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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第九章 狂乱の大国
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105.エトワール三姉妹

「ヴァレリア様、グロリア様……」

 

 その者達の実力を知っているラヴィーヌが、まずは声を漏らした。

 クレシアには年齢の離れた姉が二人いる。


 ヴァレリア・エトワール。

 薄い紅色の髪をショートにした、女騎士。黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)として、第二王女を護衛する者。

 背丈が高く、髪型や鍛え抜かれた身体も相まって男性に間違われる事がある。

 王宮に仕える侍女(メイド)達からは下手な男より人気がある。

 少なくとも、ラヴィーヌの背後に立っているライラスやドーンよりは。


 グロリア・エトワール。

 そのヴァレリアの妹であり、クレシアの姉。

 彼女は背丈こそヴァレリアより低いが、素早い連続攻撃を得意とする双剣使い。

 ふわっとしたボブカットも相まって、ヴァレリアと違い男に間違われる事は無い。

 かつて彼女が騎士見習いを指導する様を見た事があるが、その指導は優しい言葉を掛けるのとは裏腹にかなりハードだった。


「クレシア! 無事か!?」

「クレシアちゃん、もう大丈夫だからね」


 二人の姉は、クレシアを溺愛している。

 ヴァレリアとグロリアは年齢が近い事もあり、幼少期に喧嘩をしては両親を困らせた。

 健康に育ってくれたのは良い事なのだが、もう少しお淑やかにならないものかと毎日のようにため息を漏らしていた。


 体格にも、剣の才にも恵まれたヴァレリア。

 魔術こそ不得意ではあるが、それらをものともしない剣の腕を身に着けていった。


 一方で、体格と才の双方で姉には劣るものの、グロリアは持ち前のストイックさにより実力を上げていく。

 盗賊かと揶揄されかねない程の身のこなしに、左右どちらからも繰り出される剣撃は相手を翻弄する。


 ミスリア国内でメキメキと頭角を現していく二人に、年の離れた妹が生まれた。

 クレシア・エトワールである。

 

 彼女は姉二人と違い、膨大な魔力を身に宿していた。

 それ故に、自らの身体を傷付けてしまう。二人の姉が外を走り回っていた年齢の頃でも、自室のベッドが指定席だった。


 二人の姉は気付いた。自らの力は、弱きものを護る為にあるのだと。

 壁に耳を当てれば、いつも咳き込んでいる妹。それでも、決して自分達に弱みを見せない。

 それどころか、クレシアは稀代の天才だった。

 風の魔術を利用して、空気を感知する。それを自分の耳元で振るわせることで、音を再現する。


 この魔術を彼女は探知(サーチ)と名付けた。空気を振動させているだけなので、難しくないとも。

 空気を震わせることは出来ても、周囲の音を再現するなんて繊細な芸当を成功させた人間は、クレシアの他に知られていない。


 二人の姉は嬉しかった。誇らしかった。可愛い妹は、強い心と魔術の才に恵まれた。

 ただ、実家を出た時は身体の弱いクレシアだけが気掛かりだった。

 イルシオンのお陰で、元気になったと聞いた時は飛び跳ねるほどに嬉しかった。


 紅龍王の神剣(インシグニア)を持つ彼の立ち振る舞いについて、何度も議題に上がった事がある。

 黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)であるヴァレリアは、彼を常に庇っていた。

 可愛い妹の恩人の為なら、なんでもする所存だった。


 そして今、イルシオンは玉座の間に居る。

 ヴァレリアも、彼が現れる前から不穏な空気は感じていた。

 自分を尋ねていたグロリアと共に、伺うべきかと悩んでいた。


 そんな時に鼓膜を揺らしたのは、空気の震えだった。

 揺れる空気は音となり、声となる。クレシアの声とは違うが、彼女のものだと確信をした。

 こんな芸当が出来る人間に、心当たりがないからだ。

 

 可愛い妹が、王宮に顔を出している。可愛い妹が、援けを求めている。

 二人の姉が立ち上がる理由に、それ以上のものは存在しなかった。


 ……*


「なんだ。どうしようもないからって、援軍を呼んでいたんですね。

 頼りになるお姉さんが居て、良かったですね」


 サーニャが嘲笑するかのように鼻で笑う。

 彼女は、いきなり地雷を踏んでしまった。

 頼りにされる姉を目指していたのであって、(クレシア)は決して脆弱な存在ではない。


 刹那、ヴァレリアの大剣が振り下ろされる。

 その剣撃から放たれる衝撃は長い廊下に大きな亀裂を走らせていく。

 彼女が不得意なのはあくまで魔術。その身に、十分な魔力は宿っている。

 鍛えられた身体から放たれる必殺の一撃は、魔力を纏って太刀筋から伝播していく。

 下手な魔術よりも余程厄介なものだった。


 サーニャの頭上で亀裂が止まったと思えば、そこから放たれた魔力が弾ける。

 石造りの壁や天井が、一斉にサーニャを取り囲む。


「無茶苦茶でしょう!」


 横っ飛びでそれを躱すサーニャだったが、それもヴァレリアの計算だった。

 体勢を崩したサーニャに、グロリアの双剣が襲い掛かる。


 サーニャは咄嗟に持っていたナイフで、左の軌道を逸らす。

 もう片方は捌き切れず、サーニャの左肩を僅かに裂いた。


 追撃を試みるグロリアだが、ラヴィーヌの雷光一閃(ライトニングスピア)がそれを妨害する。

 そのまま雷光の檻(ライトニングプリズン)で行動の自由を奪おうとしたのだが、クレシアが詠唱の隙を与えてはくれなかった。

 

「下手に挑発されては困りますわ。相手は黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)ですのよ」

「……すいませんね」


 ラヴィーヌの位置まで下がったサーニャが、苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

 驕りがあった。魔術が不得意という情報が先行し過ぎていた。

 左肩を伝って、床へ零れ落ちる血がサーニャを冷静にした。


「ヴァレリア姉さん、グロリア姉さん。ありがとう」


 礼を言うクレシアの頭を、ヴァレリアがくしゃくしゃに撫でた。

 続いて、グロリアも同様に撫でる。

 髪が含んでいた雨粒が周囲に飛び散ろうが、彼女達はおかまいなしだ。


「クレシア! 会いたかったぞ!」

「ああ、もう! こんなに綺麗になって!」


 ボサボサの髪にずぶ濡れの状態で言われても、お世辞というのがまるわかりだった。

 髪は、二人の姉の責任だけれども。

 

「それで、ごめん。その……」


 言い淀むクレシアを、ヴァレリアが手で制した。


「解っている、アタシの失態だ。いくらでも、気付く機会はあったはずなのに」


 同じ黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)でありながら、仲間の裏切りに気付けなかったとヴァレリアが悔やむ。

 固く拳を握り、わなわなと震える手は怒りに満ちていた。


「それを言うなら、わたくしもですね。王都に居ながら、気付けませんでした」


 グロリアも同様だった。奥歯噛みしめ、眉を吊り上げる。

 二人の姉は、いつもこうだ。イルシオン同様、正義感が強いと言えばそれまでなのだが。


「あの、そこまでは言ってないから。

 ただ、ちょっと力を貸してほしいというか……」

「任せろ!」


 クレシアが言い切る前に、ヴァレリアが勢いよく返事をした。

 ずぶ濡れの身体に、熱い抱擁が交わされる。


「ヴァレリア姉さん、ずるい! わたくしも、クレシア成分が足りませんのよ!」

「長女の特権だな!」

「いや、あの。あっち……」


 締め付けられ呼吸が困難に陥ったクレシアが、敵に向かって指を差す。

 二人の姉は、いつもこうだ。自分の取り合いばかりしている。




「……アレ、やっちゃっていいですかね?」


 その光景を眺めていたサーニャが、呆れていた。

 戦闘中だというのにあの緊張感の無さはなんなんだろうかと毒づく。


「絶対に、誘いに乗ってはいけませんわ」


 しかし、彼女達の戦闘を見た事のあるラヴィーヌがそれを制した。

 ヴァレリアも、グロリアも戦闘中に敵から目を離すほど愚かではない。

 あの立ち振る舞いは、罠。掛かった獲物を、容赦なく斬り伏せる為の。


 ヴァレリアは、その恵まれた膂力と大剣で相手より早く切っ先を辿り付かせる。

 グロリアは、小回りの利く双剣で不用意な攻撃を崩した上で、その切っ先を突き立てる。

 魔術による攻撃を試みようにも、この場にはクレシアが居る。

 

 この三姉妹は、思った以上にバランスが良い。

 一撃に長けるヴァレリアと、どんな攻撃も受け流すグロリア。

 そして、それを後方から援護するクレシア。

 

 クレシアが二人と連携して戦ったという記録は存在しないが、彼女は()()イルシオンと行動を共にしている。

 彼に比べれば、幾分か合わせやすいだろう。

 

「なら、ラヴィーヌ様の『眼』はどうですか?

 一人ぐらいは操ったりできませんか?」


 サーニャの問いに答えるがべく、ラヴィーヌは前髪を上げる。

 金色の右眼は充血したかのように痛々しい赤に染まっていた。


「少々、無理をしすぎたようですわ。

 これ以上はとても……」


 雨音にかき消されていたが、呼吸音も僅かに乱れているようだった。

 邪神は顕現を果たしていない。その中で、その力だけを借りようとした代償だろうか。

 いや、『神』の力を借りていたにしてはこの程度で済んでいるのは運が良いというべきか。


「サーニャも、加護を受けておくべきでしたわね」

「ワタシが下手に受けていますと、オリヴィア様に気付かれていたでしょう。

 ビルフレスト様からも、止められていましたから」


 ビルフレストの名を出すと、ラヴィーヌはピクリと眉を動かしながらも引き下がった。

 サーニャは、わざと彼の名前を引き合いに出していた。

 

 冗談ではない。功を焦って、接続も不安定な邪神の力を取り入れようとしたのはラヴィーヌ自身だ。

 危険を省みない事は構わないが、それを誇らしげに相手へ強要するのは頂けない。

 

「ですが、ライラス様とドーン様はまだ私の支配下にあります」

「ドーン様は、元々第一王子派(こっち)ですけどね」


 ラヴィーヌはキッとサーニャを睨みつける。サーニャは、気にしていないという風に受け流した。

 彼女もきっと、必死なのだろう。焦燥感から、邪神の力を半ば無理矢理に取り込んだ。

 その上でオリヴィアの足止め、始末を試みるも分身に翻弄される。


 自分も彼女を逃がしてしまったとはいえ、深手は負わせた。

 言うなれば、彼女の尻拭いをした。

 純朴な生娘は、下々の者が敬愛する人物(ひと)と懇意にしている事がお気に召さないようだ。


 


 一通りクレシアを堪能したヴァレリアとグロリアが、敵と改めて向き合う。

 攻撃を誘っていたつもりだが、乗ってくる様子は無かった。

 ラヴィーヌが止めたのだろう。若年だが、意外と状況が読めている。

 

「それじゃあ、クレシアは手筈通りに」


 クレシアが首を縦に振る。ヴァレリアとグロリアのお陰で、詠唱を行う余裕が生まれる。

 空気を操り、会話を盗み聞きした限りではラヴィーヌは消耗している。

 オリヴィアが言っていた瞳は、機能しそうになかった。

 得体の知れない能力が使えないのであれば、対策が立てやすい。


 ただ、二人の姉に念を押された事もある。

 あまり魔術を乱用しない事。それはひとえに、自分の身体を心配しての事でもあった。

 元々弱かった身体をずぶ濡れにし、大魔術(ハリケーン・バースト)を既に放っている。

 

 先刻に至っては、風防壁(エア・ウォール)風刃(ウインドカッター)の詠唱破棄に加えてラヴィーヌの探知(サーチ)

 おまけに二人の姉に空気の振動を利用して語り掛けていた。

 魔力と脳の消費が著しい。隠し通すつもりだったが、姉には見抜かれていた。


「絶対に、無理はしちゃだめよ。イルシオン君も、心配するわ」

「グロリア姉さん、それはずるい」


 イルシオンの名前を出されては、自重する以外に無かった。

 口をまごまごとさせながら、クレシアは援護に徹する事を決める。


 視線の先で、虚ろな眼をしたライラスとドーンが涎をまき散らしながら襲い掛かって来た。

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