93.我儘会議
魔力をその一身に受け、異常なほど発達した樹々の群れ。
リタ達、妖精族の住まうアルフヘイムの森。
愛と豊穣を司る神、レフライア神によって護られている聖なる地。
一行は地上で待つレイバーンと合流し、また野営をする。
明朝には、妖精族の里へ戻ろうという話をしていた。
「ほう、地下遺跡には小人族が住んでいたのか。
余も逢って見たかったな」
「それを言うなら、私もだよ。
龍族に逢ってみたかったなあ」
互いの身に起きた出来事を、リタとレイバーンは楽しそうに話し合っている。
レイバーンの話によると、フィアンマと会ったらしい。
火龍の仲間と合流し、慌ただしく飛んでいったという。
リタはリタで、レイバーンに小人族と知り合えた事や、精霊と話が出来た事をとても嬉しそうに話す。
自分だけが留守番を任せられたレイバーンだが、リタの嬉しそうな顔に彼自身も頬を緩ませていた。
因みにリタが川に流れた事は黙っておこうと、イリシャが提案をした。
レイバーンに心配を掛けないようにするというよりは、うっかり口を滑らせることを懸念してだった。
もし、ストルの耳にでも入ろうものならリタは永遠に外出禁止令が出されかねない。
リタ自身、そんな事になろうものなら間違いなく耐えられない。三人に頭を下げる形で、合意された。
地下遺跡にて、シン達は小人族と邂逅を果たした。
小人族に憑依した土の精霊から聞いた話は、どれも貴重なものだった。
特にリタは話す事が出来て良かったと心から思っている。
信仰する神は、きちんと見てくれていた。
自分の祈りは、きちんと意味を成していた。
機会があればレフライア神の使いである光の精霊とも、話をしてみたい。
ストルがどうにか出来ないだろうかと、リタは本気で考えている。
一方のシンとフェリーは、リタやレイバーンと言ったこっち側の面々との別れの時がやってきた。
長い間、滞在させてもらった。色々な経験をさせてもらった。感謝しても、しきれない。
特にフェリーは、今までのどの旅よりも親しい友人が出来たと思う。
それを引き離す事は、少しだけ心苦しい。
「シン。ちゃんと話そ」
「……そうだな」
フェリーは解っていた。彼女もまた、アメリアやピースと言った向こう側にいる友人も大切に思っている。
また、会いに来ればいい。そう言わんばかりに、フェリーは頷いた。
もしかすると、躊躇っているのは自分の方だったかもしれない。
向こうに行けば、また争いが起きるかもしれない。
フェリーを撃つ事も、きっとまたやらなくてはならない。
約束だと解っている。自分に言い聞かせている。それでも、やはりシンにとってそれは憂いてしまうものだった。
ミシェルやクロエの事もある。フェリーに関係があるかどうかの確信は、持てていない。
だけど、今までの旅も手探りだった。だから、可能性は全て追い求めなくてはならない。
いつまでも、妖精族の里に居る訳には行かなかった。
「みんな、話がある」
シンは、三人へ話をした。
フェリーと共にドナ山脈を再び渡る。その途中にあるイリシャの家。
そこへ彼女を送った後はそのままミスリアへ戻ろうとしている事を伝えた。
イリシャは「気を遣わなくてもいいのに」と言ったが、どこか嬉しそうだ。
立ち寄った際にフェリーと温泉に入る計画なんかを、立てていた。
リタは、理解が追い付かずにきょとんとしていた。
シンとフェリーに、旅の目的がある事は二人も理解をしている。
だけど、いつの間にか一緒でいる事に慣れていた。
特にリタは、ずっとイリシャやフェリーが泊まっていた。
イリシャが居住特区に住もうとしている。その相談は受けていた。
勿論、リタにとって断る理由は無い。二つ返事でOKを出したばかりだ。
それだからだろうか。当たり前のように、シンやフェリーもいると思っていたのだ。
「そうか、また逢える日を楽しみにしているぞ」
レイバーンは、神妙な顔をしながらも頷いていた。
自身が、争う事も多い魔族であるからだろうか。渡り龍と知り合いだったりするからだろうか。
侘しさを感じながらも、シンの言葉を受け入れていた。
「……もう、行っちゃうんですか?」
リタの声には、不満が込められている。
長い妖精族の人生で考えるなら、一緒に居た時間は僅かなものだ。
しかし、その僅かな時間で色々な事が変わった。妖精族の歴史が、変わろうとしている。
その切っ掛けとなったのは、間違いなく彼らだった。
このまま突然お別れだなんて、受け入れたくなかった。
「ごめんね、リタちゃん。またきっと遊びに――」
「……私も行く」
「え?」
平謝りをしようとするフェリーを遮り、リタは確かにそう言った。
「私も、人間の国に行きます。他の世界も、勉強する!」
「いや、いやいや。リタちゃん、それはキケンだよ」
人間の国に妖精族は居ない。ただ、その存在だけは殆どの者が知っている。
良からぬ事を考える悪人はいくらでもいる。妖精族の女王にもしもの事があれば、皆に合わせる顔が無い。
「そうよ、リタ。ギランドレの人もそうだったじゃない。
人間には色んな人がいるの。善い人も悪い人も、沢山いる。
妖精族の貴女が危険な目に合わない保証はないのよ」
イリシャも、フェリーの意見に賛成だった。
永い時を過ごしてきたからこそ言える。人の悪意は、底を知らぬ程に深い。
不老の自分や、不老不死のフェリーだっていつ危険が及ぶか解らない。
「でも、妖精族の里に人間だって住むようになっています。
人間の事を知る必要は、あるんです」
「だから、わたしが……」
「なんでも皆任せはダメです。女王として、恥じない姿になりたいんです!」
リタは首を激しく左右に振った。
ついて行くという結論が出来上がっていて、何が起きてもそこに落とすという強い意志を感じる。
「シン、どうしよう……」
眉を下げたフェリーが、懇願の表情を見せる。
はっきり言って、シンも何が正解なのか解らない。
リタの主張も、解らなくはないのだ。
「フェリーは、リタと一緒に居るのは嫌か?」
実の所、シンは少しだけ悩んでいた。
自分はフェリーを怒らせたり、哀しませたりしている。
そんな彼女をたくさん笑顔にしてくれたのは、良い友人に巡り合えたからだと思う。
「そんなワケないよ。あたしだって、できるなら一緒に居たいと思うけどぉ」
だからと言って、友人を危険な目に遭わせる事は本意でない。
ジレンマに陥ったフェリーが、頭を抱える。
「ほら! だったら、私が一人で人間の世界に行くより皆で行った方が良いですよね!」
言質を取ったと言わんばかりに、リタが立ち上がる。
もう完全に、ついて行く事が決定事項のようになっていた。
「もう、リタ。女王なんだから皆を困らせちゃダメよ」
「でも、フェリーちゃんとシンくんが……!」
「子供じゃないんだから……」
「妖精族の中では、まだ子供みたいなものです!」
プイッと顔を背けるリタの頭を、やれやれと言った様子でイリシャが撫でる。
その行動自体は気に入ったようだが、彼女が意見を曲げる事は無い。
「……リタのやつ、フェリーみたいになってないか?」
「シンってば! あたしのせいにしないでよ!」
シンがぽつりと呟くと、今度はフェリーがヘソを曲げてしまった。
イリシャがため息を吐きながら、二人の頭を撫でている。
「ふむ」
そんな中、沈黙を保っていたレイバーンが口を開く。
「リタは、二人について行きたいのだな」
「うん」
リタが頷いた。
人間の営みについて知りたいのは本心だが、それ以上に皆と離れる事が嫌だった。
これほどまでに気が合う相手なんて、もう出会う事は無いだろうと思う程に。
「シンとフェリーは、リタがついて行く事には反対か?」
「そういうワケじゃないけど、やっぱアブないよ」
フェリーは首を振る。
かつて自分が売られた経験から、同じような事が起きるのを危惧している。
「俺も同意見だ。危険だとは、思っている」
シンはフェリーに同意する形で頷く。
自身もまた、人攫いをして奴隷として売っていた人間を殺していた。
加えて、二人はウェルカでの事件で当事者となっている。
ドナ山脈を越えて、すぐそこに在る街で起きた事件だ。
邪神についても調べるつもりでいる。危険に飛び込む可能性は高いのだ。
そんな事にリタを巻き込みたくはないし、人の悪意に触れて人間を誤解されたくも無い。
難しい問題だが、選択を誤る訳には行かない。
「イリシャはどうなのだ?」
「やっぱり、危険だと思うわよ。
リタは妖精族が人間の国に狙われた事実を、もう少し重く見た方がいいわ」
イリシャも、リタの同行に賛同は出来なかった。
自身が不老という事で、知られないように気を遣った場面がいくつもある。
自分は見た目こそ普通の人間なので、いくらでも誤魔化す事が出来た。
しかし、リタは耳を見られてしまえば妖精族だと知られてしまう可能性がある。
見識を広げる事の応援はしてあげたいが、安易に背中を押すわけには行かない。
「むう……」
リタは頬を膨らませる。
まさか、ここまで反対されるとは思わなかった。
半ば意地だが、もう引けない。何が何でも、人間の国に行こうと反骨精神すら芽生えてくる。
そんな彼女に手を差し伸べたのは、想い人だった。
「よし、解った。つまり、余がリタを護ればいいのだな?」
全員の意見を聞き終え、レイバーンが力強く頷いた。
その眼には、一点の曇りもない。
「どうしてそうなるんだ?」
「お主達は、リタが危険な目に遭う事を危惧しているのだろう。
だったら、余が護れば問題はあるまい。余も人間の集落を見る事が出来て、一石二鳥だ」
「レイバーン……! それだよ! そうしようよ!」
リタは感動で目を輝かせている。やはり、自分が好きになった男性だとさえ思う。
「あのね、レイバーン。貴方が居たらリタよりずっと目立つわよ?」
呆れ気味にイリシャが言った。狼男の風貌に、3メートルを超える巨体。
そして、あまりにも普通に過ごしているが彼は魔王なのだ。
無意識に発する重圧を本人は自覚しているのだろうか。
「だが、獣人は住んでいるのだろう? ルナールが居たのだから」
「それは、居ない事も無いけれど……」
絶対数は少ないが、確かに獣人族は人間と暮らしを共にしている。
だが、その中に魔王は居ない。普通の人間と同じように、生活をしている。
「第一、純粋な戦闘力で言えばイリシャが一番危険では無いのか?」
「いや、わたしは普通に過ごしていれば狙われるような事は無いから……」
「でも、イリシャちゃん言ってましたよね? 時々、知らない男の人に声を掛けられるって」
「それはただのナンパだから……」
それに、自分はそんな輩をあしらう事に慣れている。
過度に邪険な扱いをせず、やんわりと断りながら路地裏をすいすいと逃げるのはお手のものだ。
「イリシャさん、オトコの人に狙われてたりするの? あたしが護ろうか?」
「お前は何の心配をしているんだ」
「だって! イリシャさんがアブないかもって!」
「あのね、フェリーちゃん。気持ちは嬉しいけれど、そんなに心配しなくてもいいのよ」
ムッとするフェリーを、イリシャが宥めた。
心配してくれるのは有難いが、今の焦点はそこではない。
「要するに、リタもレイバーンも同行をしたい。そういう事なのか?」
結論ありきで話を進めようとしている二人を、シンが問う。
二人とも隠す気が無いのだ、もう直球で話を進めた方が早いと感じた。
「うん」「うむ」
二人は当然だと言わんばかりに、頷いた。
これはきっと、いつまで経っても話がまとまる事は無い。
「……分かった。ただし、条件がある」
一度、妖精族の里へ戻ってストルやルナールに話をする。そして、許可を得る。
それを条件に、シンは二人の同行を受け入れた。
せめてもの、世話になった礼のつもりとして。
フェリーも、心配そうな事を口にしているが本心では嬉しそうにしている。
だからきっと、これで良いのだ。
結果的に、この選択が後に様々な人間を救う事となる。