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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第九章 狂乱の大国
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108.荒天に降る流星

 ミスリア王国国王。ネストル・ガラッシア・ミスリア。

 彼は三人の妻も、三人の娘も平等に愛していた。


 中々子宝に恵まれなかったフィロメナが、日夜神経をすり減らしている事は、当然把握していた。

 ネストルは自分に出来る範囲で、彼女を支えた。

 それも度を過ぎると、二人の側室は自分の知らない所で牙を剥く。

 かつて、自分の母がそうだったと聞かされている。


 フィロメナには苦労を掛けたと猛省している。

 幸いなのは、彼女の心が清廉で高潔なものであった事だろうか。


 彼女の心は、娘であるフローラが産まれた事で報われた。

 だからなのだろうか、ネストルはほんの僅かだが気が緩んだ。


 バルバラとの二人目の子供は、待望の男児だった。

 それまで平等に愛を注いでいたネストルは、喜びにより目を曇らせた。


 平等を心掛けていたはずなのに、その天秤はアルマへと傾いていた。

 だから、見抜けなかったのかもしれない。

 指導役を志願した、ビルフレストの真意に。


 彼は聡明な男で、臣下からの信頼も厚い。

 これ以上の適任者は居なかった。

 現に、アルマは神童かと見間違う程の成長を遂げていた。


 留学の話をビルフレストが提案した時も疑いはしなかった。

 若い頃から世界を見る事で、刺激を与える。その考えに異論は無かった。


 惜しみなく愛情を注いだつもりだった。

 その結果、息子が歪んでいくとは微塵も考えてはいなかった。


 後悔が走馬灯のようにネストルの脳裏を過る。

 自分は親として、為すべき事を成さなかった。


 あるいはこのまま首を跳ねられるべきなのかもしれない。

 だが、父親としての心がそれを拒絶した。

 

 アルマを愛している。

 愛しているからこそ、息子に親殺しという大罪を犯させる訳には行かなかった。


 黄龍王の神剣(ヴァシリアス)に喰わせるのは、ありったけの魔力。

 年齢を重ね、全盛期より衰えたといえど魔術大国ミスリアの王。

 並の魔術師を遥かに超える魔力が、今もネストルには宿っている。


 神剣が起こしたのは、竜巻。

 ネストルを、黄龍王の神剣(ヴァシリアス)を中心に風の渦が暴れる。

 それは振り下ろされたアルマの宝剣を砕き、そのまま天へと立ち昇る。


 ビルフレストが張った結果すらも突き破り、濁った雨雲を玉座の間に曝け出した。

 大きな雨粒が二人を打ち付ける。神剣を杖替わりに、ネストルは身体を起こした。


「アルマ。もう止めるのだ」


 アルマは放心していた。ネストルの声は、耳に入ってはいない。

 完全に仕留めたと、勝ったと確信していた。

 それが何だ。老いぼれが魔力を注ぐだけで形勢が逆転するのか。


 ありえない。信じがたい。受け入れ難い。

 アルマの額に、大きな青筋が立てられる。


 ――ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。

 

 あっていいはずがない。起きていいはずがない。

 目の前にいる男は現状に満足し、何も欲さない。これから先、衰えていくだけの存在ではないのか。

 どうして上を、前を駆けて行こうとする自分の前に立ちはだかるのか。

 ありえない。自分の欲するものが手に入らない。そんな事は、あってはならない。


 ――消えろ。消えろ。消えろ。


 アルマの心が、濁っていく。

 様々な感情が混ざり合った結果に生み出されるは、混沌の黒。


 その憎悪にまみれた顔を見上げたネストルは、歯がゆくなった。

 想いは息子に伝わっていない。アルマにとっては、自分は殺すべき対象のままだと。


 どうすれば、息子の目を覚ます事が出来るのだろうか。

 どうすれば、この不毛な争いに終止符を打てるのか。

 ネストルには答えを見つける事が出来ない。


 怒れるアルマと、迷うネストル。

 決して交わらない二人の気持ちを、響き渡る少女の声が遮る。


「――聞こえますか? 私は、クレシア・エトワール。

 エトワール家の三女、クレシア・エトワールです」


 クレシアの声が、王宮中を覆い尽くした。

 ネストルとアルマは視線を交わしたまま、その声に耳を傾けた。


 ……*


 主に周囲の状況を把握するために使用している魔術。

 クレシアが探知(サーチ)と名付けたそれを、()の方法で使用する。


 魔力の粒子を舞わせて、王宮を覆う。

 宙を舞う花粉のように、クレシアが広がっていくそれは王宮の全てを包み込んだ。

 

 クレシアは一呼吸置いて、次の段階へと進む。

 普段は空気に乗った魔力の揺れを、自分の元で振動させる事で拾った音を再現する。

 ならば、反対に自分の声で揺れた魔力を向こう側で揺らせばいい。


 言葉として、相手に意思を伝える事が出来たのは二人の姉で実証済みだ。

 問題点があるとすれば、姉曰く自分の声とは違ったと言われてしまった。

 それでも姉は駆け付けてくれたが、今回はそういう訳にもいかない。

 ミスリア五大貴族のクレシア・エトワールが発した言葉を、聞かせなくてはならない。


 だから、自分が喋る事によって揺れた振動を向こう側で再現する。

 広範囲を同じように振動させるのは、想像以上に集中力を必要とした。

 

 クレシアの脳が、膨張と収縮を小刻みに繰り返す。

 激しい頭痛が彼女を襲う。

 それでも、やらなくてはならない。やると決めた。


 姉がイルシオンの元へ駆けつけても、間に合うかどうかは際どい。

 声を伝える為に纏わせた粒子で盗み聞きをした結果、現在の状況はある程度は把握をしていた。

 イルシオンは負傷している。対するビルフレストは、ほぼ無傷を保っていた。


 細かい魔力の調整を余儀なくされているとはいえ、頭がガンガンする。

 ヴァレリアの指摘通り、こんなに消耗した自分が戦場へ向かった所で足を引っ張りかねない。


 これが、今のクレシアに出来る最大の援護だった。


 長々と、説得するために言葉を語るような事はしない。いや、出来ない。

 自分の知っている情報では齟齬が出てくる恐れがある。

 その結果、本来は味方だった者に不信感を植え付ける訳には行かない。


「今、玉座の間ではアルマ殿下がネストル陛下の命を奪おうとしています。

 その証拠に、彼の指南役であるビルフレストが他を寄せ付けぬよう結界を張り巡らせています」



 

 クレシアが発する言葉を、イルシオンとビルフレストもまた耳にしていた。

 明らかに玉座の間と自分の行動を把握している口振りに、訝しむ。


 一方で、イルシオンは口角を上げた。

 自分の相棒(クレシア)は、やはり一流の魔術師だと嬉しくなる。


「イルシオン・ステラリード。クレシア・エトワールは何故、玉座の間(なか)で何が起きたかを把握している?」

「答える義理は無いッ!」


 探知(サーチ)の存在を知る者は、エトワールの本家とイルシオンのみ。

 攻撃性も敵意も無い魔力は、大気と混じり合い結界すらも素通りをする。

 その優れた能力は、こと情報戦において絶対的な優位性を証明していた。



 

 クレシアの声は、まだ王宮に響いている。

 

 第三王女(フローラ)の命が狙われた事。護衛のオリヴィアが、同じ黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)に狙われた事。

 第一王女(フリガ)派である第一騎士団が、ラヴィーヌに加担していた事。

 自分が介入し、第三王女(フローラ)とオリヴィアを逃がしたが、今はどうなっているか解らない事。


 とにかく、知っている情報を並べた。

 大勢の人に言葉を聞かせる機会は、面と向かってすら未経験だ。

 証拠に声は上擦っているし、考えながら話すので要所要所で拙い。


 だからこそ、今起きている状況が真実であるという説得力が生まれた。

 第一王女(フリガ)派と第一王子(アルマ)派は、事情を知る者と知らない者でその行動が分かれる。


 ビルフレストについて行くもの。事情を知らず、とんでもない事が起きていると狼狽える者。


 第二王女(イレーネ)派は、戸惑っていた。この声は、第二王女(イレーネ)派で最も権力を持つエステレラ家の令嬢が語ったものだ。

 王位継承権で最下位に位置する第二王女(イレーネ)は、王位の座を諦めていた。

 せめて、第一王子(アルマ)に取り入る事でお零れに預かれないだろうかと浅ましい事ばかりを考えていた。


 しかし、クーデターを企てていたのであれば話は別だ。

 無造作に投げ込まれた理不尽と悪意の種が花開いた時、自分達の安全は保証されるのだろうか。

 ならば、いっそ王に与するべきでないだろうか。

 そう思っている所に、ヴァレリアとグロリアが第三王女(フローラ)に加勢しているとクレシアの口から語られる。


 ならばと、第二王女。イレーネ・ヴェネレ・ミスリアは腹を括った。

 元々、家督争いに勝ち目が見えていなかった。側室である母は諦めきれていないようだが、イレーネには現実が視えている。

 それに、第一王女(あね)の行動にはその醜悪さから嫌悪感を抱いていた。

 母同士が結託していたので、表向きは愛想を振りまいていたが、本心ではあまり関わり合いとは思っていなかった。


 これにより第二王女(イレーネ)派とミスリア王国第二騎士団は、第一王子(アルマ)第一王女(フリガ)より決別する事を選択した。

 勝ち馬に乗るのではなく、納得できる方を選択した。結果、何が起きようとも後悔をしない為に。

 

 ウェルカでの戦いにより壊滅し、黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)であるオリヴィアも負傷している第三王女(フローラ)派にとっては僥倖だった。


 ……*


「ビルフレスト!」

「逃がしませんわよ」


 玉座の間。その入り口で戦闘を繰り広げているイルシオンとビルフレスト。

 その二人割って入る様に、ヴァレリアとグロリアは姿を現した。


「ヴァレリア・エトワールに、グロリア・エトワールか」

「久しぶりだな、ビルフレスト。しばらく見ないうちに、また色男になったか?

 向こうで、散々良い思いをしたんだろうな」


 ヴァレリアの挑発に、ビルフレストが顔色を変える事は無い。

 反応の薄さを見て、つまらなさそうにヴァレリアが舌打ちする。


 そんな彼女とは裏腹に、ビルフレストは己と(アルマ)が置かれている状況を鑑みる。

 先ほど感じた強力な魔力はアルマのものではない。恐らく、国王(ネストル)が神器を通して放ったものだろう。

 その結果、自分の結界が破られてしまった。現在は上空だけだが、じきに亀裂は伝播していくに違いない。

 

 自分の状況も、好転しているとは言い難い。

 イルシオンだけならどうにかなる。神器を持っているとはいえ、その動きは直線的で読みやすい。

 時折魔術を交える等の工夫は凝らしていたが、アメリア程ではない。


 神器による大振りを狙っているのが分かりやすくて、対処は苦にならなかった。

 しかし、ヴァレリアとグロリアが参戦したとなれば話は変わってくる。


 イルシオンと同じく、大振りが目立つ割に自分の身体の使い方を熟知しているヴァレリア。

 対照的に、接近戦の手数でこちらの選択肢を削っていくグロリア。


 個々で戦うなら、この三人の誰にも敗ける気はしない。

 しかし、連携をされるとなると話は別だ。何より、紅龍王の神剣(インシグニア)に割くべき意識が大きすぎる。

 それではヴァレリアの攻撃を受けきれない。

 

「……潮時、か」


 ビルフレストは、相対する三人には聞こえないように呟いた。

 (アルマ)も国王に対して分が悪い。いくらか手傷は負わせたようだが、あと一歩が詰まらない。


 第三王女(フローラ)の暗殺にも、失敗した。イルシオン同様、クレシア・エトワールの闖入が決め手だった。

 いや、その前から後手を踏まされていた。オリヴィア・フォスターが用意していた水の分身。自分の知らない魔術だった。


(ミスリアにも、新しい芽が育っているという事か)


 次世代を担う若き魔術師。神器や不確定要素(イレギュラー)に意識を割きすぎた。

 結果、若い魔術師の実力を見誤っていた。自分の見立てが余ったと、素直に認めざるを得ない。

 しかし、既に退路は自らの手で塞いでしまっている。


 ここから先の戦いは、更に熾烈なものとなる。

 切り札が未完成のままで勝てる相手ではない事を、ビルフレストは肝に銘じた。


「ここは、一度退かせてもらおう。

 国王も、第三王女も墜とせなかったのは私の失策だ。肝に銘じておく」

「逃がすか!」

「迂闊ですわよ!」


 大地を蹴り、イルシオンとグロリアはビルフレストとの距離を詰める。

 このまま、この男を見逃してはいけない。イルシオンの勘がそう叫ぶ。


 しかし、二人の間には土の壁が須臾に立ち塞がる。

 壁の向こうから、ビルフレストの声が聞こえた。


「勘違いするな。我々は何度でも現れる。

 この国をもらい受けるまで、何度でもだ」


 彼がその言葉を言い終わると同時に、王宮へ強い衝撃が加わる。

 大きな飛来物が、流星のように玉座の間を貫いた。

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