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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第九章 狂乱の大国
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104.サーニャが望むもの

 時は荒天の日へと遡る。


 サーニャ・カーマインに与えられた任務は、第三王女(フローラ)の暗殺。

 彼女は国王(ネストル)と並び、優先すべき標的の一人だった。


 正室の娘である彼女さえ居なくなれば、残る第二王女(イレーネ)派など恐れるに足りぬ。

 自分に与えられた任務の重さは、ビルフレストからの信頼の証だと感激した。

 時間を掛けて信頼を勝ち取り、フォスター家も第三王女(フローラ)でさえも自分を疑わない。

 

 長年、耐え忍んできた。

 幾度、(いつわり)の笑顔を作り上げただろうか。

 滑稽にも、それを真実(ほんとう)だと信じる者達を眺めるのは楽しかった。


 生まれた家柄だけで、既に立ち位置が決まっている。

 決してその人物が何かに秀でた訳でなくても、貴族というだけで自分より高みの存在だと確定してしまう。

 どれだけ自分が研鑽を重ねても、貴族の前でニコニコと愛想笑いをする道具に成り果てる。

 

 求めても、貴族(かれら)から得られるものは僅かお金のみ。

 求められれば、貴族(かれら)へ総てを差し出さなくてはならない。

 奴隷より高みにいると思っている者もいるが、何が違うのだろうか。


 生きる為のモチベーションが保てない。

 全てが馬鹿馬鹿しいと思った時に、ビルフレストが自分の前に姿を現した。

 まだ黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)に所属していた、アメリアへの用事を済ませた直後。

 王宮の、とある一室での事だった。


 彼もまた貴族で、選ばれた人間だった。

 自分の時折見せる表情から、気になって声を掛けたという。成程、女を口説く常套手段だと思った。

 連れ出された時は、身体でも求められるのかと警戒をした。

 予想に反して、本当に話したしたかっただけだという。

 彼は侍女(メイド)の話を、真剣に聞くだけの器量は持ち合わせていた。

 

「貴族が憎いか?」


 彼は問う。サーニャは自らの人生を観ずる。

 結果、首を横に振った。


「自分と相手以外の要素で、その関係が決まっているのが気に喰わないだけです。

 いいえ、それも違いますね。勝手に『下』だと位置づけられているのが、嫌なのです」


 その時、サーニャは自分の本心に気付いた。

 決して『平等』を望んでいる訳ではない。自分が『上』で居たいだけなのだ。

 ただ、この国ではそれは叶わない。


 フォスター家は、今までに仕えた先に比べれば比較的マシだとは思う。

 しかし、それでも根底にある血筋。貴族だという驕りは端々から感じられる。


 アメリアがいくら剣と魔術に研鑽を重ねても、その為の時間は貴族でなければ用意出来ない。

 オリヴィアは飄々としているが、その余裕を生み出しているのは貴族という立場だ。


 彼女達は、感謝という安っぽい言葉(もの)で自分を労う。

 それだけで、万事が解決だと言わんばかりに。

 その言葉が投げかけられる度に、否が応でも立場の差を思い知らされる。

 彼女達にはなれないのだと、突きつけられる。


「ならば、どうする?」

「どうもこうも、ないですよ。ワタシの人生は、ここが頂点(ピーク)なのでしょう。

 後は老いて、惨めに人生が終わるのを待つだけです」


 それが何年、何十年と耐えないといけないものだと知っている。

 だからこそ、余計にモチベーションが保てないのだ。


 ビルフレストは考え込むような仕草を見せる。

 否、考え込んでいるのではない。観察をされているのだとサーニャは気付いた。


 彼の瞳には、斜に構えて自嘲する侍女(メイド)の姿はどう映ったのか。

 あるいは、魔術大国ミスリアに害を為す者として処分されるかもしれない。

 それなら、それでいい。命の終わる日が早まるだけだ。


 きっと侍女(メイド)一人の為に、貴族間で争いが起きるような事もないだろう。

 ポンポンと諦める為の口実が湧いてくる自分には、少しだけ驚いた。


「――ならば、貴女が貴族になればいい」

「貴族に嫁げという事ですか?」


 彼があまりにも真剣な眼差しで言うので、サーニャは茶化す事すら躊躇った。

 ビルフレストは、首を振った。


「違う。言葉の通り、貴女自身が貴族となれば良いのだ。

 貴女には、そうなるべき能力(しかく)がある」


 サーニャには、ビルフレストが言わんとしている事が判らなかった。

 ただ、定型文のように投げられる安っぽい言葉よりは、甘美な口説き文句だと思った。


 ミスリアの王宮。誰も通らないような、部屋の一室で差し出された手。

 その手を、サーニャは気が付けば取っていた。


 それからほどなくして、彼は第一王子(アルマ)を連れてこの国を発った。

 世界中に、種を撒きに行ったのだ。悪意の種を。


 それから彼に会うのは年に一、二度となった。

 主な任務は、抵抗勢力になるであろうフォスター家の監視。

 エステレラへ疑惑が抱かれた際に、可能であればその矛先を逸らす事。

 つつがなくそれは行われた。

 

 ただ、蒼龍王の神剣(アクアレイジア)がアメリアの手に渡った事は想定外だったようだ。

 ビルフレストは計画を少し、早めると言っていた。

 

 黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)としての役目があり、ビルフレストと堂々と会う事ができなかったラヴィーヌからは羨望の眼差しを送られる。

 だが、彼女は分家とはいえ五大貴族だ。何を贅沢ばかり言っているのだろうと、サーニャは吐き捨てた。

 

 必要とあらば、醜悪な豚のような貴族と夜を共にする事もあった。

 嫌悪感が全身を支配した。こんな豚まで、貴族に生まれたというだけで『上』にいるのかと。

 

 いつしかそれを塗り潰すかのように、ビルフレストを求めた。

 逢う度に、己の全てを差し出すようになっていた。

 彼の腕の中で交換する言葉は、自らの未来に向けて発せられていた。

 身も心も、満たされていくのが解った。


 ビルフレストは語った。

 現時点で最も懸念しているのは、アメリア・フォスターだと。

 サーニャも同意見だった。蒼龍王の神剣(アクアレイジア)を継承した事が理由のひとつである事は疑いようもない。

 

 それにより、発生した問題がふたつある。

 

 ひとつは黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)の任を外れてしまった事。

 サーニャとラヴィーヌより公私に渡って行われていた監視が、不可能となった。

 代わりに派遣されたオリヴィアは、ラヴィーヌとは仲が悪い。先を見据えなかったラヴィーヌ(こども)の、失策である。

 それ以上に、彼女は意外と強かだ。個人的に行っている研究を、外へ漏らすような真似はしなかった。

 警戒心の塊であるオリヴィアを、ラヴィーヌがどうこう出来るとは思えなかった。


 もうひとつは、アメリア・フォスターはよく国内を散策する。

 蒼龍王の神剣(アクアレイジア)の継承者であり、権力を持ってしまった彼女を引き留める手立てはほぼ存在していない。

 いくら彼女が性善説をモットーにしていても、現場を見てしまっては否が応でも理解をする。

 邪神の『核』。その研究を辺境の村へと移す等、出来うる限りの対策はビルフレストが打ったという。

 

 しかし、コスタ家は彼とは違う。ただの醜い貴族の一人だ。

 案の定、ピアリーでそれは顕在化していた。もっとやりようがあったにも関わらずだ。

 根回しはしていたようだが、あの日のマーカスはどんな貴族よりも愚かだった。


 旅人なら足が付きにくいと考えたのだろう。旅人の少女を捕らえた。

 それが不老不死の、膨大な魔力を持つ少女。フェリー・ハートニアだった。

 結果、彼の研究成果である『器』は灰燼に帰し、更に間の悪い事にアメリアがその場に現れた。


 ついでに言えば、息子の失策を取り戻すどころか逆上したダールも同罪だ。

 彼はアメリアの追求を逃れるためにウェルカで惨劇を繰り広げた。

 使える手札(カード)を片っ端から切っていく。己の保身の為に。


 信じがたい事だった。今まで積み上げてきたものが、あっさりと壊れそうだった。

 流石にこの件はビルフレストも立腹だった。瞬く間に、ダールは始末された。


 そんな中、サーニャは街の中で不確定要素(イレギュラー)の存在を確認した。

 銃を持つ黒髪の青年と、魔犬(オルトロス)に喰らい付かれながらもそれを灼き尽くす少女。

 もう一人、風の刃を放つ子供の姿もあった。


 多くの命を失いながらも、ウェルカは崩壊を免れた。

 第一王子(アルマ)派にとっては、コスタ家の起こした行動は大きな痛手だった。

 第三騎士団。つまりは第三王女(フローラ)派とフォスター家の戦力を削るにしても、あまりに強引な手段だった。


 その中で、アメリア・フォスターは恋をした。

 初めての出来事だったのだろう。戸惑いながらも、彼女は必死に黒髪の青年(シン)に関わろうとする。

 

 彼女は心の内に秘めたものをはっきりと口にする事は無かった。

 事あるごとに「恩人ですから」と言葉を濁していた。


 なんとなくだが、サーニャは事の成り行きを眺めていた。好奇心からだった。

 結果、彼女が別れ際に贈ったものは一振りの剣。高級品ではあるが、たかが剣なのだ。


 サーニャは馬鹿馬鹿しいと思った。

 命の恩人で、大切なものを護ってくれた、自分の惚れた者に差し出す物がただの道具。

 結局、彼女も無意識に『上』である事を驕っているのだ。


 身も心も差し出さない。曝け出さない。

 望んでビルフレストにその身を差し出した立場からすると、理解に苦しむ。

 要するに、どこの馬の骨か解らない存在に、今いる地位を棄てる気は毛頭ないのだ。


 オリヴィアもそうだった。アメリアを茶化したりしているが、本質的には同じだ。

 彼女達には自由がある。自分とは違い、何も差し出さなくてもいい。

 だが、棄てる勇気はないのだ。今いる地位は、大切なのだ。


 サーニャは理解している。これはただの嫉妬なのだと。

 許す、許さないの話ではない。ただ、妬んでいるだけ。

 

 だからこそ見てみたいと、強く願う。

 『上』の人間が堕ちる様を。自分が『上』に立つ事により。


 ……*


 濁った雲から、容赦なく打ち付けられる雨粒。

 クレシアが颶風砕衝(ハリケーン・バースト)を解除した事により、廊下は瞬く間に水浸しとなる。


「あらあら、クレシア様はお身体が弱いのではなかったでしょうか。

 そんなに濡れてしまって、大丈夫ですか?」

「少なくとも、貴女に心配される謂れはないわ」


 クレシアは顔色ひとつ変える事なく、返す。

 その余裕が、サーニャを苛立たせた。


 もう少しでフローラを、オリヴィアを始末する事が出来た。

 悔しがるラヴィーヌと、オリヴィアの絶望した様。それらを同時に得るまたとない機会だった。

 それを目の前の女(クレシア)が、台無しにした。


 騎士達は彼女の魔術により、ほぼ壊滅をした。

 じきにラヴィーヌが救援として駆け付けるだろう。その際に、使えない駒(きし)にも魅了(チャーム)を掛けて欲しいものだと毒づく。


 クレシア・エトワールについての情報は殆ど持っていない。

 紅龍王の神剣(インシグニア)を持つイルシオン・ステラリードについて回る存在。

 彼の行動がクローズアップされる度に、彼女の存在は薄れていく。

 知っているのはその身に宿した魔力量が大きすぎて、幼少期は身体に負担が掛かっていたという事。


 サーニャが突くとすれば、その一点のみだった。

 じりじりと距離を取り、間合いを測る。

 詠唱破棄は魔力量もだが、脳内に刻まれたイメージが大切になる。


 颶風砕衝(ハリケーン・バースト)級の魔術が、詠唱破棄出来るだろうか。

 いや、出来たとて使用する事を選択するだろうか。

 数秒考えた後に、サーニャはあり得ないと断定した。


 彼女の推測通り、クレシアは颶風砕衝(ハリケーン・バースト)の詠唱を破棄する事は無い。

 必要となる魔力が膨大になる事と、持っているイメージが大きすぎて小回りが利かないからだった。

 たった一人の為に使うには、少々効率が悪い。


 だから、サーニャ同様にクレシアもまた()()()()()()()

 

 サーニャが投擲用のナイフを、クレシアに向かって投げつける。

 光沢を消し、それは薄暗い闇の中を疾走する。

 

「意味が無いわ」


 無駄だと言わんばかりに、クレシアは風を起こしその軌道を変える。

 サーニャは織り込み済みだった。そもそも、外から吹きさす風がまともに照準をつけさせてはくれない。

 闇に溶け込む事により、彼女の意識を逸らす事を重要視していた。


「そうですか!」


 わざとらしく大きな足音を立て、サーニャが突撃する。

 その手に握られているのは、オリヴィアを刺したナイフ。滴る血が、彼女の手をも汚していた。


 しかし、クレシアは理解をしていた。これは(フェイク)だと。

 魔術による空気の振動で、彼女は周囲の音を探索する事が出来る。

 サーニャの行動は、本命を隠す為のものだった。


 クレシアは空気の壁をサーニャと自分の間に出現させる。

 生み出した余裕で、彼女のから向かって右側。廊下の先に、風刃(ウインドカッター)を放った。


「――っ!」


 雷光が廊下を照らす。その先に居るのは、ラヴィーヌだった。

 背後には、虚ろな眼をしたライラスとドーンが居る。

 成程。こういう事かと、クレシアはオリヴィアの言葉を思い出す。


「……よく、分かりましたわね」

「聴こえていたから」

「あら、随分耳がよろしい事で」


 先に待ち人が訪れたのは、サーニャの方だった。

 空気の壁を切り裂いたサーニャが、不敵な笑みを浮かべる。


「どうやら、ここまでのようですね」


 サーニャは視線をちらりと、上へ向ける。

 逃げようものなら、ここにいる全員がイルシオンの元へ向かうだろう。


「そうでも、ない」


 表情を変える事なく、クレシアは言った。

 この期に及んで、余裕を崩さない。オリヴィアによく似た仕草が、癪に障った。


 しかし、決してクレシアは三味線を弾いた訳ではない。

 彼女は、()()()()()。己の得意な、空気の振動を利用して。


 刹那、その成果が形となって表れる。


「貴様等! ウチの妹に、何をしようとしているっ!?」

「返答次第によっては、命で償ってもらいますわ」


 現れたのは、二人の騎士。ラヴィーヌが立つ廊下の反対から、その姿を見せた。

 黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)を務める長女(うえのあね)と、王都で剣術の指南役を務める次女(したのあね)


 共に末っ子であるクレシアを溺愛する、頼もしくも困った姉であった。

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