着いたというのに、何故黄龍王の神剣(ヴァシリアス)は父上を見棄てない?」


 上空を舞うヴァンの手の中で、アルマが呟いた。

 その声には不満と屈辱、そして怒りが込められていた。


 ため息を吐きながら、ヴァンは答える。

 

「神器はあくまで神の創りしものだ。神器が彼を主と認めているのなら、仕方ないだろう」


 アルマは舌打ちをする。当分、怒りが収まる様子はない。

 何も欲さない。何も変えない。ただ、存在するだけの巨大な力。

 老いた者が持っているには、過ぎたもの。

 

 嫉妬をした。憤怒も抱えた。強欲だと言われようと、アルマはそれが欲しい。

 今まで自分が積み上げてきたものが、崩されるようだった。

 このままでは許されないと、自分の矜持が訴えてくる。

 怠惰な国王に、神器も王の称号も預けてはおけない。


 その様子を見て、ビルフレストは笑みを浮かべた。

 アルマが敗北した事ではない。正しく、濁ってくれた事に。

 彼がそうなればなるほど、邪神はその力を発揮する事が出来るだろう。


 同時に、自分達に邪神の力が必要である事を改めて実感をした。

 カルロバは上手くやっているだろうか。ラヴィーヌの様子はどうなっているだろうか。

 決して、心配などではない。彼らの存在が、段階を『次』へ推し進める。

 担っている重要性によるものからの懸念だった。


 己の左腕を見る。この腕とも、別れる時が来るだろう。

 産まれてからずっと共にしてきた腕だ、思うところがある。

 だが、それ以上の期待がビルフレストの心を高ぶらせる。

 神の力。その一端を、得る事が出来ると思えば当然の事だった。


 雲から射し込む光に照らされる、ミスリアの王都。

 その光景を手に入れんと、アルマとビルフレストは眺め続けていた。

 激しく打ち付ける雨は、いつしか止んでいた。

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