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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第一章 その魔女、不老不死につき

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幕間.魔女の追憶

 川のほとりにマナ・ライドを停め、シンが野営の準備を始める。

 あたしはそれを手伝うけれど、たぶんあまり役に立ってない。

 

 陽が完全に落ちた後に村を発ったから、そんなに村から離れたわけじゃない。

 村のみんなには「泊まっていってくれ」と言ってもらったけど、それは丁重に断った。


 勿論、迷惑なんかじゃないしとても嬉しかった。

 暖かい布団は恋しいけど、お言葉に甘えてという気持ちにもなれなかった。


 あの後、フォスターさんは縛り上げた人たちを連れて村を出て行った。

 村人だけじゃなくて、あたしやシンにもたくさん頭を下げていたのが印象的だった。

 あんなに人から謝られたのは、人生で初めてかもしれない。


 賞金首を捕えた証として、フォスターさんから証書を貰った。

 これをギルドに持っていけば、報奨金が受け取れるらしい。

 本来の目的は達成したのだから、それで十分だった。


 シンともあまり話をすることもなく、黙々と時間だけが過ぎ去っていく。

 色々考え込んでしまって、あたしが黙っていたというのもあるけれど。

 空元気を出したとしてもきっとシンはすぐ見抜いてしまうだろうから、ありのままでいた。


「ちょっと見回りに行ってくるね」


 お仕事ですけど。と言わんばかりだけど、体のいい散歩だ。

 シンがオクの樹から作った薪を買っていたから、それを燃やせば魔物は嫌がって近付いて来ないのは知っていた。

 一人で夜風に当たりたいだけだった。


「分かった」


 それでもシンは何も訊かずに頷いてくれた。とても有り難かった。

 やっぱり、あたしのことをよく分かっている。


 ……*


 川の流れに沿って、ゆっくりした足取りであるく。

 ほどほどに散歩をしたら、ぐっすりと眠れそうだ。

 

 今日は色んな事が起きた。

 

 地下牢の女の子たちが怯える姿に、昔のあたしを思い出した。

 

 あたしを産んだ人たちは、あたしに興味がなかった。

 まるでそこに居ないかのように扱われていたから、あたしも暗い部屋で音を立てないように毎日を過ごしていた。

 それすら気に喰わなかったみたいだけど、どうしようもない。


 ある日、唐突に外に連れ出された。

 いつも窓から入り込んでいる光は、全身で浴びるとこんなに気持ちいいんだって感動した。

 太陽に夢中だったあたしを尻目に、あたしを産んだ人は馬車の前で何かを受け取っていた。


 あたしを馬車に入れると、ゆっくりと走り出した。あの人たちは乗っていなかった。

 突然、知らない人ばかりになったことより太陽の光を浴びられなくなったことが残念だった。

 荷台に居た子供たちがどうして泣いていたのか、あの時は判らなかったけれど今なら判る。


 あたしはあの時、あの人たちに売られたのだ。

 

 何も知らないあたしは、馬車の揺れる感触を楽しんでいた。

 他の子供はしくしくと泣いている。


 変だなと思っていたけれど、それもすぐに変わった。

 馬車が突然、横転してしまった。


 荷台の中身がかき回され、身体のあちこちがぶつかる。

 悲鳴と、生暖かい液体が混じってさすがにその時はあたしも他の子供と同じような反応をしていた。


 同じタイミングで、外からも悲鳴が聴こえた。

 中で動かなくなった子供も居たけど、動ける子供は大慌て荷台から出ていった。


 赤い液体が宙を舞った。

 ほどなくして、獣の咀嚼音が聞こえてきた。


 くちゃくちゃと立てられていた音が止んだと思ったら、今度は唸り声が聴こえた。

 この時、きっとあたしに『死』が近付いていたんだと思う。

 なにも分かっていないあたしは、ただその声を聴いているだけだった。


 荷台の布が引き裂かれた瞬間、太陽の光をまた浴びることが出来た。

 それを喜ぶ間もなく、目の前には大きな牙と爪を持つ生き物がいた。

 ところどころ赤黒く染まっていて、同じ色をした人たちが転がっていた。


 あたしも同じようになるなんて、想像もできないぐらい世の中のことを何も知らなかった。

 そんなことはお構いなしに、大きな牙と爪があたしの目の前に襲い掛かってきた……と思ったのだけれど。


 大きな音がして、びっくりしたあたしは目を瞑っていた。

 もう一度目を開いた時には、その生き物は真っ黒になっていた。


 太陽の光が遮られたので、あたしは顔を上げた。

 おひげの白い、おじいちゃんがいた。


「お嬢ちゃん、大丈夫かい?」


 あたしは首を傾げた。

 言葉、文字、世の中のこと、あたしは何ひとつ知らない。


 おじいちゃんはしきりに「ごめんね」と謝っていたけれど、その言葉の意味すら解っていなかった。

 後で訊くとあたし以外の大人も子供も助けるのが間に合わずに死んでしまったので、その謝罪をしていたらしい。


 一通り困り果てた後に、おじいちゃんが手を差し伸べてくれた。

 なんとなく、あたしはその手を取った。


 暖かくて、安心した。初めての感覚だった。


 それがあたしの育ての親、アンダル・ハートニアとの出会いだった。

 

 ……*


 おじいちゃんからは、たくさんのものを貰った。


 フェリーという名前。

 言葉や文字の書き方。

 魔術は教えてくれたけど、あたしには上手く扱いきれなかった。

 『命』についても教えてくれた。

 

 とても大切なもので、ひとつしかないもの。


 それを失くせば、誰にも会うことができなくなると言われた。

 それを失くした人とも、会うことができなくなると言われた。

 だから『命』は大切なのだと。

 

 幼かったあたしは、ウンウンといっぱいに首を振っていた。

 話の内容は分かっていなかったけれど、そうするとおじいちゃんが頭を撫でてくれる。

 それがたまらなく好きだったからだ。


 そんなおじいちゃんが、死んでしまった。

 あたしはワンワンと泣き続けた。


 シンは、お墓の前で泣き続けるあたしの手を握ってくれていた。

 おじいちゃんとは違う温もりだけど、とても暖かった。

 同時に、おじいちゃんの温もりはもう感じることができないと気付いた。


 この時、あたしは『死』を初めて理解したのだと思う。

 誰しもが、いつか迎える『命』の終焉。


 ……*


 それから、たくさんの月日が流れた。


 ある日、あたしの世界が変わった。


 瞳に映るのは、炎に包まれたあたしの村。

 何が起きたのか、まったく覚えていなかった。


 冒険から戻ってきたばかりのシンが、唖然としていた。


 一方のあたしはというと、記憶はないのに故郷を燃やし尽くした感触だけが残っていた。

 目の前の惨状を起こしたのは間違いなくあたしだという確信。

 たくさんの人の大切なものを、あたしが奪ってしまったのだ。

 それが気持ち悪くて、死にたくなった。死ぬべきだと思った。


「……シン、あたしを殺して」


 絞りだした声は、震えていた。

 シンは躊躇していたけれど、やがて頷いてくれた。


 刃物の冷たい感触が、あたしに『死』を教えてくれると思った。

 

 でも、死ねなかった。

 死ぬことが許されなかった。


 それは言葉に出来ないほど辛くて、でも言葉にする資格がなかった。

 どう贖罪すればいいのかも分からなくなった。


「俺が、お前を必ず殺してやる」


 途方に暮れるあたしを、シンが救ってくれた。


 怪物となった()()に、あたしの姿を重ねた。


 今日、あたしが殺した()()は救われたのだろうか?

 あたしで良かったのだろうか?


 ()()だけじゃない。

 村の女の子を弄んだあいつらは、絶対に許されてはいけない。

 『死』が『救い』になるようなことは、あっちゃいけない。


 でも、せめて安らかに眠って欲しいと思う反面、羨ましいと思ってしまった。

 ()()は、『死』という理を平等に受け取ることができたのだ。


 あたしだけがその理から外れている。

 あの時解ったつもりの『死』は、あたしにとってはまだ理解の外にあるようだ。


 それはやっぱり、苦しい。


 ……*


「食べるか?」


 散歩から戻ってきたあたしを出迎えたのは、シンが作った保存食だった。

 干した木の実を溶いた小麦粉に混ぜて……とにかく、前に食べたけどおいしいやつだった。


「……食べる」


 シンの横にちょこんと座って、それをほおばる。

 程よい塩気が甘さを際立たせる。やっぱりおいしい。


 すると突然、こめかみに鉄の感触がした。


「……一発、撃っておいてやろうか?」


 シンの銃口が突き付けられていた。


「まだ、換金してないからお金ないよ?」

「サービスだ」

保存食(これ)といい、やけに気前いいじゃん」

「ただの気まぐれだ」


 あたしは知っている。シンは意識して気遣うのが下手なのだ。


「気持ちはありがたいけど……。服、汚れたらどうすればいい?」

「それは自己責任だろ」

「むぅ。それじゃあいいよ」


 あたしは保存食を飲み込むと、その場を立った。


「見回りの結果、異常なし!

 あたしが先に寝るから、交代の時間になったら起こしてね!」

「おい、フェリー!」


 シンの意見を聞く気もないまま、あたしは横になった。ため息が聞こえても知らんぷりだ。

 でも、シンがそれであたしを無理矢理起こしたりしないことも知っている。


 だから、信じてる。あたしをいつか殺してくれるってコトも。

 シンはなんだかんだ、優しいのだから。

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