表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その魔女に祝福を  作者: 晴海翼
第一部:第八章 箱入り娘の冒険/悪意の降臨
107/576

幕間.エスケイプマレット

 今、アタシ達は海上にいる。海に出てからは、三日が経過した。

 ロベリアの街から西へ進んだ海岸。ペラティスがそこに船を用意してくれていた。

 客船とまではいかなくても、全員の部屋が用意出来る程度の広さはある。


 魔導具を使えば、海の水を蒸留してシャワーも浴びる事が出来る。

 我ながら、良い発明をしたと自負している。

 

 船を動かす為の魔導石(マナ・ドライヴ)だけは流石に無かったので、アタシとピースに貸したマナ・ライドと接続をしている。

 この10年、ペラティスにはなんだかんだ世話になった。次に会う事があれば、きっちり礼をしてやらなくてはならない。


「はー……。これが魔導石(マナ・ドライヴ)を使った船か」


 隣でピースが間抜け面を晒している。

 違う世界で命を落とし、新たな命としてこの世界に宿った男。

 コイツの持っている話は実に面白い。実際、魔導石・廻(マナ・ドライヴ・ギア)はともかく翼颴(ヨクセン)はコイツの話が無ければ思いつかなかっただろう。


 そして、ピースに引っ付いている女はコリス。腕を組み、がっちりとくっついている。

 南部では黒ずくめ(セイブル)と呼ばれている団体だったが、実際の組織に名は無いという。

 

 15歳と知った時に、ピースは連れまわす事を少しだけ躊躇していた。

 アイツ、自分の見た目がそれより若い事を時々忘れてやがる。


 その問題は、あっさりと解決した。いや、正確に言うと解決はしていないが。

 コリスの両親は邪神に喰われた人間の中に居たという。

 身寄りが居なくなり、邪神の降臨に失敗した。組織に消されてもおかしくないと肩を震わせていた。

 ならば、アタシ達の手元に居るのが互いの為だろう。

 

 そんなコリスは命の恩人だからか、ピースにやたらくっついている。ピースは警戒しているような、困ったような顔を見せている。

 アイツ、ムネが視られればなんでも良い訳では無かったのか。何なら、今回は当たってるだろう。

 それに、コリスは将来性かなり有望に見える。まあ、アイツの趣味が解らんからなんとも言えんのだが。


 兎に角、そんな背景もあるからか自分に知っている範囲の事は教えてくれた。

 尤も、コリスは明らかに捨て駒だ。深い所まで知っている訳ではないだろうと過度な期待はしないでいた。


 コリスが教えてくれた情報は、組織と邪神に関するさわりと言ったところだろうか。


 組織を動かしている者はミスリアの人間だという事。

 指示を出している者は騎士風の恰好をしているという。顔は隠れていたが、どこか気品を感じたという。

 騎士は、『神』をこの世に生み出したいと言ったらしい。

 神像を依代として、この世に降臨させる。闇を印象付ける言葉を使用していたのは、負の感情の方がイメージを定着させやすいからだと言っていた。

 それも何だか、やるせない話だ。『神』であれば、それが邪な者でも構わないだなんて。


 コリス達が生み出そうとした神はこの世のあらゆる悪意を、闇を持って取り除く。その説明の元で儀式は行われていた。

 神像に関してはマギアで作成した物を使用した。形の指定と、黒い腕だけはその男が用意したらしいが。


 毒を以て毒を制すといった考えだろうか。苦しみから解放してもらえると、黒ずくめ(セイブル)の連中は本気で信じたらしい。

 コリスも、騎士に心酔しきっていたという。実際、それだけのカリスマを感じて両親ともども崇拝していたという。

 根拠として挙げるのは、彼が造った魔石の魔造巨兵(ゴーレム)。思い通りに動く魔造巨兵(ゴーレム)に感動したという。

 魔術すらマトモに使えない自分が、魔術師になった気分だと語っていた。

 

 魔造巨兵(ゴーレム)の仔細を見ていないが、アタシから言わせれば魔導具で再現はそれほど難しくない。

 マナ・ライドと同じ自己完結型の魔導石(マナ・ドライヴ)を使用すればいいだけだ。

 

 それを妨害したのが、ピースの発した言葉。死んだ後の世界を、ピースは破れかぶれに叫んだという。

 魔術に明るくないからか、劣等感からか、やはり『救い』を心から求めていたのか。

 どれが一番近いのかアタシには知る由は無い。ただ、『救い』のある世界の存在に引っ張られて魔術は乱れた。

 結果、あんな不細工なダルマが誕生したらしい。


 イメージによる阻害が成功したのであれば、やはり邪神(あれ)は召喚魔術ではない。

 何処かの世界に在るモノを呼び出しているのなら、姿に変化が起きるなんて事はあり得ない。

 

 新しい生命を()()()()()()()。いや、生命かどうかは判断が難しいか。

 摂理を無視して、生命を生み出す。それこそ神の御業だ。だが、決して不可能ではない。

 皮肉にもそれを妨害したピースが、実例として証明をしている。


 勿論、ピースのような存在が魔術で再現出来るとは思わない。それでも、転生という形で具現化はされているのだ。

 だったら、『神』を生み出す事も決して荒唐無稽な話ではない。


 気になる点はまだある。あの黒い腕は、シンが寄越した指輪の石によく似ている。

 そして、左腕()()だと言うのが気になる。邪神を顕現する為の神像は、一体ではない。

 断言してもいい。一体だけしか存在しない貴重な物なら、下っ端だけでやらせるはずがない。


 兎に角、よく解らん騎士を見つけない事にはこれ以上は解らないか。

 興味深い話だが、かなりヘヴィなもんを聞かされた気がする。


 気になると言えば、マギアの動向もだ。あいつらは本気でミスリアに侵略をする気でいる。

 ミスリアが弱体化すると言った人間は、恐らく同一人物。最低でも、それに近しい人間だろう。

 つまり、ミスリアで邪神を生み出そうとしている人間はミスリアを混乱に陥れようとしている。


 何が目的なのか解らない。マギアに攻め込ませて、どうしたいというのだろうか。

 それも、マギアを本気にさせるだけの説得力がある。つまり、そこいらの馬の骨が垂れ流したような妄言ではない。

 いい迷惑だ。そのせいでアタシは兵器や武器を作る事を強要された。


 アタシは、人を殺す魔導具を造る事に躊躇をしていない訳ではない。

 だが、アタシにも護るべき境界線(ライン)はある。他人の日常を無慈悲に奪うような魔導具を造りたいとは思わない。

 世紀の大悪党になるだけの覚悟も、持ち合わせてはいない。


「……と、まあ。そんなカンジでアタシはマギアを出る事を決意した」


 アタシの目の前で、ピースが眉を顰めている。

 真面目な話をしつつも、ちらちらとアタシのムネを覗いている事には気付いている。後でからかってやろう。


 因みに、コリスは部屋で休ませている。

 ピースの近くに引っ付いていたが、やんわりと宥めて休ませた。

 アイツも精神的に疲弊をしている。連れて行く以上は、ある程度の体調管理には気を遣ってやらなくてはならない。


「つまり、亡命でもしようってか?」

「まあ、最悪そうなるな。ただ……な」


 ピースが間抜け面を晒しながら、首を傾げている。

 実際、アタシはマギアを捨てても良いと思っていた。

 研究が出来れば、どこでも良いのだ。

 ゼラニウムの(おせっかいな)連中が逃がしてくれるまでは、そう考えていた。


 ……*


 ある程度の荷物を積み、マナ・ライドを押して行く。

 アタシの移動に合わせて、動く影がいくつか。それをマナ・ライドの(ミラー)越しに確認した。


 尾けられている。そりゃ、そうか。

 何人いるだろうか。尾行されているのは判るが、全部で何人いるのか想像もつかない。


 いっそマナ・ライドを全力で飛ばす事も考えたが、止めた。

 南部へ向かっている事を知られれば、軍部(ヤツら)はすかさず追ってくるだろう。

 ペラティスにはロベリア近くの海岸で、アタシの重要な荷物を積んだ船を用意して貰っている。

 船の存在がバレると、色々と都合が悪い。協力したペラティスだって只では済まないだろう。

 

 それ以前に、力づくで止められる可能性もある。

 マナ・ライドを押しながらぐるぐるとゼラニウムの街を歩き回る。

 住民たちの視線が痛かった。揃って眉を顰めている。

 滅多に現れない厄介者が外をうろついているのだから当然か。

 

 こうしている間にも、無駄に時間は消費されていく。どうしたものか。

 焦るアタシに手を差し伸べてくれたのは、ゼラニウムの市民だった。


「きゃー! ひったくりよ!」


 甲高いおばさんの声が街中に響き渡る。軍人は、どうするべきかと逡巡している。

 その隙を逃さず、おばさんは軍人の腕を掴み、「ちょっと! 税金ドロボーしてるんじゃないわよ!」とひったくり犯を半ば無理矢理に追い掛けさせる。

 

「こっちはケンカだ! 止めてくれ!」


 一方では、オッサン同士の殴り合いが勃発していた。

 酒瓶こそ手に握られているが、顔が真っ赤になっている様子はない。傍から見れば素面としか思えない。

 しかし、それを抑え込むのにも隠れていた軍人が引っ張り出される。


 間髪入れずに、次々と街でトラブルが発生する。

 おいおい、いつの間にこの街はこんなに治安が悪くなったんだ?


 そう思っていたアタシに近寄るのは、ひったくりに遭ったというおばさん。

 徐にアタシに近付くと、顔を合わせる事なくぼそっと言った。


「ベルちゃん、なんか追っかけられたんでしょ? 逃げるなら今よ」

「は?」


 どうして気付いたんだ? 困惑するアタシに説明するかの如く、頭上から声が聞こえる。


「ずっとうろうろしてたマレットさんに、くっついている奴ら。今なら全員居ないよ」


 民家の二階から、男の声が聞こえる。

 そうか、アタシから見えなくても他の住民からは不自然にうろついている奴が判ったのか。

 でも、アタシに協力する理由が解らない。アタシはこの街で、浮きっぱなしの人間だ。

 ご近所さんなんて、一人もいりゃしない。


 その疑問を見抜いているかのように、ひったくりに遭った事になっているおばさんは言った。


「ベルちゃんのお陰で、あたしたちも生活がラクになったからねぇ。

 あんまり邪魔しちゃいけないと思ってたけど、困ってたら助けてあげるぐらいはしないとね」


 アタシはきょとんとしていたと思う。

 偏屈で鼻つまみ者だと思っていた自分を、そんな風に思っている人がいるとは思ってもみなかった。


「昔から若い男のコ引っ掛けたりしてたけど、あのコたちは奴隷? 小間使い? 実験台?」

「……どれでもない」


 いや、小間使いや実験台はあながち間違っていないか。


「でも、ベルちゃんに協力してくれるから善い人なんでしょ?

 そういうコは、大切にしてあげてね。それで、今日はどうしたの? あのちっさいコと駆け落ち?

 大丈夫。おばちゃんたちがベルちゃんを無事に逃がしてあげるから。愛の前に年の差なんて関係ないわよ」

「いや、そんなんじゃないけども……」

 

 断じて駆け落ちでは無い。実は年の差もないんだが、アタシの様子を察して手を差し伸べてくれたのは伝わった。

 このおばさんだけではない。喧嘩をしているオッサン達も、二階から軍人の様子を確認している男も、アタシの為に危険(リスク)を負ってくれている。


「いいのよ。おばちゃん、解ってるから。

 あ、でもほとぼりが冷めたらたまには顔を出してね。

 ベルちゃんの作る道具、おばちゃんは大好きよ」

「……分かった。また、そのうち顔を出すよ」

「はい、行ってらっしゃい。またね、ベルちゃん」


 協力してくれた事も、自分の魔導具を褒めてくれた事も嬉しかった。

 そして、思い知らされた。アタシが勝手に距離を置いていただけで、ゼラニウムの人達はアタシに優しくしてくれていた。

 ガラにもなく目頭が熱くなって、抑え込むために下唇を噛んでしまう。


 レッテルを貼られている。

 そういうレッテルを貼っていたのは、他でもないアタシ自身だった。

 アタシもまだまだ未熟で、子供(ガキ)だという事を思い知らされた。


 軍人が再び尾行を開始する前に、アタシはマナ・ライドを飛ばしてゼラニウムを後にする。

 わざわざ迂回をした上で、アタシは南部へと向かった。


 ……*


「へぇ……」


 アタシの話を聞いたピースは、どこか嬉しそうだった。

 なんでコイツが喜ぶのかは、解らない。断じて駆け落ちではないし、コイツと駆け落ちをするような関係ではない。

 それだけはきっちりと伝えてやった。


「邪神も軍部の件も落ち着いたら、顔を出さないとだな」

「まあ。新しい魔導具も作ってやらないとだしな」

「そんな照れ隠しすんなって。素直に喜べばいいじゃん」

「はあ? 勝手に嬉しい事にすんなよ、このエロガキ」

「誰がエロガキだ!」


 子供のような口喧嘩をしていると、コリスがおずおずと部屋から姿を現す。

 小鹿のように震えながら、アタシ達を止めに来た。中々、可愛い奴だ。

 アイツはピースがお気に入りなので、相手をしてもらっておこう。

 アタシはまだまだ、やる事がある。


 魔導石・廻(マナ・ドライヴ・ギア)は完成した。だが、まだ作りかけの魔導石(マナ・ドライヴ)がある。

 そして、新しい魔導具。邪神との戦いでは、きっと必要になるだろう。

 生活に役立つ魔導具を創るのは、もう少し先になりそうだ。


 その日を再び取り戻すために、アタシ達は海を渡る。

 目指す先は、魔術大国ミスリア。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ