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その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第九章 狂乱の大国
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94.王子の帰還

 魔術大国ミスリア。

 その日は、一言で表すなら荒天だった。

 

 朝から濁った雲が、太陽の空を遮り続ける。日光を浴びる事の出来ない一日。

 激しい雨が暴風に導かれ、壁の染みを落とそうと打ち付けられる。

 雷鳴が空気を震わせながら、轟音と共に王都を時折照らす。


 外に出ても、びしょ濡れになるだけ。

 太陽の光が降りてこず、肌寒い一日。

 ある者はその寒さから布団に籠り、ある者は急激な気圧の変化による頭痛に悩まされる。


 窓から見える世界は、暗闇から降り注ぐ水滴の矢。

 一向に代わり映えの無い景色に、皆が興味を失くしていた。


 ()()が起きるには、絶好の条件が揃っていた。


 ……*


 ミスリア国王。ネストル・ガラッシア・ミスリア。

 彼には正妻に加え、二人の側室が居る。

 その間に出来た子は、合計四人。


 第一王女、フリガ・マルテ・ミスリア。29歳。

 第二王女、イレーネ・ヴェネレ・ミスリア。28歳。

 唯一の正妻の子である、第三王女、フローラ・メルクーリオ・ミスリア。20歳。

 そして末っ子であり長男の第一王子、アルマ・マルテ・ミスリア。15歳。


 ミスリアの王位継承権は正妻の男子、側室の男子、正妻の女子、側室の女子と継承権が決まっていく。

 フリガ、イレーネの母である二人の側室は中々子を宿さなかった正妻への優越感を隠し切れなくなっていた。

 蔑み、小馬鹿にし、役立たずとまで言う。貴族の中には、正妻についていてはいけないと寝返る者まで現れた。


 流れが変わったのは、フローラが産まれた時の事である。

 正室に待望の第一子が産まれた事により、国中が沸きあがった。

 女子ではあったが、王位継承権は文句なしの第一位。彼女の立場は瞬く間に復権した。


 国民は沸き、普段より正室を妬んでいた側室二人はすぐにその立場を悪くする。

 元々、嫉妬心での行動が表にまで出てしまった事もあり、国民の大半ですらその不仲を把握していた。


 だからこそ、暗い顔をしていた王妃が笑顔を取り戻したと、国民は多いに喜んだ。

 元より、フローラの母であるフィロメナの人気はミスリア国内でも高い。

 誰にでも分け隔てなく接する彼女と、王家に嫁いだ事で民衆へ見下すような態度を取っていた側室二人。

 国民感情として、誰を応援するかは言うまでもない。


 故に、国民はフローラの誕生を喜んだ。

 寝返った貴族の中には、まるで蝙蝠のように再び手の平を返そうとする者もいた。

 それらを突っぱねたのは、他の誰でもないフィロメナ自身だった。


 高齢にして漸く産まれた可愛い娘を預けるには、心から信頼できる者でなければならない。

 彼女の条件に合致する貴族が、五大貴族の中に居た。フォスター家である。


 フォスター家の管理下にある領地は、王都を挟んで西側にある。

 他の五大貴族と接触をするにあたって、王都を通過する事を避ける事は出来ない。

 

 当時のフォスター家は神器も無く、他の貴族にとって重要性は今より低いと見られていた。

 元々、正義感と忠誠心の強い家であるフォスター家を手籠めにするのも面倒だった。

 様々な事情が重なり、フォスター家は諍いに巻き込まれる事なく愚直に王家へと仕え続けていた。

 

 結果的に、その様子がフィロメナの信頼を勝ち得た。

 年の近いアメリアやオリヴィアとフローラを姉妹のように可愛がり、また彼女達も姉妹のように育っていった。

 

 フィロメナの娘であるフローラは、国民に愛された。

 彼女と懇意にしているアメリアやオリヴィアも、同時に国民の興味を惹く。

 三人の中で一番年上だったアメリアは、その視線が単に好意だけではない事を最も早く察知した。

 自分の立ち位置を把握すると同時に、自我を実らせ、育て、今の地位に至る切っ掛けとした。

 父親譲りの、生真面目な性格が成せる業でもあった。


 とはいえ、フォスター家の状況が芳しい訳ではない。相変わらず五大貴族の中では、鼻つまみ者だった。

 風向きが変わったのは、15年前。フローラが5歳の時である。

 第一王女、フリガの母である側室のバルバラ。彼女に息子が産まれた。

 国王(ネストル)にとっては、待望の男子。


 フィロメナにとっては、悲嘆の報せだった。

 愛娘であるフローラより、優先されてしまう存在が誕生した。

 これから(フローラ)は、政治の道具になってしまうのではないかと。


 悲しみに俯く彼女をよそに、フローラはきょとんとしていた。

 まだ、自分の身に起きようとしている事が理解を出来る年齢では無かった。

 ただ、ずっと優しかった母が涙を流すのは、嫌だ。その想いだけが深く刻まれた。


 よく解らないフローラは、よく解らないままフォスター家でそんな事を口にした。

 忠誠心の高いフォスター家は、何があってもフィロメナに寄り添おう。そう決めた。

 強い両親の決意を見て、アメリアとオリヴィアも感化された。

 

 フィロメナの事情はよく解らなくても、姉妹同然に育ったフローラの気持ちはよく解る。

 自然とフォスター家の次世代にも忠誠心が培われていった。


 フォスター家は、本当によくミスリア王国へ尽くした。

 愚直なその姿勢は、様々な者を取り込んだ。他の五大貴族の中にも感化された者は居る。

 特に分家の者は、どうして自分達と違うのかをよく比べてしまう。

 巨大な岩のように、醜い権力争いにも怯まず姿を変えない。強固な絆で造られた大岩がそこにあった。


 こうして第三王女(フローラ)派は、大きな派閥となって彼女を支える事となる。

 フローラ自身が自分の立場に気付いた時、彼女は母へこれ以上ない程に感謝した。


 同時に、母の想いもきちんと理解をしている。

 権力争いで己を削らず、真っ直ぐに育って欲しいという母としての願い。

 それはアメリアやフローラに対しても同様だった。姉妹のように育った臣下と、今までと変わらぬ関係を築いていく。

 

 フローラ自身、権力争いは苦手だった。脂ぎった男共が自分の機嫌を窺う。

 その一方で、弱い者に対しては何処までもおざなりに扱う。


 時には年の離れた姉が、嫌味を言ってくる。

 その母親と臣下もよってたかって、自分へ嫌がらせを試みる。

 立場の弱い者に対して、みっともない大人の姿を沢山見て来た。


 それ故に、母の高貴さを理解する事は難しくなかった。

 誰でも分け隔てなく接する、目線を合わせる。一緒に悩み、考えてくれる。

 尊敬するべき女性(ひと)。いつしか、フィロメナはフローラの理想となっていた。

 

 彼女はきっと、自分より数倍も苦しんだだろう。

 少しでも、自分が受け持ってあげたい。少しでも、母が笑顔の時間を増やしたい。

 フローラは真っ直ぐと育ちつつ、そして力を求めた。


 蒼龍王の神剣(アクアレイジア)の継承にライラスが失敗した瞬間は渡りに船だった。

 すかさずフローラはアメリアを推薦する。ざわめく貴族達の顔は、なんだかおかしくて笑ってしまいそうだった。

 

 国民に愛され、愚直に王家へ仕えるフォスター家。

 その次期当主であるならば。品格にも人格にも問題はない。剣と魔術の腕は、御前試合で示している。

 反対意見は出なかった。いや、異を唱えた時点で権力争いの標的になる危険(リスク)を避けた。

 アメリアが蒼龍王の神剣(アクアレイジア)に選ばれると決まった訳ではない。今はまだ、争う場面ではないと。


 反対派の願いが叶う事は無かった。

 アメリアは蒼龍王の神剣(アクアレイジア)の所有者となり、フォスター家は更なる力を手に入れる。


 バルバラは、誰も居ない部屋で奥歯を噛みしめた。

 まだ、自分には第一王子であるアルマが居ると、ぶつぶつと呟いていた。

 彼女が病気で命を落としたのは、それから間もなくの事だった。


 ……*


 少年は、苦労というものを知らなかった。

 王子に生まれたからという事もあるが、仕えた人間が有能だったからだ。


 自分の指導役であり、身の回りの世話をしてくれる者。

 名をビルフレスト・エステレラという。

 五大貴族であるエステレラ家の次期当主。神器こそ持たぬが、ミスリア王家との繋がりは最も深い。

 かなり遡る事となるが、エステレラ家にも王家の血が流れているという。

 

 彼は、次期国王であるアルマに留学する事を提案した。

 見識を広め、正しく王という存在を理解するべきだと。

 国王(ネストル)は悩んだ。漸く生まれた可愛い我が息子を、手放す事を惜しんだ。


 ビルフレストが国王(ネストル)を説得するまでに、約一年を要した。

 お目付け役として、自分(ビルフレスト)が付いて行くと言ったのが決め手となった。

 黄道十二近衛兵(ゾディアック・ガード)として信頼できる配下である彼が居るならばと、首を縦に振った。

 アルマが、10歳の時である。


 それから五年の間に、様々な事が起きた。

 シュテルン家が神器を失った。代わりに神器を担う事となったのは、フォスター家。

 エステレラの管理下でも、様々な事件が起きた。


 人間の魔物化、魔物の巨大化、そして……『邪神』の存在。

 それらはエステレラの管理下で起きたにも関わらず、結果的にフォスター家を疲弊させる形となった。


 現当主であるサルフェリオ・エステレラは、他の五大貴族から追求を受けている。

 気が弱く、実質的に管理をビルフレストに任せていたサルフェリオは彼に助けを求めた。

 家督も譲ると、元々自分には向いていないという言葉を添えて。

 

 その報を受けた時、ビルフレストの口元が緩んだ。

 漸く、事なかれ主義の無能が自ら舞台を降りてくれる。

 手間がひとつ省けた。


「アルマ様、ついに時が来ました」

「そうか、いよいよだな」

 

 少年の欲しいものは、なんでも手に入った。

 ビルフレストが用意してくれたからだ。


 不要なものは、すぐに消えていった。

 ビルフレストが、消してくれたからだ。

 

 純真な子供は、ビルフレストによって歪められた。

 彼が居れば、自分は何でも手に入る事を知った。


 今、少年が欲しい物はみっつある。

 神器。英雄の称号。そして、王の座。


 それを叶える為に、『神』は現れる。

 邪な願いによって生み出される、不純な存在として。


 その為の種は、ウェルカ領だけではない。世界中で撒いている。

 隣国のデゼーレは勿論、魔導大国マギアですら自分達の思い通りに動かせる。

 国境を越えて、世界を操っているような感覚に陥る。


 万能感から、優越感が溢れ出る。

 全て、自分の願いを叶える為の礎だとアルマはほくそ笑んだ。

 ビルフレストが居れば、なんでも上手く行くと知っていた。


 その一方で、ビルフレストには唯一の気掛かりがあった。

 魔石で造られた神像。それによる邪神の顕現。

 その際に感じた、不思議な魔力の接続(リンク)

 

 些末な事だと、斬り捨てる訳には行かない。

 最大限の警戒を払い、情報をかき集めている。

 長年我慢した上での計画なのだ。綻びは何があろうとも許されない。


 もう、後戻りは出来ない。表舞台に立つ日が、来たのだから。


 アルマは荒天の空を眺めて、呟く。天候すら、我々の味方なのだと。

 やはり自分は、総てを手に入れる器なのだと。

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