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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第九章 狂乱の大国

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107.堕ちていく王子

 噴水のような血飛沫を上げるドーンは、不気味なオブジェのようだった。

 可愛い妹に惨劇を見せる訳に行かないと、ヴァレリアはその身で彼女の盾となる。

 ヴァレリア自身も返り血を浴びてはいるが、直視するよりはマシだろうという配慮だった。


「心配しなくても大丈夫。私、それなりには慣れてるよ」

「そっか」


 くしゃくしゃと、ヴァレリアがクレシアの頭を撫でる。

 また髪が乱れた事に、不服そうな視線を送るが意に介してはいない。

 

 ヴァレリアは安心よりも、驚きが先に来た。

 いつまでも子供だと思っていたのだが、中々に肝が据わっている。

 これもイルシオンと旅をしている成果なのだろうか。


「ひと先ずは、終わりですわね」


 肩の傷を抑えながら、グロリアが二人の元へと戻ってくる。

 長女(ヴァレリア)がやってきた時点で覚悟はしていたが、やはり彼女もクレシアの頭をくしゃくしゃにした。


「それで、ライラス(こいつ)はどうする?」


 ヴァレリアが顎で示すは、筋肉質な男。膨張した筋肉は、萎んで元の大きさへと戻る。

 仰向けで倒れたまま、白眼を剥きながら泡を吹いている。


 虚ろな眼をしながら涎を垂らす様は、恐怖の対象でしかなかった。

 本人の限界以上に膨れ上がった筋肉から繰り出される一撃は、確かに脅威だった。


 クレシアは考え込む。

 オリヴィアは、ラヴィーヌの右眼に気を付けるように忠告をしてきた。

 ライラスはドーンの症状がそれによるものだと予測する事は、想像に難く無い。


 問題は、その能力(ちから)の本質。

 本人の意思すら無視する能力なのか、それとも賛同したものを一時的に狂暴化させたのか。

 どちらにしろ、ドーンには悪い事をしたと思う。

 

 サーニャとラヴィーヌの会話を盗み聞きする限りは、第一王子(アルマ)派だろう。

 それでも、長年王宮に仕えてきた黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)

 その一人を、殺める事となってしまったのだから。


「クレシアが気に病む事はありませんわ。

 彼がオリヴィアやわたくしたちの命を奪おうとしたのは事実ですもの。

 オリヴィアも、そのように証言をしてくれるでしょう」

「……うん。ありがとう、グロリア姉さん」


 クレシアはその名を聞いて、思い返す。

 そういえば、オリヴィアは無事に逃げ出せたのだろうか。

 第三王女(フローラ)を連れて行った以上、野垂れ死ぬ事は赦されない。

 彼女とて、それは判っているだろうが。


「なんだ? オリヴィアの事を思い出してたのか?

 アイツなら、どうせヘラヘラしながら顔を出してくるだろ。

 『ご心配おかけしましたー』なんつってな」


 ヴァレリアが言った行動を取るオリヴィアが、容易に想像できてしまった。

 多分、絶妙に苛立つ言い方をしてくるだろう。

 やはり、彼女とはウマが合いそうにない。


 サーニャとラヴィーヌは撤退を決めた。

 得体の知れない力を持っていたとしても、万能ではない。

 引き際を冷静に判断した侍女(メイド)に、クレシアは感服した。

 

「さて、と。これからどうする?」


 ヴァレリアが大剣を肩に抱えながら、尋ねた。

 局地的には勝利をしたかもしれない。

 

 しかし、彼女達はあくまで陽動なのだろう。

 第三王女(フローラ)の暗殺に失敗した時から、明らかに派手な動きが増えた。

 第一騎士団を呼び出したり、巨大な武器で通路を破壊したり。

 おかげで、警戒しないといけない事が増えた。


「私は、早くイルの所に行きたいけれど……」


 イルシオンはまだ、ビルフレストと戦闘をしているのだろう。

 彼が居たであろう位置まで、自分の魔力を再度飛ばすのには時間が掛かる。現況は知り得ない。

 簡単に敗けるような男ではない事を、クレシアは誰よりも知っている。

 それでも、やはり心配はしてしまう。


「ダメだ」


 クレシアの願いを、ヴァレリアは両断する。

 彼女の言葉に、クレシアは目いっぱい顔を顰めて不満をアピールする。

 ヴァレリアは困った顔をしたが、諭すように続ける。


「クレシアも、大分消耗しているだろう。見ていれば判る」

「まだ、いけるよ」


 強がってこそいるが、ヴァレリアの指摘は的を射ていた。

 大雨に打たれながらの乱入に、詠唱を破棄した上で魔術を連発。

 姉に心配かけまいと、平静を装っていたが身体がほんのりと熱っぽい。

 身に宿った魔力をふんだんに使った結果、彼女の想定以上に身体を痛めつけていた。


「クレシアちゃん。気持ちは解りますけど、無理をしてはいけません。

 イルシオン君の足を引っ張る結果にもなりかねないのよ」

「……そんな事、ない」


 反論こそするが、足手まといになる可能性も否定できない。

 口をもごつかせるを見て、グロリアは優しく頬を撫でる。


「その場に行くだけが、援護じゃないでしょう。

 今のクレシアちゃんに出来る事も、ありますわ。

 イルシオンの所には、わたくしとヴァレリア姉さんが行くから安心なさい」

「……分かった」


 渋々だが、クレシアは頷いた。

 残った魔力と体力で、自分に出来る事を考え始める。


「で、イルシオンとはどうなんだ? もうそろそろ義弟になるか?」

「……姉さん、そういう事言うなら私が行くから」


 進展はしていないのかと、つまらなさそうにヴァレリアが口を尖らせる。

 何を言っても、絶対に茶化される。

 それを解っているクレシアが、ぷいっと顔を背けた。


 ……*


 第一王子(アルマ)の所持している剣は、最高級のミスリルインゴット。

 ふんだんに埋め込まれた魔石。何重にも重ねられた魔術付与(エンチャント)

 

 時間と、手間と、資金を惜しみなく注ぎ込まれた一品。

 ミスリア持つ技術で造り出すと言った意味では、これ以上はない傑作と言っても差支えは無かった。


 これを越えるには、そもそも人間以外の種族が造る。例えば、小人族(ドワーフ)など。

 もしくは、魔石ではなくてマギアが生み出した傑作。魔導石(マナ・ドライヴ)を組み込む。

 そういった別の要素を取り入れる事を、余儀なくされる。


 しかしそれは、武器自体のバランスを破壊する事を意味していた。

 己の魔力を利用した戦い方を考慮した時に、足し算だけでは成り立たないというのはビルフレストの教えだ。


 現に、ビルフレストの持つ剣は彼のものより数段劣る。

 それでも、強大な力を発揮する。彼が、使いこなしているからだ。


 だからこそ、アルマはビルフレストの教えに沿って研鑽を続けた。

 彼の指導は的確で、この宝剣を使いこなした。はずだった。


「アルマ! もう剣を収めるのだ!」

「誰が収めるものか!」


 刃が欠ける。魔石が砕ける。

 その度に黄龍王の神剣(ヴァシリアス)との差が、広がっていく。


 これだけ力の差があるとは思わなかった。

 神器とはどれ程のものなのか、益々手中に収めたくなった。

 

 強欲な願いが膨らむ一方で、アルマは解せなかった。

 これまでのやり取りで刃こぼれこそ起こせど、決定的な一撃は浴びていない。

 (ネストル)は自分の身に、ただの一太刀すら浴びせてはいないのだ。


 彼の行動がなんと呼ぶか、アルマは知っている。『手加減』だ。

 アルマは歯軋りをした。力の差を誇示されるのではなく、相手に理解させようとする。


 その余裕が、気に入らなかった。

 どれほどに自分を見下ろしているのか。それはもう怠惰でしかない。

 侮辱とも捉えられるその行動は、アルマの精神(こころ)を濁った色に穢していく。


 どうすればこの傲慢な者の、余裕に満ちた顔色を絶望で塗り潰せるだろうか。

 ドス黒い感情に支配されたアルマが見つけたのは、()()だった。


 (ネストル)の邪魔をしないようにと、柱の陰に隠れていた者がいる。

 ネストルの正室であり、王妃のフィロメナ。


 大した戦闘力を持たず、身を護ることすら覚束ない。脆弱な女。

 アルマは、自らの心に現れた悪魔の囁きに耳を傾ける。

 迷う事は無かった。父の余裕を崩す為に配置された餌。アルマの瞳には、そうとしか映らなくなっていた。


 数少なくなった魔石から魔力を放出する。

 様々な属性の魔力が、バチバチと火花を放ちながら剣を包む。


「アルマ!」


 今までの攻撃(もの)とは、明らかに違う。

 その剣に込められた悪意を、ネストルが感じ取る。

 彼が見ている先に居るのは、自分ではない。


 その事実に気付いた時、ネストルは咄嗟に左腕を伸ばす。

 自らの魔力の全てを注ぎ込み、アルマの剣先から放たれた魔力の塊を受ける。

 

「ぐっ――!!」


 ネストルの左手に触れた事により、魔力の塊は僅かにその軌道を逸らす。

 フィロメナの隠れる柱から外れ、玉座の間にある壁を破壊する。

 壁の先から剥き出しになるのは、魔力で生成された不透明な壁。

 ビルフレストの張っている結界が露出する形となる。


 そして、ネストルの周囲に散る血痕。

 ぽたぽたと、無造作に飛び散ったそれは絨毯に刻み込まれる。

 前衛的な芸術のようだと、アルマは口角を上げた。

 

 差し出されたネストルの左手。

 その人差し指と中指を、跡形もなく消し去っていた。

 むしろそれだけで済んだ事に驚嘆すべきだが、アルマの心中にそんな感情が入り込む余地は残されていなかった。


 「ふ、ふふふ。ははははは――!!」

 

 思わず声を上げる。抑えろという方が、無理な話だった。

 あれだけ、自分を子供扱いした男。圧倒的な力量差を見せつけながらも、決して制圧はしない男。

 自分の欲しいものを総て手に入れる事が出来たであろう、憎き男。

 

 遥か高みにいる父から、余裕の顔を奪った。

 憐れむよう視線が、眉を吊り上げて怒りを露わにしたものへと変わる。


「アルマッ、貴様ァ……ッ!!」

 

 ネストルが愛息に向けていた愛情が、憤怒の色に染まっていく。

 漸く父と子ではなく、敵対する者として自分を認識した。

 その事実が、アルマを高揚させる。


「父上が悪いのですよ。僕をいつまでも高みから見下ろして。

 刃を向けてからもそれは変わらない。男を侮辱して、それが許されると思うなッ!」


 アルマの太刀筋は、真っ直ぐにネストルへ向けられていた。

 対して、ネストルは受け止める。もしくは受け流すだけ。

 それでも欠けていく己の刃。


 その構図は、崩れた。

 横薙ぎに払われるアルマの剣。ネストルは黄龍王の神剣(ヴァシリアス)で受け止める。


「つっ……!」


 支えきれず、黄龍王の神剣(ヴァシリアス)の刃が自らの腹へ食い込む。

 じんわりと血が溢れる。指を二本失った左手では、満足な力が入らない。

 それどころか、力を込める度に左手から漏れ出る血が握られた柄を滑らせる。


「あなた……!」

 

 フィロメナは血の気を引かせながら、苦痛に顔を歪める夫の姿を網膜へ焼き付ける。

 脱出が不可能だという事実をフィロメナに突き付ける。

 この危険極まりない男は、非戦闘員である自分にも容赦がない。


 彼女が苦しむ夫の為に出来る事は、この部屋から脱出をする事。

 夫の邪魔をしない事。それだけなのに、それすらも許されない。

 ビルフレストが張り巡らせた結界。濁った魔力の壁が、脱出を拒む。


「フィロメナ、隠れるのだ。案ずるな、私を信じろ」


 そんな場所がこの部屋にない事は、ネストルも理解している。

 どこに居ようとも、アルマが標的を変えればその攻撃はフィロメナへ届いてしまうだろう。

 それでも、ネストルはその言葉を口にするしかなかった。


 この会話が、アルマの神経をまたも逆撫でする。

 乾いた音が二発。玉座の間に響き渡った。


 ビルフレストがマギアへ赴いた際に、入手した武器(もの)がある。

 ミスリアでは珍しい、マギアならではの武器。

 銃から放たれた鉛玉が、ネストルの脚を撃ち抜く。


「ぐっ……!」


 体重を支えきれなくなり、吸い付く様に膝が床へと触れる。

 ミスリル王国。その国王の頭が、アルマの元に差し出される。


 ――もらった。


 アルマの兇刃が、ネストルの首へと真っ直ぐ振り下ろされる。

 磁石でも取り付けられているかのように、刃は最短距離を走っていく。

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